松本 人志 VS
ビートたけし



 「コマネチ!」は、北野武監督作品「HANA-BI」の公開に合わせて発売された雑誌である。
 たけしの過去・現在・そして未来を一冊にまとめた意欲的な企画だが、その中でも目玉なのが松本人志とたけしの初対談である。
 「笑い」という魔物に魅せられた二人の天才が初めて顔を突き合わせた時、何が起こるのだろう。(太字は「コマネチ!」からの引用部分)


たけし 「なんかはじめましてって感じだね、おれたち。」

 これだけテレビでの露出の高い二人が、今まで全く接触が無かったというのも妙な話に聞こえるが、お互い自分の番組以外に出演することはほとんど無いので、会う機会が少なかったのも仕方ない。だが私は何かの特番で松ちゃんとたけしが一緒に出ているのを見ていた時、お互いを意識してとてもやりづらそうにしていたのを覚えている。そのときは、お互いを避けてわざと遠ざかっているようにさえ見えた。
 だが、この対談では(活字から判断するしかないが)熱っぽく語り合う二人の姿がある。おそらく天才の感性というのは、ちょうど磁石のようなものなのだろう。お互いを意識して同じ面を向け合っている時は距離を取り、決して吸い寄せ合うことはない。だが違う面を向けた時、持っている天才の磁性が互いを引き合うのではないだろうか。
 たけしは現在お笑いというフィールドから、他の表現(映画であり、絵画や執筆活動)の場に活動の中心をシフトしつつある。対する松ちゃんは自分の笑いに固執しつづけている。たけしは松本の笑いの才能を認め、松本はたけしの表現の多才さを評価している。だからこそ、この時点において初めてこの対談は実現したのではないだろうか。


たけし 「いい家庭に生まれて、楽しく過ごして、大学出て漫才師になったって面白くないと思うよ。お笑いというのは、歪んだところからものを見るわけだから。」

松本  「埋め立て地みたいなところでカブを降りて、しばらく二人で歩くんですけど、おやじだけがどんどん離れていく。これは完全に捨てられると思った(笑)」


 たけしも松ちゃんも生まれ育った環境の酷さを常にネタにしているが、彼らの抱く「金・権力」に対するコンプレックスと、家庭的な幸せに対する不信感や飢餓感や怒りといったパワーが彼らの笑いの原点になっているは確かである。笑いに限らず何かを表現しようという人々は、ある種のハングリー精神を心の中に常に持ち続けていなければ新しいものを生み出すことは不可能なのかもしれない。
 逆説的になるが、だからこそたけしも松本も「幸せな家庭」というものを作ろうとしないし(たけしは「かみさんと今までに3回しかセックスしたことがない」と言っていたが、それはそれですごい)幸せな自分に溺れてしまうことを極端に恐れているようにも思える。その満ち足りた生活の中では、自らの原点であるコンプレックスや怒りという毒の要素が薄められていくがわかっているのだ。



松本  「悲しい話、僕のファンというのはいないんです。コメディアンで、テレビで遊んでる人達がいるじゃないですか。そういう人達のファンは、遊んでいるのを見ても楽しいんですよ。ところが、僕がそれをやると受け付けない。何や、松本は手を抜いているのか、お前、笑いやめたんかということになってくる。僕の笑いのファンはいるんでしょうけど、僕個人のファンはいない」


 私も松ちゃんの言う「松本の笑いのファン」であると思う。松ちゃんが何をやっても面白いと受け取る訳では決してない。むしろ松ちゃんには一番厳しい目で見てしまっている。常に新しいもの、見たことのない笑いを松ちゃんに求め続けているのだ。
 アイドルとして認知されてしまえば(松ちゃん自身そうだった時期もあるが)何をやっても面白いと言われるのだが、松ちゃんはあえてそういったファンを拒絶した。自分を常に批判の目にさらし、その中で一番と認めさせてやる(入場料後払いライブなんかがその典型だろう)という傲慢とも言える態度を取り続けることで、自らを追い込んでいったのだ。だから松ちゃんファンというのは松ちゃんの笑いの批評家であり、最も厳しい目を向けるのである。その事を松ちゃん自身が望んだはずなのに、一方では常にトップランナーでありつづけることに疲弊している、そんなストロングスタイルだけではない松ちゃんの一面も垣間見える。


松本  「漫才はもうやらないということはないと思いますけど、どういう形でやるか。結局、性格変えられないですから、四十まではとことんお笑いにこだわって、やろうって思ってます。で、四十過ぎて、それこそ開き直れたらね、僕も・・・」


 松ちゃんがお笑いというものに見切りを付けて、新しいものを模索し始めた時、果たして今のようなスターの輝き(^_^;)を放ち続けることが出来るのだろうか。
 あのバイク事故以後のたけしは、正直言って何を言っているのか聞き取りにくくなった。だから笑えない。これはもちろんお笑いにとっては致命傷である。だがもし事故がなかったとしても、しだいに笑いの瞬発力が失われていって、いつかは自らの路線を変更する必要に迫られていただろう。たけしはフライデー事件、バイク事故を逆に自分を変えるきっかけとして利用して、自らの表現の幅を広げることに成功したのだ。


松本  「結局テレビ局ってタレントのことをなんかやっぱり将棋の駒みたいに思ってますよね。でも僕はあんたらの好きなようには動きたくないよっていうのを明確にしておきたかった。スタッフに迷惑かかるのもわかってましたし、周りから叩かれるのも、もう全部わかってたんですけど、そんなん、もうええかなって」

たけし 「何か、そういう事件なんかを起こすと、大多数のファンというのは削ぎ落とされて、中に芯みたいなファンが残ってくる感じあるよね」


 ごっつ打ちきり騒動について、やはり松ちゃんは表現者としてのプライドというものを当たり前に主張しただけなのだと改めて感じた。周りから叩かれることは十分承知の上で、自らに正直に生きることを選択したのだ。
 34というお笑いには中途半端な年齢に生きていると自覚する松本は、たけしにとってのフライデー事件のような変わるきっかけを掴みたかったのだろう。もちろん、そのためにごっつを降りたというのは短絡的すぎる推測だが、松ちゃんの中にこれから先のビジョンが見えない自分に苛立っていた部分があったのだと思う。しかし状況は変わったが、その苛立ちは現在も続いているようだ。


松本  「僕も笑いに突っ走っている時は、自分のことを天才だと思いますね。ライブとかでギャグが受けないと、もうそれは、申し訳ないぐらい客がバカやと思いますね。」

たけし 「お笑いとか、こう秀でた人ってのは、要するに片っ方ではバカにならなきゃ。ほんとの天才はバカをやらなくてすむんだけど、我々みたいのが天才のふりをするためには、捨てなきゃいけないものがいっぱいあるんだよね」

松本  「そう、やっぱりバカじゃないとできないですよね、この仕事は。その意味では、自分でもものすごくバカだと思いますよ」

たけし 「おいらもいつもお笑いのことを考えてるって時があったよ。何か病気みたいなとこあるよね。お笑い病にかかっちゃったりして。だから病気にかかってない奴はね、この世界に入らない方がいいとおもう。おいらだって病気にかかって、なおかつ悩むわかけだから」


 天才とバカとの間の細い細いロープの上を渡っていくからこそ、誰も真似することの出来ない作品を作ることが出来る。天才と呼ばれる人間は、この世の中にある程度はいるのだろうが、「バカである」ことのできる天才というのは希有な存在である。

 ビートたけしと松本人志。この二人が今後も輝き続けることは間違いないだろう。たけしは映画監督として確かな手応えと評価を得て、これからも作品を撮り続けるだろう。
 一方、松ちゃんは今後もしばらくはストイックに笑いを追及する姿勢を変えることはしないようだ。だが、自分の中で変わるきっかけを求めている気持ちもこの対談で一層強くなったのではないか、そんな気もする。しばらくは松本人志の動向から目を離せそうもない。




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