相川奉行所(佐渡市相川)

 

*鳥瞰図の作成に際しては、金と銀の島佐渡 に掲載されている相川奉行所の古絵図を参考にした。相川奉行所はこの場所にある。

 佐渡奉行所は相川港を見下ろす、比高30mほどの台地先端部にある。1980年頃まで、奉行所跡地には相川中学校があったが、その後移転し、発掘調査が行われた後、2000年代にはいって、奉行所建物の復元工事が行われた。

 奉行所、といっても、何しろ佐渡金山を統括するための施設であるから、城構えといってもいいほどの規模のものであった。低いながらも石垣が積まれ、水堀もある。近世を通じて天領であった佐渡においては、唯一の近世城郭といってもよかろう。

 当時世界一とも言われた金山を管轄していたため、幕府にとっても佐渡奉行の役職は非常に重要なものであり、佐渡奉行を経験するのは出世コースでもあった。しかも在任中に巨万の富を築くことも珍しくはなかったといわれる。

佐渡奉行所の入口。金山(ゴールデン佐渡)に向う途中にある。大御門は冠木門であった。 佐渡奉行所の復元された御役所部分。
御役所の玄関。 奉行所周囲に残る水堀。

(以前の記述)

 相川奉行所は、相川御陣屋とも呼ばれ、相川湾に臨む比高50mの台地の突端にあった。佐渡は近世、天領となっていたので大名の居城というものは存在しなかったが、ここは佐渡金山を支配する奉行の陣屋として、幕府からも重要視されていた。長崎奉行、佐渡奉行を経て、幕閣となるのが幕府の出世コースの1つであった。

 相川奉行所はかつては相川中学校の敷地となっていたが、国指定の史跡となり、近年急速に整備が進んだ。周囲を取り巻く石垣や堀の跡は以前から残されていたが、国の整備事業として7億円をかけ、奉行所の建物や塀、門などが旧態通りに復元されている。














 





















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