
西表島
このページでは過去2回遠征した西表島での探検を紹介します
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八重山奇襲部隊
Yaeyama Kisyuu-Butai
第一次西表島分隊

Road Sign of" Caution! Iriomote yamaneko crossing": Iriomote Is.
イリオモテヤマネコ横断注意標識
西表島も船浦から大原(南風見田浜)まで大荷物を積んだマウンテンバイクで3泊4日で走破しました。ピナイサーラの滝や浦内川等も見ましたが、そういう普通の写真はよそで見ていただくとして・・・結局、西表ではセマルハコガメもカンムリワシも、もちろんイリオモテヤマネコも見る事が出来ず、とりあえずは道路標識だけでも。
カンムリワシのスピード注意標識; べつにカンムリワシが車に牽かれまくっているわけではないのだろうし(道に牽かれた蛇やカエルを食べていて牽かれる、との話しも聞くが、そこまでのろまではあるまい?)、とってつけたような標識なので、イリオモテヤマネコほど必然性に欠けるし、アニメチックで有り難みがない。では?上のようなきちんとした標識は有るのか?はっはっは、有るんだな、これが。
オオジャコを運搬する人夫達・西表; 南風見田浜でシュノーケリングをしていた隊員一人が海中で見つけたオオジャコの朽ちた貝殻をもって帰りたいとワガママいうので、もって帰るところ。貝殻といえど、オオジャコ貝は軽く50・はオーバーする代物。隊員はいきなり人夫に早変わり。さんざ苦労して持って帰った貝はというと、ベランダの外で雨ざらしとか・・・
第ニ次西表島特殊分隊
17 Apl 2001~ 20 Apl 2001
写真1&2:南風見田の浜にてオオジャコガイを拾え・・・ない; ここ数日の雨のせいで、砂浜には幾重もの小川が出来ていて、その河床から発掘された?オオジャコガイの貝殻。綺麗なのだが、重い・・・。俺はアホではないので、記念撮影だけにしておいた。
写真3:世捨て人の聖地・ 西表島 ・南風見田の浜(); ・・・長い上り坂をようやく登り切ると、目の前には雲に霞みながらも遠く波照間島が浮かんでいるのが見られた。また、ココから左に降りると、以前、第1次八重山奇襲部隊で野営をした浜へ降りるのだ。懐かしい。
「さ〜て、後はこのまま、なが〜い下り坂を下っていくだけだ・・・」
と一段落着いた気でいると、ようやく1台の車が停車、南風見田浜まで乗せて行ってくれる事に。どうせなら辛い上り坂の時に拾って欲しかったものだが、贅沢は言えない。車は八重山観光フェリーのワンボックスで、気の良い若者であった。で、彼から仕入れた情報によると、南風見田浜には多くの人が住み着いていて、この年末も、1人の腐乱死体が、浜のテントの中で発見されたらしい。中には自殺志願の人もいるらしく、いわば、南の富士山青樹ガ原樹海のようなもの。つい数週前、車で西日本を廻った際に、偶然にも富士吉田の青樹ガ原樹海を経由してしまったので、何となく不気味である。
浜の入口で降ろしてもらい、善意に感謝しつつ浜へ。(後で分かったのだが、フェリー乗客は目的地までタダで送迎してもらえるらしい。な〜んだ、と思ったが、まぁ、こちらが知らなかった事を良い事に手間を省かれた事を考えれば、善意には違い有るまい。素直に喜ぼう。)浜にはハマヒルガオが咲き、ラグーンは穏やかで、女の子達が貝殻を拾う微笑ましい光景であったが、早速、左手の浜に、観光とはほど遠い格好の男が1人、小汚い服装で寝ころんでいる。(そういう俺もどっこいどっこいの格好なのであるが・・・)よく見ると浜の奥の茂みの中にはビニールシートがかけられていて、居住地があるようだ。
「なるほど、ここは公衆便所があるので、水場が近いという利点があるわな・・・。」
と、納得、大事な軍資金や食料をかすめられてはたまらないので、キャリアから降ろした荷物は重いのは覚悟の上で浜を西側へ歩いていく。地図的には岩場になっている向こうにまだ砂浜があったはずだからだ。
越島隊時のような背負うタイプのバッグではないので、加重のバランスが悪くて次の浜にたどり着くと、もうバテバテである。大きな浜には一番端っこに人が住んでいる形跡が
あったので、取り敢えずは荷物を浜にまとめて浜を散策。が、その浜を1往復して分かったのは、なんと、たかだか500M位のこの浜のアダンやモクマオウの樹の奥には4つもの居住地らしきものがこさえられていて、しかも、荷物を置いてこれからテントを張ろうかと思っていたすぐ裏手にも居住地が有るのがわかった。しばらく浜の流木の上に座って休んでいると、ヨレヨレの格好のオジイがヨタヨタと歩いてきて、こんなに広い浜なのに、わざわざすぐ近くを通って挨拶や話しかけてくるわけでも無く、一通り俺と荷物を伺いながら、裏手の居住地に入っていった。そして今度はその茂みの中から、違うもう1人のオジイがこちらを伺っている。とても、昔、本で読んだハックルベリーフィンに憧れて、この地で気ままにキャンプしている、というよりは、「世捨て人」ではないかと思われる風体だ。
「う〜む、こんな所で一夜を明かすのは気が気でない。」
と、ココに野営するのを諦め、
「ええい、もう一つくらいは浜があるだろう。」
と再び大荷物との格闘が始まった。幸い、ここ数日の大雨のせいか、山からは幾本もの小川が海に流れ込んでいて、水場に近くなくても不便はしそうにないのは有り難いのだが、帰りにまた同じ距離を大荷物と格闘せねばならないのか、と思うと気がひける。しかし、
ここの浜は「世捨て人長屋」と化しており、夜中に人の気配で目覚めるのは幽霊が出るより恐ろしいので、ぜひとも避けたい。浜の一番奥には洒落っけがある人が住んでいるようで、物干しのロープが貼ってある以外に、ちいさなガーデンテーブルにイス、茂みに通ずる砂浜には石で造った階段が出来ている。
浜を抜けてからの岩場はゴロタ石が多くて非常に進み辛く、これで浜が無かったら、と考えると気が重い。唯一、ここらの石は硬めの砂岩2度休憩してようやくたどり着いた小さな30M位の浜の奥には小さな滝まであり、その水量も十分なので、
「おお!これは良い。ここにしよう!」
と喜んだのもつかの間、またも洗濯ロープが目についた。既に先客がキャンプ、いや、もとい、住み着いているようで、俺が通りかかると共に出てきた若者は、俺の姿を見るなり茂みの奥の隠れ家に引っ込んでしまった。「大自然版・ひきこもり」と言ったところか?
しゃあないのでそこを通り過ぎると、再び400M位の浜が広がった。一番手前は大雨のせいで数本の川跡が出来ていて、小さな中洲が出来ていて、万が一、再び大雨が降ったら
押し流されてしまいそうな程の小さなものであったが、その付近には居住地が茂みの奥に見あたらず、ココにテントを貼るのが適当だろう、とようやく野営地が決定。とりあえあず、浜を歩いてみるが、予想通り、ここにも隠れ家が3軒建っていた。この浜から奥はずっと岩場が続いているので、これ以上の砂浜は期待出来ないし、既に浜の入口から1・以上は楽に歩いてきているので、帰り時も考えるとこれ以上は限界。今日、明日はココに野営にしよう。テントを貼って、金品類は着替えの中にまぎれさせておいた。
まだ4時過ぎであったが、今から泳ぐ気にもなれず、ラジオを聴いて暇を潰すことにした。が、大きく聞こえてきたのは、中国語だらけ。唯一、俺のあまり好きでないNHKだけである。
「しゃあない、夜になったら、何処かの日本の放送局が聴かれるだろう・・・」
と思って、「嫁・姑との問題提起」などという、普段なら絶対聴こうとも思わない放送を聴きながら、夕飯用のカップ麺を造るための薪集めを開始した。すると、近くの小川には
オオジャコの殻が1枚転がっていて、「海に帰りたい」と名付けて写真をパチリ。
湿った薪ではなかなか火がおきづらかったが、なんとか焚き火をおこし、川の水を沸かしてカップ麺をすする。夜になると・・・と思っていたのだが、意に反して、本土に居る時と同様、より、海外の電波が強くなり、NHKすら聞こえない状況になってしまった。
せっかくの西表、しかも南なので、
「水平線沿いにサザンクロスでも見ようか・・・」
と思っていたのであったが。ま、昨日まで大雨だったらしいから、雨が降らない分、良しとしよう。
さっぱり聞こえないラジオに愛想を尽かせて、ゲコゲコ、ゲロゲロと鳴いている蛙達の合唱を聴きながら初日の夜は更けていったのだった。・・・「第二次八重山奇襲部隊」より抜粋
写真4:モニュメントバレーin 西表島; 西表島の浜には奇岩が多い。これはまるでアメリカの砂漠で有名な「モニュメント・バレー」にクリソツ!規模は何万分の・サイズではあるが・・・
写真5:南風見田の海; 少し波が高かったが、アウトリーフへ出てみた。
予想通り、海は白っぽく濁っており、その上、アウトリーフというのに、水深10m前後で一向に深くならない。
石西礁池というくらいだから、アウトリーフもインリーフの続きのようなものなのであろう。クレバス状に延びる亀裂を何度も潜って横穴などを探索したが、沖縄本島では見られない、お目当てのオオテンジクザメは発見できず。おまけに貝殻一つすら転がっていない。2時間近く泳いでようやく写真に納められたのがこのウミガメのみ。やたらと大きなコバンザメをしたがえていた。
写真1:ヨステビト・ワールドからの脱出; 「ええい、違う!俺はおまえたちとはちがうのじゃぁあああ!」
と、明日は我が身の不安を抱きつつ、南風見田を後に。いざ、真反対の北の浜、赤離へ!まずは大原まで10キロ近く歩かないと・・・。
写真2:今度こそ誰もいない海!;昨夜までの「世捨て人」の微妙な気配に怯えて過ごしたのとはエライ違いの、これぞ、まさしく越島隊ワールド的浜辺にテントを設営。
写真3:マングローブと海との出会いの場にて;暑いが、ベースキャンプから テコテコ歩く事、3キロ、ようやく小さなマングローブ林の出口にたどり着いた。浜にポツンと生えていたヒルギの木の下で。
写真4:マングローブのせせらぎ;小川のせいか、足下が意外に緩くなく、蚊がワンワンいて、きっと刺されまくるに違いない、と思ったのだが、意外や意外、心地よい、まるで、山奥のせせらぎに来たのでは?と錯覚するほど、心地よかった。
写真5:ノコギリガザミ発見!;
ヒルギの木の根本あたりの水溜まりが微妙に動いたので見てみると、なんと!ノコギリガザミが威嚇したではないか!今考えると「食べておけば良かった」のだが、結構、強力なはさみを持っているので、散策するには不都合だったので、写真を撮るだけに。
シレナシジミ:西表島のマングローブ林で見つけた。前回来た時はキバウミニナの多さに圧倒され、シレナシジミが埋もれているのを見つけ損なったが、今回はキバウミニナのいない、海岸に注ぐ小川を散策し、2個の生きた大きなシジミをゲット。当然茹でて食べたのだが、調味料なしでは水っぽくて食べづらい。「大きな殻なのにこんなに小さな〜」とよく言われるが、それでも小ぶりのカキ位はある。
写真:Water World;
5年前、ここでキャンプした際、本当はこの難破船にたどり着きたかったのだが、ピナイサーラの滝へ行った為に行くことが出来ずにいた。で、今度こそ行く事に。延々と長い距離を泳ぎつつ、途中の引き込まれそうな川のような引き潮に打ち勝って、とうとうたどり着いた難破船。長い年月と、湾出口のど真ん中といった、孤独感の為に寒く感じるほどの荒涼とした場所であった。映画「ウォーター・ワールド」に出てくるワンシーンのようであった。俺はここで気が狂いそうな程、大声でいろいろとあった昨年の鬱憤をぶちまけ、捨て去ったのだった。
写真:天空より; ヨナグニからの帰路に西表上空から撮影。右手の砂浜が赤離のキャンプした浜、左手の湾の出口側にある黒い影が難破船。上空からみても結構、遠いな・・・。
西表島温泉・沖縄県:
ここは少し人工的ではあるのだけれど、本格的ジャングル露天だったら、ここに勝るものは無いとおもう。日本には。何せ、西表島のジャングルのそばにあるのだもの。自然に近い形でヒカゲヘゴを配置してあり、サウナから打たせ湯、檜露天、ジャグジー露天、岩風呂、内湯、内湯的露天など、さまざまで、俺のお気に入りは、ジャグジーと岩風呂。ジャグジー横は下が谷川になっている。おそらく、日中や夕方はクソガキやキィキャイやかましい野郎どもで風情もへったくれも無いのだろうが、夕暮れ間近な7時過ぎ(4月末)にはほとんど誰もおらず、一人気ままに楽しめた。一日、10数?歩いただけに、心地よい事ひとしお。
右写真:ピナイサーラの滝;
5年前、ここでキャンプした際、ピナイサーラの滝へ行った。
左写真:マリウドの滝;
浦内川を遊覧せねばならない、事に気がひけていたが、やはり観光名所だけあって、なかなか素晴らしい滝であった。





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