イラン旅行記

9日目 ヤスド観光後ナイーンを経てエスファハンへ

 今日は午前中ヤスド市内の金曜モスク、ゾロアスター教寺院を観光し、午後オアシスの町ナイーンを経てサファビー朝の古都エスファハンへ移動する。

 8時にホテルを出発、まず、昨晩見たアミール・チャフマークのタキイエに行く。正面から写真をとろうと思ったがもろに逆光でシルエットになってしまう。あきらめてそばにあるナフルを撮る。高さ8.5mもある神輿で重さは400kgもある。ホセインの殉教を悼んで行われるアシュラーの祭りのときに担がれ町の中を行進する。当日は緑色の布で覆われる。

 タキイエの正面の入り口から中に入るとバザールになっていたが、時間が早いせいかほとんどの店が閉まっていた。その中でナールドという氷砂糖を作っている店が開いていたので見物する。イランの人は甘いものが好きだ。

 
ナフル                 ナールド

 このあとゾロアスター教の寺院に向かう。途中、道路脇にバードキール(風の塔)があったのでバスを降りて見物する。バードギールは水に風を当て水が気化するとき奪う気化熱によって水を冷却する装置で夏猛暑になるヤズドではあちこちで見られる。


バードギール

 10分ほどして出発、ナフルを出てから30分ほどでゾロアスター教の寺院に到着した。この寺院はペルセポリスの建築様式が採り入れられており、屋根の正面にはゾロアスター教のシンボルである翼を広げた鳥の彫刻が飾ってある。大きな翼は善行を表し、尾羽は悪行を表している。翼の間の輪は時の輪を表し、上の人物像が持つ輪は王権を表している。

 
ゾロアスター教寺院            シンボル

 中に入ると部屋の正面に面した隣の部屋に拝火台があり聖火が燃やされていた。この聖火は1500年間消えることなく燃えつづけられている聖火の分火である。壁にはゾロアスターの肖像がかかっている。

 
聖火           ゾロアスター像

 次いで5分ほどの距離にある金曜モスクに行く。正面の門には高さ57mのレンガ積みのミナレットが2本立っている。門の天井はムカルナス(鍾乳石飾り)になっている。この飾りを造るには木の枠を造ってその上にタイルを貼るとのことである。


ミナレットのある門(拡大)

 門の壁にはタイルのモザイクが貼られており、卍に似た模様がつけられている。


卍に似たモザイク

 中に入ると2つのイーワンがあり、その先にはドームがあった。ドームや壁には非常に美しいモザイクの修飾が施されている。壁のコーナーの上部には凹みが造られており、この凹みを造ることによって4角形を8角形にし、さらに8角形を16角形にして丸いドームを造るのである。


イーワーン
  
ドームの天井(拡大)         ドームのコーナー(拡大)

 ドームの下にはアラバスタ製のメンバル(説教台)が置いてあった。アラバスタは半透明の石である。高い位の聖職者は上の段に座り、低い位の聖職者は下の壇に座って説教をする。


メンバル

 ドームの下にはメッカの方向を示すメフラーブがあるが、ここのメフラーブには左右2つの廊下がつながっている。左は女性、右は男性用だという。このような廊下のあるメフラーブはここにしかなくその用途はわかっていないが、キリスト教の影響で懺悔の場所かとも考えられている。メフラーブの前には聖職者が祈る絨毯が敷かれている。神の前には人間は小さな存在に過ぎないということを表すために絨毯の置かれた床は一段低くなっている。

 
メフラーブ(拡大)             聖職者の絨毯

 中庭に出ると階段があり、段差の大きい急な階段を下りるとガナートがあって澄んだ水が流れていた。ガナートは2500年前のメディア王国時代からあったという。年に1,2回掃除をして土砂を取り除かなければならないので維持が大変である。

 
ガナート入り口               ガナート

 金曜モスクを見学した後、裏通りを散策する。細い曲がりくねった道の両側には土壁の家が並んでおり、迷路のようになっている。かっては戦争のときに敵が道がわからないように、わざと迷路のようにしたのである。 

  
裏通り

 民家の入り口には2つのドアーノブがついている。来客の男性は棒状の女性は輪状のノブを叩き、その音の違いから来客者が男か女かを知って迎える身支度をしたのである。


男性用と女性用のドア−のノブ

 小さなモスクがあったので屋上に登らせてもらう。モスクのドームやミナレットがたくさん見える。また民家には客用の中庭と家族用の中庭があるのがわかる。

 
屋上からの眺め

 金曜モスクを発って乾燥した荒地を走っていくと道路脇にキャラバン・サライがあった。人が泊まるための建物のほかに動物を入れる囲いだけの建物が2つあった。

 
人間用キャラバン・サライ
 
動物用キャラバン・サライ

 人間用のキャラバンサライは中庭を囲んでたくさんの部屋が並んでいるが、中庭側は開放されていて単に雨除けになっているだけである。隅の部屋には壁がつけられていて今は放牧者が住居として使っていた。2階に上ると煙突のついたドームがたくさん並んでいた。

 
中庭              屋上

 動物用のキャラバン・サライの大型の方にはラクダが入れられており、小型の方には山羊が入れられていた。車の発達した今ラクダの交通手段としての価値はない。食用のために飼っているのだろうか。

 
ラクダ

 12時50分ナイーンに到着、イティック・インというホテルのレストランで昼食をとる。マトンの入ったチャーハンが出たが、マトンが柔らかく臭いもなくたいへんおいしかった。


イティック・インの中庭

 食後ナイーンの金曜モスクを見物する。このモスクは拝火教の神殿の跡に建てられており、ササン朝の見張り塔があったところにミナレットが立っている。ミナレットの上では毎日大きな声で祈りの時間が来たことを知らせるアザーンが行われていたが、周囲の家の中が見られると困るということでアザーンは目の見えない人が行っていた。


金曜モスク

 このモスクには美しい漆喰彫刻が多数残っている。ガジャール朝の時代には上を漆喰で塗りつぶされてしまったが、パーレビ朝の時代に復元された。

 
漆喰彫刻のメフラーブ         漆喰彫刻の柱

 モスクを見た後は町の中を散策する。近くにガジャール朝の砦の廃墟があった。19世紀の建物だというが土造りなので使わなくなるとすく崩れてしまう。


砦跡

 さらに進むとハマームがあった。女性用のハマームと男性用のハマームがあり、金持ちでも自宅に風呂場を作らず共同のハマームを利用する。風の塔もあちこちに見られた。

 
ハマーム       風の塔

 道路に沿ってガナートが続いているのでバスを降りて見物する。ガナートの周りは高さ3mくらいに土が盛られており、中央に清掃するために入る穴があいている。このようなガナートを50mおきくらいに数百kmもつないでいくのだから昔の人は水の確保に大変な努力を払っていたことがわかる。

 
ガナート           清掃用穴

 18時エスファハンに入り、今日から3連泊するアリカブ・ホテルにチェックインする。3星クラスのホテルで、エマーム広場の近くという絶好の位置にある。部屋に荷物を置いた後ホテルの食堂で夕食をとる。メインディッシュは選べるようになっていたのでケバブにも食べ飽きたのでビーフステーキを頼んだら柔らかくて非常においしかった。


ビーフステーキ

 このホテルでは前もって全室バスタブのある部屋を頼んでおいたのにシャワーの部屋があり、窓が開かないとか、電灯が暗いとか苦情が出たので殿岡さんは食事もせずにレセプションと打ち合わせをしていたが、結局近くにあるアッバースィー・ホテルに変えることにし、食後荷物をもって移動することになった。 

 アッバースィー・ホテルはキャラバン・サライを改修した5星のホテルで内部は豪華な装飾が施されていてまるで宮殿のようである。泊まるところが3星ホテルから5星ホテルに変ってこちらとしてはありがたいが、3連泊もするのだから旅行社の方は大変である。ただ、こうすることによってリピーターが増えることを考えれば、長い目で見れば損ではないだろう。

 
アッバースィー・ホテル            ロビー
 
ロビーの天井                レストラン前の廊下

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