Last update : 1999/11/09
男体山なんたいさん

男体山
男体山
日光市の福田さん提供(感謝)
標高2484メートル。古くは二荒山ふたらさんと呼ばれ、山岳信仰さんがくしんこうの聖地として多くの人々に崇められました。
この山が「日光」と言う名前のもとになったと言われています。(日光の名前の由来

松尾芭蕉の奥の細道おくのほそみちでは、同行の曾良そら黒髪山くろかみやまの名でこの山を詠んでいます。(奥の細道中の日光

この山全体が二荒山神社ふたらさんじんじゃ神域しんいきで、頂上には二荒山神社ふたらさんじんじゃ奥宮おくみやがあるといいます。(すいません登ったことがありません。なお登山する時には、二荒山神社ふたらさんじんじゃ中宮祠社務所に許可をえるようにとのこと)
また山頂には、太郎山神社たろうさんじんじゃがあり御祭神は味耜高彦根命あじすきたかひこねのみことが祭られているほか、8合目には滝尾神社たきのおじんじゃもあります。

男体山と中禅寺湖
男体山と中禅寺湖
日光市の福田さん提供(感謝)

登ったことがないのに偉そうなことは言えませんが、さほど険しく思えないこの山の登頂に15年もかかったという勝道上人しょうどうしょうにん伝説には、ちょっぴり疑問が残ります。

登頂に15年はオーバーでもやはり困難ではないか? とも思えますが、男体山なんたいさんの麓の「中禅寺湖ちゅうぜんじこの標高がすでに海抜1,269メートルある」ということを忘れてはいけません。男体山なんたいさんの1,215メートルほど地表から盛り上がっているにすぎません。標高はあくまで海面からの高さです。盛り上がった部分の高さではありません。

仮に15年という数字に重きを置くなら、既に山岳信仰さんがくしんこうの対象であった男体山なんたいさんを仏教の浄土である補陀洛山ふだらくさんと呼ぶことに必要とした年月とみるか、そもそも上人伝説は江戸時代にまとめられたものとされており物語をおもしろくするための脚色と考えるほうが現実的だと思います。