Breaking silence over the horrors of Hebron
ヘブロンの恐怖を超え、沈黙を破る

2004年6月23日
Donald Macintyre |ドナルド・マッキンタイア
原文@The Independent(英語)

イスラエルで開催されているBreaking the Silence(沈黙を破って)という写真展についての英国の新聞の記事です。日本語化はけっこう雑です。固有名詞の表記は調べていないのでそのまま(英綴のまま)にしてあります。
 
筆者、ドナルド・マッキンタイアは、現在、英インディペンデント紙の中東特派員(支局長とかかも?)。詳細はここに。
 
元が新聞記事で、文中に最新情報や展覧会の会期のこととかが入りこんでいてちょっと流れが悪く感じられたので、パラグラフを並べ替えたところがあります。下記日本語の最後の2段落は、オリジナルでは第3〜4パラグラフです。
 
また、文中に出版物から引用されている部分は、オリジナルではダブルクオートされていましたが、日本語では引用(blockquote)にしてあります。


これらの写真を撮影したのがどんな人物なのかを知らなかったとしても、この写真展は並外れた写真展となろう。ヘブロンでの2度の短い任期の記録。写真を見終わって背を向けたあとも長く、これらのイメージは心の奥底にまとわりついて離れない。イスラエル軍の部隊に所属する、僚友たちの集合写真――笑顔を浮かべ、活き活きとした、大方は18〜19歳の若者たち。そして夜間に誰もいない街路のわきで目隠しをされているパレスチナ人。肩にガリル・アソールト・ライフル【参考】をひっかけた、暗い顔をしたユダヤ人入植者。2001年3月に武装パレスチナ人の銃撃で死亡した生後10ヶ月のShalhevet Passの墓石――「罪のない赤ん坊、Shalhevetはここで殺害された。彼女の流した血の復讐を、神よ、遂げられん」という墓碑銘が刻まれている。壁に白いペンキで書かれた「アラブ人をガス室へ」の文字。ごっこ遊びをするパレスチナ人の子どもたち――イスラエル兵の役の子どもたちが、ほかの子どもたちを壁際に並ばせる。自分たちの父親や兄たちが並ばされるのを見たのをまねているのだ。

しかしテル・アヴィヴ大学を会場として開かれている「沈黙を破って」と題されたこの写真展の何よりの特徴は、これらの写真がプロの写真家の作品ではなく、兵士たちが撮影したものだということだ。この写真展はイスラエル社会の最上層で懸念の渦を巻き起こし、また、賞賛を浴びている。

これらの写真は、徴兵されたイスラエルの若者たちによって、日々ヘブロンの危険なパトロール任務を行うかたわらで撮影された。西岸地区で最も過激な人々に数えられるユダヤ人入植者500名が、市内の3つの入植地に暮らしている。そしてその周囲には13万人のパレスチナ人が暮らしている。両者は互いに憎しみを抱き、攻撃も頻繁である。入植者たちは軍隊に警備を求めている。

写真展というアイディアを兵士たちが思いついたのは、軍を去ってからだった(彼らのほとんどは今年6月までの時期に兵役の期限を迎えた)。写真は元々、純粋に個人用として撮影されたものである。「何枚かは、自分が今目にしていることがよくわかんなかったので、あとからよく考えたいなと思って撮ったものです。何枚かは単に記念ってことで撮りました」と、Jonathan Boumfeld(21歳)は言う。

しかし、展覧会を宣伝するために彼らが送ったリーフレットには、これらの「記念品」に写った記憶は「兵役についた僕たち全員に共通するもの」だということがわかったのだ、と書かれている。「……毎日毎日、ヘブロンの狂気につきあわされて、ユニフォームの中の自分たちがそれまでと同じ自分たちでいられるわけがありません。同じ部隊の兵士たちも、そして自分たち自身も、ゆっくりと変わっていくのがわかりました。」

「僕たちはテロの醜い顔に真正面から向き合わされました。子どもの集団を殺すことを何とも思わない自爆者。サバトの席で殺された罪のない一家。数えきれないほどの約束、近親者を奪われた家族、怪我を負った罪のない市民たち、追跡と逮捕……僕たちが守ることになっていた入植者たちが暴動を起こし、家々を占拠し、物理的に警察・軍と敵対し、警察・軍と言い合いになる。」

会場では毎日、写真を撮影した兵士のひとりがガイド・ツアーを行っている。これに参加しなければこれらの写真を完全に理解することはできない。兵士たちは外国メディアの記者のインタビューは断っている。その理由について、Micha Kurz(3ヶ月前に除隊した)は「何が起きているのかについて、イスラエルの一般の人々に語ることの方が大事だと思うからです」と述べている。

Kurz(20歳)はユダヤ人の幼い子どもたちが路上で楽しそうに遊んでいる微笑ましい写真の前で足を止めた。そして「ある日6〜7歳の女の子3人が石蹴りをして遊んでいるのを見て、退屈した気分がどんなに和らいだことか」と言った。その女の子たちが、買い物帰りのパレスチナ人女性を目にして石を投げ始めた。「『どうしてそういうことする』のと女の子たちに訊いたんですよ。そしたら、『だってパレスチナ人が1929年にどういうことしたか、知ってるでしょ』って言うんですよ。」1929年のアラブ人によるヘブロンでのユダヤ人虐殺、子どもたちはそれを(大人が言うままに)オウムのように口にしているのだろうけれども、子どもたち自身には1929というのがどういう意味かほとんどわかっていないだろう。「そして」とKurzは続ける。「兵士が入植者の親たちに、自分たちはテロリストを探すために来ているのに、おたくのお子さんたちを追っかけ回すことになってしまう、と苦情を言うと、親たちは『それではお困りでしょうから、子どもたちを追っかけるのをやめてください』と言うんです。」

入植者が壁に書いたスローガンを撮影した写真がある。「良いことと悪いことの違いを知りなさい。味方と敵の違いを知りなさい」とある。「だけど、ヘブロンに配属されたイスラエル軍の兵士にとっては、良いこと・悪いことも味方・敵も区別するのはそんなに簡単じゃないんですよ」とKurzは言う。

彼らは流血場面の写真は展示から除外している。その理由は、そもそも展覧会はイスラエルの一般の人々に、西岸地区でのイスラエル軍の駐留の日常(Kurzの言葉では「毎日の兵士の生活」)について考えてもらうために開いたものだからだという。

ある写真には、笑顔を浮かべたヒッピー風の入植者が写っている。片方の肩にギターをかけ、もう片方の肩にウヂ機関銃(Uzi)をかけている。「この人は午前中は部隊のところに遊びに来てはボブ・ディランの歌を歌っていくんですよ」とKurzは説明する。「冬には暖かいスープを持ってきてくれました。夏には冷たいレモネードを。で、午後になると僕たちはこの人を追いかけ回すんです。この人、パレスチナ人に向かって石を投げるから。」

望遠銃を通して見たひとりの若いパレスチナ人の写真の前で、Kurzは「こんなふうに自分が思い通りにできる状態で標的を捉えたとき、最初はいやな気分になりました」と言う。「だけど、3回目までには別に考えなくなるんですよ。」こういったことすべてが道徳心〔良心〕の「磨耗」のプロセスの一部なのだと彼は言う。そのプロセスで、良いこと・悪いことの明瞭なはずの区別が「ぼやけ」てくるんだと言う。

彼は、Abu Snenaのパレスチナ人地区を広角でとらえた1枚を指差す。地区を一望できる軍の駐屯地から撮影されたものだ。そのAbu Snena地区に武装勢力がいることは疑いない。ここが兵士たちへの銃撃やShalhevet Passを殺した者たちが武器を発射した拠点である。

Kurzは武装勢力が使っている空っぽの建物の写真を示す。ここでは、厳密な言い方をすると、軍は火器(使用)を制限することになっている。「最初はねらいを外しますよね、多分。標的を撃つ前に、右隣とか左隣の家を撃ってしまう。でも、しばらくすると(標的以外にも撃ってしまったなんてことは)考えないようになるんですよ。」

こういった意味での道徳心の磨耗は、展覧会を期に出版された匿名の兵士たちによる証言にも現れている(証言はヘブライ語で出版されている)。

◆(パレスチナ人の)家に入って『子どもは全員1つの部屋に集まるように。これからこの家を捜索する』って言うとして、もしこれが逆だったら自分はどうするだろうって思う。どうするだろうか、ほんとにわからない。もし(こんなふうに)誰かがうちに入ってきたら、僕なら逆上するだろう。銃を持った人が、小さい子が――4歳とか5歳の子どもがいる家に入ってきて、銃を突きつけて『よし、全員出ていけ!』とか言ったら、僕の親とか家族ならどうするだろうって考えようとしたんだけど、ちょっと想像しがたい……。
◆力を持ってるってことが自分にはただもう嬉しいんだってことに気付いた日、僕は自分のことが恥ずかしかった。それがいいことだとは思わないし、(悪い)ことをするのが正しいとは思わない――相手が誰であっても。まして、自分に何の被害も与えてない人にそんなことするなんて。でもそういう状況になったら嬉しくなっちゃうんだ。自分の命令通りに他人が動く。銃を持ってるからね。銃を持ってなかったら、仲間の兵士たちと一緒じゃなかったら、飛びかかられてぶん殴られる、刺されて殺される。でも段々そういうのが楽しくなるんだ。『楽しい(enjoy)』なんて言葉でも何か違う。それが『必要になる』んだ。そうなると、誰かに「いやだ」と言われると、「はぁ? いやだ、だと?」と思うようになる。一体どのツラ下げて「いやだ」とか言っちゃってるわけ?みたいな。あのユダヤ人(入植者)たちがいかれてると自分が考えてることも一瞬忘れ、自分が平和を望んでいることも忘れて、占領地(the terrirories)に俺らがいちゃいけないってか、俺に向かって「いやだ」ってのはどういう意味だ?ってね。俺さまが法だ! ここでは俺さまが法なんだ!ってね。そうなってから、俺こういうの好きなんだなってわかるんだよ……
◆こういうところで、その兵士が大人かどうか、思慮分別があるかどうかが関係してくる――そういうものがいつでもどこでもあるかっていうのはちょっとわからないのだけど。ここで悲惨なことがたくさん起きる。18歳の人間にそういう力を与えた瞬間、その人間がとてもおそろしいことをしてしまうことがある……
◆まったく正気の沙汰じゃないよ。あんたはそこに立ってる、イスラエル国防軍(the Israel Defence Forces)の制服を着た兵士としてね。あんたは銃を持ってる。銃弾も込めて撃鉄も起こしてある。で――あんたバカ?みたいな。俺の命令に逆らうとはいい根性してるぜ、こっちは撃とうと思えばいつだって撃てるんだからな、銃の台座でボコボコに殴ったろか、みたいな。したら、司令官はきっと俺の肩をポンポンと叩いて「よし、ようやくまともに事ができるようになったな」って言うだろう。俺はほんの子どもだ、生きるってことについてほとんど何も知らない。俺の持ってる力は制服と銃だけ。これがあるから何とか決意できてるわけで。
◆ここで自分的に普通になっちゃったのは、いわゆるデモクラシーってのがヘブロンでは跡形もなく消滅してるっていうこと。ユダヤ人は何でもやりたいようにやってる。ほんとただ単に、ルールなんてものは何もない。
◆6ヶ月いて最終的にわかったのは、実際のところ、ヘブロンでは、ユダヤ人の襲撃からパレスチナ人を守らなければならないんだってこと。ユダヤ人を守るんじゃなくてね……
◆家に押し入る。その家の人たちは別にまったく違わない、別の種類の人間ではない。体の特徴が僕の祖父に似てたりさえする、そんな人たちだ。……検問所を通してくれとあなたに頼み込まなければならない老人、あるいはレントゲン写真をあなたに見せなければならない老人。どうしてこんなことがという理由はわからない……

Yehuda Shaul(21歳)は、ひげを生やした元兵士で、この写真展は彼の発案だ。写真を見た兵士たちは彼に「僕の言いたいことを君が言ってくれてる」と言ったという。しかしKurzは、兵役を終えた多くの人々が「旅行して、ハッパやりまくって、できるだけ早く何もかも忘れ去ろうとしている」のだと認めている。

展覧会での一般市民――その多くは共感している立場だ――との対話において、(展覧会を開いた元)兵士たちは何度か、受け入れられないことをするように言われたときにその場で抗議しなかったのはなぜなのか、という質問を受けた。イスラエル軍も公式にこういう点を突いている。

ヘブロンの入植者、Noam Arnonはこれに加えて、議論の主導権を握ろうと、(展覧会を開いた元)兵士たちのしていることを「歪んだ自己顕示」のためだ、ある政治的な目的、つまり「ヘブロンからユダヤ人を追い出すこと」を追求しているのだ、と非難した。彼はまた「誰もが失敗するのならあなたたちも失敗する」とも言った。

しかしこういった非難は、写真展の意図からすれば完全に的外れだ。写真展は、軍――そして入植者――が西岸地区にいることから起きる日々のできごとを提示し、兵士たちがヘブロンでの任期を終えてからやっと自分たちと向き合ったように、イスラエルの一般大衆と向き合うことを意図している。「これは政治的意見ではないんです」とKurzは言う。「僕たちは左翼でもないし右翼でもない。ここにある写真は事実なんです。」

Kurzはこう付け加えた。「うちの母親もまったくわかってくれませんでしたよ。母に見えなかったら、イスラエル社会にも見えない。」ヘブロンでの体験を話すようになったときに、お母さんは何と?と私が尋ねると、やや間を置いて彼は答えた。「『あらまぁ』と言いました。」

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昨日、軍警察がこの写真展に強制捜査を行い、展示物の何点かを押収していった。軍のスポークスマンは、強制捜査は写真展をやめさせたり兵士たちが公に訴えることを罰することが目的なのではなく、アラブ人を虐待した兵士について軍法会議を開く必要があるかどうかを判断するためなのだと主張している。

日曜日(27日)には展覧会はIlan Shalgi(国会の教育・文化委員会委員長)の招聘でthe Knessetへと会場を移す。そこでは40点の写真が展示されるが、国会からの全面的支援を得ている。会期は7月5日まで。  


■註■

・この写真展は、パレスチナ・ナビの管理人ビーさんの個人ウェブログであるP-navi infoで取り上げられていたことで知りました。2004年6月20日の「兵士の写真」、および23日の「元兵士の写真展が、イスラエル軍に襲撃を受けた」をご参照のほど。なお、インディペンデントの記事は友人が教えてくれました。記事については私のウェブログでも言及しました(メモですが)。
 
・文中に、展覧会の主催者について「Yehuda Shaul(21歳)は、ひげを生やした元兵士で」とありますが、「ひげを生やした」は正統派ユダヤ教徒ということです。ロンドンでも東部にひげ+帽子+黒い服の正統派ユダヤ教徒のコミュニティになっている地区があります(私は行ったことはありませんが)。北部のジューイッシュ・コミュニティは正統派の町ではないと思います(こっちには短期間滞在してたことがあります)。
 
・記事中のイスラエル軍元兵士たちのコメントを読んで、思い出したウェブログがあります。http://turningtables.blogspot.com/というウェブログです。筆者は2003年にイラクに配属されていた米兵(既に退役している)で、同じ部隊の人が町に出たときの市民の反応だとか、ある夜に兵士のひとりが発狂したときのこととかを綴っています。写真ページもあります。
 
・Breaking the Silenceといえば、昨年9月に英国やオーストラリアで放映されたジョン・ピルジャーのドキュメンタリーも同じ題名でした(参考:当サイト内過去記事番組についてのピルジャーのインタビュー:当サイト内過去記事
 

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2004年6月に、現代企画室から『ファルージャ 2004年4月』という本が出ました。詳細はこちらのページでご覧ください

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日本語訳&ページ制作:いけだよしこ@nofrills
翻訳日:2004年6月26〜27日(日本時間)
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