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外資系企業の多くは、ここにイタリアの拠点を構える。 世界のファッション中心地のひとつでもあり、世界最高峰のサッカーリーグ、 セリエAの強豪、ベルルスコーニのA.C.ミランの本拠地でもある(インテルもいる)。 私にとっては、懐かしい第4の故郷(第1:東京、第2:大阪、第3:ペルージャ)みたいな街。 イタリアの他の街よりも、時間の流れが少し早い。 ミラノのホテル最新情報はこちら(venere.com) |
![]() ミラノの中心は、なんつったってドゥオーモ広場。 なんつったって、世界第3番目の大きさを誇るドゥオーモ。 大きさもさることながら、このイデタチがまさに「ウニコ・エ・マンニフィコ」(唯一無二・豪華壮麗)。 広場の中心にはヴィットリオ・エマヌエーレ2世。 |
![]() イタリア再統一の王、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世。 周りには人々が腰掛け、ハトが飛び交う。 人々の落書きとハトのフンもあちこちに飛び交う。 広場奥には、唯一無二のオーディオ・ブランド「Technics」の看板。 Per chi sa ascoltare.(違いの分かるリスナーへ)。 |
![]() 唯一無二のドゥオーモの最高峰に空高々とそびえ立つのが、黄金に輝くマドンニーナ(小聖母)。 昼は太陽の光を一身に集め光り輝き、夜もライトアップされ美しく輝く。 Madonna mia, bellissima!!! 天気のいい日は、マドンニーナの下で何時間でも過ごしていたい。 |
![]() マドンニーナの周りを囲んで、135本もの尖塔がそそり立ち、 その全てに別々の聖人が立って、ミラノの街を見守っている。 |
このドゥオーモは、14世紀にミラノ公国のヴィスコンティ家によって建築が始まり、19世紀にナポレオンがファザードを完成させるまで、なんと500年近くもかかって建てられたのである。 |
現代最先端の高層ビル群と、尖塔に立つ真っ白な聖人たちとのマッチング、澄み切った青い空とのコントラストが素晴しく際立っている。 |
ガッレリーアを見下ろす聖人たち。 |
ドゥオーモ広場からスカーラ広場へと続くガッレリーア。 |
スカーラ広場に、弟子たちを従え堂々と立つ、ミラノが世界に誇る唯一無二の大天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ。 |
腕組みをしてじっとこちらを見据えるレオナルド。 |
![]() 大天才レオナルドに見据えられるスカーラ座。 冬のオペラシーズンには、オペラ好きな人達で賑わう。 外観は意外にしょぼいが、中を見学してみると豪華絢爛。 スカーラ座博物館も面白い。 |
ドゥオーモを背にしてのびるヴィットーリオ・エマヌエーレ2世通り。 |
![]() ドゥオーモから少し西へ行った所に、サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ教会がある。 写真左の質素な建物の中に、大天才レオナルドの描いた「最後の晩餐」がある。 最近になって、やっと修復が完了した。 その修復が完了した「最後の晩餐」が、オリヴェッティのホームページで見れる。 |
![]() ドゥオーモから西北へ行くと、スフォルツァ城が見えてくる。 その前に堂々と立っているのが、イタリア再統一の功労者、カヴール(だったと思う)。 ガリバルディだったかな?どちらにしても、イタリア再統一の英雄である。 |
スフォルツァ城は、ヴィスコンティ家の後にミラノ公国を治めたスフォルツァ家の城。 |
センピオーネ公園の最北にあるアルコ・デッラ・パーチェ(平和の門)は、ミラノがナポレオン支配下のイタリア王国の首都であったことを思い起こさせる。 |
![]() ミラノの中央駅。 この駅前はアブナイ区域ですので注意しましょう。 なにげに注射針とゴムバンドが落ちてたりします。 夏はジプシーも多く隠れています。 |
![]() この壮麗な中央駅は、ベニート・ムッソリーニがつくった。 現在イタリアで正常に機能するものの多くは、ムッソリーニによってつくられたという。 皮肉にも、初期ファシズムこそが、イタリアを先進国に押し上げたのだった。 ムッソリーニの孫娘が、一時ネオ・ファシスト党から国会議員に選出されたことがあったが、今はどうなったんだろう? |
![]() 特に有名でもないのに、素晴しい教会があちこちにある。 その周りには気持ちのいい緑が生い茂り、人々が集まってくる。 天気のいい日は、寝転んで昼寝。 こんなミラノの日曜日もいい。 |