・パイロンを回る技術について

同じ大会に10年以上も出場し続ければ、タスクをこなすKnowHowはすべて見聞き出来るであろう。ポイントシステム大会の主なものには15回以上にもなりハングの歴史を刻んできている。タスクも気象条件も出尽くしたとも思われる。しかし、過去のデータをいくら積んでもやはり今日明日の条件や大会の動向を予想することは経験豊かなパイロットでも難しい。そうゆうなかで、歴戦のつわもの達を出し抜いて自分がトップの飛びをするにはどうすればよいのかと、皆それぞれにテイクオフ前には考えている。
パイロンを回るテクニックというものは無い。実は決断したことをやりぬく意志である。その一筋の行動の中に運がついてくれば勝てることもある、と思われる。いくつかのパターンを見てみる。

先行逃げ切り
昨年度(1997年度)日本選手権優勝者の鈴木博司選手や、このところ常に上位にいる大門浩二選手、またこのところ調子を落としているものの気合の入った飛びが光る今嶋功選手らが条件の良いときに狙っているパターン。先に行って調子よく走っていれば絶対抜かれることは無い!という飛び。日本中のエリアを知り尽くした彼らにはほぼすべてのサーマルポイントが頭に入っている。この風でここにサーマルがあればこの先のあそこにあるはずだという具合に、後から追ってくる集団には指をくわえて見ているしかないおいしいサーマルをドンドン乗り継いでひとりポイントを稼いでしまうのだ。
世界選手権でも上位の選手の中でもほんの一握りの選手にこういった独壇場が与えられている。ギド・ゲールマン、トーマス・スカネック、マンフレッド・ルーマーらには他に敵がいない。先行してしまうと、追いつくものはいない。ただひとり、またはふたりの世界で戦っているらしい。本当に強い選手はそういうことが出来るのであろう。

賢者の飛び
一昨年(1997年)ポイントランキング1位の藤田直己、昨年(1998年)1位峰岸正弘、2位外村仁克(とのむら)彼らはいったいいつまでハング界に君臨し続けるのであろうか。10年以上も前からトップに居続ける彼らの戦法とは?彼らとて自分の飛びが出来ないことには上位に食い込めないことは承知している。経験に裏付けられた頭脳の飛びをしているのだ。大会の1日はのっぺりした日なぞ1日たりともない。大波、小波押し寄せる激しい変化の連続である。その変化する条件の一番の波を捕らえるのである。これには大変な努力が要る。体調が良くて、感覚が冴えていなくてはならない。風邪も大敵であるが、トレーニングに裏付けられた直感が必要である。
その上で、夢のようなトップ独走というイメージを追わないで、出来るだけリスクを避け、悪くてもその日の10位以内には入いっていられる飛びをする。自分のイメージとは---条件の1番よい1時間程度の間にタスクの難しい部分を消化し後の部分は走りまくって最速のタイムをたたきだす!---というもの。問題なのは1日の最良のサーマルがいつ出るかってことだ。長く競技をやっていると一番良いときは1日の早くにくることは少ない。条件が悪くなるときは結局競技がパッとしない。尻すぼりでゴールできないことが多い。待ちきれないほど待ってそのときはやってくる。トップ連中の脳裏に「今だ!行け!」という内からの声がかかるとき、彼らはいっせいに動き始める。大会でシード選手(上位の10位)がテイクオフに向かうときほど緊張する瞬間は無い。

クロカンへの道

 1999年4月9日、板敷スプリングフライト3日目はお待ちかねの白河ゴール92.3Kmとなった。初めてクロカン(クロスカントリーフライトの略で出発点とは別の地点へ飛んでゆく競技のこと。) に挑む人もベテランで何度も行っている人も気持ちは「ゴールしたい。」の一言である。不祥わたくしも過去何度かチャレンジして、失敗に終わっているという役に立たない経験があるばかりでそれでも飛ぶ前は何とかゴールへ!と願っていた。
気象条件は快晴で上空南西の風5〜6m/s、2000m付近に逆転層があるというほぼ絶好の条件。ダミー(ウィンドテクニシャン)数機が700〜800m以上ゲイン(高度獲得)して好条件を証明してみせたが、それ以降テイクオフ前が上昇出来る条件にならず、何人かの選手がぶっ飛んだ(ゲインせず降りた)。約1時間位のブランクがあって、やがて、風が出てきた。選手数人が300m程上げて、前のパイロン(標識)を撮りに行った。さあ始まりだ。
 まず、タスク(競技内容)を説明しよう。選手らはテイクオフ時にテイクオフボードを写真に撮り次に約1.5km南のタンク小屋を撮る。そして、北に飛んでいって92km先の白河まで飛んでゆくのだ。
混雑するテイクオフを予想して早めのテイクオフ。中だるみが長くていまいち緊張しない。400m上げてタンク小屋を撮りに行く。途中良く上がるポイントがあり、行きと帰りに上げているうち1000m以上の高度になる。この頃には半数以上の選手がテイクオフしていて、あちこちで上げていた。海抜1300mあたりが上限のようで(1500m位まで達している機体もあったが、)意を決して板敷山を離れて北へ向かう。
約8km程のところに高峯山というエリアがあってパラグライダーが飛んでいるのだが、この付近のサーマル(熱上昇風)を期待して進む。途中かなり強い西風が吹いていて編流飛行(グライダーの進路を風のベクトルを計算にいれて進行方向を補正しながら進む航法)して進もうとするとほとんど風に正対してしまって進めない。少し東に流されながら北に進まないと高度だけ失ってしまう。近くに見えた高峯がだんだん遠くなる。高度が800、700、600となってくると一番近いランディング場を目で探しはじめる。こんなシンク帯(空気の流れに下方成分のある地区)ではあの畑まで届くだろうか。高峯なんか行けやしないよ、ナンテ弱気にもなってしまう。だいたい機体が古すぎる!装備も10年前のもので最新装備の機体についていける訳がない。
 そういう厳しい条件であったが高峯の手前でサーマルにヒットし、何とか高峯山に取り付くことが出来た。自分よりはるか2〜300mも下の機体もやはり自分の後を追って高峰に這い上がってきた。高峯は意外に渋くて何とか、かんとか1100mまで上げるとズブズブと700mまで下がり、必死で上げ直すといった繰り返しを余儀なくされた。いっしょに飛んでいたパラグライダーも楽しんでいるのか苦しんでいるのかあまり場所移動もせず上がったり下がったりしていた。
そうこうするうち、西に流されてしまって高度900m足らずで押し出されるはめになった。高峯にはもう帰れない。が、こんな高度では行きたくない。そういう時にへなちょこシアー(寒気の中に暖気がぶつかることで生じるライン)に入った。サーマルではないが+1から+2m/sでバリオが鳴る。周辺よりは気温がやや高いようだ。うすいもやがかかっている。北西に流されながら少しずつ高度を取り戻した。1000mを少し超えたあたりで茂木(もてぎ)に向かう。
おりしもツインリンク茂木でインディーが明日あるそうで大きなオオバルが確かに二つある。こっちはクルクル回っているのでどっちが北か判断するのがやっとでゆっくり見物している暇はない。茂木の街の南で大きなサーマルが出て、20〜30機の機体が1200m以上の高度まで上がった。自分はいいのに当たって1400m以上の高度が取れた。この位置からだと他の機がよく見えて、楽に飛ばせられる。この機体コスモスの能力いっぱいに引き出せる。この機体は上げるのにはしんどい想いをさせられるが、上げきったら良く飛ぶ機体である。他のキングポストレスの機体よりペネトレーションいいくらいである。ナンテ、こういう状況ではなんとでも言える。
 さて、ここからだ!進路をどうとるか、である。すでに那珂川の上空では数機がセンタリングしている。コースを真北にとり烏山方面に向かう。那珂川が大きく蛇行している部分の北で500mを切ってたが、サーマルにヒット。上がるにつれて上昇率がよくなり、800,900mと高度を上げているとここが群れの最先端で後ろからサーマルに餓えた集団がおおいかぶさる。1200mくらいが上限のようでしかたなく北へ向かう。イヤイヤ先頭に押し出される格好で上がりきらないのにサーマルからはずれて先に進んでしまうという悪循環になってしまう。今度はコアのないサーマルにはめっぽう弱いコスモスの弱点で他の機体ほど上昇できないで、イライラしてくる。馬頭付近のサーマルでうろうろして高度を失った後根性なく降りてしまった。高度150mでサーマルに当たったが何もすることができなかった。先頭走るのはバカげているのはわかっているのに何やってんだ!失意と後悔の念をたっぷりかみしめていた。
 この日17名の選手がゴールし、わたしの順位は37位であった。