Last update : 1999/11/09
日光東照宮にっこうとうしょうぐう

東照宮とうしょうぐうという神号は、徳川初代将軍家康公の死去後、後水尾天皇から、正保2年(1645年)11月に贈られたものです。それ以前は東照社とうしょうしゃと呼ばれていました。

家康公の死後、遺言に従って家康公の息子2代将軍秀忠ひでただは、日光に廟をつくりました。
廟は元和3年(1617年)に完成し、家康公の尊骸は4月に日光に改葬されました。
しかし廟の規模が小さかったため家康公の孫の3代将軍家光いえみつ公は、寛永元年(1636年)大規模なものに再建しました。

この再建のため、多くの大工、画家、彫刻家、などの美術家が日光に集まりました。狩野探幽かのうたんゆう左甚五郎ひだりじんごろうの名が良く知られていますが、ほとんどは不出世の名工だといわれています。
当時の金で56万8千両、銀100貫、米1000石(現在の価格で160億円)、工期1年5ヶ月延べ454万人の大工事だったとのことです。

東照宮とうしょうぐうには徳川家康のほか、源頼朝、豊臣秀吉の三公が祭られています。
国宝8件、重要文化財55件の指定を受けています。