Last update : 1999/11/09
いろはざか

いろは坂
黒髪平くろかみだいらから見た、いろは坂
正式な名称は一般国道120号といいます。
馬返うまがえし中禅寺湖ちゅうぜんじこの間の、登り(第二いろは坂:「い」〜「ね」)20、下り(第一いろは坂:「な」〜「ん」)28の、合計48のカーブからなる、つづら折りの坂(坂というより峠です。)を、いろは坂と呼びます。(標高差約500メートル)
昭和27年(1952年)日光と奥日光の幹線道路とするべく工事が開始され、昭和29年(1954年)10月に完成(現・第一いろは坂。対面交通でした。)しました。6.5キロの道路に莫大な費用が掛けられたため、日本で二番目の有料道路(日本で初めての有料道路は、昭和28年(1953)12月に開通した三重県の参宮有料道路だそうです。)として開通しました。
この国道120号線の6.5キロの有料道路が、「いろは坂」と呼ばれるようになったのは、ちょうどカーブが48ヶ所ありこの名称が付いたと呼ばれています。(現在では改良されて第一第二いろは坂の合計で48ヶ所となっています。各々のカーブには文字板が建てられています。)
いろは坂の開通で20分程度で中禅寺湖畔に行けるようになったため、観光客が増大し観光シーズンには交通渋滞がおきたため、昭和41年(1966年)、馬返から明智平へと通じる第二いろは坂が日本道路公団によって建設されました。この時点で下り専用(一車線)、第二いろは坂が上り専用(二車線)という現在のスタイルとなりました。上りの第二いろは坂は走行レーンが右側が一般車で、左車線がバスなどの走行レーンとなっています。
昭和59年(1984年)9月からは無料開放され、現在は有料道路ではありません。

いろは坂の入り口となる馬返という地名は、これ以上は山道が険しく狭いため(砂利道で道幅は3〜4メートル)、馬はここで返すということからきた地名だそうです。その名前のとおり急な峠道が続きますが、自動車では登りも下りもおよそ15分程度の時間で通過できます。自動車が通行できるようになるまでの奥日光への移動がいかに大変だったか想像できるでしょうか?

「ね」のカーブをすぎると、明智平あけちだいらという駐車場(ちゅうしゃじょう)があります。

また、馬返までは、東武鉄道日光軌道線という路面電車が運行していました。日光駅〜馬返(10.6Km)で終点の馬返は路面電車としてはもっとも高い駅だったとのことです。しかし第二いろは坂の開通により乗客がバスに奪われ昭和43年(1968年)2月24日廃止となりました。
野生のニホンザルが、餌をねだりに道路に出てきています。おサルさんはかわいいですが餌をあげてはいけません。野生のサルが餌を取ることを忘れてしまいます。
餌をねだることを覚えたサルが、自動車の前へ飛び出して怪我をすることもあるそうです。
そうさせないためにも、サルに限らず野生の動物には決して餌をあげてはいけません。
時にはシカも見られることもあります。