ポンペイ

ヴェズヴィオ火山の爆発によって滅びた街、ポンペイ。
西歴79年8月24日、恐怖の大王は降ってきた。

紀元前8世紀に建てられたポンペイは、紀元前80年にローマの支配下にはいった。
この円形劇場から、それがうかがえる。
現存する最も古いローマの円形劇場らしい。

円形劇場の中。
遠くに見えるのがヴェスヴィオ火山。
ここでローマ人たちがギャンブルにウツツを抜かしている最中に、あの火山が大爆発し、雨のように火山灰が降ってきて、、、
さぞかしビックリしたことだろう。


ポンペイの中心地、フォロ。
ここからもヴェズーヴィオが見える。
広く整然としたこの広場に、神殿やら聖堂やら商業施設やらが立ち並んでいたのだろう。
ここでローマ人たちが商売にいそしんでいる最中に、あの火山が大爆発し、雨のように火山灰が降ってきて、、、
さぞかしビックリしたことだろう。

当時の街並が驚くほど生々しく残っている。
当時のポンペイの人々の生活は、なすすべもなく火山灰の下に葬り去られた。
そんな昔のことなどおかまいなしに、かわいい子供がかわいい黒猫をこづいて遊んでる。


当時の絵が生々しくきれいに残っている。
エビや魚がたくさんうまく描かれている。
ここは魚介類のレストランだったか、お風呂場だったか。

この絵も実に...
ん...? な...?
ま、ま、まさか!?
ぬぁぁぁぁぁ〜にぃぃぃぃいいいっっっっっっ!!!!!!!

「ケ・カァ〜ッツォ!!!」

(この言葉の意味は、「使ってはイケナイ言葉」まで)

そのテの館だったらしい。
当時のローマ人は現代人と同様、相当病んでいた。

お風呂好きなローマ人のこと、当然大浴場はあった。
(たぶんこの写真そうだったとおもうけど)
男湯、女湯はもちろん、冷水の部屋、微温水の部屋、熱い湯の部屋もあり、プールや更衣室も完備されていた。
俺らの時代とほとんど変わんないじゃんという生活を送っていたことをうかがわせる。

ここも何か大きな公共施設だったのだろう。
今から見ても、当時の贅沢さがうかがえる空間が広がっている。


当時のローマ人から見ても、ここポンペイは南国の楽園だったのだろう。
金持ちが集まっていた雰囲気が今でも残っている。

ポンペイのあるリッチマンの豪邸。
その中庭には、豪邸には欠かせない、趣味の悪い銅像。
こんなローマ人たちが集まっていたポンペイだからこそ、恐怖の大王が降ってきたのかもしれない。


火山灰の下に飲み込まれたには、放蕩なローマ人だけではなかっただろう。
彼らにコキ使われた奴隷やその家族たちも皆、死んでいった。

それにしても暑い。
写真の日付を見たら8月17日、真夏である。
ポンペイの街はフィレンツェの中心部くらいの大きさくらいだけど、真夏に歩いて回ると結構きつい。
1リットルの水はあっという間になくなった。
「足が棒になる」という言葉がまさにぴったり、感覚がなくなっていた。
そういえば、ヴェズヴィオが大爆発したのも、この季節のこんな日だったのかもしれない。


広島も長崎も、東京も神戸も、復興した。
しかしこの街ポンペイは、長い間、人々の目の前から、記憶からも抹消されていたのである。
我々現代人がまだ知らない、遠い過去の歴史が、まだどこかに眠っているのかもしれない。


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