曹洞宗 西福寺



名称 三河三弘法第2番霊場 大仙山 雲涼院 西福寺
所在地 愛知県刈谷市一ツ木町大師27番地
現住職 第16世 佐竹珪道
宗派 曹洞宗


当寺の歴史


当山は三河三弘法第二番霊場の札所で、弘法大師御自作像の 奉安霊場として古くより名高く、毎月数万人の参拝者で賑わい、大師信者の皈依が篤い。
 往古弘法大師が弘仁13年(西暦822年)夏、嵯峨天皇の御名代として 東国富士権現へ「国家の平安と民心の平定を祈念」される為に、鎌倉街道を 少し南に入って御結縁のご修行をされた。
その夏は、暑さ厳しく雨も無く、 土地の者は全く水に困り、作物も枯死して大変な時であった。 大師が水を包食されたのに供養の水もなく、それを聞いた大師が御杖で 水の出る処を教示された。 それが当山の奥の院(井戸弘法)で「大師井」 の地名としても在り、又当山の地名「大師」も御修行の因縁に依るものである。  その折り、三体の御身影を彫刻され、奉安されたのが開創で随應山 西福寺と 尊称された。  又当山隣に大仙山 雲涼院という天台宗の寺院があり、法輪を転じたるも、 不幸にして後花園天皇の寛政年間(西暦1460〜1463年)に両寺が共に 焼失して資料が無い。
 復興はまま成らず、草葦堂に両寺の御本尊様をおまつりして来たが慶長元年(1595年) に伝旨的公(でんし・てっこう)和尚がいたく気にされて、御堂を建立され六代伝統相続 された。 そして、光格天皇の寛政元年(1789年)に現在の本堂が建立され、禅門に 転じて一層教化の道場となった。現在、法孫系繁茂し寺運隆昌して十六代に至る。
依って当山は大仙山 雲涼院 西福寺 と呼称している。






  戻る        カレンダー     リンク