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リュックサックを背負い、平滑な世界地図から抜け出して、60カ国を踏破した。飽くなき旅心にかきたてられた22年間。エッセイを通して私が感じた異文化の紹介。
私の世界地図
エンジェルフォールを訪ねて
南米ベネズエのギアナ高地の密林の中、千メートルの天空から幾筋もの飛沫が散乱、額縁からはみ出んばかりのエンジェルフォールは、一見の価値があると思います。
日和佐 謙次はペンネーム。
ペンネームの「日和佐」は、かって旅行した四国霊場第二十三番札所薬王寺に由来しています。
1948年6月、神奈川県横浜市に生まれる。87年、16年間在籍した安藤建設を退社後、父の遺志であった1級建築士事務所を弟と一緒に開設し、現在にいたる。

日和佐 謙次
KENJI HIWASA

 この2年間のゴールデンウィークを私は越後湯沢を起点にして、伊藤邸、目黒邸、長谷川邸などの豪農の建物を見学してきた。
 越後にはかつての栄華を反映して、屋敷跡が残されており、それらが観光の目玉になっている。 今回は越後平野の味方村の笹川邸が目的であった。数年前までは電車で行くことが出来たが、現在は新潟市内のバスターミナルから代替バスがあり、1時間ほどで着いた。 屋敷は1826年に建築されたもので、1954年に国指定重要文化財になった。表門をくぐり、表座敷の薄暗い土間で靴を脱ぎ、部屋の中を見学した。見学後、道端のビニールハウスを覗いていたら、おじさんに呼びとめられた。そして、おじさんの家に案内されて、お茶をご馳走になる。私が飲み終わると、魔法瓶から熱湯を急須に入れ替えて、何度もお茶碗に注いでくれた。 田植えを実際に経験して見たいとずっと思ってきた私は、田植え後の水の管理、稲刈りや脱穀の話を伺って、その気持ちは薄れてしまった。 「また機会があったらいらしゃい」と言われて、辞去した。 私は海外旅行で人情や素朴さに触れることが多かったが、越後でもそのようなことを味わったことは嬉しかった。
 エチオピア紀行「海外青年協力隊員との出会い」「聖地ラリベラ紀行」「貧困とエチオピアコーヒー」「ゴンダールのブンナベット」「ハバールダールの夢多き少年」「アジスアベバの温泉」ラオス紀行「ルアンパバンへのバスの旅」「ラオス麺食い紀行」「極楽気分にさせた薬草サウナ」ベトナム紀行「ベトナムへのバスの旅」「優雅に時が流れたフエ」「アオザイに憧れた日本人」「ホーチミンでのフランス探し」の13編の旅行記を載せました。
 旅行の面白さを少しでも伝えたいという気持ちで始めたエッセイですが、私のような旅に憧れているエッセイを読んだ人からのメールを受けて、励まされています。
 最初の海外旅行から22年が過ぎ、60回の旅行で、60カ国を訪れました。世間では海外旅行というと、贅沢をイメージしがちですが、私の旅行スタイルは1泊10ドルぐらいの安宿を利用し、乗り合いバスで移動するシンプルなものです。
 しかし、発展途上国への旅は危険と紙一重です。今まで何度か私は危険な目にも遭い、それにも懲りずに続けてきました。そのエネルギーは何であったのだろうかと、つくづく思うようになりましたが、その結論はまだ先のようです。
 私の旅行の主眼は建築物や古代文明遺跡の探訪で、これからも私流のエッセイ行脚の旅を続けたいと思います。私が感じた異文化の違いを、エッセイを通して感じて頂ければこれ以上の歓びはありません。

過去ログ(旧ジオ)

はじめに

第1章 旅のエッセイ

1.ラテンアメリカの旅

2.アフリカの旅

3.アジアの旅

4.オセアニアの旅

第2章 マラソンのエッセイ

第3章 身辺雑話のエッセイ

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