「日本食」


スイスはジュネーブに遊びに行ってきました。
・・と言っても、リヨンから2時間以内。
一番の目的は日本食です!

ジュネーブに行こう!
と言っているのに、堂々と寝坊する私とタレ助。
ここらへんが南出身者である。(私は中部か・・)
行こうか行くまいか迷ったが、結局お昼のローカル列車に乗ることにした。

キアラ嬢はハイテンションで電車の中でも、私たちを眠らせてくれない。
1時間半大騒ぎをし、到着するころ眠るからかわいいけれど憎い奴。

目的だった日本食屋さんで小粒納豆やもちの粉などリヨンでは手に入らないマニアックな食品を買う。
いやぁ、これだけでジュネーブに来た甲斐があった。
その後、新市街、旧市街を周ってイギリス公園の花時計を見て、噴水の際まで歩く。
旧市街以外の町並みはとてもモダン。
私は歴史的な重い建造物が苦手なのでとても快適だった。
しかもリヨンに繋がるローヌ河があるではないか!
リヨンのそれの3分の1の大きさだったが、レマン湖に続くローヌ河を見るのは何だか親しみが沸いた。

驚いたのはスイス人の人のよさ。
何を隠そう私は元スイスオタクで、自室に2m近いスイス国旗を掲げる勢いだった。
スイス人の友達もたくさん居て、訪問の際には4家族の家に泊めていただいたものだ。
彼らはとても常識があって、良質にこだわる。
温厚でホスピタリティに富み、日本人の感覚に少し似ている。
フランスに居てしばらく、スイス人の良さを忘れていた。
私はフランスに居なかったら、きっとスイスに居ただろう。

スイスでひとつ慣れなかったこと、それは信号待ち。
日本では車が来ていなくても歩行者は赤信号で待つ。
しかし、私は日本にいても車が来ていなければ赤信号で渡る。
フランスでは車が来ていないのに赤信号で待つ奴は殆どいない。
エジプトは歩行者用の信号機がないので、車を手で止めて渡る・・。

スイス人は・・フランス人と同じ顔してるくせに、みんな辛抱強く待つんだよね。
なんて真面目な人たち。
そしてその馬鹿な真面目さが私のハートをくすぐる。
特に男性の喋るスイスドイツ語が好きだ。
あんなセクシーな言語はない。

他愛のない会話も私には音楽のように聞こえてくる。
ドイツ語は男性的で、フランス語は女性的だ。
愛するダーリンのフランス語でさえ非常にオカマっぽい。
彼の非ではないのだが・・。

今度、ジュネーブへ行くときは、朝10時(!)くらいに早起きをしてレマン湖ツアーをしなければ!


「主婦」

私はずっと”主婦”という言葉が嫌いだった。
何だか疲れたような、やつれた様な、社会と繋がっていないような、 子育てと家事に追われるイメージ・・・。

だが、実際は全然違った!
今、人生で一番幸せなときかもしれない。
そして充実した日々。
私の描いていた腐敗した主婦生活とはほど遠い・・。
朝は子供と一緒に早起き、おもちゃで遊んでテレビを観て、キアラ嬢のお昼寝中は私の自由時間。
それから外へお散歩に行って、軽く買い物をしてから帰ってくる。
こんな楽しい生活ってない。
これは私がフランスに暮らすからであろうか?
いや、日本でも私の行動と思考に特に変わりはないんじゃないかな。
学生の頃からバイトと仕事の毎日、基本的に週6、7日で働いていた。
土日もない、家族と食事もしない。
安らげるのは仕事前の1杯のコーヒーだけだった。
大学に入ってからは、海外旅行と学費もために一層ハードに働いた。

お金のいい司会の仕事だけ選び、バイトも掛け持ち、1日に3箇所かけ周ったこともある。
私はたくさんの職歴と就職先に恵まれた。
私は自分が仕事に生きる人間だと思ってきた。
・・ところがドッコイ、主婦生活を始めてみて、主婦というのは一番自分のために生きている、自由な存在であることがわかった。
すべてを自分でオーガナイズし、誰もが持っている24時間を有効に使うことができる。
外からプレッシャーを感じることもなく、仕事の期限もなく、自分中心に生きられる。
子供の成長を見守って、大きくなる様子を間近で感じる。
料理は自分の食べたいものを作ればいい、掃除は一人暮らしでも同じようにしなければならないし、洗濯は洗濯機がやってくれる。
それでいて主婦の立場が認められるなんて、主婦でいられることに感謝しなければ。

フランス人女性は一般的に結婚し子供ができても仕事を続ける。
経済的なことがまず1つと、女性の自立が1つ。
この男性が言う際の”女性の自立”というのが、ときに寄っては疑わしい。
そりゃ、妻にも働いてもらった方が裕福に暮らせるし、自分が働いているのに家で昼メロ観ていられちゃフェアじゃない。

フランスの子供が母親と過ごす時間・・平日はたった1日2〜3時間。
1歳でも生後3ヶ月でもこれ以上時間を繰り出すには、パートタイムの仕事に変えてもらうしかない。
夕方5時半か6時に託児所へ子供をお迎え、そして帰宅。
子供は8時とか8時半にはベッドに入る。
フランス人家庭の食卓が冷凍モノや缶詰であるのは仕方のない話だ。
私も今でこそ半業主婦だが、この先フルタイムの兼業主婦になれば、 知らないうちにどんどん時間が過ぎていく、学生時代のような忙しい毎日がやってくるのだろう。

今のうちに精一杯主婦生活をかみ締めておこう。
「ガーデニング」

うちはガーデンないけど、テラスでお花を育て始めた。
ガーデニングというより、テラスィング??

クレジットカードを無くした。
土曜日だというのに、朝早くから銀行に駆け込む。
「こちらには届いてないよ」と素っ気無いおばさん。
・・・ガックリ。

ついでに目の前にある朝市を覗いてみた。
私の目に留まったのは、鉢植えいっぱいの赤いお花。
キアラ嬢を乗せたベビーカーを片手に15分かかる自宅まで運ぶ。

土曜日の午後をガーデニングして過ごす・・
なんて、優雅な時間。
マダム・アリンは自分に酔いながら鉢に土を盛る。
花は大量に見えて実は根っこは1つに繋がっていて、 予想外に重労働であった。

鉢は根だらけ引っ張ってもネジっても分けられない。
私はどうしても3つの鉢植えに均等に植えたかった。
最後の手段・・で出刃包丁を取り出した。
スイカを切るときにしか使わない、フランスでは珍しい出刃包丁。
怯えるタレ助をよそにザクザクッ!
根っこを切るだけに根気がいた!!(←?)
3つに分かれた赤いお花に双子のサボテンちゃん。
あまりに美しく、これだけで終わりたくなかった私は、テラスの掃除を始めた。(何ヶ月ぶりであろうか。)
テーブルクロスを貼りなおし、椅子を並べてカフェオレを飲む。
洋ナシのタルトとインテリア雑誌をお供にゆっくり流れる時間を噛み締める。
ぽかぽかいい天気。マダム・アリンはまたもや陶酔モード。
こんな有意義でシンプルな喜びに気付かせてくれたフランス・・ありがとう!!!

後ろに人の気配を感じる・・。タレ助であった。
「この花キレイだけど、死人にお供えするやつじゃないの?もうすぐお盆だしさぁ、なんかこんなんだったよ〜。」

「ブゥ〜〜〜!!!(カフェオレを吹く音)」


・・・私の努力と陶酔したときを返せ〜〜〜!!
「ボジョレーの宴」

横浜市との姉妹友好都市45周年を記念してリヨン市主催のソワレが開かれた。
「ボジョレーの宴」と題して普段入ることの出来ないHOTEL DE VILLE(市庁舎)での税・・モトイ・・贅を尽くしたパーティー!
まるでプリンセスになったかのようなひと時を味わった。
日本のバンケットパーティーや高級ホテルには慣れているつもりだったが、 今回、初めてフランスでのパーティーを経験して衝撃を受けた。
贅の質が違う!フランスの自信と誇りを感じた・・(←大袈裟?)

ステージに上がる横浜市市長とリヨン市長。
そしてピエール・オルシに並ぶミシュランガイドに載るレストランのシェフたち、ボジョレー協会の会長。
テレビで観たことのあるような顔が並ぶ。
横浜市長の長い挨拶の後は目が回るような料理の数々。
リヨンで名のあるパン屋、お菓子屋、チーズ屋、レストランが出張して振る舞う。
何と言うか・・狂いそうだった。そして信じられなかった。
いつも高くて手が出ないチーズが所狭しに並べられている。
可笑しな光景だった。
チーズ屋でさえあんなに密集して並んでいないのに・・。
一体このチーズスペースだけにいくらかかっているのだろう・・。

フォアグラの照り焼きに最高級のハム、厚く切られたサーモン・フュメとエビの串さし。
クネルやブッションなどのリヨン料理も振舞われたが、あんなに美味しいクネル(魚の練り物)は初めて食べた。
魚感のある魚の味のするクネルとクリーミーなシーフードソース。
ブッションの味なんてたかが知れている・・と思っていた私はまた新しい味の世界に驚いた。
何気に置いてある人気のないリンゴタルトでさえ、とてつもなく上質!
ボジョレーワインといくつかの赤ワインを飲んだが、やはり2003年のものが美味しい。
・・が、ワインに素人な私は「ボジョレーの宴」であるのにもかかわらず、完全に食事に目が行ってしまった(笑)

市庁舎内のホールだけでなく、奥にあるたくさんの部屋もパーティー会場として使われた。
まるで美術館の中に居るような煌びやかな室内。
そして歴史ある像や絵画が壁面を彩る。
こんな低い位置にある大きなシャンデリアも初めてみた。

宴も後半戦に差しかかった頃、横浜市長が登場!
なんと、タレ助を含めてお話をしてしまった。
私はほとんど通訳状態だったが、市長さんもがんばって英語で話そうとしてくれた。
タレ助が後で「いやぁ、彼、真面目だけどいい奴だよ!」って・・
アンタ、5分程度で人の良し悪しがわかるわけないっしょ・・。
しかし、写真も一緒に撮ってくれた親しみやすい市長さんだった。
その直後、何とリヨンの市長ムッシュ・コロンもやってきた!
キアラ嬢のベビーカーに置いてあった荷物を見て「この子かわいいね」とギャグを飛ばすムッシュ・コロン。
「私の娘です」とすかさず反撃するマダム・アリン!
もちろんムッシュ・コロンも喜んで写真に写ってくれた。
「グレイトー!!サンキュー!」と何故かものすごいフランス英語で対応してくれたコロン・・。面白い人でした。。。

いやいや、この宴に一体いくらかかっていたのかしら・・
政府や市が関係するイベントはお金に糸目を付けないけれど、 想像が付かないわ・・。
やっぱ公的な機関って力あるのね〜。
いつも高い税金を払っているんだから、これくらいはバチが当たらないとは思うけど・・。

タレ助も超上機嫌で、この上なく楽しい宴になりました。
横浜市、そしてリヨン市よ。有難う!!!
「ここがヘンだよイギリス人!」

タイトルは「ここがヘンだよイギリス人」だけど、イギリス人はそれほどヘンでないので、話題性に欠けます(笑)
「ここがイイ人イギリス人」ってかんじ・・

久しぶりの英語圏に胸を躍らせていたが、驚くほどのショックはなかった。
街の中心、ピカデリーは渋谷の駅前にそっくり。
ゲームセンターで若者がタムロしている辺もまるで日本のよう。
シドニーに似た町並み(当然だが・・)、郊外はアメリカ。
高速道路の作りも日本に似てたなぁ。

今年に入って日本への里帰り、イタリア、スイス、エジプト・・といろいろ旅をしてきたが、これほどすぐに馴染める国もなかった。
特にエジプトの後なので刺激がない。
ロンドンは驚くほど日本人が多く、都会だが癖もない。
イギリス人はフランス人より紳士的でオープンマインド。
お願いごとひとつにしても、フランス人は露骨に嫌な顔をするが、イギリス人はとりあえずニコニコしてみる。
口数も多く、喋る喋る・・。
このスピリットはオーストラリア人も同様だ。

ツアーの予約をしようと電話をしたら、会社のオーナーが出て15分も世間話をしてしまった。
オーナーは日本人の奥さんがいて、3日前に広島から帰国したところだとか、帰ったのは義理の両親が病気でなんたらかんたら・・。
初めて話す相手と電話口で世間話なんてフランスではあり得ない。
しかも最終的にツアーの予約は手遅れだった。

今回、タレ助の弟の家にお世話になったので、外でお茶する相手もフェット(パーティー)もフランス人ばかり。
「いい加減にしろ〜。フランス人と会うためにイギリスに来たんじゃない!」
だんだん腹が立ってきて、キアラ嬢をタレ助に頼んで、1人で街を周ることにした。
ロンドンタワーやテムズ河、ビックベン、政府の機関と公園などをブラブラしてみた。
外国人ばっかで日本人がウジャウジャ・・。
観光地だから当然なんだけど、パリの比じゃなかった。

キアラ嬢も一緒だったこともあって、イングリッシュ・ブレックファーストとアフタヌーンティーを見逃した。
子供連れではとてもシックなカフェやレストランには入れなかった。
行ったレストランはチャイニーズのブッフェとフィッシュアンドチップスの大衆カフェ。
どちらも味はイマイチだったが仕方がない・・。

ロンドンは若い独身向けの街だ。
私が独りだったらどんなに楽しいだろう。
イギリスパウンドもすこぶる高いので、お金があってなんぼ。
空港ではコーヒー3つとサンドイッチ2つで¥3000も払った。
空港で高いのはどこも同じだが1個¥1000のサンドイッチって何よ!?

私の癖もあってネガティブなことを多く書いてしまっているが、 日本人にはとても住みやすく、フランスより簡単に馴染めるのは確かだ。
アングロサクソンの気質からかもしれない。
もしロンドンで暮らしてしまったら、フランスに戻って来れなくなる気もする。
どんな国籍でも快く受け入れるロンドン・・。
タレ助の弟たちも当分は帰って来ないようだ。


「無くしもの」

雨が降る降る雨が降る・・
私の心にもシトシトと・・
今日も雨、昨日も雨、明日も雨・・
朝は8時で真っ暗、日が落ちるのもだいぶ早くなった。
私の大嫌いなフランスの冬がやってくる。

フランスの夏はべらぼうに日が長い。
ときには22時半でまだ薄明るい。
人々は遅くまでカフェのテラスで夕涼み・・。

そして冬・・。
シトシト雨が降り続き、雲間が切れたかと思うとまた次の雲がやってくる。
特にパリ、リヨン、北フランスは1日中休まず雨が続く日も珍しくない。

家の中に軟禁状態のおかげで、家具を動かしたり、掃除をしたり、いつもやらないようなことまでしている。
私は料理以外の家事は滅多にしない性質なのだが。

今朝は雨の合間を縫って、銀行へ行く。
実は10日も前にクレジットカードのついた銀行カードを無くしてしまったのだ。
ネットの合計金額を見る限り、誰かが引き出した形跡はない。
私のウロ覚えの過去を辿ると、銀行の横にあるATMでお金を引き出した後、 ”カードを出す”のボタンを押した覚えがない。
お金に気を取られてカードを取るのを忘れてしまった気がする。
・・・実はこれで3回も同じ失敗をしている。
2年前、同じようにカードを無くして作り直した。
自分で呆れてしまうが、文句ひとつ言わないタレ助もたいしたもんだ。

銀行の兄ちゃんに尋ねたところ「届いていない」と言った。
また数日したら電話をするようにと、名刺をくれた。
いやはや、どーなっているのか全く検討が着かない。
家にあるのだろうか。思い当たるところは探したのだが・・。
無くし物を見つけるエキスパートがいたら絶対頼むのになぁ。
超能力があればいいのに・・とか、ついつい非現実的なことを考えてしまう。残るは神頼みか。
神様、仏様、観音様、アラー様、キリスト様etc..誰でもいいから、 私のクレジットカードを見つけてください・・。

私が祈る後ろでキアラ嬢が私の財布を蹴って遊んでいる。
「おい、まさかオメーじゃねぇだろうな・・(←心の声)」


「見つかった!!!」

2週間探し続けていた銀行のクレジットカードが見つかった。
どこにあったかというと・・・

そう、私は確かにATMの中のカードを取り忘れたと思ったのだ。
その時、200ユーロのお金を下ろしたので、注意は散漫していたが、 カードを取り出すボタンを押した記憶もなかった。

1回目、銀行に行ったのは先週の土曜日。
アリン:「たぶんATMの中にカードを忘れてしまったはずなんですが・・」
銀行員A:「(ちょっと探して)ここにはないねぇ。念のため来週来てみて。」
2回目(月曜日)
アリン:「銀行のカードをなくして、ATMの中に忘れたような気がするんですけど・・」
銀行員B:「う〜ん。それっていつ?」
アリン:「10日くらい前です。」
銀行員B:「(ちょっと探して)ここにはないねぇ。家ん中もうちょっと探してみたら?」
アリン:「はあ・・」
銀行員B:「あんまり期待しないでまた電話ちょうだいよ。(電話番号をくれる)」

3回目、(その次の火曜日)
アリン:「銀行のカードをATMの中に忘れたと思っていたんですが、どうもなくした気がします。とりあえずカードを使えなくして下さい。」
銀行員C:「それっていつ?」
アリン:「2週間くらい前です。」
銀行員C:「あぁ・・、そりゃ期待できんね〜(念のため奥を探す)」
銀行員C:「あった・・」
アリン:「カード作り直すのっていくらでしたっけねぇ・・」
銀行員C:「あったよ・・」
アリン:「な・何ぃ〜〜〜!!」

「家中探しまくり、3回も銀行を訪れ、てめぇが持ってんじゃねぇか!」
と言いたかったが、銀行員Cは結構いい奴だったので言えなかった。

フランスってばこんな国♪
そして被害者はキアラ嬢であった。
タレ助と私で犯人はほぼキアラ嬢だろう・・ということになっていた。
ごめんちゃい♪