フランスであった素敵なことを紹介〜オムニバス2〜

)莢鵝▲侫薀鵐考絞悒優燭念いが、今度は郵便受けの中の手紙が開けられていた。どうやら中を見た様子。不動産屋からのレジデンスの支払い領収書。郵便受けにはちゃんと鍵がかかってる。不動産屋はフランスで名のある会社。彼らのイメージ保持にかけて、破った封筒で領収書を送るとは思えない。・・・ということは、郵便仕分け人か配達員の仕業??まぁ、いつものことだけど・・・。

∩當5時。突然、酷い吐き気に襲われた。これは1年3ヶ月前のつわり以来。しかもそれは鯉がナイアガラの滝を昇る勢い!8時まで5回も下呂りんだったので、さすがに医者に行った。
私:「吐き気がすごくって、5回も吐いてしまいました。胃もむかついてなんだかボーっとしてるんですが・・」
医者:「ふーむ。(おでこを触って)熱はないね。」
私:「今にも吐きそうなくらい気持ち悪いです。こんなの初めてです。」
医者:「まぁ、熱もないし、救急というわけじゃないので、大丈夫です。」
私:「!!??」
医者:「原因はわかんないな〜。」
私:「いや、でも体調がすこぶる悪いんです!」
医者:「・・・じゃあ、服脱いで診察台に寝て下さい。」
私:(言われたとおりに横になった。)
医者:「口開けて〜」(医者は口の中を見た。) 「ふ〜ん、大丈夫ですね。服着ていいですよ。」
おいおい、私が服を脱いだ意味は何だったんだよ!

この医者は薬も処方せず20ユーロ(¥2400)を請求。私はこのあと2日間も吐き気に苦しむ。体を無理して医者へ行き、しかもお金だけ払って戻って来たわけで、、、、この町医者は責任感があって、謙虚で素晴らしいなぁ。いやぁ、ますますフランスが好きになりました!

その後、ダーリンが手足のカユミを訴え、やむを得ず上記の医者に再び来院。ショックな面持ちで帰ってきた。どう見ても軽いアレルギーなのに、「かゆみの原因はわからない。ただのストレスかもしれないし、ガンの場合だってある」と言われたらしい。ただでさえナーバスな患者に例え話で”ガン”を出すなんて・・。ダーリンはその後、おもむろに保険の契約書を引っ張り出し、「僕に何かあったら、ここにサインして・・」と語り始めた。こんなヤブ医者にビビるダーリンもちょっとアホだが、この医者も、こんな医院が存在することもアホ。チェックを入れないフランス政府もアホだ。まぁ、いつものことだけど・・・。

最近はフランスの生活にもすっかり慣れ、普通じゃないことにも怒りを感じなくなり、嫌な目にあっても気にしなくなってしまった。これは、危ない!生活に支障を感じないのはいいことだが、フランスによって私が変えられてしまったような気がして本望ではない。普通じゃないことに疑問を感じる感覚は忘れたくないなぁ。
 
フランスであった素敵なことを紹介〜オムニバス〜

_箸里修个領篥狄品専門店Pに行った。"CLOSED"と書いてあったが、通常使われているのが右のレジだったので店の奥の方にいる女店員に「会計はここでいいんですか?」となにげに聞いた。女店員は「"CLOSED"って書いてあるでしょ?見えないの?メガネ必要なんじゃないの?」と怒られた。顔はマジだった。通常は右を使ってるし、レジに誰も居なかったから尋ねたのに・・。私が丁寧に対応してるのにこの暴言は一体・・・。アジア人差別者であろうか・・。

■吋月以上前に日本に修理に出した私のシャープの新ノートパソコンがフランスの税関に引っかかり3週間もパリのドゴール空港に滞在している。税関は保証書を要求。リヨンから郵便でパリに送ったら、何と1週間もかかった。ちなみに日本からの荷物は5日で届きます。(パリ-リヨンって日本よりも遠いのね〜)
散々待たせ、FAXまでしたのに「仏語の保証書はないのか」と言ってきた。税関はバカか。世界の皆さんがフランス語を喋っていると思ってるのかしら?私に継いで被害者の日通さんが日本のシャープに問い合わせて、フランス語に訳してもらうと言っていた。しまいに税関は購入時のレシートを要求。日通さんが日本の家族に頼んでレシートをFAXかスキャンして添付ファイルで送って下さいと言った。ムチャクチャな・・・。だいたい購入時のレシートなんて大抵捨てるよ・・。どうなるの?私のパソコン・・・。

2本領事館マルセイユに重要書類を頼んだ。9月12日までにモンペリエの区役所に提出する書類だった。いつ届くか毎日郵便受けを覗いていた。11日に2本領事館から電話があった。
「あのー、¥2200の小切手を送ってみえましたが料金は¥2100です。あと、返信用の封筒に¥3足りません」私「え?そうですか。じゃあ、差額の¥100はいいので切手代に当ててください。期限は明日なのでとにかく急いで・・」領事「それはシステム上無理です。」私「でも、明日が期限なんです!」領事「規則ですので。」私「そこを何とか・・\97はあなたにあげます!」領事「はは・・」私「大体、1週間以上前に書類を請求したんですよ。何で今、連絡してくるんですか?」領事「今日届きました。」私「・・・・・・・。」
またか!!!!フランス郵便!!!!!
 
出産物語3
無痛分娩(・・といっても産むときだけ)だったせいか、出産後もかなり元気だった。油断して思いっきりクシャミをしたら、突然、破水並みの羊水&血が噴出してビビッた。かなり大量であった。ナースコールをしてシーツや毛布を換えてもらってた。その30分後にもう1回クシャミをしたらまた羊水の残りが噴出してしまった。。1回目で学んだ私は即座に床に移動した。人は常に学ぶのである。

入院生活は辛かった。娘・キアラは母乳を上手く飲めなかった。そのうえ17日予定より早く生まれたのでちょっとチビだった。看護婦どもはそれを私のせいにし、寄ってたかって違うアドバイスをした。
<例1>看護婦A「昼間は部屋を明るくしないと、ベイビーが昼夜を覚えないわよ」→カーテンを開ける・5分後・看護婦B「部屋が明るいのは生まれたばかりのベイビーにはきついわ」
<例2>看護婦A「この部屋暑いわ。だからベイビーの機嫌が悪いのよ」→温度下げる・看護婦B「この部屋寒いわ。だからベイビーが母乳を飲まないのよ」→温度上げる・看護婦C「この部屋暑いわ・・・・・・」・・・・・・どうすりゃええっちゅーねん!!!これはほんの一部で実際はこれの100倍くらいいろんなことを言われた。ホント、スポ根漫画だよ。私はできる限りの努力をしたのだよ。誰を信じたらいいのだ。何か悪いことした?これ以上プレッシャーを与えないでくれ!思わず悔しくて涙が出た。1人の看護婦に泣いてるところを見られた。その後、暇な看護婦の話のネタになったらしく、私は院内の有名人になってしまった。ただでさえアジア人一人だから目立ちたくなかったのに・・。それからというもの、心配した看護婦が前にも増して私の病室に頻繁に来るようになってしまった。お前らのせいで落ち込んだんだよ!!!
出産物語2
出産が間近である知らせ、おしるし(超軽い生理のようなもの)があった。しかし人によっては2〜3時間、遅い人は1週間後に出産が始まる知らせなので、かなりアバウトだ。はっきりと確定できない知らせならしてくれなくてもいいと思った。(←って生理現象なんだけどね^^)
おしるしを小ばかにしていたせいか、次の日の朝、破水が来た。破水はスゴかった!正直面白かった!早朝6時、。突然ずごい量の水が流れ出した。オシッコではないので止めようと試みたが止まらなかった。いやぁ、ホント滝のように流れた。”破水”は破れる水と書くのでさぞかし痛いだろうと思っていたが、全く痛くなかった。破水してからまずしたこと、それは化粧である。陣痛の痛みや出産中に醜い顔をさらしたくはなかった。大量の破水をよそに念入りにお化粧。。

病院に着いてからいきなり分娩代に乗せられたがいきなり、さぁどうぞ産んでくれと言われても困る。陣痛は殆どなかった。その後、美人の看護婦さんが点滴を打ってくれた。今から思うとあれは陣痛促進剤だったのだろう。看護婦さんが私の腕に何回も点滴の針を刺した後、テープでグルグル巻きにし、極めつけに「あ・間違えちゃった!」と言った!いくら美人だからって、洒落にならんぞ〜!(怒)普通、患者の前で言わないよなぁ。

それから1時間後、すごい痛みがやって来た。ダーリンは超特急電車で2時間かかるリヨンにいた。私はダーリンのままの家に里帰り状態だったので、出産に立ち会えるかどうか、難しいところであった。痛みに耐えつつダーリンを待った。そのとき、私の出産を担当しているイタリア人医師、フラツスコが「ちょっとお昼を食べてくるよ」と言った!な・何ぃ?妊婦が既に分娩代に乗っているのに、優雅にお昼へ行くのか!?その日の朝だって、6時半にフラツスコに連絡がいったはずなのに、7時半に着くと返事し、実際来たのは10時半だった!ムチャクチャだ・・。

麻酔科の医師に既に背中に麻酔を打ってもらっていたのだが、陣痛のスピードが速すぎて、全然効かなかったので「もっと麻酔をくれ〜」とヤク中の患者のように頼んでみた。追加してもらったがそれでも効かなかった。そうこうしてる間にフラツスコとダーリンがほぼ同時に到着。麻酔も効き始めた。一番辛かったとき、私の周りに居たのは、点滴を打ち間違えた頼りにならない看護婦一人であった。(T-T)

出産時になったら急に人が増えた。私を除いて5人。かといって、彼らが働いている様子もない。5人がお喋りしながら、私にリキめと言ってくる。以前私が描いていた夫立会い出産は”私の横で手を握って励ます”であったが、ダーリンは私の真向かいで医師と赤ちゃんが出る様を眺めていた。痛みもなく、私の意識もはっきりしていたので、ダーリン、看護婦の行動、言動も冷静に見ていた。医師は歌い、ダーリンとジョークを交し合っていた。出産の雰囲気ではなかった。麻酔なしで日本だったら、もっとみんなシリアスなんだろうなぁ。産んだ後は急におなかがすっきりした。麻酔で感覚がないのすっきり感だけははっきり感じた。そしてすぐに私のおなかの上に子供を乗せてくれた。正直、私はギョッとしてしまった。こんな大きな生物がおなかの中にいたとは・・。しかもバタバタ動いてるよ・・。「私、ままになったのね♪・・かわいい!」なんて少しも考えなかった。 「すごい生物を産んでしまった!」って感じ。ドラマとのギャップを感じたけど、これって私がヘンなの?
出産物語
妊娠&マタニティの世界というのは何て特殊な世界なのだろう・・。当たり前だが私は今までこんな一種異様な経験はしたことがなかった。まず妊娠中・・意識的にはいたって通常の私と変わらないのにおなかだけがスイカのように膨らみ、周りが私を妊婦として扱う。周りが妊婦として見るので、私も何だか”妊婦でいなければいけない、妊婦を演じなければいけない(って実際妊婦だったんだけどサ)”ような義務感に襲われた。私は私が妊婦であることを非常に客観的に見、胎教世界に入り込むことはなかった。それどころか、綺麗な絵や音楽を楽しんだり、赤ちゃんに話しかけるという行為が偽善的にさえ思えた。数回どんなもんかと試してもみたのだが「アンタ、裏の世界みてきた人間が何を今更いい子ぶって・・」と本当の私が言った(笑)。

フランスでの妊婦間の不思議なアイコンタクト。バスの中や路上で妊婦同士が出会うとき80%ほどの確率で、ある同一の行動をする。
まずおなかを見て、次に目線を合わせ、お互い微笑む。大抵は微笑むだけで、会話はしない。こういう状況がよくあった。私がアジア人でもの珍しいからであろうか。
ぺペロンチーノは存在しなかった!!!
 先日、義理のばーちゃんが亡くなったため、ダーリンの実家に帰った。 義理ママ、アルダさんはばーちゃんと同居だったため、かなり落ち込んでいらっしゃった。優しいあずあずは、アルダさんと家族のために夕食を作ってあげることにした。献立は中華スープに焼肉、そしてぺペロンチーノ!日中伊の見事な調和。そして何よりアルダさんはイタリア人である。ばーちゃんを偲び、祖国を敬えぺペロンチーノ!
 私はアルダさんに「今夜はぺペロンチーノを作るわよ」と告知。
アルダ:「何それ?」
がび〜〜〜〜ん!コイツ、ホントはイタリア人じゃねーんじゃねーの!?
アルダ:「それ、食べ物?」
オマエはエセだ〜!エセ・イタリアン!
アルダ:「聞いたことなにねぇ・・」
耳くそカッポじってよ〜く聞け〜。ぺ〜ペ〜ロ〜ン〜チ〜ノ!!
私は試しに発音を変えてみた。「ペペッろン・ちーノ!」「ペッペろ・ンチーニ!」「ぺぺ・ろンチ−にョ!」
・・・・ダメだった。
仕方なく作り方と材料を説明・・・。・・・本当に知らないようだ。
私は台所でカニかまを食べていたダーリンに、尋ねた。ハーフイタリアン、イタリア経験豊富かつ博士号の持ち主である。
ダーリン:「ペペローニャはイタリア語で唐辛子の仲間をいうけど、たぶん日本人が勝手にイタリアの名を借りてそれらしく作ったんだよ。」
アリン:「え?だって日本では超有名で、スパゲッティレベル(私が決めた)でもナポリタンよりミートソースより格が上だよ!」
ダーリン:「うん、日本で食べたけど、フランスはおろかイタリアにだってペペロンチーノなんて無いよ。」
無いよ・・無いよ・・無いよ・・・・・・・・・・・・・・・(エコー)
 私は1ヶ月前帰国してたとき、アリンママに「ダーリンは何作ってくれるの?」と言われ、名前がわからなかったので、適当に「ペペロンチーノ」と言った記憶がある。その数日後、アリンママは弟にペペロンチーノ・レシピ収集を命じ、初挑戦した。アリン一家で大好評だったペペロンチーノ・・。それが実はエセ・イタリア料理だったなんて・・。胸が痛む(チクチク・・)。
 その後、私がペペロンチーノを作ると、ダーリンは必ず割り箸で食べる。コレはイヤミか!?・・いや、たぶん彼は焼きうどんと勘違いしている・・・。