
リシャット・ムラディルギン著、高橋純平訳『ロシア建築案内』(TOTO出版 2002年)
天下のTOTOが(なぜか)提供するロシア建築のガイドブック。実物を目にする機会もなく、ただ情報だけを頼りに日本から持ってきてもらったものだが、結果的にこれは大当たりであった。税抜きで3333円という価格も、この内容なら惜しくはない(と思う)。
ロシアの建築は、キエフ・ルーシの昔からソヴィエト崩壊後に至るまで、その時代ごとのエートスを実によく反映している。もしもロシアの歴史や文化一般に興味を持つならば、建築に目を向けないという手はない。しかし日本では、演劇や文学に比べると、ロシア建築という分野はあまり手がつけられないままに残されてきた。そして今ようやく、一般にも手の届くような建築概説書が登場したわけである。
本書の著者リシャット・ムラギルディン氏はプロの建築家で、1969年の生まれながら、すでにクレムリンの大統領宮殿改修プランなどで実績を残している由。建築界でも若手の俊才、といったところだろう。そして97年からは、交換留学生として来日している。ちなみに本書はロシアで出版されたものの訳本ではなく、日本語版が初版となっている(もちろんムラギルディン氏の原稿はロシア語だっただろうが)。おそらく著者が、TOTO出版に企画ごと持ち込んだのではないかと思われる。
『ロシア建築案内』の長所は、何と言っても取っつきやすい点。まずは最初にロシア建築史の流れがごく簡単にまとめられているのだが、これが本当に分かりやすく、素人にやさしい解説となっている。それから後は、実際のロシア建築の解説。基本的にはそれだけである。しかし、実例として示されている建築物の数は膨大なもので、地域も時代も建築スタイルも多岐に亘っている。この一冊があれば、ロシア建築に関する理解はかなり深まるはずだ。
また、本書が扱っている各分野の中で、とりわけ地理的な範囲の広さに注目すべきだろう。もちろん、モスクワ・サンクトペテルブルクの「両首都」が占める割合は非常に大きいが、それ以外にも「黄金の環」と呼ばれる古都群から、沿ヴォルガ、ウラル、シベリア、そして極東に至るまで、実に広い地域の建築が紹介されている。個人的には北カフカースや南ロシアが欠けているのが残念だが、ともかくも、ちょっとしたガイドブックとして使えるほどに広い地域をカバーしている。
それから、写真の数の多さと美しさもガイドブック並み。これらは全てムラギルディン氏自身が撮影したものだそうで、流石にプロの建築家は違うものだ。写真撮影の技術はもちろん、これだけの膨大な建築物を実際に訪ね歩いているという点に驚かされる。
こうした分かりやすさ・ビジュアル面での工夫などが光る一方、専門的な方面がおろそかにされているわけではない。そこらへんも流石にプロである。本文をよく読めば、それぞれの建築が持つ技術的な特徴や時代的な背景を知ることができるし、マニアックと言っていい内容のコラムも凄い。さらに巻末には、ロシアの主要な建築家略歴や用語集が載せられているというおまけ付き。至れり尽くせりである。
要するに本書は、建築アルバムとしてパラパラと眺めてもよいし、じっくり読み込んでロシア建築を学ぶこともできる。ロシアに興味のある方なら、一冊は手元に置いて損はないと思う。
内容については大体そんなところ。以下2点ほど、気がついたことを。
まず第1の点だが、本書ではスターリン時代の建築を肯定的にとらえているようだ。当時を「長く続いたプロパガンダ的自己暗示の時代」(24ページ)と描写しながらも、スターリン統治下のソ連が持っていた一種独特のエネルギーと高揚感、そしてそれらを象徴した数々の建築作品については、基本的にプラスの評価が多い。とりわけ、一般に「スターリン建築」の名で知られる高層建築の解説ページでは、スターリンその人の建築的なセンスを認めてさえいる。
著者のムラギルディン氏は69年生まれ、ペレストロイカ期に青春を迎えており、スターリン時代にノスタルジーを感じるような世代でもないはずだ。それだけに、この高評価にはちょっと意外な感じを受けた。建築家の立場からすると、当時の建築は、実は相当に魅力ある存在なのだろうか。一般には評価の低いスターリン時代の文化・芸術について、再考のきっかけになるかもしれない。
もう一つ。ムラギルディン氏は、ロシア連邦の中でも、ウラル地方のバシコルトスタン共和国の出身である。すなわち、16世紀にロシアに併合された遊牧民族バシキールの故地で、姓名から判断するにムラギルディン氏自身もバシキールの血をひくと想像される。そして本書では、バシコルトスタンの首府・ウファについて、詳細かつ情熱的に解説されている。
それは容易に理解できるのだが、意外だったのは、ロシア帝国によるバシキール併合を意外なほど好意的に描写していたこと。これは微妙な問題であり、バシキール人側の立場からすると、ロシアに「侵略された」との見方も充分に可能である。ところが本書では、まさにこの併合により、バシキール人もロシア人も共に大きな利益を得たことになっている。確かにロシアによる土地の収奪とバシキール人の反乱については言及されているものの、それは1エピソードの域を出るものではない。さらに、勇猛果敢なバシキールの兵士は「ロシアの兵士との連携を保ちながらロシア帝国を守るために戦った」(338ページ)ことが、わざわざ強調されている。一方で、同じくロシアに併合されたカザンについての記事を読む限り、著者はロシア帝国の東方侵略にまったく無批判なわけでもないらしい。父祖の地・バシキールの併合の方が、却って好意的に扱われていることになる。
おそらくロシアでは、このようにバシキール併合を正当化する史観が一般的なのだろう。しかしながら、そのバシキール人である著者がロシア側の視点をなぞっているというのは、正直なところ予想外であった。ムラギルディン氏のような歴史解釈は、バシキール人としてはエキセントリックなものなのか、それとも一般に受け入れられているのか、いずれにしても興味深い事柄である。
最後に、日本語訳についても付け加えておこう。多少の硬さは見られるものの、基本的には読みやすい訳文だと思う。ただ、ところどころに固有名詞などの訳し間違いが見受けられ、全体の印象を損なっている感がある。例えば52ページだが、モスクワ・ホテルの写真キャプションでは、「ソ連時代の英雄的大佐」ジューコフの像について言及されている。これはほぼ間違いなく、「指揮官(полководец)」を「陸軍大佐(полковник)」と誤認した結果と思われる。実際は「英雄的指揮官」でなくてはならない。まあ、ジューコフだって大佐だった時代はあるのだろうけれど…
と、翻訳に関して物言いをつけるのは、自分の身にも跳ね返ってくる恐れがあるからやめ。私は保身に生きる心卑しき男でございます。それにしてもほんと、訳ってのは難しい仕事ですよ。(04.02.20)
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