
ソ連軍資料室
このページは、「ソ連軍戦車兵の回想」を拡大・再編し、ソ連軍に関する資料を提供するものである。時代は第2次世界大戦、内容的にはロシア語からの翻訳が中心となる。
「ソ連軍戦車兵の回想」の断り書きでも述べてあるように、本頁の製作者は決して軍事部門に造詣の深い者ではなく、ロシア及びその歴史への関心の一環としてソ連軍にも興味を持っているにすぎない。そこを押して「ソ連軍資料室」の設置を思い立ったのにはいくつかの理由がある。
まず第一に、日本人のロシア/ソ連認識には軍事的な要素が大きな影響を与えているように感じられること。日本は近代以降数次にわたってロシア/ソ連と干戈を交えており、かつまた長期的にソ連の軍事的圧力を感じる立場にあった(現実的な脅威と、「脅威」を強調する政治的操作の双方による)。さらにソ連自体が軍事的要素を重視し、戦勝の歴史を誇示する政策を採ってきた。所謂軍事マニアでなくとも、ソ連というと強大な軍隊、数々の恐ろしげな武器、派手なパレードを思い浮かべる向きが多かったのではないだろうか。
第二に、にも拘わらず日本ではソ連/ロシアが経験してきた戦争や軍事の実相について、ほとんど関心が払われずにきたという事実がある。成程、ソ連の軍事について語られること自体は少なくないかもしれない。しかしながら、恐ろしく表面的で不正確な知識や単純な偏見が、しばしばこれらの「語り」の方向を規定してしまっている。なまじ軍事に関心を持っている人々の方が、こうした弊に陥りやすいかもしれない。
特に問題だと思われるのが、ソ連側の意思や行動を、ソ連に敵対した側(戦時であればドイツ、戦後は西側陣営)からの見方だけで解釈して済ませるという態度である。その際には名高い「ソ連のプロパガンダ」が効果的に利用されている。共産主義者の巧みな宣伝に惑わされるな、ソ連の公式発表に騙される奴は馬鹿、外から客観的に見なければ本当のことは分からない…というわけだ。しかし実際のところ、プロパガンダとは何だろうか?ソ連の宣伝とソ連の敵による逆宣伝と、果たしてどちらが効果的であっただろうか?そもそも我々は、他者の「解釈」によらず、ソ連自身の声に耳を傾けようと努力してきただろうか?
繰り返しになるが、製作者は軍事研究者でも何でもない一介の好事家であり、それほど大層な「資料室」ができるとは考えていない。正直に言うと、自分自身が興味を持って調べた事共を放り込んでおく備忘の倉庫が欲しかっただけでもある。しかし同時に、ここにある資料がソ連の軍と戦争の実相について考えるヒントとなり、かつまたあの大戦争を戦ったソ連の人々に関心を持つきっかけとなるのであれば、製作者としてはこれ以上の喜びはない。(2010.05.09) ○翻訳資料
ソ連軍戦車兵の回想
セミョーン・アリヤ『戦争について』
ロトミストロフの手紙
1941年の空
論文試訳
兵士たちとの対話(2012.02.10更新)
○その他
グリゴーリー・クリークのこと
ソヴィエト連邦と41人の元帥(「ロシア史雑話」共用)
「狙撃兵」とは何か
護衛戦闘機ヤコヴレフ
ソヴィエト勲章物語
ラヴリネンコフ氏大いに笑う
第5親衛戦車軍の人びと(「ロシア史雑話」共用)(2011.12.17更新)
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