Last update : 1999/11/09
徳川家康とくがわいえやす

1542年〜1616年

初代将軍(1603〜1605年)。岡崎城主松平広忠の長男で、のちに徳川と改姓しました。徳川幕府を創設し駿府引退後も大御所として実権を掌握しました。

死因は萱(かや)の油で揚げた鯛のテンプラと言われていますが、もともと胃癌が進行していたとも言われています。

遺言どおりに一度久能山に埋葬され、翌年日光東照宮にっこうとうしょうぐうが造営され改葬されました。遺言に「日光山に小さな堂を建てて勧請し、神としてまつること」とあるとおり、日光東照宮ははじめは小規模であったといいます。

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