
98/12/09 更新 ____ 下へ
最近の阪急電車はなんか空いてる。急行に楽に座れたりする事が多くなった。
今朝のニュースで関西大手五社の私鉄のうち阪急だけが利益が有ったようで
すが、「経営の多角化により・・」とコメントされていて本業は大丈夫かと、別に
阪急信者ではないがちょっと心配。
とはいうものの、梅田からの帰りにはガラガラの快速が設定されて「がらすき
ラッキー!」と喜んでいる。客としては空いてるのもいいけどね。
98.12.9
私の最寄り駅・高槻市駅はかつて地下道駅で改札横に有人窓口が有ったので
すが小人用の回数券はその窓口では販売しておらず階段を上がった1階の何
も書いていない「入ってもいいの?」というようなドアを開けて事務机が並ぶ中で
弁当を食べていたり、お茶を飲んで休憩している駅員から買う事になっていまし
た。置き場は事務机の引き出しの中です。「子供用の回数券ください。」というと
引き出しを開けて出してくれます。今考えても何故下の有人窓口で売らなかった
のか疑問です。そんな阪急の駅も駅長室はガラス張りになり、サービスセンター
と名前を変え、女性社員(スマイルレディー)も配置しすっかり様変わりしました。
今後駅がどう変わっていくのか興味の有る所です。(もう変わりようはないか。)
98.12.5
伊丹駅に留置されていた3000系4連には転落防止幌が取り付けられていまし
た。今津南線・甲陽線のワンマン運転対応3連車に取り付けられているものと
同じようです。
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阪急梅田駅での新塗装車 7019 そのうち見慣れるでしょうが、この前面の 塗り分けは私は嫌いです。 撮影 : 1998年11月21日 梅田駅 |
平成10年11月21日始発より、阪神淡路大震災による、一般鉄道路線で最後の
不通区間阪急伊丹線伊丹駅が復旧しました。阪神淡路大震災より3年10ヶ月ぶ
りの事です。
(一般鉄道としたのは、六甲摩耶ケーブルの摩耶線、及びその上部の摩耶ロー
![]() ”新”伊丹駅の3000系 |
![]() 使命を終えた”仮”伊丹駅 |
撮影:1998年11月21日
毎年のレールウェイフェスティバルで展示されています。普段は
_____________________________京都線・正雀工場の片隅に置かれているようです。
以前は116号も良く見えるところに置かれていましたが、動体に
_____________________________復帰してから屋内保存に変わったようです。
1号車:正雀工場にて
大概、JRに近い側に留置されています。 |
10号車:正雀工場にて
1号と2両並んでおかれています。 |
1998.11.11 午前9:00頃 茨木市駅 上りホ−ム
NO:2885 /2841
2300系の中に挟まれて生き残っている。もう少しがんばってね。
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4052号車 最近外からは見なかったので廃車かと思っていたら ちゃんと居たのね。 いつもは何処に置いてるのかなあ? 前は踏切近くに居たけど最近そこには保線車輌が 居るし。__撮影:1998.10.11 正雀工場にて |
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1067mmと1435mm もう二度とJRとはつながらないけど、とりあえず 残っている線路。 ポイントも有るし、なんか古い台車もある。 |
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連絡線の路盤 JRと繋がっていた所は、レールもはがされて 資材等が置かれている。 手前の線路は1067mm。 ここには1435mmの線路はない。 |