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富の移動と教育: OurWorld
-314 富の移動-(4)
アメリカでは急激に上昇する教育費が低所得層学生の進路を阻む足枷となっており、94年『ビジネスウィーク』誌は「雇用市場では高学歴が第一関門であるにもかかわらず、賃金格差の増大により、低所得者(の子供)が大学に行くことは以前にも増して難しくなった。ただし(所得階層を4分割した)最上位25%の所得層の子供たちに支障はなく、1980年に学士号取得者は全体の31%だったが、1994年にはその割合は76%となっている。しかし、最下位25%の所得層の家庭では、学士号取得者の割合は1980年の6%から94年は4%に減少している。」と指摘した。
学力崩壊が階級社会を招く: 国際派日本人養成講座(JOG)-No131
日本でも、生まれた家庭に経済力がなければ、裕福な家庭に生まれて小学校から塾に行き、私立の中高一貫教育を受けた子供たちとの間には、超えようのないハンディキャップが存在する。結局、富める家庭の子どもは、恵まれた私立校から一流大学に行って、高収入の地位に進み、貧しい家庭の子どもは、学力もなく、アルバイターのような単純労働にしかつけずに、ますます貧しくなる。このような階級の固定化、不平等を我々はよしとすべきなのか?・・・日本も中学〜高校での公教育の信頼がなくなり、私立中学・高校に教育の中心が移り、親の経済力が子供の進学に大きく影響するようになった。それは「ゆとり教育」などと言う全く根拠のない政策のためなのだが、この「ゆとり教育」を推進したのが、文部省の「寺脇研」である。
寺脇研 (てらわき・けん): http://www2.odn.ne.jp/~cap59560/k-top.htm
1975年文部省に入省、初等中等教育局職業教育課長、広島県教育長(93・04・01〜96・03・31)、高等教育局医学教育課長、生涯学習局生涯学習振興課長、大臣官房政策課課長を経て大臣官房審議官になった。彼が教育長を務めた広島県はどうなったか?その広島県の教育の惨状と、「ゆとり教育」の結果、大学生の学力低下が社会的に大きな問題になったことを受け、彼は2002年、文化庁文化部長に左遷?された。参考:google「寺脇研*広島県」
寺脇研は鹿児島ラサール出身である。「やりたいことだけやり、読書に明け暮れ、高2になってからは映画三昧の高校生活だった。勉強を押し付ける父親には反抗して家にはいたくなかったし、学校でも友人なんかあまりいなかった。本や映画のお金を捻出するために苦心惨憺でそれだけで勉強するひまなんてなかった。その頃、同級生の中にはドロップアウトしていくヤツもたくさんいて、ボクも実際あぶなかった」(mammotv寺脇研インタビュー)と言う。彼がなぜ「ゆとり教育」に取り組んだのかは「寺脇研批判」↓に詳しい。
寺脇研批判:批判−1、批判−2
彼の中学・高校は鹿児島の有名私立進学校、ラ・サールであるが、その時のことを次のように書いている。「鹿児島での私は、学校での濃密な人間関係からは外れていましたから、何の抵抗もなく淡々と両親の勧めるままに私立の中高一貫の進学校を受験しました。・・・ところが、中学の英語の先生は竹のムチを持っていました。スペルを復唱させ、間違えた生徒を並べて、太ももの裏をムチでバシャッバシャッと打ちます。たたかれたところはミミズ腫れになります。ムチでたたかれて覚える英語が楽しいわけがありません。私はものの1〜2ヶ月で英語がイヤになりました。」「いま30年たって見れば、はっきり分かります。とんでもない英語教育を受けていたわけで、こういう勉強ではそこそこの試験向けの学力がついただけで、英語を楽しく話すという方向の力は全く身につきませんでした。」
寺脇研は言う「高校の卒業式の時、私が選ばれ答辞を読むことになりました。私はありきたりのものではなく、日頃考えていることを率直に言おうと思いました。『私はこの学校のことを懐かしく思い出すことは、これから先ないだろうと思います。なぜなら、ずいぶん多くの友人がこの学校の体質についてこれずに、途中でドロップアウトをし、去っていかなければならなかったからです。彼らのことを考えると、とても懐かしい母校などとは言えません』造反答辞などと言われましたが、私の正直な気持ちでした。」・・・要するに、自分が受けた受験教育とその類の教育に怨念を持ち、ゆとり教育を実行した訳であるが、彼の政策は私立学校には影響が少なかったため、皮肉なことに彼の最も憎んでいる「私立進学校」が隆盛を極める結果となってしまった訳である。
参考:google「寺脇研*鹿児島」
増える少年少女の犯罪−想像上回る「心の荒れ」:中国新聞 99・10・15
広島県では昨(98)年、刑法犯少年の都道府県別少年人口比が、大阪府に次いでワースト2位になるなど、深刻な事態が続いている。岡山5位、鳥取10位、山口12位、島根21位と、他の4県も楽観できる状況にはない。10年前にいったん落ち着いた補導・摘発件数は、3年前から再び増加に転じ、・・・万引や自転車盗など「初発型」と呼ばれる補導歴の少ない少年の犯罪が約7割に達し、補導・摘発総数の約8割を中学・高校生が占める。
目を覆うばかりの学力低下: 広島県予算特別委員会の質疑 03・03・05
2002年の(広島)県立高校卒業者の東京大学合格者数を見てみると、岡山県29人、島根県19人、鳥取県12人、山口県4人であるが、広島県はゼロとなっている。京都大学への入学者数は岡山県35人、島根県12人、山口県9人、鳥取県5人、であるが広島県は4人(*99年は東大2名、京大3名だった)となっている。280万人の広島県と60万人の鳥取県ということを考慮に入れると、その格差は目を覆うばかりの状況というほかない。さらに本県の児童生徒の体力の状況は、体力・運動能力調査によると全国平均を上回ったのは、全種目中6%にすぎず、76%が全国平均を下回るという憂慮すべき結果となっている。また、広島県の高校進学率は97年に全国第3位であったが、年々低下し、02年3月には全国23位となっている。高等学校の中途退学率については、97年度全国第21位であったのが、01年度には全国6位となっている。小中学校の不登校児童生徒の割合については、01年度全国8位となっている。・・・質問者の渡壁正徳議員は社民党なので教職員側に立つ、広島県議会の構成は自民党46、社民党中心の県民連合が13、公明党・県民会議7、である。
*参考:センター試験における広島県の成績は、89年には全国15位だったのに、94年36位、95年 42位、96年45位と急激に低下し、98年にはついに最下位になった。センター試験は(成績の良い)私立高校の学生も受けるため、公立高校の学力は推して知るべしとなる?
広島大学:学生の受け入れ、学生の広島県勢の割合
これを見ると広島県から広島大学への入学希望者は02年には全受験生の28%程度だが、合格率は23〜24%に過ぎないと解る。広島県内の公立高校から広島大学への入学者数は、かつて75%以上だったのに、97年には、わずか367人、11・9%(*私立高校が11〜12%)となり、その落差は激しいものがある。それらの原因は、任意団体にすぎない部落解放同盟の強引な運動による教育への介入と、それを後ろ盾とし、法律を守ることよりも自分達のイデオロギーや都合にあう教育観を優先して活動する広教協(広島県教職員組合、広島県高等学校教職員組合)の連動にあることは明白である。・・と言う。この↓2つの文章も加え再構成した。
メールマガジン「Person to
Person」、誰も語らない広島県の教育の問題点:
清風社:http://www.f7.dion.ne.jp/~seifusya/
1985年、広島県議会において11人の県議が、教育正常化について質問しました。それを受けて、当時の県会議長が県知事と教育長に教育正常化を求める要請文を出しました。しかしその後、部落解放同盟を中心とする人たちの反対運動によって、議長はまもなく要請文を撤回し、その時の総括として「八者合意文書」なるものが作られました。八者とは、県知事、県会議長、県教育長、部落解放同盟県連、広教組、広高教組、広同教、高同教(いずれも略称)です。
このとき以来、部落解放同盟が中心となって広島県教育を支配する体制が、決定的なものとなったのです。学校教育関係諸法令に違反することになっても、また、社会常識に反することになっても、部落解放同盟や教職員組合の偏った考え方による学校現場への支配が、長年にわたり多大な悪影響をもたらしてきました。 教育シリーズについて←全文はここ
広島県立世羅高校長が自殺−卒業式での国歌斉唱めぐり板ばさみ
28日(99・02・28)午前10時ごろ、広島県御調(みつぎ)町三郎丸1348、県立世羅高校校長、石川敏浩さん(58)が自宅の物置で首をつっているのを家族が発見、石川校長は病院に運ばれたが間もなく死亡した。遺書などは見つかっていないが、尾道署は現場の状況などから自殺と断定した。石川校長は1日に予定されている卒業式での国歌斉唱をめぐって教職員組合側と連日話し合いを続けており、県教委は石川校長がこれを苦に自殺したとみている。広島県では、県教委が学習指導要領に基づき卒業式・入学式で国旗掲揚と国歌斉唱を行うよう全校長に職務命令を出したことに県高等学校教職員組合(広高教組)などが反発。28日は約100校中28校で職員会議が予定されていた。
世羅高校では25日に約5時間、26日に約4時間の職員会議があり、27日は広高教組分会執行部と約2時間の“話し合い”があった。28日も午前10時から職員会議が予定されていた。 世羅高校では例年、国旗掲揚は行われていたが、組合側は「国歌斉唱を実施するなら、これまで続けてきた国旗掲揚は今年は認めない」と主張したため、石川校長は悩んでいたという。27日に開かれた高校長協会尾道支部の会合に出席した際、親しい校長に「苦しい」「難しい」と悩みを打ち明けていたという。 このため、広島県尾道教育事務所の幹部が28日午前9時頃、自宅に様子を見に行ったところ、石川校長はやつれた表情で「疲れた」ともらし、部屋に閉じこもったという。その後、別の県教委幹部が心配して自宅に向かっている間に首をつったらしい。石川校長は、昭和39年から県立高校教諭。久井高校長、忠海高校長を経て、平成10(98)年4月から世羅高校長を務めていた。 『産経新聞 99・03・01』
世羅高校・校長自殺−朝日と産経−記事比較
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/gisei228.html
世羅高校・校長自殺−朝日と産経−社説比較
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/19990329.html
恐怖と無法の広島公教育界:JOG-114
世羅高校の校長が自殺した後の、99・03・03の参院予算委員会で、矢野哲朗議員が「過去において(広島県では)学校の校長先生が6名、なおかつ教諭6名、そして県庁の教育委員会の職員が2名、計14名の方が自殺に追いやられた」と発言している。
広島県高等学校長協会の岸本學会長(広島国泰寺高校長)は99・03・10の参院予算委員会において、石川校長の自殺に至る経緯を証言した。「98年12月17日、文部省からの指導のもと、県教育委員会は、入学式、卒業式で国旗掲揚・国歌斉唱を実施すべきとの通達を各校長に出した。広島県教職員組合(広教組)に部落解放同盟広島連合会も荷担し、通達を撤回させるという方向で闘争することを決定した。(*解放同盟と略す。ただし、岸元会長はこの広島連合会は他の都道府県の部落解放同盟や中央本部とは違った動きをしており峻別すべきと言う)解放同盟は2月11日、福山地区の校長18名を解放会館に呼び、組合も含め、約100人に及ぶ「大衆団交」を行った。卒業式での君が代の実施は従来行ってきた同和教育と矛盾するとの要望書を校長会として県教育委員会に出せと言われ、『検討させてください』、『今ここで書け』というやりとりの後、要望書を出す結果となった」「引き続き、13日にも尾道、三原地区の校長たちも100人規模の交渉を受け、要望書を県教育委員会に提出しました。さらに国歌斉唱を予定している個々の学校にも卒業式が近づくにつれて部落解放同盟広島県連が来て、我々の子供たちを当日欠席させるぞとか、卒業式途中で退席させるぞとか言われ、そうすると退席すればこの子が部落の子であるということがはっきり明確になってしまう、そのことによって新たな差別事件が起きたら許さぬぞ、こういうふうな国歌斉唱実施を妨害するような行為がありました」・・・無茶苦茶な論理に見える。
「翌25日には、会長の東風上校長ら3人とともに、組合および解放同盟の代表14〜15人に呼び出しを受け「抗議しろ、辰野教育長、岸元会長に抗議文を出せ」、「それはできない」というやりとりが約2時間続き、結局物別れに終わる。散会後、石川校長は、東風上校長に電話して「これから学校に戻って職員会議なんだが、行きとうないなあ」ともらす。午後4時30分から、約5時間もの職員会議。石川校長は、国旗・国歌の実施を依頼するが、組合は強硬だった。校長は東風上校長に「君が代を歌うなら、国旗はおろすと言われた。全部非協力的。駅伝の送り迎えもしないと言われた。国歌を歌うのはあきらめた」と伝えている。駅伝は世羅高校の伝統。送り迎えを断られたら、それがつぶされてしまう。26日午後8時から9時40分まで、組合幹部のもとに連れて行かれ、「君が代斉唱を実施するなら、同和地区生徒を欠席させたりして、卒業式そのものを妨害する」などと恫喝され、国歌斉唱見送りを約束させられた。
参議院-予算委員会 99・03・03:石川校長の自殺→国旗・国歌法制定へ
石川校長の死を受け、広島県高等学校長協会・会長、岸元學が参考人として出席「こうして見ますと、石川校長は五者協(広島県高等学校教職員組合、広島県教職員組合、広島県同和教育研究協議会、広島県高等学校同和教育推進協議会、部落解放同盟広島県連合会)の戦略の犠牲者になったというふうに私は受けとめざるを得ません」と発言している。矢野哲朗参議院議員(自民・広島)の質疑に有馬文部大臣、小渕総理大臣が答弁した。前日の野中広務官房長官の記者会見をうけ、小渕総理が2月25日の(法制化の意志なし)発言を撤回し「21世紀を迎えるに当たりまして、国旗・国歌につきましても法律としてより明確に位置づけることについていろいろと意見を聞くなどして検討すべきでないかとの思いに至りました」と法制化の意志を表明した歴史的な審議である。
第145回国会・会議録:国会の議事録検索システムから抜粋、これ↑も含まれる。
教組と解放同盟が県議と新聞社を訴える:ZAKZAK 03・05・26
名誉を棄損されたとして675万円の賠償求める 広島県高等学校教職員組合と広島県教職員組合、部落解放同盟福山市協議会は26日、 虚偽の記事で名誉を棄損されたとして、川上征矢広島県議と大陽(Taiyo、but not太陽、)新聞社(福山市)に計675万円の損害賠償と謝罪文の掲載を求める訴えを広島地裁に起こした。
訴えによると、大陽新聞は1月30日付紙面で小、中学校の人事権を部落解放同盟が支配 する組合が握っていたなどとする川上県議のインタビュー記事を掲載。県高教組などは、
県議の発言は虚偽で、名誉を棄損されたとしている。・・・裁判まで3者仲良く手をつないでやる間柄なんですね。
ホットライン教育ひろしま: http://www.pref.hiroshima.jp/kyouiku/hotline/
広島県教育委員会・委員長のホームページ、このなかに掲示板『意見の広場』がある。教職員組合などからの反発が強いが、続けられている。普通の掲示板とは異なり、送信した原稿はチェックを受け、内容に問題なければUPされる体裁である。この掲示板ができてから、現場の状況がより改善されているようだ、卒業式の国旗・国家の実施率も100%になった。
参考:平成14年度卒業式における国旗・国歌の実施状況
参考:教育長HPの監査請求 講義団連絡会 中国新聞 03・01・21 関連記事
教委が開設する教育長のホームページ(HP)の「意見の広場」は差別や人権侵害につながっており県費を支出すべきではないとして、「教育長ホームページ抗議団連絡会」の由木栄司代表が20日、県監査委員に住民監査請求をした。連絡会は、県日本中国友好協会青年委員会や県教組など42団体と個人で構成。「意見の広場」には、個人や団体、中国など他国に対する誹謗・中傷が掲載されているとして、02年11月の情報開示請求で判断した01年3月17日のHP更新費用63万円を藤田雄山知事と常磐豊教育長に弁償するよう求めている。県教委企画広報教室は「公序良俗に反するものなどHPの趣旨から逸脱する内容は、事前に削除している。特定の個人や団体を誹謗・中傷する内容にはなっていない」としている。
広島の校長突然死−偏向教育の犠牲:國民新聞 02・04・22
広島県立三原養護学校の谷口進校長(55)が3月1日亡くなった。表向き突然死とされているが関係者は自殺と見ている。谷口校長は3月中旬に行われる卒業式に渡す卒業証書の表記を元号のみにすることに教職員から反対されて悩んでいたとされ、3年前、国旗国歌問題で自殺した世羅高校校長に続く偏向教育の犠牲者となった。広島県では従来、西暦と元号を併記した証書を授与してきたが、今年から元号のみにするよう県教委が指導。教職員組合は「天皇制と結びついた元号の強制は生徒の内面の自由を侵す」と猛反撥。特に三原養護学校は約80人の教職員による職員会議が学校の最高議決機関となっていて、校長の意向が大きく制約される異常な学校運営を強いられ、職員が校長を糾弾する個人総括が罷り通っている。
死亡校長の給与、事務長が遺族に渡さず−広島県教委、戒告処分に
ZAKZAK
03・03・31: 広島県教育委員会は31日、死亡した元校長(*この↑校長?)の給与を遺族に渡さなかったとして、県立学校総括事務長の男性(55)を同日付で戒告処分にしたと発表した。県教委によると、02年3月、当時事務長として勤務していた県立学校で校長が死亡した際、遺族に渡さなければならない3月分の給与を渡さず、02年4月の転勤後も自分で保管。4月に前任校で実施された行政監査では事務職員に指示し、校長の家族を装って領収書にうその署名、押印をさせるなどしていた。遺族の問い合わせなどで発覚。県教委に事務長は「渡さなければならないと思いながら、多忙で忘れていた」と釈明しているという。・・・事務職員に指示し校長の家族を装い領収書に署名・押印させるとは公文書偽造と横領では?私企業でこう言うことをすれば、即刻馘になるのに「戒告」と言う信じられないほど軽い処分である。
亀井郁夫:http://www.kamei.com/
1933年生まれ、亀井静香・衆議院議員の兄、東大法学部57年卒、旭化成に入社し、79年総務部長、83年には取締役に就任(50歳)「社長候補」と目されたが、弟の静香(東大経済学部60年卒)が79年、衆議院議員に当選していたため、61年旭化成を退社、62年広島県議に転じ、弟の政治活動を支えた。98年、参議院議員となる。広島県の教育問題に取り組み、宮澤喜一が世羅高校の石川校長の自殺に関し、国会において「それは私がまさに選ばれてまいりました地域でありまして、40年間たくさんの人が闘ってまいりました。人の知ると知らないとに関わらず、たくさんの人がいわばリンチに遭い、職を失い、あるいは失望して公職をやめる、それは無限にございます。私自身も、そういう中にあって、このことについて、今日までこの事態の解決に十分な寄与ができなかったことを恥ずかしく思っております。自分として今まで果たし得なかったことに渾身の努力を尽くしたい、こう思っております」と答えながら何もしない?のとは対照的に戦いを挑んでいる。宮澤喜一(前回は甥の宮澤洋一に譲った)の選挙区・広島7区は福山市や周辺の岡山県に接する地域、その隣の尾道・三原地区が広島6区で、亀井静香の選挙区である。
cf−1.亀井郁夫vs小森龍邦 :テレビの討論をファイル化したもの(PDF)
cf−2.蘇らそう教育県・広島 :月刊『自由民主』
99年8月号に寄稿された文章。
民間出身の小学校校長が自殺 広島・尾道:朝日新聞 03・03・10
広島県尾道市高須町の尾道市立高須小学校で9日午後1時10分頃、校長の慶徳和宏(56)さんが校舎わきの非常階段で首をつって死亡しているのを保護者が見つけた。校長室に遺書があったことなどから、尾道署は自殺とみている。慶徳校長は同県教委が01年から採用を始めた民間出身の一人。02年4月、広島銀行の東京支店副支店長から転身した。調べでは慶徳校長は9日午前、保護者らと学校の花壇整備をしていたが、正午前から姿が見えなくなった。
尾道市教委などによると、慶徳校長は就任当初から行事のやり方など学校運営について悩み教頭に夜遅くまで相談することがあったという。2月中旬に教頭が病気で休んでからは周囲に「自分がうまく学校運営できないから教頭に負担をかけた気がする」と漏らしていたという。広島県教委の常盤豊教育長は「民間の経験を生かして活躍を期待していたが、大変驚いている」とのコメントを出した。
民間校長自殺で聞き取り調査始める−尾道市:中国新聞 03・03・27
尾道市教委でつくる「尾道市立高須小学校問題調査委員会」は26日、慶徳和宏前校長が自ら命を絶つに至った実態を把握し、原因を解明するため、関係者への聞き取り調査を始めた。31日までに、病気で休んでいる2人の教頭や、教職員、前校長と親しかった校長仲間ら約50人から聞く。
山崎建郎教育長を委員長とする調査委は、市教委幹部ら計9人で構成。県教委と連携して個別に関係者から話を聞き、銀行マンから転身した前校長が抱えていた悩み、現場の教職員との人間関係―など、これまで報道された問題の真相を究明する。
聞き取り調査後、前校長の出勤簿や職員会議録などと合わせた報告書を作成。5月10日をめどに市民や市議会に報告する。山崎教育長は「徹底的に事実を明らかにし、今後の教訓にしたい」と話している。
尾道市高須小学校問題の調査報告:広島県教育委員会
民間人校長の採用前の研修は、01年度、02年度については2日間にわたり実施した。民間人校長については、教育課程、児童生徒の在籍管理、教職員の服務・人事・勤務条件、予算、施設・設備など学校教育に関する基本的な事項について、事務局職員や現職校長等により1日研修を行った。また、他の新任校長とともに、主に管理職としての心構え、学校の管理運営、職務権限等について、小・中学校については赴任する学校を所管する教育事務所が、県立高等学校については県教育委員会(本庁)が、それぞれ1日研修を行った。・・・高須小学校は尾道市では2番目の規模であり、教員の組合加盟率が広島県内では最も高い拠点校だった。自殺する前の1年間に2人の教頭が「病気」で倒れている。初日から「この学校になぜ民間校長が来なければならないのか?」と教職員に質問された、また挨拶せず、無視する教員もいた・・・このような教員がいるところに2日間の研修で放り込むのは無謀である。
民間人校長の自死に対する抗議文:広島県教職員組合
県教委も文部省も、全く反省せず、居直る−教職員組合や、市議会、小学校のPTA関係者、市民団体から様々な抗議の声が上がっている。あまりに性急な民間人校長制度の導入や、経済三団体を通して各企業の推薦を受けるという閉鎖的な選考制度、そもそも、どうして病気休暇を許可しなかったのかなどなど。しかし、県教委は研修の期間をもう少し長くするとの見解を出して、「今後も民間人校長制度は継続する」としている。広島県常盤豊教育長は記者会見で、「支援体制はとっていた。仕事は軌道に乗ったとみていた」と発表し、教職員との人間関係の問題(他の教職員、組合員が校長を追い詰めたというシナリオに作り変えようととしている)にすり替えようとしている。・・と言う抗議文です。
校長の名を卒業証書に 高須小6年生の願い届かず:中国新聞 03・03・20
尾道市立高須小6年生の一部児童が、自ら命を絶った慶徳和宏前校長をしのび、前校長の名前が記された卒業証書の授与を希望している。卒業式は24日。「優しくて、学校で一番好きだった先生との思い出を一生大切にしたい」。子どもたちの切ない願いは、市教委の規則で阻まれ、届きそうにない。
慶徳前校長の突然の死を受け、市教委は規則にのっとり、作成していた6年生122人の卒業証書の前校長名を、24日現在で在任する宮本俊二現校長の名前に書き直した。複数の児童が「この一年一緒だった慶徳先生の名前も並べて書いてほしい」と教職員らを通して市教委に求めたが、「決まりだから」となだめられたという。
「毎朝正門に立ち、笑顔で迎えてくれた」「スポーツ大会で負けた時は『残念だね。次は頑張ろう』と励ましてくれた」。児童から前校長の人柄を聞いた保護者は「慶徳先生がこんなに親しまれているとは知らなかった。希望者だけでも思いをかなえられないだろうか」と話す。
山岡将吉教育次長は「児童の感情もわかるが、規則で決まっており対応は難しい」と話している。
殺伐とした教育現場のニュースのなかに、心温まる話しではある。しかし、校長の死に教師達は何の関係も無かったのか?釈然としない、『ホットライン教育ひろしま』に掲載された、次の投稿が父兄の心情を良く表している。
高須小教職員の主張 尾道市40代、自営業 03・06・08
高須小の保護者です。前校長の自殺事件から3ヶ月がたちました。現在、学校はいたって平穏で、とてもあんな事件があった学校とは思えません。教職員は「過去の事は、もう言わないで下さい、前に向いて元気が出る話をしましょう。頑張っていきますから見てて下さい」と繰り返され、多くの保護者は納得して、事件の事は忘れましょう、という気持ちです。児童が楽しく通っているわけですから、その通りかもしれません。しかし、私は、すっきりしません。何か大きな問題が発生しても反省は必要無く、ひたすら次の事に取り組めば良いのですか?
民間出身校長はなぜ死んだか:産経新聞 03・03・13
研修2日だけ:県教委が本年度起用した民間人校長の採用決定は、新学年がスタートする約2週間前。慶徳さんは2日間の研修を受けただけで現場に出た。文部科学省によると、赴任の一カ月−半年前に採用し、研修期間を設けて教育法規や学校運営のあり方などをたたき込む教委が大半。採用と同時に校長を配置しているのは、広島など五都県という。民間出身校長の登用を始めた01年度から県立福山誠之館高校に勤務するマツダ出身の山代猛博校長は「なじむのにあまり時間はかからなかった」。一方、県東部のある小学校長は「(民間のように)トップダウンに慣れていない学校もあり、すぐに対応するのは困難」と研修の重要性を指摘する。文科省初等中等教育企画課は「着任前にどれだけ準備をするか、判断は各教委に任せている」としている。 慶徳さんは02年5月という早い段階で、精神面の不安を訴え通院、8月には躁鬱病の診断を受けたが、市教委は病状を把握した11月の段階でも手を打たなかった。尾道市の山崎建郎教育長は会見で「マネジメント能力を十分に発揮してほしいと強い期待をしていた。適材適所でやっているつもりだった…」と話したが、民間出身校長への信頼感が対応を鈍らせる結果になったことは否めない。
民間人校長自殺 非協力の教員は反省せよ:産経新聞 03・05・12 社説
広島県尾道市の小学校に赴任した民間人校長(56)が自殺した問題で、県教委は校長が教員の非協力的な態度に悩んでいたとする調査報告をまとめた。覚えのある教員はしっかり反省してもらいたい。
報告はその具体例として、02年5月の運動会前の職員会議をあげている。開会式での国旗掲揚と国歌演奏を指示した校長に対し、一部教員は「なぜ日の丸を揚げないといけないのか」「国歌演奏(テープ)のカセットボタンを押さない」などと反発し、校長は涙ながらに「みなさん、よろしくお願いします」と頼んだという。
この校長は銀行マンとしての豊富な経験を買われ、01年4月に小学校へ赴任したばかりである。校長に多少不慣れなことがあっても教員が支えてやらねばならない時期に、これでは転入してきた生徒に対する集団的ないじめとほとんど変わらない。校長が自殺する前の03年3月初め、卒業式の式次第を作成するさいも、校長が西暦から元号を優先した表記に改めるよう指示したが、教員らは「それはおかしい」「私たちにはできない」と拒否している。県教委の報告は自殺の原因について断定を避けているが、こうした教員の執拗(しつよう)な抵抗が校長自殺の背景にあったことは確かだろう。・・・記事は偏見を除き、社説は明確に「主張」している。
高須小学校・現役教員の意見:
http://www.hansen-jp.com/224ogawa.htm
『高須小学校だから起きた事件なのか-民間出身校長の自死について』と言う題で、高須小学校の教員・小川龍一が『反戦情報』
224(2003・04・20)に寄稿したもの、この文章が掲載されているサイトのトップページは、http://www.hansen-jp.com である。こう言う教諭がいれば校長はやりにくい事が良く解る。
マスゴミがんばる−1 民間人校長自殺
1.遺族、公務災害請求へ うつ訴えたが教委説得:毎日新聞 03・06・22(消失)
2.転身、本意ではなく? 「銀行とのギャップ」:毎日新聞 03・06・22(消失)
民間人校長として広島県尾道市立高須小に勤務中の慶徳和宏さん(当時56歳)が今年3月、校内で自殺したことについて、遺族が地方公務員災害補償基金同県支部審査会に公務災害認定を請求することが21日、わかった。慶徳さんは尾道市教委へ「うつ」症状を訴えたが「頑張って下さい」と説得されて校長を続け、連日残業が5〜7時間半に上った。認定には自殺の有力な原因が校長の職務遂行に伴うものだったという「公務起因性」が求められる。認められれば銀行員から転身したばかりの民間人校長を支えられなかった教育委員会側の責任が改めて問われそうだ。・・・広島県、尾道市教委は休養を求める慶徳さんに対し、職員の派遣など一定の支援を示したが「頑張って頂きたい」と精神的負担を大きくする説得を繰り返していた。両教委は「支援不足」を認めたが、公務起因性が認定されれば、慶徳さんを死に追いやった要因として、教委側の疾患に対する認識の甘さ、対応の不備が明確になる。慶徳さんの勤務実態については、広島県教職員組合の調査で校長が管理していた学校の施錠時間(電子記録)から、超過勤務の常態化が判明。校長在任中の02年4月からほぼ毎月平均150時間を超えていた。3月1日から死亡前日の8日までに限っても平均7時間半だった。市教委で現在、確認作業をしている。
病気休暇希望、教委が認めず 自殺の民間出身校長 朝日新聞 03・03・12(消失)
広島銀行の副支店長から転じた広島県尾道市立高須小学校の慶徳和宏校長(56)が自殺した事件で、慶徳校長は就任から約1カ月後の02年5月、医師に「心身の状態が不調」と診断され、尾道市教委に病気休暇の希望を伝えていたことが11日、分かった。その後も校長は転任の希望を出す(*注:転任希望であり、校長は続けたかった事が解る)などしており、早急に手を打たなかった尾道市教委や県教委に対して批判の声も出ている。
毎日や朝日の記事は、産経とは異なり、教育委員会側の責任を追及する県教職員組合側についた内容である。特に「公務起因性が認定されれば、教委側の疾患に対する認識の甘さ、対応の不備が明確になる」としているが、毎月平均150時間を超えて連日、残業しなければならなかった原因は何なのか?が明確にされていない。
マスゴミがんばる−2 世羅高校・校長自殺
1.校長自殺…広島・世羅高校の元生徒会長
沖縄で「意思」持って生きる−斉唱拒否、「広島」背負い 毎日新聞 01・08・12
沖縄大2年の田丸尚絵さん(19)の母校、広島県立世羅高校で2年前の春、校長が自殺した。卒業式の前日だった。式で日の丸を掲げることや君が代斉唱をめぐり、県教委と教職員の板ばさみに悩んでいたというが、真相は分かっていない。(*注:国旗・国歌と書かない、また「真相は分かっていない」と書くあたりは、マスゴミの面目躍如である)その時、生徒会長だった。マスコミが殺到した翌年の卒業式では卒業生総代になった。いくつかの雑誌から原稿を依頼された。君が代や日の丸抜きの卒業式を学校側に求めたが、認めてもらえなかったことなどを書いた。「沖縄に行けば日本がもっと見える」そう信じて大学を選んだ。しかし、地元出身の学生は控えめで、のんびりしていた。高校時代は同級生と平和をテーマによく議論した。そのギャップに「浮いている」と感じた。基地反対の運動も手伝ったが成果は見えない。「一部の人がこぶしを振り上げるだけで、基地をなくせるのだろうか」と感じ始めた。
2.沖縄:反戦平和に取り組む女性の足跡追う 田丸尚絵さん 毎日新聞 03・06・21
衝撃的な校長の死をきっかけに、沖縄で平和を見つめ直そうと旅立ち、戦後沖縄の反戦平和運動に取り組んだ女性の足跡を追っている。那覇市の北約70キロの伊江島で、伝説的な反戦地主を支えた女性たちと出会い、「自分に何ができるか」の答えを教えられた思いがした。卒業論文に「平和を支えた女性」を記録する。
毎日新聞は石川校長の自殺の後も「田丸尚絵」(たまるひさえ)をフォローしているようだ、彼女はどんな活動をしているのだろうか?と思いgoogleで検索してみると、報道されない意外な側面が出てきた。 google「田丸尚絵」 毎日新聞は(朝日新聞も)こう言うシンパを持っているから、記者をイラクに『人間の盾』として(2社だけ)簡単に派遣できたのだろう。
田丸尚絵とは?:
中核派の機関誌『前進』 1970号 (00・08・28)には、広島県教職員組合(広教組)の山今彰委員長、広島県高等学校教職員組合(広高教組)有田耕副委員長、解放同盟広島県連顧問の小森龍邦などとともに「広島県立世羅高校を卒業し沖縄大学に通う田丸尚絵さんのメッセージを妹の訓子さんが代読した」と出ている。『前進』 2018号 (01・08・27)にも出ているので、2年連続代読したのだろう。更に驚くのは中国新聞 03・05・23によれば、妹・訓子は93・05現在、世羅高校の生徒会長をしているのである。彼女の両親は元広島県教組の組合員だと言う。
*参考:google「広島大学*中核派」(ハイライト部分に注目)を見ると、広島大学の学生自治会は中核派のよう、また『前進』 第 1954号(00・04・24、3面2)を見れば、中核派が広島県教組、広島県高教組を支援し、世羅高校の入学式と卒業式の「日の丸・君が代」反対闘争を支持している事が解る。
生徒会の会長に教職員組合員を両親に持つ学生が立候補し、その生徒会長が組合の意に沿うように行動し、彼女が「反・日の丸、反・君が代」運動を主導する。自殺した石川校長は、職場外では部落解放同盟に責められ、職場では組合員の教師に責められ、頼るべき?学生は組合員を両親に持つ学生が生徒会長となり、校長に反対する態度を明確にしていた訳である。「石川校長が亡くなっても焼香に訪れた教師が1人もいなかった」と言う事と、翌年の卒業式は「君が代の流れるなか、卒業生の全員が着席していた」事は同じ根から来ているのだろう。田丸尚絵に関し、googleでヒットした3点を紹介するが「反戦、反天皇制」の姿勢が明確に見て取れる。
参考: 中核派-前進HP、新社会党、新社会党の地方議員(兵庫、広島が強い)
a.ヒロシマで学んだこと、オキナワで学んだこと:KCNニュース 00・09・12
2000・08・19〜20、広島市で第1回「日の丸君が代」強制反対ホットライン全国交流会が開かれました。そこで広島県立世羅高校卒業生の田丸さんの特別講演がありました。
「日の丸」や「君が代」で強制しなければ生まれない愛国心とは何か。愛国心の名の下に戦争中アジアの人々に何をしてきたか。そうさせた「君」とは何かを一人ひとり知らねばなりません。両親は元広島県教組組合員(*高教組ではない)で今は非組合員です。組織の人間としてではなく、一住民として当たり前の教育をしたいと云っています。
父は人事異動で、列車で1時間20分、舟で30分、港から車で10分と、家から2時間以上かかる島へ転勤させられました。「娘を黙らせろ」「逆らうとこんな目に会うぞ」という見せしめです。
だが、私は黙ろうとは思いません。父への理不尽な人事異動、内心の自由を侵す強制の力が大きくなればなる程、私と私の家族の心は強靱になっていきます。それは命を大切にすることを学んだからです。
「過去に目を閉ざす者は未来が見えない」と言った大統領がいたドイツは60兆5300億円の戦後補償をしています。きっちりと責任をとるのが人間としての務めです。
戦後補償の日独比較:JOG-118 この↑朝日的論理に対する反論である
ドイツは旧西独時代以来、ユダヤ人虐殺などへの個人補償だけでも、円換算で総額約6兆円を支払ってきている。日本がアジジア諸国に払った賠償・準賠償はざっと6千億円である。(朝日新聞、93・09・04) この朝日新聞の挙げる数字は、ドイツは誠実に戦後補償に取り組んでいるのに、日本は逃げている、誠実に謝罪し、賠償しないから、いつまでもアジア諸国から信頼されないのだ、という主張の根拠とされている。これに対する反論をまとめれば、1)ユダヤ人600万人虐殺などというような犯罪を、日本は犯していないから、補償金額の多寡を比較する事自体、無意味だ、2)ドイツはユダヤ人虐殺以外の戦時賠償を完了しておらず、まだこれからの段階である、となろう。日本は北朝鮮以外のすべての関係国と講和条約、平和条約を結び、正式に国家賠償が完了している。ドイツの戦時賠償はドイツ統一まで棚上げにされて来ており、近年になりようやく東欧諸国の請求交渉が始まった段階である。例えば、96年にポーランドとの支払協定が完了したが、強制労働に従事、現在も生存している100万人に対し、1人あたり4万円の一時金が支払われる事になったのである。
b.沖縄サミットは何をつくりだしたのか:メルマガaala-33
天野恵一(反天皇制運動連絡会)
「沖縄を『サミット、サミット』とお祭り騒ぎに巻き込んで『銭どぅ宝』を県民全体に浸透させていこうとするうねりの中で、沖縄県内の七つの大学の学生たちの手で『もう一つのサミット』と題して、シンポジウムを持った。『沖縄の将来』について考えるという一つの目標を持って語り合うことで、あらためて沖縄の厳しい現実が明確になった」。こう語っているのは沖縄大学の一年生である田丸尚絵(「日本の政治のまやかしの民主主義がしっかりと見えた」『労働情報』560号00・06・01)。沖縄サミットに対抗する集まりは、実に多様にうみだされた。田丸は、大学生中心の活動をレポートしているのである。その多様な動きの中の一つであった「〈民衆の安全保障〉沖縄国際フォーラム」の記録をまるごと一冊の本にする作業を、私たちは進めている。
c.「ヒロシマの子」として学んだこと−世羅高校を卒業して:雑誌『世界』 00・05
2000年3月1日。あたりまえの高校のあたりまえの卒業式が、あふれんばかりの報道陣の目の前で執り行われた。1年前の卒業式の前日に、私たちの校長先生が亡くなった。その夏に「国旗・国家」法が制定されるきっかけになった事件だ。私たちはこれまでの12年間学校のどんな儀式でも君が代を歌ったことはない。それがある日突然間違っているといわれたのだ。いったいどこが?命を、平和を大事にしようという「ヒロシマの教育」のどこが間違っているというのだろうか。この1年のさまざまな勉強、自分なりの探求でつかんだのは、自分が一所懸命に考えて納得できないことに、「強制」だからといって流されたくないということだ。「君が代」の流れるなか、卒業生の全員が着席していた。全員が同じ気持ちでなかったとしても一人一人が自分なりに考えたことだと思いたい。周りがどうでも「変だ」と思ったことは大事に考えること、そしてその心にしっかりとした理論の裏付けができるおとなになりたいと思う。・・・中核派と革マル派は殺人を繰り返してきた歴史を持つ、「命を大事にする」からはほど遠い組織である。
参考: 立花隆『中核vs革マル』(上)、(下)、google「中核派*革マル派*殺人」
世羅高校は「あたりまえの高校」か?
a.中核派に関係する?集会にブラスバンド参加:『前進』 1970号 (00・08・28)
8月6日、広島県立総合体育館において「被爆55周年 再び戦争をくり返すな!8・6ヒロシマ大行動」(主催・同実行委員会)が開催された。地元広島を先頭に全国から2800人が結集し、大成功をおさめた。集会は正午過ぎ、県立世羅高生の元気なバンド演奏で始まった。沖縄のフォークシンガーのマヨナカシンヤさんが登壇。「チビチリガマの悲劇は皇民化教育の結果だ。『日の丸・君が代』の強制に断固ノーと言おう」と訴え、「チビチリガマ」「チバリョー」を歌った。高校生が「翼をください」を参加者と一緒に合唱した。午後1時、司会の部落解放同盟広島県連女性部副部長の森原愛子さん、広島県高等学校教職員組合書記長の吉村憲二さんの二人が紹介された。開会あいさつを前参議院議員の栗原君子(*新社会党)さんが行った。「平和憲法、教育基本法に手がつけられようとしています。子どもたちに平和な未来を渡すため、今頑張らねばなりません。沖縄の新基地建設に大きな反対運動をおこし、改憲を阻もう」と訴えた。・・・中核派の機関誌『前進』が「この勝利を突破口に、2000年決戦後半戦へ全力で決起しよう」と訴える集会にブラスバンド(部)が参加する高校が、「あたりまえの高校」とは言えないだろう。
b.自殺校長宅での焼香−世羅高の教員はゼロ 産経新聞 99・08・03 (copy)
8月2日(99・08・02)に行われた参院国旗国歌特別委員会における質疑で、広島県議時代から県教育界の正常化に取り組んできた亀井郁夫氏(自民)が、卒業式での国歌斉唱などの取り扱いを苦に99年2月に自殺した石川敏浩校長の自殺で浮き彫りになった広島の教育現場の異常さを“告発”した。これまで3回焼香に石川校長の自宅を訪れたという亀井氏は、世羅高校の教員が葬儀には参列したものの、その後、焼香に訪れていないことを指摘して「人間としてこんなことが許されるのか。一人くらい線香をあげる人がいてもいいと思うが、ゼロということに驚いた」と慨嘆。さらに「数十人の世羅高校の先生が完全にマインドコントロールされているのか、あるいは何かが怖くて参ることができないのか。何が怖いか。解放同盟であり、教職員組合だろう」と述べ、反「日の丸・君が代」教育運動を展開する部落解放同盟広島県連合会、広島県高校教職員組合などに矛先を向けた。・・・田丸尚絵の言う「命を、平和を大事にしようというヒロシマの教育」の神髄がここにある?
c.韓国に「謝罪修学旅行」 広島・世羅高校 産経新聞 99・03・06 (copy)
広島県立世羅高校が毎年、生徒を修学旅行で韓国に送り、ソウル市内にある独立運動記念公園で謝罪文を朗読するなど“謝罪行事”をしていたことが明らかになった。5日付の韓国日報が社会面トップ記事で伝えたもので、それによると「世羅高校の男女生徒約200人は98年10月16日午後4時、タップコル公園の3・1(独立)運動記念塔前でひざを折って座り、日帝侵略と植民地蛮行を謝罪する文章を朗読した。一部生徒はハングルを学び、謝罪とともに両国の和解を訴えるプラカードを日本で作って持ってきた」という。さらに「公園での謝罪儀礼は犠牲者に対する黙とうと班長の挨拶、謝罪文朗読、日本から持ってきた平和を望む折鶴献呈、公園内の史跡訪問などとなっていた」と言う・・・産経新聞の黒田勝弘・ソウル支局長の記事だが、大きな反響を呼んだ。反日・韓国により歪められた『朝鮮の歴史』に沿うこのような修学旅行が「あたりまえの高校」の行事だとは思えない。
相互理解と交流−「終戦」と「光復」:山陽新聞 02・11・03
韓国では日本の終戦記念日を「光復節」と呼ぶ。36年間にわたる日本の植民地支配から解放され、奪われた主権が回復したこの日を、国民の祝日として祝う。金さんは続けた。「戦争に負けた日と独立を勝ち取った日。その違いをまず理解することが、21世紀を共に生きる隣人として必要なことだと思うのです」・・・どこにでもある記事、韓国や在日韓国・朝鮮人、日本のマスコミや左翼に多い歴史観であるが、大きな誤りがある。南朝鮮(韓国)は終戦の日からは「アメリカに占領された元日本の領土」になったのであり、独立は3年後の1948・08・15(8・13説も)である。北朝鮮は「ソ連に占領された元日本領」となり、1948・09・09に建国されている。また侵略と「併合」は異なるのであり、併合を侵略と位置づければアメリカ合衆国の発展は「侵略の歴史」となるが、国際社会ではそんな事は言わない。
広島県教組事務所に銃弾2発撃ち込まれる: 読売新聞 03・06・28(消失)
27日午後9時35分ごろ、広島市東区光町2、「エコード広島」ビル(4階建て)3階の広島県教職員組合(県教組)事務所から「石のようなものが投げ込まれ、窓ガラスが割れた」と110番通報があった。広島東署員が調べたところ、窓ガラスや窓枠に銃弾2発の弾痕があり、室内から銃弾の破片が見つかった。当時、県教組の役員3人がいたが、けがはなかった。
同10時20分ごろ、朝日新聞大阪本社に「建国義勇団別動隊国賊征伐隊」と名乗る男の声で「県教組に銃弾2発を撃ち込んだ」と電話があり、県警は発砲による器物損壊事件として捜査している。
調べによると、1発は窓ガラスに直径約1・5センチの穴を開けて天井に当たった。もう1発は窓のアルミサッシにめり込んでいた。
県教組の説明では、県教委が「自殺した民間採用の尾道市立小学校長が国旗国歌の指導などで教職員とあつれきがあった」と報告した5月以降、事務所周辺などで右翼団体の街宣活動が続いていたという。
民間人校長自殺で揺れる尾道市教委の教育次長が自殺
読売新聞 03・07・04(消失) 7月4日午後2時15分ごろ、広島県御調町の林道に駐車中の乗用車の後部座席で、尾道市教育次長の山岡将吉さん(55)(尾道市高須)が、車内の窓の上の手すりにネクタイとベルトを通して首をつって死んでいるのを、捜索中の尾道署員が見つけた。
山岡さんは民間人校長の自殺問題で揺れる市教委内で教育長を補佐する立場、尾道署は自殺とみている。 調べでは、山岡さんはスーツ姿、乗用車の左後部ドアは開いた状態で、車内に遺書はなかった。3日夜から自宅に戻っておらず、家族が4日午前、尾道署に捜索願を出していた。
現場は、尾道市木ノ庄町畑の国道184号線畑トンネル東側から御調町に抜ける林道。
尾道市長−教育次長自殺で見解 市教委は機能停止状態に陥っていた
民間校長の自殺は学校と職員に問題 産経新聞 03・07・05
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尾道市の亀田市長は産経新聞と会見し、報道機関に対しても「マスコミも、公正・公平な立場であるべきなのに、取材なのか教職員組合の運動の手助けなのかわからないような取材を(山岡次長は)受けていた。民間校長自殺の問題の本質は校長を追いつめるような学校、教職員だ」と厳しく批判した。山岡次長の葬儀でも、亀田市長は報道陣に「過激な取材活動が(山岡次長を)死に追いやった。彼が死で抗議した。一番ひどい報道機関の社長には手紙を出したい」と述べた。(改変)・・・net(2ちゃんねる)では、市長から手紙を貰う最有力候補は、02・02・24、卒業式直前の時期に解放同盟・教職員組合などの意見広告を掲載し、批判を浴びた広島の地方紙、中国新聞と言う事になっている。
広島県−教育関係者の自殺など
70・05・01 府中高校同和主任教諭(36)がナイフで手首を切り自殺
74・09 新市町常金丸小学校同和主担者が会議の直後心臓麻痺で死亡
解同支部長「すまんことをした」と詫びる
76・04・28 新市町常金丸小学校同和主任教諭が遺書を残して失踪
76・04 庄原市川北小学校校長が自殺未遂 →差別事象を根拠に解同の介入あり
76・05・16 府中東高校同和推進教諭(25)が山中で首吊り自殺
76・05・24 府中東高校同和主任・高橋政治教諭(40)が墓地裏松林で首吊り自殺
76・07・01 福山市教委社会教育課主事、遺書を書いて自殺未遂
77・03・26 福山市大成館中学校・田辺隆次教諭が自殺
80・09 加計高校同和推進教諭(55)が自宅裏山で首吊り自殺
81・01・29 福山市桜ヶ丘小学校・藤井千丈校長(54)が包丁で頸動脈を切り自殺
81・01・31 本郷町北方小学校・平野正宏校長(52)がカッターで頸動脈を切って自殺
81・04・09 廿日市町宮内小学校校長(55)が校内物置小屋で首吊り自殺
解同、連日に渡る糾弾
81・11・26 県教委学校管理課長(元同和教育課長)が自殺
82・04・11 五日市町教委同和教育指導課長(51)がナイフで胸を突き自殺
83・10・05 常石小学校校長がナイフで自殺
85・02・22 庄原市山内小学校教諭(25)が山中で首吊り自殺
96・06・22 千代田町教委社会教育課長(48)が山中で首吊り自殺
解同側、関与認める
97・10 県立広島養護学校校長(53)が海にて変死
99・02・28 県立世羅高校・石川敏浩校長(58)が自宅で首吊り自殺
県教委、解同との確執あったとの公式見解
00・02・18 尾道市窪中学校教諭が自殺
00・03・01 三原養護学校校長(55)が自宅で突然死 →自殺との見方も
01・05 県立因島高校教諭が自殺
01・08・25 大柿町柿浦小学校校長(51)が車ごと海に転落して死亡
01・11 県立因島高校教諭が自殺
02・02・20 府中町府中南小学校教諭(39)が車ごと海に転落して死亡
02・03・01 県立三原養護学校校長(55)が自宅で突然死 →自殺との見方も
02・03・01 因島市田熊小学校校長(54)が突然死(心筋梗塞?)
02・06 竹原市竹原小学校教諭(26)一家4人が謎の心中→ダム底で発見された
02・12・10 県立油木高校事務職員(50)が事務室の不審火で死亡
03・03・09 尾道市市立高須小学校・慶徳和宏校長(56)が校内で首吊り自殺
教師側との確執も?
03・03・10 甲奴(こうぬ)町 小学校教頭(45)が自宅で首吊り自殺
03・04 県内の公立中学校養護教諭が自殺
03・07・04 尾道市山岡将吉教育次長(55)御調町の林道、車内で首吊り自殺
広島−民間採用の小学校校長自殺−3 「投稿-2」を改変・追加
http://news3.2ch.net/test/read.cgi/news2/1054525820/
公立学校に見切りをつけた私の決断 広島県安浦町長 沖田範彦
月刊『正論』 00・09 広島県は呉市近郊の安浦町で、義務教育に一石を投じる試みが、沖田範彦町長を中心に進められている。部落解放同盟広島県連合会と広島県教職員組合の支配でがんじがらめになっている公立の小中学校に並立する形で、公設民営の小学校を開設し、町民に学校の選択権を与えようというのだ。
公立と私立の二本立てにし、親や子供が学ぶ場所や先生を選択できるシステムにし、私立学校であっても授業料は義務教育の間は無料にすべきというのが沖田町長の主張である。これまで、議会の反対に遭って実現していないが、今回の規制緩和の特区法案可決が「追い風」になることは間違いない。広島県では、公立学校の教育荒廃に絶望し、子供を私立校へ通わせる家庭は多い、「公設民営をぜひとも実現したい」という。世界日報 02・11・25
高卒就職率−過去最低の16・6% 文科省調査 毎日新聞 03・08・08
今春の高校卒業者の就職率が過去最低の16・6%(前年度比0・5%減)、大学卒業後の就職率も過去最低の55・0%(1・9%減)だったことが8日、文部科学省が発表した「学校基本調査速報」で分かった。大学、短大、専修学校専門課程などへの進学率は6割を超えており、高校生は就職難と、少子化で入りやすい大学が増えたことを背景に「就職できないから進学する」という傾向がうかがえる。
高卒者の大学、短大への進学率は44・6%(0・2%減)、専修学校専門課程への進学率は過去最高の18・9%(0・9%増)だった。男女別の進学率をみると女子が男子より4〜6%高く、就職率は逆に男子が女子を4%上回っている。「進学も就職もしない」のは10・3%(0・2%減)。内訳は家事手伝いをはじめ、海外の学校への入学や職業能力開発施設への入所など。東京都立高校の教諭は「進学が多いのは願書を出せばOKのような大学が増えてきたからだが、目的を持って進学しているわけではない。フリーターになるのを4年遅らせているだけのような気がする」と話す。また大卒後、進学も就職もしないのは22・5%(0.8%増)とほぼ5人に1人。大学院進学者は過去最高の11・4%(0・5%増)だった。
今春の大卒「進学も就職もせず」が過去最多に並ぶ 日経 03・08・08
文部科学省の学校基本調査速報では、今春の大学(学部)卒業生54万5000人のうち、進学も就職もしなかった人の割合が前年より0・8ポイント上昇し、22・5%と過去最多だった2000年度に並んだことも分かった。アルバイトや契約社員など1年未満の一時的な仕事に就いた人の割合も同0・4ポイント上昇し、卒業生全体の4・6%と過去最多となった。
文部科学省は「若者に職業観や勤労観が育っておらず、『必ずしも働かなくてもよい』という考えが保護者も含めて浸透しているのではないか」(調査企画課)とみている。今春の大学(学部)卒業生は前年より3000人少ない54万5000人。厳しい雇用環境を反映して就職率は55・0%と前年より1・9ポイント低下し、過去最低を記録した。
国際競争力失いつつある日本の高等教育 (全文)↓
目を覆う大学院生の学力低下
京都大学教授・西村和雄 産経新聞 03・06・30
評価急落する日本人学生:
この数年、アメリカの大学院に学生を送り出していて疑問に思っていたことがある。優秀な学生を推薦しているのに、入学許可がなかなか出ないからである。他大学の教官の何人かに聞いて、どこでも同じ状況であるとわかった。
多数の日本人の経済学者を輩出している東部の名門Y大学では、この四年間は、1人も日本人に入学許可を出していないという。京大からアメリカへ留学し、今は、やはり東部の名門B大学で助教授をしているN氏は、今年は、彼が審査委員会に入っていたので、やっと日本人学生に入学許可を出せたという。それでも昔なら容易に取れた授業料免除もなしである。
やはり、東部のP大学の工学系の教授は、「日本からの大学院生は、学力が低くて、とてもついていけない。痛々しいのでもう入学させない」と言う。・・・現場を知らない人たちに、過度の権力が与えられたことで、改革を通じて、教育・研究は形骸化し、行政の力が肥大化した。中央集権を維持したままの改革ということでは、国立大学の独立行政法人化も同じ運命にある。このまま進むなら、結果として、文科省のコントロールが強まるのと引き換えに、日本の大学の国際競争力が失われてしまうことであろう。
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