Last update : 1999/11/09
徳川家光とくがわいえみつ

1604〜1651年

2代将軍秀忠公の第2子で3代将軍(在職:1623〜1651年)。参勤交代や鎖国など幕府の制度をほぼ完成させました。またキリシタンを禁圧しました。

家光公は、祖父家康公いえやすこう を崇拝しておりいました。東照宮とうしょうぐうが現在の規模になったのは家光公による大造替だいぞうたいによります。
慶安4年(1651年)4月19日の夜、酒井忠勝等に「私が死んだ後も魂は徳川家康の祭られている日光山にまいりて、仕えまつらんと願うゆえに、遺骸を慈眼堂のかたわらに葬る」と遺言を残し、翌20日死去しました。享年48才。

この遺言により、家光公は大猷院廟たいゆういんびょうに祭られます。