X. 使ってはイケナイ言葉

イタリアで最もよく耳にするのがこの汚い言葉パろラッチャ
日本人は絶対に使わないようにしましょう。

このコーナーでは、あえてアルファベットを使いません。アルファベットにすると直接的になりすぎます。

世界で最も有名なイタリア俗語のひとつが、ヴァッファンクーロ。映画「ニューシネマパラダイス」で、少年トトも叫んでました。アメリカ映画でもよく使われています。
あえて直訳すると、「ケツん中にぶち込みやがれ」。意訳すると、「
ばかやろう」。こうして見ると、日本語はとても上品な言語に思えてきます。
略して
ファンクーロとも言います。ファックユーに音的に近い事から、若者がよく使います。
さらに略して
インクーロとも言います。映画「海の上のピアニスト」イタリア語版では、この言葉が「ファック 〜」の訳として使われていました。

これに続けてよく使われるのが、フィッリョディプッターナ直訳「売女/売春婦の息子」。あえて日本語に意訳するなら「おまえのかあちゃんでべそ」みたいな感じですが、「でべそ」の方がずっと上品。

これもよく聞きます、ポるカミゼーりア。意訳するなら、「ちくしょう」。直訳すると、「悲惨なブタ」。派生語として、ポるカプッターナ直訳「ブタ売女」、ポるコカーネ直訳「ブタイヌ」、等があります。ブタとイヌは、かわいそう。

もはや日常的に使われているのが、カッツォ。英語でいうと「シット」、日本語でいうと「ちっ!」みたいなニュアンスですが、直訳は「オチンチン」。同義語で、シチリア人がよく使うミンキアも同じニュアンスです。
テレビ/ラジオ等では、ちょっと変えて
カッキォとか言っています。カヴォロとも言います。
女性もよく使っています。
ちなみに、「いそのかつお」はまさに直訳で「私はオチンチンです」。
また同じニュアンスで、
メるダもよく使われます。直訳は「シット=ウンコ」。フランス語の「メ」と同じです。
イタリアで道を歩いていて犬のウンコを発見するのと同じくらいの頻度で、この言葉も耳にします。

また同じように「こんちくしょう」といったニュアンスで、マンナッジャもよく使われます。直訳は「マレディツィオーネ=呪い」。
マンナッジャアテと言うと、直訳「てめえ呪われやがれ」、意訳「てめえ、このこんちくしょうめ」といった感じ。

退屈な時、うざったい時に言うのが、ケパッレ。パッレ(もしくはバッレ)とは、「キンタマ」のこと。もちろん女性もよく使います。コッリョーニも「キンタマ」で、こちらはマヌケという意味。
ちなみに、「退屈で暇をもてあます」、「うざったくて閉口する」という意味の慣用句は「キンタマをおしつぶす」です。
「退屈なヤツ、うざったいヤツ、うるさいヤツ」=「
スキアッチャパッレ(キンタマつぶし人)」ともいいます。「ロンピバッレ(キンタマ破壊人)」「ロンピコッリョーニ(キンタマ破壊人)」ともいいます。

英語でいう「ファックユー」は、フォッティティと言います。

日本全国の加賀様には大変残念なお知らせですが、イタリア語でカガと言ったら「クソしろ!」という意味になってしまいます。公衆の面前では「お〜い、加賀〜!」と叫ぶのは控えた方がよろしいかと思われます。
ヴァアカガーれと言えば、直訳「クソしに行きやがれ!」、「失せろボケ!」という意味になります。
日本語の「ばーか」に音が似ているので、不用意に「ばか」なんて言うと誤解されるので気をつけてください。
あと、
ポるカヴァッカ(直訳「ブタ雌牛」、先の「ちくしょう」と同意)にも音が似ているので気をつけましょう。
このカガとカッツォが組み合わさった侮辱言葉に
カガカッツォがありますので、イタリアでは爆笑間違い無しの日本人「かがかつお」さんはイタリアでは仮名を使った方がよろしいでしょう。
さらに「クソ」関連では、カガータと言えば、直訳「クソ(したもの)」、意訳「価値のないもの」となります。来伊したてのナカタが、一部の心ないイタリア人たちから「ナカガータ」と呼ばれたこともありましたが、今では誰からもそんな呼び方をされないスーパースター、「ショーグン」ナカタとなりました。

また、セガ社員の方には大変残念なお知らせですが、イタリア語でセガと言ったら「マスターベーションしろ!/マスターベーション」という意味になってしまいます。電器店の前で「おっ、セガ!」と叫ぶのは控えた方がよろしいかと思われます。イタリア人は、苦し紛れに英語風に「スィーガ」と呼んでいます。

なんか、あまりいいコーナーではないので、このへんでやめておきます。
この他にも、この手の言葉は何千とありますが、いずれにしても、イタリア人はこれらの言葉を一日の内で何十回も言ったり聞いたりしているので、気軽に口にしますが、たとえ聞いても聞き流す心の余裕を持ちましょう。
また、よくアメリカ在住の日本人が平気で「4文字俗語」を使ってたりしますがあまりいいもんじゃありません。
これらのパろラッチャはあくまでイタリア人を理解するための知識としてとどめて、自らは使わないように努力しましょう。


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