十四歳の年賀状
明けましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。まもなく開設一年を迎える「維新伝心」と北京からお送りする「北京短信」を今年も宜しくお願いいたします。

さて、年賀状というものは出すのがなかなか面倒なのですが、勝手な言いぐさながら頂くのはとても嬉しいものです。元旦の朝、ぴりりとした外の空気に触れてポストを開ける瞬間は妙にドキドキとしたものです。今回は北京で正月を迎えたわけですが、ここ数日はやはりどこかドキドキとしながら何度となく寮の一階にある共同郵便受けを覗いています。

今ごろは日本でも当分は読むことのできない私宛の年賀状が届いているのだろうな、と思っていた矢先、父からメールが来ました。メールの件名は「14歳の年賀状」。首を傾げながら読んでみると、「今日配達された郵便に『ポストカプセル郵便』というのがありました。君が1985年5月30日(木)に万博会場から出したものです」という一文が...

ああ、すっかり忘れていました!「万博」というのは1985年に筑波で開催された科学万博のことで、私は友人たちと一緒に一泊二日で万博見学に出かけたのです。そしてその会場内の郵便局で郵便物を出すと21世紀を迎えた元旦、つまり2001年1月1日に配達されるという企画があり、私は自分に宛てて手紙を書いたのです。

16年の時間を超えて、ついでに海まで越えて私に届いた年賀状。現物は手元に来ていませんが、父からのメールによるとこんなことが書いてあったようです。尚、文中の●●は妹の名前です。

まだ独身だろ!30代はもうオジンだナ。私はまだ中学3年生、ざまぁみろ。●●はもう嫁に行ったか。
へんな会社で働いてるんじゃネーだろうな。まぁ元気でやりたまえ!16年前の維正より。
万博に行った人。中関、田辺、小杉、佐藤、角谷、上村、田染
PS.もうすぐ運動会です。ブラスバンドがんばる!


...しっかし冒頭から当たっているのが癪に障りますね。父からは「独身というところが予想通りですね」と静かな一言が添えられていました。

ひとしきり文面にある友人たちの顔を思い浮かべたりしていたのですが、ハッと大変なことを思い出しました。正確に言うと去年、中学時代の友人たちと久しぶりに飲んだときにも思い出してはいたのですが、北京に来てからは勉強漬けの日々(と一応言っておきます)ですっかり忘れていました。実はもしかしたら私は当時好きだった女の子にも万博会場から手紙を出してしまっているかもしれないのです。「16年後にきっと後悔するからやめよう」という考えが頭を過ぎった記憶もあるので、ひょっとしたら出していないのかもしれませんし、「いや、やはりここは出してしまえ」と若さゆえの勢いで投函したのかもしれません。風の便りによると、その方はもう結婚されていてしかもお子さんもいらっしゃる(←なぜ敬語だ!)ということです。今はただただ転居先不明で郵便局に舞い戻っていることを切に祈るのみです。

さて、せっかくですから16年前の私に返事を書いてやることにしました。もう決して14歳の私が読むことはないのですが。

明けましておめでとうございます。あなたのことはすっかり忘れていましたが、久しぶりに手紙など頂いたのでお返事差し上げます。

21世紀の日本にはあなたの時代の絵本に載っていたような空を飛ぶ車も、摩天楼を縫うようにして走るチューブ状の無公害交通システムもありませんが、コンピューターと通信は格段の進歩を遂げています。そしてあなたは確か小学校の卒業文集に「リニアモーターカーの運転手になる」と書いていたと思いますが、残念ながらリニアモーターカーは2001年現在営業運転をしていませんし、そもそもJR(「国鉄」という組織はなくなりました)には最初の面接で落とされたので運転手にはなるすべもありません。そういえば筑波の万博ではリニアモーターカーの実験線に乗ったんでしたっけ?そして去年はあなたよりもちょっと年上の子供たちによる凶悪犯罪が新聞を賑わしていました。

さて、私は現在あなたの予想通り独身です。子供のくせにどうして分かったのでしょうか。でも30代になってもまだ「オジン」だなんて思っていません。ちなみに「オジン」という言葉は1990年代初頭には既に死語となっていて、久々に目にするととても気恥ずかしく感じます。そして私はあなたの言う「へんな」職場(会社自体はまあ良いところだと思います)に6年とちょっと勤めて、1年間だけですがまた学生に戻って今は北京にいます。北京ですよ、北京!あなたが当時まったく想像もしなかった街に私はいるのです。いずれにせよあなたに「ざまぁみろ」と言われる筋合いはありません。それから●●は16年前と同じように絵を描いていますが、未婚です。余計なお世話ですが「嫁に行く」という表現は死語ではありませんが、最近はあまり耳にしなくなりました。

まぁ、お蔭様で元気にやっています。今でも痩せていますが、腹がちょっとだけ出てきたような気がします。髪の毛は今でもフサフサしていますが、あなたの頃よりもクセがだいぶ無くなりました。そして私は北京に来てから髪を染めてみましたが、似合っていないようです。あなたがヘビースモーカーの父親を見て軽蔑していたタバコはあなたもあともう少しすると高校の友人からもらって吸うようになり、今では一日に一箱近くにもなっています。酒もその頃に始めてしばらくはイキがって飲むでしょうが、弱いのでほどほどにしておいた方が良いでしょう。それから図書室で「現代用語の基礎知識」の性教育のページを読んで興奮していたあなたが女を知るのは残念ながらまだまだ先です。しばらくは「スコラ」あたりで我慢してください。ついでですが、競馬もパチンコも賭けマージャンも一通り手を出しますが、どれも大して成果が無いので期待はしないように。

あ、ブラスバンドをやっていたんですね。今まで卓球部にいたのによりによって3年になってトロンボーンを始めたあなたは大馬鹿ですが、運動会でも芸術発表会でもそれなりに吹けていました。悩むときはグチグチ悩むくせに、たまに思いつきで行動し、しかも飽きっぽい、というあなたの性格は残念ながら今も残っています。水泳、ピアノなどどれも身につかないまま終わっていますね。まぁ、この性格に嫌気が差して北京まで来て中国語を学習しているという一面もあるのですが。それからいざエンジンがかかるともの凄い集中力を発揮するのに腰が重いという性格もあまり変わっていません。そしてあなたは万博見学旅行の時に、一番安い宿と一番安い交通費を調べて、一人あたりの予算を出して、挙句の果てには企画書まで作っていましたが、そういうところも変わっていません。今でもこちらで知り合った人たちと市内観光に行く計画を立てたり、春節休みの大旅行の計画を練っていますしね。唯一、性格で変化があったところを挙げるとしたら、当時のあなたよりも多少は積極的になったという点でしょうか。大学3年の夏に一人で列車を乗り継いでアメリカを横断したことはあなたに何らかの自信を与えます。

長くなりました。私はあなたを嫌いでもなく、かと言ってあまり好きでもありませんが、新世紀最初の正月に思いがけずあなたから手紙をもらったことを嬉しく思っています。

2001年1月3日
16年後の維正より

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