Raed in the Japanese Language:
log: March and April 2004 (1)

ウェブログ『Raed in the Middle』日本語化ファイルのログ、
2004年3〜4月(1)

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Raed Jarrar|ライード・ジャラール
■原文(英語)
Raed in the Middle

 
■日本語化・現行のもの
Raed in the Japanese Language

Raed in the Middleが開始されて半月ほど経過してから日本語化を始めたので、特に4月分が、blogspot.comにある日本語化のサイトでは日付が前後して見づらくなっています。これを少しでも見やすくしたいので、ここに改めて、3〜4月分を整理しておきます。全部で2ページになります。日付の古いものが上、新しいものが下です。5月以降はあまり錯綜しないと思うので、このような形でHTMLファイルを作るかどうかはわかりません。


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2004年3月23日(火)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Tuesday, March 23, 2004
 
今日、アハマド・ヤシンが殺された。
今日、僕はblogを始める予定だったのだけれど、
とても悲しいし腹が立っている……
 
Posted by: Raed Jarrar / 4:50 AM
*translated by: nofrills 15 April 2004


2004年3月24日(水)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Wednesday, March 24, 2004
 
勉強中、母のblog【注:こちら】の翻訳続行中。
 
人々の目の中にあらわれている憎悪と怒りは、例えば9月11日に起きたような悲劇的なことがなぜ起こり得るのかということを説明するものだ。
 
イラク占領から1年になり、ブッシュが「平和の人」と呼ぶ人物は自らアハマド・ヤシンに対する暗殺計画を指揮することを決意した。
 
ここアンマンで、そしてバグダッド、ベイルート、カイロ、イエメン、ダマスカス、その他多くの首都で、人々はデモに参加して叫んでいる……彼らには悲しみと怒りのスローガンを上げることしかできないのだ。「イスラエルを滅ぼしてやる」と彼らは言い、僕は微笑んだ。 :*)
 
彼らがイスラエルを滅ぼしシャロンを殺したいと思っているということを僕は知っている……でも僕は彼らはそんなことはできないということを知っている。こういう場合に僕は泣くべきなのだろうか、それとも微笑むべきなのだろうか……わからない。
 
僕は悲しい。この憎悪も怒りもすべて、米国のポジションによって、またイスラエルの無責任な行動によって引き起こされたもので、いずれにしても(ビン・ラディン)みたいな現象に翻訳されることになる……。
 
眠くなってきた。
続きは改めて。
 
Posted by: Raed Jarrar / 6:24 AM
*translated by: nofrills 15 April 2004


2004年3月27日(土)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Saturday, March 27, 2004
 
というわけで続き……
 
また米国の拒否権行使。非難囂々。
で、来月また、ブッシュとシャロンの会談が開かれることが決まった。
 
かつて僕は、宗教上のシンボルに関わるフランスの新法を批判する記事をblogに書いたことがある。ヒジャブ【注:ムスリム女性が頭にかぶるスカーフ】を禁止するなんていう考えには真っ向から反対だったのだ。僕がヒジャブについて考えていることが理由というわけではない。ああいう決定がなされる過程とそのテーマが理由だったんだ。自分の書いたことを引用すると:
 
僕の世俗主義的部族をいやでも批判したくなる! 一体何をやっているんだと。こんなことが僕たちのゲームじゃないだろう! 僕はかつてサウジアラビアに4年間住んでいた。アブハという、南部の小さな町だ。そこでは……あの封建的で頭が良くなくて薄っぺらくて腐敗した政府が、「ムタウェmtawwe」という宗教者を送って、すべての女性が身体を覆い隠して真っ黒いテントみたいな外見であるかどうかを確認していた。うちの母が――洗練された、フェミニストのエンジニアが――あの真っ黒い布をまとって頭と顔を覆い隠していたことを僕は覚えている。僕たち(僕自身と僕の属している世俗主義集団)がいかに生き、いかに人生を理解すべきかを教えなければならないのは、こういう人々だ……
 
これは昔からある「いかにしてそれを行なうか」の問題だ。ブッシュ政権のスローガンには何も間違ったところはないと僕は思うし、だからこそ僕は、彼らの政策に何が押しつけられているかではなく、彼らが何を言っているかについて、批判したがるのかもしれない。
 
というわけで……
 
【訳注:以下、「スローガン」についてカギカッコを付す】
「テロとの戦いが最優先」? それには納得だ。僕は一生涯、テロリズムとファンダメンタリズム(原理主義)と戦ってきた世俗主義ムスリムだ。
 
「民主主義と自由」? それにノーと言う人はいないでしょう。 :*)
 
肝心なのは僕が信じているキャッチフレーズのことじゃない。いかにして考えを実行するか、なんだ。
 
「米国政権の外交政策が、全地球規模のテロリズムの最大の理由だ」……ってのは、何らかの意図を隠した言葉が満載されたもの? そうかもね。
 
米国の外交政策は僕のような人間を、とても弱い立場に置いている。どうしてだ?
なぜなら、極端な状況においては、極端なイデオロギーが支配するから。
僕は、不運なことに、過激なことを考えてる人間ではないんだけどね……。
 
全世界の政治状況は、米国政府によって直接コントロールされている。今は米国が超大国なのだ。そして、僕たちが生きていくこの異様に張り詰めた時代について責任があるのは、米国だ。
 
米国の外交政策を決定する人々が正しいことをしているのかそうでないのかと考えることは、すべての人間の権利だ。
彼らの利益を守ることは彼らの権利か? 
そう、その通りだ。
 
けれども、もし彼らが、自分たちの利益は自分たち以外の世界の利益と対立すると考えるとしたならば、どうして1つの世界、1つの村、などなどなどについてのスローガンを僕たち相手に流すのか?
 
ローマ帝国のようにやればいい。ローマみたいに僕たちの国を占領すればいいんだ。 :*)
 
僕がジーンズなんか履いてるのはなぜだ? どうして今日の昼ご飯はバーガー・キング【注:米資本ハンバーガーチェーン】だったんだ? どうしてアヴリル・ラヴィーンの声はこんなに聞き覚えがあるんだ? どうして誰もかれもが同じノキア製品、同じコンパック製品を使ってるんだ? 僕たちはネコも杓子もメキシコのテキーラが好きなのはなぜだ?
 
これらが米国の世界の一部だから? それともこれらは僕たちの世界の小さな部分だから?
 
何が言いたいのかっていうと……とっても単純明快なことだ……あなたたち、つまり米国人は、世界を支配したいんでしょうか? それとも僕たちが僕たちの文明を築くことを手伝いたいんでしょうか?
 
あなたたちは本当に、テロリズムの根がいかに深まり強くなっているのかを知りたいと思っているのでしょうか?
あなたたちは本当に、テロリズムがいかにその目的と方法を「正当化」し「理にかなったもの」にしているのかを知りたいと思っているのでしょうか?
 
あなたたちの劣化ウラン弾で、もっと多くの国を爆撃すればいいんです……その国の大量破壊兵器を探して。
もっとたくさんの一般市民を殺し、彼らの文化を破壊すればいいんです……彼らの自由と権利を守るために。
もっとたくさんの政治的指導者を暗殺すればいいんです……政治的解決を求めるために。
そして拒否権を行使して殺人者を守る、その例をもっとたくさん世界に示せばいいんですよ。
 
誰がテロリストなのか?
僕たちのような人々ですよ。抑圧されて不満を抱えている人々、国際法を信じることができなくなった人々、パレスチナやイラク、レバノンで殺され傷つけられている人々……
 
解決策はこういった人々を攻撃することであるとあなたは考えるんですか?
「テロとの戦い」とは、ミサイルや戦車を使う戦争なんだと、あなた、本気で思ってるんですか?
爆笑!【注:原文では"Lol"⇒略語解説
:*)
ありえないっしょ。
 
ブッシュとビン・ラディン、どこが違うんです? どっちも過激な殺人者じゃないですか。暴力的過激主義者でしょう。
ブッシュのような大統領が理性ある共同体、「文明的な」市民に基づく共同体の考えを反映してるとでも? 法の権威を信じる共同体の?
ニューヨークの殺人犯はどう扱います? 裁判もせずに殺しますか?
ワシントンの窃盗犯はどう扱います? 手首を切り落としますか?
こんな暴力の倫理、原始的法は、いったいどこから来てるんですか?
 
米国政府(でっかい戦車と速い戦闘機を持ち、最強の大量破壊兵器を持ってる政府)が、自分たちが本当の戦争を始めたとわかる時があるんでしょうか?
 
親愛なるロボコップ様各位、これは文化の戦争です。
 
Posted by: Raed Jarrar / 4:11 AM
*translated by: nofrills 15 April 2004


2004年3月29日(月)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Monday, March 29, 2004
 
アラブ・サミット……何てことだ。 :*)
だから何だっていうんでしょ?
こんなかつてないほど不毛な会合から何かが生じると思ってるアラブ人がひとりでもいたら教えてください。
サミットは延期して、場所と時間を変更すべき! 自由世界なんでしょ。
唯一おもしろかったのは、イスラエルの反応。サミット延期はアラブ世界の大きな進歩だそうです。
ああもうまったく、こういう時、自分の進歩的世界を嬉しく思っちゃう。
 
この話はここで終わり。方向転換、充填、撃て……
 
えーっと、ヘイト専用blogを始めようかと真剣に考えてるんですけど。(爆笑) :*)
ヘイトばっかりのサイトもいくつか見つけました。独創的コメントがありますね。例えば:
 
「あんたのお母さんのblogを読んだ。あの調子じゃ、子供たちが切り刻まれてビニールのゴミ袋に入れられて届けられちゃうじゃないの。」
 
(爆笑)
(大笑い)
:*)
 
僕がバラバラに切り刻まれて袋に入れられて届けられたら、うちの母は嬉しがらないと思うけどね。ビニール袋でも紙袋でもね。いずれにしても芸術的コメントでした。
 
本日のお題:いかに我々はお互いに憎しみあうことができるか……
 
本日の練習問題
うーんと、僕はあんまりこういうのは得意じゃないんだけど、やってみます。
元カノが嫌いです。彼女のおかげで僕の4年が無駄になったから。
以前友人だった人物が嫌いです。そいつのおかげで僕の8年が無駄になったし、5000ドル盗られたから。
僕の「嫌いだ」リストは以上。
でもそんなに大嫌いというわけじゃないです……時々会いたくなります。
 
あー、えーっと、これじゃダメっすか? じゃあ……時々うちのネコのことも嫌いになります。
以上!
終わり。
 
しかしどうしてある人が他人のことを憎むことができるんでしょうか……会いもしないのに、ただただ憎むなんて。
ヘイト・メールがどっさりっていう現象は、単に思い上がった個人の暴走以上の何かがあります……「あっち側」を憎むよううまく仕向けられた結果です。
 
本日のヒント
「我々につくか、それとも我々に反対するかだ」といったモットーは、「あっち側」を憎めというキャンペーンを始めるのに適したものだと思います。
 
僕たちの政府(サダムの政府、ブッシュの政府、などなど)が、メディアを大衆誘導の道具として使うためできうる限りのプレッシャーをかけ、洗脳の長期計画において同じスローガンや嘘やでっち上げを繰り返し続ければ、彼らはその結果としてどんなことを期待しているのか?
 
彼らはいくつかのキーワードを再定義することを狙っているわけで、そのひとつがナショナリティ。もしあなたが善良な市民であるなら、あなたは自分の国を愛していなければならず、いかなる種類の犠牲についても柔軟に対応して理解し、同時に他の世界からきたすべてのものをとことん憎まなければならない。
 
政府は僕たちに、自分たちの文化こそが文化なのだと教え、自分たちの言語こそ優れたものであると教え、自分たちの伝統こそ最上のもので、自分たちの倫理観、自分たちの旗、自分たちの天候、自分たちの自分たちの自分たちの
 
あっち側を憎め。仲間の(=同じ国に属する)市民についてであっても、常に疑念を抱け。彼らは薄汚い外来の考えを抱いているかもしれない、彼らは悪い奴らにコントロールされているかもしれない、彼らは裏切り者かもしれない。
 
あっち側を攻撃せよ。彼が何を言おうとも耳を貸すな。あなたの敵は、あらかじめ決められたようにカテゴライズできる。例えばシオニスト、バース党、共産主義者、帝国主義者、テロリスト、イスラム主義者……敵はこれらの小さな箱に閉じ込めなければならない。箱は防音工事済み。だから彼の有害なイデオロギーを聞くことは決してない。
 
本当の問題は、僕たちの政府【注:原文our governmentsと複数形】がやり方を変えるのかどうかではない。
本当の問題は、僕たち自身のことだ。僕たちが彼らの作り話を買うのかどうか? 僕たちはこの憎悪の海に引きずりこまれるのか? 僕たちの文化の間にまた新たな壁を築くのか?
 
違ったように考えることはあなたの権利だし、僕の権利でもある。
平穏無事に生きることは、僕たちの権利だ。
 
Posted by: Raed Jarrar / 9:28 PM
*translated by: nofrills 15 April 2004


2004年4月2日(金)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Friday, April 2, 2004
 
昨日ファルージャで起きたことはとても悲しいことだった。
 
とても、とても悲しいことだった。
 
米国の民間人を殺すことは、いかなる場合でもいかなるようにも正当化されない。
 
たとえ軍に雇われた警備のスタッフだったとしても、そんなことは理由にもならない。
 
世界中のテレビで流された映像、あれはとても痛々しいものだった。
 
アンマンとバグダッドの路線のドライバーに会ったら、そのドライバーはメディアで言っていることは本当だと言っていた。あの米国人たちはアル・ファルージャのメイン・ストリートの真ん中で撃ち殺され、車を焼かれ、火を放たれて石つぶてを投げつけられ、身体が焼け焦げてボロボロになったらケーブルでつながれてあの小さな町を車で引きずりまわされた。そしてついには、大勢の人の、見たこともない暴力的なパレードの中で橋に吊るされた。
 
CPAやブレマーの分析は、いつも通り、単純なものだ。(いわく、バース党の仕業だ、前政権の残滓に過ぎない、と。)
 
ちょっと待ってくれ。あんなにひどいやり方で殺された罪のない魂のことを考えよう。
 
僕たちはどうして、プライドとか傲慢さ、脅迫的な演説だのスローガンだのを脇にのけないんだ? どうして、この加速するばかりの憎悪と暴力の回転を止めようとしないんだ?
 
復讐/報復でこういう危機的状況を解決できるとでもいうのか?
 
僕は、パレスチナのジェニンの難民キャンプで起きたような(僕はジェニン出身のパレスチナ人だ)、あるいはバグダッドのアミリヤ・シェルターであったような(僕はアル・アミリヤ地区在住だ)大量殺人があるたびに、報復を唱えるアラブの声に、非常に強く反対した。ああいったことがあれば、僕も、僕の家族も友人も親戚も影響を受けたけれど、それでも僕は報復という原始的な考えにはNOと言った。
 
パレスチナやイラクで起きていることに対する反応として、報復を呼びかける毎日の声の一部となることを、僕は拒んだのだ。
 
暴力なんて解決にならない、絶対に。
 
米国統治の非常に薄っぺらい外国人警察は、誤ったことを示している。中東地域にいるすべての人々に、暴力だけしか米国には通じないのだと証明してしまったのだ。
 
アル・ジャジーラ放送の公開討論番組を見ていたら、ひとりの男が怒り狂ってこう叫んでいた。
 
「アメリカ人は自分たちに対しては民主的だ、しかし俺たちには? 全然民主的じゃないじゃないか。アメリカ人には外交や政治の意味がわかってさえいない。アメリカ人にわかる言葉といえば、爆発という言葉だけだ。なあ……アメリカ人がソマリアから撤退したのはどうしてだった? 和平交渉があったからか? それとも兵士が残虐に殺されたからか? どうしてイスラエルは――イスラエルはアメリカが腫れ物扱いしてる娘だ――レバノンから出ていったんだ? ヒズボラからの強烈なプレッシャーがあったからじゃなかったのか? どうしてアメリカ人は80年代初めにレバノンから撤退した? 自動車爆弾で兵士や民間人が数十人も死んだからじゃないのか?」
 
僕の答えは過激氏とは違っていてほしいのだけれど、今はそうあればと願うだけだ。
 
米国統治下でイラクやパレスチナの民間人を毎日毎日殺すこと、それと、統治当局が勝手にゲームのルールを書きかえることすら時にはあり、そのせいで……
 
「感情を煽りたてているから」といって、ブレマーの半政府(semi-government)が新聞社を閉鎖し人々を逮捕したとき……
 
何万何十万という兵士やイラクの前政府・政権のメンバーたちに、家に帰ってじわじわと死んでくれと統治当局が言ったとき……
 
毎日毎日ころころとやり方を変更し、そこにあるのは場当たり的でプラグマティックな計画だけで、何のヴィジョンもなくて……
 
彼らは、手を赤く染めた殺人者のリストから外されてはならない。
 
でも、唯一得られた答えは、国民の考えと原則を反映した責任ある「大使」のようにふるまうのではなく、攻撃と敵意をもっともっと増大させろという声なのだ。
 
こんなのは米国の倫理ではない。ブッシュのモラル、ブッシュの信念だ。
ブッシュ、不屈のブッシュ。そういうことだ。
 
今度はブッシュは殺された一般市民をジョークのネタにしかねない。
 
現在の憎悪と報復は、超大国の無責任で傲慢なふるまいのせいで、何十年間にもわたってゆっくりと築き上げられてきたものだ。損害は1晩で復旧できるようなものではないが、僕たちの過ちは1晩で判断される。どちらの側も過去の罪と過ちを告白すること、それがより安全で平和でよりよい未来を築くことにつながる。
 
Posted by: Raed Jarrar / 1:22 AM
*translated by: nofrills 14 April 2004


2004年4月4日(日)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Sunday, April 04, 2004
 
……というわけで本日のお題:数、数、数……
 
戦争は高くつくのだ……
ブッシュ政権が――これまでに――どんな巨費をイラクで費やしたのかを知ったときはほんとにびっくりした。
数の言語を使わせてくれたまえ……
ええと……
ONE HUNDRED BILLION DOLLARS.
1000億ドル。
それも軍事目的に限定しての話……。
このほかに230億ドルが「再建」目的で使われている……。
 
予想では、米国政府(ブッシュであれケリーであれ)は来年はさらに500億ドルを使うことになるとのこと。
 
こんな数、僕には到底想像もつかない……つまり……10万ドル以上かかるものは何でも、僕にはよくわかんないんですよ……にしても……。
 
イラクの国家としての年間の収入がかつては150億ドルとかそんなもんだったということは知ってます……ううむ……1000億ってのは実際……いやもうマジ、すごい金額です。
 
カルザイがこないだ、アフガニスタン再建のためにさらに数十億を無心していた。彼は彼の戦争が終わってから(数年前以来)既に40億ドルを受け取っていて、その金額を米軍は今イラクでは1ヶ月で使ってる!
ほげげげげ!
 
戦争ってほんとにお金がかかるんですね!
 
イラクで最大のプロジェクトのひとつがメイン・ハイウェイ。6車線の幹線道路がヨルダン国境(とシリア国境)とバグダッドを結んで、南の方のバスラへ行ってクウェート国境まで。全長1000キロです。政府は1キロごとに100万ドル払ったそうで、最終的には100億になりました。
 
100億ドルなんて、アメリカの6兆ドル規模の経済にとっては大した数字じゃあない。けれどもそれだけあればイラクのひとつやふたつは建設できてただろうし、イラクの人々はものすごく、超絶なほどにリッチになっていただろうし……。
 
これまでに書いたことありましたっけ? イラクの個人の平均的な収入は戦争前は50ドルにも満たなかった。ええ、50ドルです、米ドルで……5万じゃありません。50億でもありません。
 
今は、平均はやっぱり50ドルくらいで、それも仕事が見つけられた人の話……ええと、そうだなあ、こういうふうに説明させてください。
 
10億ドルは、イラクの労働人口すべての給料、10年分です。
(あ、こっちの方がわかりやすいかも)もし10億ドルを直接イラク人に分配したら、ひとりあたりだいたい5000ドルになります(イラクの通貨に換算すれば、700万ディナール以上!!!)。
 
ブッシュは世界最初のミリオネア国家を創造するまたとない好機を逃した、ってことでしょうか。
:*)
 
でも、戦争を高くつくものにしているのはこれだけではないんです……。
何千というイラク人の、何百という米国人の命は、費やされたお金すべてよりももっと高いものです。
 
僕は最初の(そしておそらく唯一の)、民間人犠牲者の戸別訪問調査のcountry directorです。アメリカのマルラ・ルジカがパートナーで、マリアが資金を集めています。彼女はCIVICの総代表です。【⇒CIVICのウェブサイト
 
しかし不運なことに、マルラはいまだに最終調査結果を発表できていません。
 
僕はバグダッドとイラク南部における民間人犠牲者の最終調査結果を今月9日に発表することにしました。僕と一緒に作業して、夏の熱い日差しの中を何週間もがんばってくれてた150人のボランティアの人たちの多大なる尽力に報いるため、データ入力のプロセスを調整するのに何週間もかけてくれた弟のマジッドに報いるため、無責任な政治的判断のがめに死んでしまった罪のない命に報いるために。
 
2000人が死に、4000人が負傷しました。
 
これら何千という数字のひとつひとつに人生があり、思い出があり、希望がありました……それぞれがそれぞれの悲しい時、喜びの時、愛の時を過ごしたことがあったのです。
 
彼らの聖なる思い出のために、僕がデータベースを出したときには、あなたにはぜひ、何分間かを費やして、それを読んでもらいたいと思っています。彼らの名前を読み、彼らの個人的な背景を読み、そして彼らのことを人間として、友人として、親戚として考えてください。ただの数字としてではなく。
 
僕はバグダッドと南部9都市(カルバラ、ヒッラ、ナジャフ、シマワ、ナシリヤ、バスラ、クット、アマラ)のボランティアの仕事をまとめていました。これらの都市には毎週訪問していました。何度かは北部にも足を運んで、規模の小さな調査の段取りをつけたことがあります。
 
調査チームは地元の人たちで、調査対象となる地域の民族的・宗教的な割合、また性別の割合を反映する均質な集団を作るようにしました。それから僕は調査用の書類をデザインしました……理学修士の研究でいろいろ学んだので科学的な方法はわかっていたからできたことだし、それと、ボランティアの人たちやイラクの家族たちの協力的な気持ちがあったからこそできたことです。
 
民間人に絞った調査にしたかったので、軍の犠牲者は入れないようにしました。
 
民間人(Civilian):
戦場以外で殺された人全員。たとえその人の職業が軍に関連するものであっても含める(例えば、自宅で殺された兵士は「民間人」とする)
軍人(Military):
戦闘で殺された人全員。たとえその人の職業が軍人でなくても【訳注:うまく訳せません。原文a civic one】含める(例えば、フェダイーン【民兵】として戦闘中に殺された技術者)
 
原始的で簡素なツールを使ったのですが、僕たちの調査は信頼できるもので確かなものとなっているはずです。
 
21日間の戦争で2000人の民間人が殺された、これは非常に大きな数値です。こんなことが起こるとは、悲劇です……2000人の米国人が殺された9-11の出来事に負けず劣らず悲劇です。
 
そして、これから起こるもっと酷い悲劇とは、コリン・パウエルのような人が出てくることです。
っていうか、大量破壊兵器についてのプレゼンを準備したのは誰だったっけ?
 
この人は恥ずかしくないんでしょうか。
認められないんでしょうか。「僕が間違ってました。僕は大うそつきです」って。
ねえ、どーなの?
 
Posted by: Raed Jarrar / 12:04 AM
*translated by nofrills 18 April 2004


2004年4月4日(日)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Sunday, April 04, 2004
 
暴力と流血をもっと見たいと思いますか?
今後数日間で何が起きるか、覚えておいてください。
ではシーア派の新しいリーダーをご紹介します……
ムクタダ・アッサドル
 
【訳注:Raedさんの綴りはMoqtada AsSadrですが、人によってはMuqtada Al-Sadrなどという綴りもあります。日本では一般的に「サドル師」と書かれますので、ここでも今後は「ムクタダ・アル=サドル(師)」などというように表記します。】
【訳注2:↑のリンク先は3 April, 2004のBBC記事。バグダッドでの「反米デモ」についてのものです。まだちゃんと調べてないんですが、おそらくBBCがサドル師について触れたのはこの記事が最初かと思います。】
 
Posted by: Raed Jarrar / 12:19 AM
*translated by nofrills 18 April 2004


2004年4月5日(月)の記事
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Monday, April 05, 2004
 
今日の衝突は僕が思っていたよりひどいものになりました。
 
イラク人21名死亡、155名負傷。米兵7名死亡、負傷多数。ほかに10名のスペインやエルサルバドルの兵士も死傷。
 
メディアが言うのはこう。「ある日の衝突」
で、こっちがほんとの話です。「ダラダラと長く、しかし本当」
 
ムクタダ・アル=サドルは、イラク南部では本当に重要な現象【訳注:phenomenonには「大ブーム」という意味もあります】です。USAIDでバグダッドで仕事をしていた、とても仲のよい米国人の友人とした話を思い出します。スローン・マンは新しいイラクを建設することにおける最も危険なことについて僕に訊いてきました。ファルージャか?と彼は言いました。
「サドルだよ」が僕の答えでした。
10ヶ月前のことです。
 
ムクタダ・アル=サドルは、モハメド・サデク・アル=サドルの息子です。モハメドは90年代終わりにイラク政府によって殺された、非常に有力なシーア派指導者でした。父親は非常に人気が高く力のある人で、僕は彼の支持者が作ったドキュメンタリを忘れることができません。殺害される前の最後の金曜日の祈りと説法についてのドキュメンタリです。彼は白いきょうかたびらを身につけて、支持者たちにたとえ私が殺されても政府との戦いを始めないようにと言っていました。
 
ところで、モハメド・サデク・アル=サドルは、やはり活動を禁止されていた勢力(ダーワ党)の有名なリーダーだったモハメド・バケル・アル=サドルのいとこです。モハメド・バケルは80年代初めにイラク政府によって殺されました。
 
おっと、閑話休題。
 
ムクタダは僕より若いんです。25歳くらいで、これまでずっとイラクで宗教学校で勉強して過ごしてきました。非常に内政的で防御的で、反抗者のような行動を取る人だと僕は思います。でもかれは非常に頭がよく、プラグマティックです。彼は戦争が終わってすぐに仕事を始めました。父親の人気を引き継ぎ、まずはそれを出発点として利用しました。自分の年齢や宗教的な位ではイラクの指導者として立つわけにはいかないということを知っていて、だからこそ非常に尊敬されているイランの宗教家のアル=ハエリとの強い関係を初めてそれを維持してきたのです。
 
アル=ハエリを宗教的に頼れる人と考えたことが、ムクタダが強い宗教的な見かけのもとに反米・反サダムの見地からことを進めるチャンスを与えました。
 
ムクタダ・アル=サドルは、南部やバグダッドのサダム・シティ(Athawra)に事務所やモスクを構え、サダム・シティの名前をアル=サドル・シティに変えることに成功しました。アル=サドル・シティはバグダッド市内の大きなgridiron cityで、シーア派が100万人住んでいます。貧しく弱く教育のない人々のエリアですが、バグダッドの武器売買の場所で、手榴弾は5ドルで、マシンガンは50ドルで手に入ります。
 
彼は、CPAのオルタナティヴとして、もうひとつのイラク政府を作りました。大臣たちも彼が選びました。
 
そして、彼のした中でおそらく最も影響力の大きかったことは、シーア派イラク人の宗教的権威のとても重要な部分を、彼がコントロールしたということです (Al-Hawza)。
 
彼のことをみな甘く見すぎていました。ブレマーも政治指導者もメディアも、僕の友人たちのほとんどもうちの親も。しかし、僕はまったく甘く見てなかった……というわけです。
 
僕は南部へはよく行くんですが、そうするとアル=サドルの持つ強さとか権威というのが実際どういうものかを肌で感じられるし、目でも確認できるんです。そして、彼がイラクの歴史の次の段階でキー・パーソンになるというリアルな可能性も。
 
南部の都市では、だれも気付かないままに白い革命が起きていました。シーア派とシーア派による激しい競争が、時には戦闘にまでなったのですが、アル=サドルとアル=ハキムの間に起こりました。(アル=ハキムは昨年ナジャフでの大爆発で暗殺されました。)アマラやクット、ディワンヤ、シマワといった都市はアル=サドル一派によって完全に支配されており、ナシリヤでも劇的なデモンストレーションがあって、それが行政区のアル=ハキム支持者を変えて、その後にサドルの代表者たちが座ったのです。
 
ナジャフにいる中のよい友人がかつて「ナジャフィアン【ナジャフの人々?】」はハキムたちのことを理性的な流れと呼んでいて、サドルたちのことを混沌とした流れと呼んでいるのだと語ってくれたことがあります。確かにハキムには数十年単位の経験と政治の実務があり、イランからの強いバックアップと支持もある、しかしサドルはまだ始めたばかりでしたし。
 
すると、サドルは、アラトーヤ・アル=ハエリの祝福を受けて、自分の武装組織を作ったのです。アル=マハディ軍(Al-Mahdi Army)です。 何万何十万というイラク人が堂々とこの新しい軍隊に加わりました。
 
ここではっきり示したいのは、サドルのよく考えられた政治的・軍事的ステップです。これは今までだれも聞いたことがない話だと思います。
 
では、どうしてこれまで彼のことをあまり聞いたことがなかったのだと思いますか?
 
サドルはブレマーだの世界のメディアだのの注意を引くほど騒々しくなかったからです。ファルージャの無計画な爆発は注意を引きました。
 
CPAがサドルの新聞を閉鎖させて彼の助手を逮捕したとき、CPAは現実の衝突を予期していたはずです……本当の衝突を。
 
米国の統治がどれだけのものを失っているか、だれもわからないんでしょうか? ヴィジョンのなさを感じることはないんですか? のろのろとしてしかも愚かでまったく目的のない政策が血なまぐさい結果をもたらすことがわからないのですか?
 
ブッシュ政権は宗教的政府を作るためにイラクに来たのでしょうか? もちろん違うでしょう。だってそんなことになったら米国の利益に反するし、それはまるでイラクをイラン政府、つまり「敵」へのサプライズ・プレゼントにするようなものだから。
 
ならばどうして彼らは宗教指導者を支持し地元の神様のように扱うのでしょうか?
 
ブレマーが民主的でありたいから?
 
ではどうして彼らの新聞を閉鎖させて彼らを逮捕したのでしょうか?
 
激情を煽りたてているから?
 
(爆笑)
(爆笑)
:*)
 
どうして何もかも、やたらと遅くなってから発見するんでしょうか? もうどうしようもなく遅くになってから?
 
米国政府には、問題を解決することと、問題が起こらないようにすることの区別がつかないんでしょうか?
 
それとも実は気にしてないだけなんでしょうか? どうせ数ヶ月で逃げ帰るんだし、イラク人は自分たちの問題は自分たちで解決するだろうと。
 
もしそうならば、どうしてあなたがたは最初からイラク人に彼らの問題を解決させるようにしなかったんですか? だれがあなたがたに火を放って立ち去れと頼みました?
 
イラクが現在抱えている問題は、解決するまでには何十年もかかるでしょう。いいですか、何十年ですよ。
 
僕が何を望んでいるのか?
まず最初に……
ブッシュの戦争の名前を「イラクの解放」から変更してください……「作戦:やっといて逃げる」に。
 
Posted by: Raed Jarrar / 2:47 AM
*translated by nofrills 18 April 2004


*参考記事*
 
1つ前のエントリの最初の方で、Raedさんがお友達との会話で「サドルだよ」と言った、というところにリンクされていた記事を、参考資料としてちょっとだけ引いておきます。
 
http://www.guerrillanews.com/human_rights/doc4234.html
April 4, 2004
 
「この戦争で始まるであろう本当の衝突は、まだ始まってさえいない。南部ではみなが待っている。数ヶ月もすれば待ちくたびれてしまうだろう。」―― Raed Jarrar, October 2003, interview with GNN
 
バグダッド郊外の廃戦車置き場になってるところに私たちはいた。ライード・ジャラール(bloggerで建築家で民主化活動家)は本当の戦争はまだ起きていないと説明した。
 
2003年10月、30歳の[←原文ママ] ムクタダ・アル=サドルは、自分が自治政府の統治者であると宣言した。何千何万規模の支持者がバグダッドのシーア派スラムを埋めつくし、サドル支持を表明した。
 
メディアもすべて彼のモスクにやってきた。しかし、サドルや彼の支持者たちがイラクのワイルドカードだということがわかった記者は、Juan Cole【←この名前で検索すればご本人のblogが見つかります】のようなごく小数の人を除いては、ほとんどいなかった。バグダッド陥落の直後から彼らは資金や兵力などあらゆる面の準備を進め、彼らの土地から外国人を追い出す戦いを始めようとしていた。アメリカには彼らを止める気がないのかその能力がないようだった。
 
日曜にイラク全土で起きたことは次の段階の幕開けであった。シーア派の同時多発的大規模蜂起で22人のイラク人、8人の米兵、4人のエルサルバドル兵が死んだ。
 
米国は月曜に、サドルに逮捕状を出したと発表したが、これでは暴力がますます拡大するだけだ。
 
これはまったく新しい戦争であり、米国はこれを戦う準備などまったくできていない。今週は占領が始まってちょうど1年だが、それが始まったときにも米国には準備などできていなかった、それと同じだ。
 
ライード・ジャラールはそれを予期していた。、昨年10月に彼は「南部ではみなが待っている。数ヶ月で待ちくたびれてしまうだろう」と言っていた。
 
ジャラールは20代のパレスチナ系イラク人建築家だが、かの有名なバグダッド・ブロガーの片割れとして最もよく知られている。2003年の3月に侵略が始まる直前に、彼の親友がSalam Paxの名で"Where's Raed?"というblogを始めた。当時、バグダッドから検閲を通さずに流れてくる情報はこれだけだった。ラエドは「大規模戦闘」の終結後にこのblogに書き始め、アメリカの侵略がもたらす個人の自由に大変に期待しているということを書いていた。
 
またジャラールは小さなNGOを立ち上げて100以上の小規模な建設プロジェクトを完成してきた。「民主制は外から来るものではない」との自身の信念に基づき、彼は資金も用意し、ベクテルなら数千ドルも請求するであろうような橋を、60ドルで架けた。
 
ナシリヤに事務所があり、彼は町をコントロールしているシーア派とよく顔を合わせる。一度は身柄を拘束され1晩尋問されたが、彼らはジャラールに危害を加えず釈放した。しかし彼らはだれが責任者なのかをはっきり知らせた。
 
ジャラールは、シーア派の間の反米感情の強さと深さをアメリカは甘く見すぎていると警告した。私たちのイラク各地での取材により彼の言っていたことが正しかったことがわかる。何十年にもわたってシーア派を弾圧してきた男を政権から追い落としたアメリカの「解放」を支持する声は、シーア派の間ではほとんどない。
 
……全文はhttp://www.guerrillanews.com/human_rights/doc4234.htmlをご参照のほど。


2004年4月6日(火)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Tuesday, April 06, 2004
 
ブッシュ:奴はバース党員だっ! サダム支持者だっ! テロリストだっ! 逮捕しろ
ブレマー:しかし、シーア派の指導者ですよ。それに……反サダムで反バース党です……。
ブッシュ:わかったわかった、何でもいい、何とでも呼びなさい、カウボーイでも盗賊でも……
ブレマー:「アウトロー」、でしょうか?
ブッシュ:すごいじゃんすごいじゃん! それそれ! いいぞ、ブレマー、いいぞ! ゥワ〜〜オ!
 
法律(law)がない時に、無法者(outlaw)になれる人がいるんでしょうか?
(爆笑) :*)
 
【訳者注:outlawは「法の範囲外にある」の意味。「無法者」という日本語は別の文脈では実にしっくりくるのですが、こういうダジャレ系だと外れますね・・・気付かなかった。】
 
アル=サドルは、スポークスマンが述べたところでは、CPAに無法者呼ばわりされることを「誇りに思う」のだそうです。
 
というわけで、紛争の根本の話に戻りましょう。
 
何週間か前、アンマンでカナダ人の友達のタラにディナーに招かれたんですが、たまたまニューヨーカー誌のジャーナリスト、ジョン・リー・アンダーソンもいたんです。バグダッドに向かう途中でした……。
 
僕たちはイラクの人口構成上の多層性、文化的多層性について話をしていたんですが、僕は連合軍側のイラクの人口構成・民族・文化・宗派の分析について、まったく納得できませんでした。彼らが見ているのは「スンニ派、シーア派、クルド人」だけで、それでは正確とは言えません。クルド人がスンニ派だから!というだけではなく、僕自身、スンニ派グループだとかシーア派グループだとかを感じることがないわけです。
 
ってことでご清聴よろしくお願いします。
:*)
 
イラクには4つの主要グループがあり、それぞれが調和の中に暮らしています。僕の区分け方には地理的なタイトルがついています。
 
A)最もはっきりしているグループが「北部地域」で、ここはクルド人が多数です。この地域では政治が統治します。時には部族的なことに根ざしている場合もありますが、それでもそういったことは政治的に示されます。
 
B)「部族地域」は中部と西部です。ここでは宗教はあまり影響力がなく、はっきりしている構造は部族の構造です。それぞれの部族には高度なヒエラルキーがあり、指導者や決定権を握る者が決められています。ピラミッドの頂点はシーク(Sheikh)、つまり「リーダー」です。大シークは助手や訪問者がたくさんいる会議所(Motheef)を持っています。それぞれの部族は多くの集団から連邦のように成り立ちますが、それらはフォコト(Fokhoth)と呼ばれます。部族にはそれぞれの法や決まりや生活様式や約束事があります。「いとこに背いて兄を助け、知らない人に背いていとこをたすける」というような感じなのですが、言ってることが伝わるでしょうか。
 
C)「南部地域」、最も均質的な8つの都市です。つまりカルバラ、ヒッラ(うちの母はここの出身です)、ナジャフ、ディワニヤ、シマワ(サマワ)、ナシリヤ、アマラとクット。僕は何ヶ月かかけてこれらの都市を回ったのですが、彼らを好きにならずに入られる人などいるんだろうかと思いましたね。とても親切ですべてが暖かくて居心地がよく、いつてもまるで自分の家にいるかのような気がしました。時間と空間についての国際基準も異なります。市場(Sooq)に行けば人間の海の中にいるみたいです。すべてが緊張感があって純粋。社会文化的法がここでは支配していて、生活はいかにふるまうべきかについての小さく装飾的な微に入り細に渡った決まりごとに満ちており、まるでだれかが「いかに生きるべきか」のマニュアルを書いて、みながそれを読んでいるみたいなんです。この地域は、とても強い社会文化的リーダーがいるので興味深いです。シーア派指導者が地元の神で、彼らは市を所有し人々を所有し、すべてを所有しています。しかしとても穏やかな方法で。人々はリーダーの言うことには、何も考えずにただ従います……「それが私たちに最もよいと彼らはわかっているから」と僕は言われました。人々は自身の信仰や迷信の世界を築いており、僕自身は世俗主義的であるのだけれど、かなり楽しんでいました。
 
D)4つ目のグループは「どれでもないグループ」です。中立的で迷える都会人、バグダッドとバスラです。世界中の他の大都市のほとんどと同じく、バグダッドとバスラはカテゴライズしづらいのです。でもバグダッドの場合は、外部からの影響(南部や西部からのもの)が決定的だと言えます。バスラはバグダッドと同じ香りがしますが、南部が最も強い影響を与える都市です。
 
ブッシュ政権がイラクを攻撃して、自由と民主制をイラクの人々に与えると決めたとき、南部地域の人たちはそれをかなり信じていました。
 
【訳注:日本では、どっかのテレビに学者が出てて「南部は米軍ではなく英軍が統治しているのでうまくいっている」と言ってたのを私は聞きました。英国ネタには耳ざといんで、確実です。でもだれが言ってたのかは覚えてませんが。】
 
米軍と「中部・西部地域」の住民との間で衝突が発生したが、それはこれらの人々が怒りを個人的な方法で表すからで、連合軍に対する攻撃はまったく部族的なものではない。
なぜかって?
部族的構造は政治的なものでありません。それは社会的なものだからです。
 
では、これらの人々はバース党員でサダム支持派だったのでしょうか?
たぶん……それがあてはまることもあるでしょう、イラク政府の重要な意思決定権を握っていた人たちはこの地域の出身者がほとんどでした。サダムもこの地域の出だし、こういうのは社会的コンテクストでもあります。
 
というわけで、次の質問です。南部の人たちはなぜ過去において動かなかったのか?
なぜなら彼らは本物の希望を抱いていたからです。アメリカ人には、彼らの歴史的に惨めな状況を変えてくれる魔法があると。でもそうなりませんでした。
 
人々は始終不思議に思っています、なぜイラク人は米国の魔法のような解決をイメージしているのか、と。どうして彼らは自分たちで動いて物事を変えようとしないのかと。
なぜならこの魔法のような解決は、米国のメディアが彼らに約束したものだからですよ。つまり……僕は何ヶ月もそれを相手に回して戦ってきて、「あなたの国を再建するのはあなたの責任なんですよ」とみんなに言い聞かせようとしてきたんです。彼らのほとんどは間違っていた、わかってます……でも僕には、どうして彼らがこのように行動しているのかがわかるんです。
 
本題に戻りましょう。
 
で、ブッシュとブレマーは、衝突も攻撃も全部、テロリストが計画したものだと言っています。だからこそ、米軍はそれらの「悪い都市」で「悪いイラク人」を殺したり逮捕したりしているのだと……これらは小数派に過ぎないが、CPAはイラクの大多数に自由と民主制を与えるのだ、と。
 
いいでしょう、これが大多数ですよ。アル=サドルは多数派です。彼は多数派の指導者なんです。アル=サドルは、アメリカ人が来るのを待っていた南部の何百万という人たちのシンボルなんです。どこに問題があると?

どうして今、ブレマーはアル=サドルの新聞を閉鎖することにしたのでしょう? 助手を逮捕までして?
 
新聞が、ブレマーは今やサダムのように振舞っていると書いたからですか??????????
僕もそう言いましたが。 :*) タイホしてください。
 
ブレマーはちびサダムみたいに行動することがあると思います。きょう彼はデモを禁止することにしたんですよ。承認を得ずにデモをすれば懲役1年、承認を得るためにはデモの24時間前までに、デモの理由と時間と参加者と参加者数と、などなどなどを書きこんだ書類を出さなければならないんです。
:*)
 
昨年はCPAと「多数派」との間には衝突はなかった。それが今始まったわけで、ブッシュと彼の政府にとってはタイミングが悪いですね。
 
ブレマーさんは『敗北を作り出す方法/いかにして状況をめちゃくちゃにするか』というタイトルの本を書くべきだと思いますね。ブレマーは新聞を閉鎖し、助手を逮捕し、デモ参加者を撃ち、近隣のシーア派を攻撃し、都市を攻撃し、そして今や……例のアウトロー(無法者)ってやつ。
 
本日の1枚の写真。数人の警官が、バスラでのサドル支持のでもに参加、バスラでは州政府の建物を人々が占拠したのですが、それは、南部の社会的・文化的構造に属している感覚は60ドルの給料よりずっと強いんだということを、CPAに対して伝えるメッセージになるかもしれないですね。
 
僕を信じてください。ブレマーとブッシュは完全な負け犬です。何しろ彼らにはやりたいこともわかってなければ、いつやるかもわかっていない。どうやるかさえわかってないのが当たり前なんですから。
 
本当ですよ、ブレマーもブッシュも、火をもてあそんでいるんです。
 
Posted by: Raed Jarrar / 12:27 AM
*translated by nofrills 19 April 2004


2004年4月6日(火)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Tuesday, April 06, 2004
 
母親の視点で見たバグダッドの様子を知りたい場合は、
うちの母の見たことをお読みください……。
「すぐ近くのシーア派のモスク、Husainyyaで、彼らはRPG(ロケット推進型手榴弾)を持ってアメリカ人が来るのを待っている。彼らはアメリカ人を焼き殺したいと思っている。」
 
Posted by: Raed Jarrar / 6:10 PM
*translated by nofrills 19 April 2004


2004年4月7日(水)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Wednesday, April 07, 2004
 
これ、自慢していいよね?
Guerrilla of the Week
 
Posted by: Raed Jarrar / 4:29 AM
*translated by nofrills 19 April 2004


2004年4月7日(水)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Wednesday, April 07, 2004
 
イラクでの蜂起はまだ拡大し続けていますが……
 
でも僕はやはり、ブッシュとブレマーはまったくピント外れだと思うのです。
 
連合軍の統治当局のスポークスマンから、国際メディアのニュースから聞こえてくるのは、偽の説明ばっかりです。
 
いくつかポイントを挙げましょう。
 
アル=サドルはイラクの少数派の意見を代弁しているわけではありません。少数派の代弁だなんて、話にならない大うそです。
僕の好き嫌いは別として、サドルは南部イラクの何百万もの人々にとっての政治的・宗教的指導者なんです。
南部には1500万のイラク人が住んでいます。さらにバグダッドに500万人。そのうち500から700万人がサドルを支持していると考えてよいと思います。
 
アル=サドルはそこらの20代のおにいちゃんではありません。(「彼は若い」だなんて)適当にあしらおうとしてるだけですね。
僕たちがサドルのことを好きか嫌いかは別として、彼はひとつの現象(ブーム)なんです。イラク南部の人たちがムクタダ・アル=サドルを見れば、サドルのお父さんの生涯も見えるし、彼の宗教的サポーター、アル=ハエリの深い根も見えるのです。
 
アル=サドルはイラン政府支持の小物ではありません。シスターニやハキムとは違い、イランの公式な政府との関係はまったくよくないんです。
 
南部のほとんどの都市では、アル=サドルこそが政府なんです。アマラやクット、ナシリヤ、ディワンヤ、シマワ(サマワ)も部分的に、それからナジャフも一部はそうです。(クファKufaというのは、ナジャフの中にある小さな町で、サドル派の中心地です。)
 
つまり……僕の世俗主義的観点からは……これらの過激な宗教的右派武装集団がいるということがものすごいひどい状況なんです。でもこれは、ブッシュ政権の無政策が招いた帰結なんです。外から持ってこられた「民主制」なんてのはこういうことを招いてしまうことが予想されていたはずなんです。僕たちが陥っている袋小路のことを、僕はかつて「アルジェリアのデッドエンド」と呼んでいました。アルジェリアは何年か前に、まったく同じ経緯をたどったんです……選挙と民主制がほしい? で、力を持った過激な宗教的な勢力が勝つ、と。 :*)
民主制も選挙もいらない? なら混乱を始めないでほしい。
 
過激派が育ち、軍隊を作り上げる時間的・空間的余地を与えるのは、ヴィジョンが欠落していることです。アル=マハディの反米軍団が何をしようとしているのか、だれも想像できないんでしょうか。
彼らが選挙の投票所を手配するとでも?
それとも、アメリカの軍隊とアメフトの試合をするとでも?
イラクでひとつの統一的な運動を見せてください。
あなた方のしていることは、最初から戦車で何もかもを破壊できるミスター企業のようにふるまうことか、あるいは「多数派」が望むものを与えるミスター民主制のようにふるまうことか、なんです。
 
僕にはこれはコラージュにしか見えない。適当に寄せ集めた規則、問題解決においてあっちとこっちまったくばらばら。
 
西洋の民主制の経験をイラクに重ね合わせることには、僕は断固として反対です。世俗的左派のムスリムとして、僕には戦争前から自分たちの社会を変革する理論がありました。非常に複雑な作業です……僕たちの部族文化の価値観を直し、力と強さに基づいた社会的ヒエラルキーを変えるなんて。これは本当に時間のかかることですが、とても高度なものなんです。
 
僕の知っている人たちのほとんどは(僕も含めて)この戦争に反対でした。今でも反対です。
その理由? 僕たちがバース党員でサダムを支持しているから? 僕たちがマゾヒストでイラク政府のもとでひどい生活をすることを楽しんでいたから?
違います。
変革は内部から来るものでなければならないということを知っていたからです……たとえそれに10年単位で時間がかかろうと、あるいは100年単位であろうと。
 
僕がテキサスに行って人々にああしろこうしろと言うことはできません。ロンドンとかマドリッドとかでも同じ。
それは、僕には充分な考えがないからではなく、僕の考えることはコンテクストから外れているだろうからです。
 
ブッシュ政権がイラクについて考えていることは、まさにこんな感じになっているんです。考え自体が悪いわけではない。そうじゃなくて、コンテクストから外れているんです。 彼らがイラク人のようにふるまうこともありますが、そうなるとますます逆説的に見えるようになります。
 
イラクは「グローバル村」の一部ではないし、戦車や爆弾を使って「グローバル村」に加えられたとしても、平穏な村の一部にはならないでしょう。
 
ヨルダン社会が徐々に進化していくのを見て、それをイラク社会と比べてみると、とても悲しい気持ちになります。アンマン(ヨルダンの首都)の市民の文化や行動は、とても漸進的でなじみやすい変化の時期を経て、彼らは爆発なしでグローバル村に加わりました。アンマンでは、ピアスをしてタトゥーを入れて髪を赤くした女の子たちが、長いあごひげをはやした宗教的シークと一緒のところに座っていたりします。人々はお互いを受け入れつつ、自分たちのやり方を保つ術を知るようになりました。だからといって僕がアンマンのライフスタイルが大好きだというわけではないのですが、それでも、外に破裂すること内へ向けて破裂することもなく、ある社会が段階を踏んで国際的体制に加わった過程としてはよい例です。
 
イラクはこれとは違います。人々は、自身の人格や歴史や文化が攻撃されていると感じている。みなが防御的になっていて、「彼らは私たちの博物館を破壊した、私たちの歴史を抹消したがっているんだ」とか「彼らは売春や麻薬密売を増やしている、教えに反することだ」とか「ユダヤ人には私たちの国に来てもらいたくない」だとか「イラク人科学者を殺している」だとかいうことになっている。たいていの場合は妄想にすぎないこういったコメントをそれはもうたくさん耳にします。しかし重要なのは、防御的になっている社会は友好的にはなりえない、ということです。イラクを攻撃することが、人々をますます保守的に、ますます防御的にしたのです。
 
ブレマーが現在進めている軍事的なステップは、イラク人にしてみれば、パレスチナの危機を思わせるものです。集団的懲罰に関係することはすべて何もよい結果をもたらしません。ファルージャへの攻撃はあってはならないことです。シーア派の住宅街を爆撃することは間違ったメッセージを伝えるし、公に虚偽を述べることは、CPAが一応は信頼できるものだという希望をつぶすことです。
 
現在イラクで起きていることは、何百というイラク人を殺し何十という連合軍兵士を殺すことは、一部の連中がまた暴徒化しているということではありません。蜂起なのです。
 
僕は批判するばかりで答えは言っていません。なぜなら、今はまだ提案をするときではないからです。
 
中国系の僕の前カノはこう言っていました――「剣はおさめておきなさい、その瞬間が来るまでは」。
 
Posted by: Raed Jarrar / 1:10 AM
*translated by nofrills 19 April 2004


2004年4月8日(木)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Thursday, April 08, 2004
 
人形劇
 
ブッシュ:ゥワーオ、ゥワーオ……えーとあれあれ、あれよあれ、名前何だっけ、例のほれ、あの無法者、あいつ殺した?
ブレマー:どの無法者でしょうか……失礼ながら。
ブッシュ:ほれ、あれよあれ、うーんと、あの、ほれ、シーア派の……セイダ。
ブッシュ:ああ、アル=サドルのことですね……失礼ながら。
ブッシュ:ああそれそれ、ま、何でもいいんだけどね、セイダ、サディール、スパイダ……みんなおんなじじゃんか。
ブレマー:まだです……失礼ながら。しかしマーク・キミット(Kimmitt)准将が最善を尽くしております……はばかりながら。
ブッシュ:ゥワーオ! カエルのカーミット(Kermit)も手伝ってくれてんだぁ!! ゥワーオ!! なのに僕が国際的な連合をちゃんとやってないとか言われてんだよね、まったくやんなるなあ。
 
例のカエルくんはスポークスマンとしては最優秀とは言えないと思いますけどね、ブッシュちゃん。
毎日の記者会見を聞いてました。彼のコメントでここで書けそうなものがないかなあと思って。
2つ、すばらしいコメントがあったので引用します。
しかし……これは単なるコメントじゃないね。宣言だ! 彫刻だ! 記念碑だ!
「はい、ファルージャのモスクを破壊しました。内部にテロリストが潜んでいたためです。潜んでいたを多数、殺しました。」【訳注:原文でterrorists, enemiesが使われています。】
「殺すのみです」
(爆笑) :*)
僕のコメントは……ノー・コメント。
 
イラクで起きている蜂起はもはや簡単には止められない。アル=サドルが止めたくってもだ。
 
本日の、賢い政治的ステップ3つ
 
イチ) アル=サドルが、この蜂起はイラク人の選択であると宣言した。だれにも戦えとは言っていないと。
僕にはわかる、サドルはうそをついている。サドル自身にもそれはわかってる……
それでも、政治的にはこれは賢い。
彼は、民衆の指導者としての自己像を出す機会を捨てずに、彼ら以外の政治的・宗教的集団が蜂起に参加する道を広げた、というわけです。
 
ニ) アル=サドルはファルージャの人々のための慈善キャンペーンを始め、イラク人の大多数からよい反応を得ている。これでスンニ派とシーア派の間の緊張が解消されました。
 
サン) アル=サドルは初めて地域の問題についてのメッセージを出した。クウェートの人々に、クウェート政府にもっと圧力をかけるようにお願いしますとの公開メッセージを送ったのです。「この大きな悪魔から私たち両方が解放されるよう私たちに力を貸すことは、クウェート国民の責任である」と。
 
スンニ派とシーア派の和解で、蜂起に参加している人々はまた盛り上がったし、シスターニとバグダーディはスピーチでアル=サドルへの共感を示した。
 
さて、ここでうれしくないのは統治評議会とクルド人。統治評議会(GC)は真っ先に批判されてこの状況を招いた責任を問われる。クルド人は彼らの計画を脅かすであろう反占領同盟にはあまり安心していられない。
 
ラムズフェルドの言う「大多数」とはどこにいるのか、僕はほんとに聞いてみたい。イラクの「大多数」は現在起きている蜂起には反対である? 「大多数」が望んでいる自由に到達することを助けたい? で、その「大多数」とはどこに?
 
スンニ・トライアングルの何百万人が「少数」であるというのなら、アル=サドルの何百万人も「少数」ということだ……「大多数」ってどこ? ワシントンにいるの?
そして、こんなことが「少数」にできるとすれば! クットなどの町から連合軍を追い出すとかね……となれば、「大多数」はいったいどんなことができるんだろう? 米国を占領するとか?
 
今日、アル=クットからウクライナ軍が撤退した。市街での戦いがあまりに大きくなったからだ。
 
アマラにいる英軍も、まもなく同じことになるだろうと僕は思う。
英軍は10ヶ月前にイラクに権限を移譲したけれど、まだ町の警備をしている。
 
それと、蜂起している人々はナシリアのイタリア軍にももっとプレッシャーをかけようとするだろう。でもそれでカラビニエリを出ていかせることができるかどうかというと、疑問なのですが。
 
しかし、僕が最もありそうだと思うのは、非常に静かなシマワ(サマワ)とディワニヤで攻撃が増えること……スペインと日本の兵士がいる場所ですね。
 
この新しい戦争はあと数日のうちに止まるものではない……問題は、いつどのようにということ……。
 
何百人というイラク人を殺し、何十人という外国の兵士(米、英、イタリア、ポーランド、ウクライナ、エルサルバドル、など)を殺すことは、答えではないです。
 
Posted by: Raed Jarrar / 2:37 AM
*translated by nofrills 20 April 2004


2004年4月9日(金)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Friday, April 09, 2004
 
これから2、3日は真っ赤になるでしょう。
赤の週末……
明日でバグダッドの「陥落」から1周年です。
 
明日は金曜日で、ムスリムの聖なる日で、バグダッドのモスクでは正午の祈りは行なわれません。モスクは、明日の金曜の祈りはスンニ派はすべて、中心のモスクでやると発表しています。ウム・アルマレク・モスクです。何千何万という人たちが集まることになるでしょう。
 
ファルージャのための献血キャンペーンにはイラク全土から何万というイラク人が参加しています。ファルージャはまだ戦火を浴びていて、300人を超える人たちが殺され、500人以上が負傷しています。ブレマーの命令した集団的懲罰のために。
 
イラクの警察官たちがナジャフやクファでアル=マハディ軍に加わりました。同盟軍が統治している場所でです。アル=クットでも同じことが起きています。
 
統治評議会(GC)は分解しています。何人かがすでに辞職し、まだ何人かが辞職する課前です。人々は「権限の移譲」について冗談を飛ばしています。だれが何を移譲するんだ?って。
 
この土曜日はシーア派のアル=フセインの宗教的な記念日です。この記念日には、イラク全土からのシーア派が何百万人という規模でカルバラへと行進します。今年この行進が行なわれたら……ああ……。
 
今日のシステマティックな誘拐は、別の「新しい」イスラム集団というのは、実は蜂起の中心、アル=サドルの仮面であるということを示しています。
 
昨日僕が言ったように、日本の軍隊と日本人に対する攻撃が増えるでしょう。日本の軍隊に少しプレッシャーをかけるか兵士を何人か殺すかすれば、日本政府がめちゃめちゃになって、やがては日本の軍隊の撤退につながる、ということは、だれでも知っています。
 
韓国人、カナダ人、日本人、英国人……人質のご家族のことは非常に気の毒に思います。
 
この血なまぐさい暴力のサイクルは、2、3日では止まらないでしょうが、来週になれば政治的解決が受け入れられるのではないかと思います。
 
僕は悲しいし、フラストレーションがたまっています。
攻撃と暴力の音が、僕の声よりも大きくて。
 
Posted by: Raed Jarrar / 5:32 AM
*translated by nofrills 20 April 2004


2004年4月9日(金)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Friday, April 09, 2004
 
何てものすごい1周年記念日……
昨年の4月9日のことを思い出します。空港付近での戦闘が激しかったのでうちの一家は(バグダッドの)家を出ておじの家にいたのですが、そのおじの家の近所に米軍の戦車が入ってくるのを僕は見ていました。そのときイラク人は喜んでいて、米兵たちは手を振り、喜んでいるイラク人に挨拶をしていました。
 
僕は泣きました。
そして僕はますますサダムを憎悪し、サダムが犯した歴史上の過ちへを憎みました。
 
この6日でファルージャで殺されたイラク人の数は450にもなりました。これとは別に、1000人が負傷しています。戦闘機(F−16とF−18)での空襲は、24時間の停戦が宣言されたあとでも止まっていません。キミット(准将)が言うには、今日の攻撃はすべて「自衛目的」だとか。
 
キミットのコメントは今日は冴えてました。アル・ジャジーラでのインタビューを見てたんですが、キミットは数秒間空を見つめて、「クソ……おたくのファルージャ特派員はうそを伝えてる……クソォ」と言ったんですよ!!
うわっ!!! っていうか、てこの人がこんな言葉を!!!
アル・ジャジーラが大げさなことを言いうそを伝えているとしても、まあ実際そういうことをしているんですが、そうだとしても、どうしてラムズフェルドだのキミットだのが「うそ」についてとやかく言えるっていうんでしょう? 彼らこそ、「今日のうそつき大賞」の常連じゃないですか。
 
CPAもGC(統治評議会)も空中分解してます。これまでにイラク人の大臣が2人辞任ました。昨日は外務大臣が辞任、今日は人権担当大臣が辞任(ノリ・アルバドランと「アブド・エル=バセット」トゥクリ)。GCで数少ない人望のある人物のひとり、アル=バカーキ氏は、米軍のファルージャ攻撃を「非合法」と言っています。「集団的懲罰」である、と。
 
ウム・アマラック・モスクでの金曜の祈りはすごかったです。何千何万というイラク人がバグダッド全域からやってきて、そして、同じモスクでシーア派とスンニ派の説法が行なわれました。初めてのことです。スンニ派の最上部が、イラク人は来週はストライキをするようにと言いました。弟のマジッドもそこにいたんですが、彼によれば、アル=サドルの代理人がスピーチをしたときには、群集から「イエス・フォー・アル=サドル」との歓声がわき上がったとのことです。ブッシュやブレマーの「スンニ派とシーア派」っていう見方は混乱するんじゃないでしょうか。
 
明日はシーア派のカルバラへの行進があります。アル=サドルはそれをできる限り利用して、蜂起への参加者を増やそうとしています。アル=マハディ軍はカルバラの町を完全に掌握しています。
 
誘拐事件についてはとても悲しく思います。今日、またイタリアの人が4人と米国の人が2人誘拐されました。人質全員が無事に祖国に戻れることを願ってます。イラク人も米兵も含めて、罪のない人々が誘拐されたり殺されたりする、本当にやりきれない。
 
そんなことをする価値があることなんでしょうか?
 
そろそろブッシュに対して、彼の大量破壊兵器のことを尋ねてもいい時期なんじゃないですか? それともブッシュ政権は、あの口実を歴史から消してしまうだけなんでしょうか。
あの潅木小僧【訳注:原文はlittle shrub; shrub = bush】に、壊れたレコード以外の答えなんてあるんでしょうか?
テロリスト、敵、自由、民主制、ブツッ、カリカリ、ブツッ、カリ、カリ
 
Posted by: Raed Jarrar / 11:33 PM
*translated by nofrills 20 April 2004


2004年4月10日、日本の人々への公開メール
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Saturday, April 10, 2004
 
日本の方々への公開メール
 
現在イラクで発生していることについて、私は本当に謝罪したい気持ちでいます。その上で、イラク人は3人の無辜の日本人人質(高遠さん、郡山さん、そして年若い今井さん)を見つけ出して解放するために、全力を尽くしているということをお伝えしたく思います。
 
ぜひ知っておいていただきたいのですが、多くのイラク人は日本に敬意を抱いています。第2次世界大戦後に国を再建した日本の方々を尊敬しています。イラク人は日本の文化的体験を信じ、日本の方々がかつてしたことや現在していることから学び取ろうとしています。
 
どうしても申し上げておきたいのは、私はこれまでに、日本の方々に対して憎しみや敵意を抱いたイラク人にはひとりとして会ったことがない、ということです。最近起きている何件もの誘拐は、イラクの人々の多数の感情を反映したものでは決してないのです。私たちの中にああいったことが起きて喜んでいる者はほとんどいません。ほとんどの者は、このような暴力的なできごとで私たちの文化の出会いが始まったことを残念に思っています。
 
誘拐犯があなたがたの注意をひこうとしているだけであることを、私は願っています。そして彼らが3人の人質を安全に家にかえすことを。
 
私からお願いしたいのは、日本の自衛隊をイラクから撤退させるよう、あなたがたの政府にもっと強く働きかけていただきたい、ということです。イラク人についての問題はブッシュ政権に解決させてください。これは彼らがやるべきことなのです。どうか、国際社会という偽りの隠れ蓑を、ブッシュ政権に与えないでください。
 
どうか、あなたがたの息子や娘をイラクで死なせないようにしてください。そして、あなたがたと私たちの間に、おぞましい暴力と憎しみの歴史を始めないでください。
 
ありがとうございました。


2004年4月12日(月)
http://raedinthemiddle.blogspot.com/
Monday, April 12, 2004
 
ブッシュとブレマーはファルージャでの彼らの戦争を終わりにすることを決めたらしいですね。7日間攻撃した末に。
 
最初の公式死傷者統計が出ました。イラク人死者518人、うち167人が女性、56人が5歳以下の子ども。イラク赤新月社によると、このほかに5000人の家族が町を逃れたとのことです。
米兵も何十人と死傷しています。
 
で、僕たちは何を達成したんでしょう?
ブッシュとブッシュ政権は何を達成したんでしょう?
イラク人とアメリカ人は何を達成したんでしょう?
 
またひとつ、町が壊滅した?
また1例、重戦車と戦闘機が市街戦で利用できた事例となった?
また1例、モスク(つまり文化的にセンシティヴな場所)が、「敵」が隠れているとあらば爆撃された事例となった? そして、モスクが米軍狙撃兵にとっては戦略的なポジションとして有用であることの例?(そういうふうにモスクを扱うのは、文化的に正しくない。)
また1例、電気や水道といった公共サービスが切られて武器として有用だった事例となった?
 
それともこれは単に、巨大墓地の作り方、ブッシュ流、ってことでしょうか?
 
そこにいた「悪い」奴ら、「邪悪」な者どもをすべて殺したと、本気でブッシュは思ってるんでしょうか?
 
だれかを殺すことが、問題を解決できると?
 
ブッシュがブッシュの「テロとの戦い」を始めたとき。世俗主義の人々は(僕も含めて)とんでもないことだなんて全然思わなかったんですよ。っていうか、それは僕たちの戦いであったわけで。自国での原理主義やら過激主義やらと戦ってすでに何年も経っていたわけですから。
 
けれども数年が経って、ブッシュ政権の戦争は、過激派がもっと広い支持を取り付け、僕たちの社会での発言権を増す絶好の機会になってしまった、というわけです。
 
ファルージャでの不快な出来事の陰は、イラクでの米軍のイメージに影響を及ぼします……イラク人の怒りを増し、最も過激で右翼的な指導者が政治を支配することを助けることになるだけです。
 
ああ、お願いです、だれか新しく調査を始めてくれません? 社会文化的な見地で、この戦争が何を引き起こすのかを考える、ということで。イラクの戦争の前後で、アラブ、アメリカ双方から「ごく普通の人たち」の怒りと憎悪を比較する調査。
 
テロとの戦いは、問題の深い根っこの部分を直すことから始めるべきであると思わないんですか? 9月11日にあったようなおそろしい出来事を起こした本当の原因……憎しみに満ちた人たちの、何千人というアメリカの民間人と一緒に自分も死ぬという計画を理にかなったものとしてしまう理由ですよ。
 
それはそうと……カエルのキミット【訳注:8日の記事で「カーミット」と「キミット」をかけている】はおもしろいことを考えてますね。
今日、キミットはイラク人に「テレビのチャンネルを変えなさい」と言いました……。
うわ〜!!!!! っていうか……、イラク人はアラブ系のテレビ局でファルージャで何百人の民間人が殺されているのを見ている、米軍のイメージアップの方法は、というイラク人ジャーナリストの質問に答えたんですが……
神に誓って言いますが、キミットは2度言ったんです! 「テレビのチャンネルを変えなさい」ってね!!!
 
ああああああああ!!!!
 
何ていうか……
ハッピー・イースター。
:*)
 
Posted by: Raed Jarrar / 12:54 AM
*translated by nofrills 20 April 2004


4月13日〜30日の記事へ(page 2)

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※以下はジョー・ワイルディングさんのレポートのページと同一内容です。
 
■関連情報&リンク■
「益岡賢のページ」
4月初めにワイルディングさんと行動を共にした米国人ジャーナリスト、ラウール・マハジャンさんとダール・ジャマイルさんの文章の日本語訳など、ファルージャに関するレポートがたくさん日本語で読めます。
 
「反戦翻訳団−Antiwar Translation Brigade−」
ラウール・マハジャンさんとダール・ジャマイルさんの記事、英ガーディアン記事などを日本語で紹介しておられるサイトさんです。
 
TUP 速報
Translators United for Peaceさんによる英語メディア記事などの日本語化たくさん。
 
Raed in the Japanese Language
上の文章の前半の最後に出てくるRaedさんのblogの日本語化。ワイルディングさんのこの文章は特に理由もなくダブルポストしてあります。(HTMLファイルができるまでの間つなぎっていうか。)
 
Baghdad Burning バグダード・バーニング
イラクからのblogの日本語化。筆者は20代女性。(しかしみんな英語が上手だなあと変なところで感心してる私。私、Riverbendの年齢のときはもっともっと拙い英語しか書けなかったと思います。それか、逆に論文っぽくなるかのどっちか。)
 
バルタザ−ルどこへゆく
4月8日の「あるイラク人の母親から、ファルージャで殺された米国人の母親達への手紙」をはじめ、バスラ、ファルージャについての記事。
 
特設コーナー「外電の目」(「中東経済を解剖する」内)
齊藤力二朗さん抄訳。アラビア語のニュースを日本語に抄訳して紹介。
 
□フォトジャーナリストの方々:森住卓さん志葉玲さん、それぞれのリンク集もご参照のほどを。

■お知らせ■
3人の西洋人(ワイルディングさん、マハジャンさん、ジャマイルさん)がファルージャで、そしてバグダッドで目撃したこと、人々から聞いたことを綴った文章を中心に、1冊の本を制作しています。6月発売予定。版元は現代企画室さん。私は翻訳でお手伝いしています。詳細が固まったら改めてお知らせします。

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日本語訳&ページ制作:いけだよしこ@nofrills
翻訳日:2004年4月
ウェブページのアップロード日:2004年5月初め
 
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