
<書評>
『プロレススーパースター列伝』梶原一騎原作、原田久仁信画、協力・アントニオ猪木。
詳しくは「ブッチャー編」を参照のこと。
タイガー・ジェット・シン編(第4巻後半部)
5000アクセス突破記念
〜死して屍拾う者なし〜
かつて小説家野坂昭如は千人斬りを宣言したことがあるそうですが、我々「洞窟修道院」のメンバーもこれでめでたく五千人斬りを達成したわけです。いやーよかったよかった。野坂昭如といえば、昔アニメ映画で『火垂るの墓』という野坂昭如原作のやつがあったと思います。これをテレビで観ていた私の妹は、涙ぐみながら「いいよね、野坂参三」と述べました。そんなによくないと思います。
関係ない話で字数を稼いでしまった。よくない傾向です。
しかし、我々はようやく5000アクセスを達成しましたが、考えてみるとこのアクセスの7割くらいはおそらく当ホームページの製作者本人たちなのであります。そして残りの3割もかなりの部分が製作者のごく身近な知人たちです。これはまぬけです。まるで売れない小劇団の公演の客が役者の家族と友達だけ、というような光景に近いものを感じさせます。
しかしそう考えてみると、ますますこのホームページを訪れてくれた方々、更には常連さんになってくれた読者(っていのうかしらん)の方々には感謝感激、随喜の涙にむせばずにはおれませぬ。
というわけで、感謝の気持ちをこめて『プロレススーパースター列伝』「インドの狂虎!タイガー・J・シン」編を皆様にお届けしたいと思います。恩を仇で返すようで恐縮ですが。
はじまりはじまり。
昭和48年5月、神奈川県の川崎市体育館から物語は始まります(ちなみにこの年、カネキウスの生誕よりも1年前のことであります)。外人選手の反則攻撃に苦しめられる山本小鉄。結局山本の反則勝ちで試合は決着が付きます。ところがそこに表れたのはターバンを巻いてひげを生やし、サーベルを口にくわえた一人のインド人。そう彼こそがインドの狂虎、タイガー・ジェット・シン。
外人選手「フー・アー・ユー(何者だ)!?」
シン「てめえのようなチンピラ悪党がなれなれしい口をきくんじゃねえッ!おれはタイガー・ジェット・シンだ!!」
外人選手「ゲエッ…お お名前はかねがね…インドの猛虎といわれカナダ地方であばれておられるのをよく存じあげてまさ」
シン「チンピラ、よくみとけッ!人間を痛めつけるてえのはこうやるんだ!」
シン、サーベルを手に小鉄に襲い掛かる。しかし「あばれておられる」って表現も妙ですね。尊敬しているのか批判しているのか。まあそれはどうでもいいのですが、シンは例によって(?)、サーベルの先ではなく柄の方で小鉄をがんがん殴りつけます。出血して倒れる小鉄。シンはあわてて小鉄を救出しようとする若手レスラーたちを「ザコにゃ用はねえ!!」と振り払い、アピール。
「おれはタイガー・J・シン!!アントニオ・イノキ 貴様をブチのめすために日本へきたんだ!」
試合契約も結んでいないシンの勝手な殴り込みを無視したアントニオ猪木。だが、「さらにシンは、わたしを怒らせる暴走をやってのけた!!」(猪木)。それは一体なんでしょう。
新宿伊勢丹前。
アントニオ猪木と倍賞美津子(元)夫人が買い物中。
「あッ みろ!!プロレスのアントニオ猪木と女優の倍賞美津子夫妻だ!お似合いのカップルだこと!」
「猪木さんも奥様サービスで買い物に出たりするのね、すごく仲がよさそうだわ」
「サインしてもらおうかしら?」
「お忙しい夫婦がたまの休日を楽しんでいるんだからじゃましないでおきましょ」
なんだか皇太子・雅子妃をフォローする女性週刊誌みたいな「やさしい」視点ですね(御懐妊関係を除く)。まあこれ以上この手の問題に付いて書くとやばいのでやめやめ。
ところが。
「キャアーッ!」ドドドドドドドドド。そこにあらわれたのは、手下二人を引き連れた狂虎シン!
シン、猪木につかみ掛かって曰く、
「ヘイッ イノキ!!だいじな美人ワイフの目のまえでぶざまにブチのめしてやるぜ!」
猪木、「おまえは狂人か!?」
「そ それに 他の二名は新日本プロレスでよんで この近くの京王プラザホテルにとまっとる連中なのになぜ狂人の子分になるッ?」
えらく状況説明的な台詞であります。橋田寿賀子ドラマみたい。でもおかげでこの名もなきシンの子分たちの素性がよく分かるという仕掛け。
子分たち「ヘヘヘヘ!ミスター・シンは大物、おれたちのボスにふさわしいからさッ!」
シン「やっちまえ!!」
三人で一方的に猪木を痛めつけます。
倍賞「あ…あなた!」
猪木「美津子、プロレスラーはマットの上でしか戦わん!」
シン「こいつ ケンカやる度胸もなくてよくプロレスラーがつとまるな!!」
野次馬がどんどん集まってきます。
「プロレスラー同士のケンカだぞ!!」
「猪木と外人レスラー めったにみられん地上最大のケンカだあ!!」
野次というより呼び込みの口上みたいですが、それはともかくとして、騒ぎになったので警官が駆けつけます。するとシンはおとなしくしょっぴかれます。
「ようポリス諸君!!諸君とはケンカせん、留置場ぐらしが長びいてはイノキをブッ殺すチャンスを失うからな!」
意外とシンは冷静です。怪我をしたイノキに駆け寄る倍賞。
「アントン大丈夫!?」
大秦国王安敦ではありませんよ。しかしアントニオって本名じゃないのに、実の妻が「安敦」と呼ぶとは…。
さて以上のように暴れん坊ぶりを発揮するインドの狂虎ですが、彼はいったいどのようにしてこのような狂虎となったのか?以下にその生きざまが語られます。
インドのプロレス自体がかなりレベルが高いらしく、力道山はインドの名レスラーといわれたダラ・シンと熱戦を繰り広げておりました。さらに昔、グレート・ガマというレスラーは1911年、世界チャンピオン・レスラーをたった3分でフォールしてしまったのだそうです。まあすごい。
問題はこのインドレスラーの強さの秘密。
グレート・ガマからシン一族まで、そのインド独特の猛練習がまたすごい!!
たとえばコールタールと重油をまぜたドロドロのプールの中で戦う!ふつうの人間なら身動きもできぬ粘りけに逆らって戦うから、全身のパワー、技のきれが数倍になる!
この地獄プールで、元祖グレート・ガマは巨大なワニを入れ…また、ダラ・シンは水牛を相手に戦った記録がある!!
梶原一騎ワールド大全開。
で、力道山一行がインドへ遠征してダラ・シンと戦った時、前座にあらわれた若手レスラー、その名はオマー・シン、これが後のタイガー・ジェット・シンだったというわけです。このオマー・シンが反則ばっかりのろくでもないレスラーで、その後悪役が受けないインドを追われるようにアメリカに渡り、ヒンズー・ハリケーンと名乗って戦います。もちろんサーベル付き。
レフェリー「オ…オイッ まさかそのサーベルで相手を突き刺す気じゃあるまいな!?」
ヒンズー(シン)「サーベルなんて使わんでもへなちょこアメリカ・レスラーぐらいブッ殺してみせるぜ!」
「おれはインドをおわれたがおれなりに伝統あるインド・レスラーの誇りがあるッ
万一アメリカで完敗するようなハジをかいたときはこのサーベルで自分の心臓を刺すのだ!」
ですって。
でも基本的には目潰しとかパイプいす振りまわしとか急所蹴りとかそんなのばっかだったわけです。
オールKOのオール反則負け!!
あまりの狂乱ぶりにデビュー当時のヒンズー・ハリケーンはアメリカの三つの州から出場停止処分をくい、このままでは…本場のマットからも追放されかねなかった!
しかしこの後、偶然ある試合でレフェリーをしていた往年の名レスラー、フレッド・アトキンスと出会い、彼に見込まれて特訓を受け、本格的なレスリング技術を叩き込まれてみるみる成長します。
しかしまあ、訓練模様を見てみると、スクワット、ブリッジ運動、(ボクシングの)スパーリングまではいいとしても、いきなり口を縄で縛った熊をリングに入れてシンと戦わせる、ってのは動物保護の観点から問題があるかと思います。でもそれこそ梶原一騎ワールドって感じなんで、それもありかな、とも思いますが。
それはともかく、そんなこんなで、タイガー・ジェット・シンの名で再デビューした彼は大活躍し、本格的悪役レスラーとして名を知られるようになります。
アトキンス「そろそろ日本のイノキかわしの教え子のババに日本遠征を売りこんでみるか?日本はプロレス天国だからな!」
シン「売りこむ?日本のプロレス界はおれを招こうとしないのか
アトキンスさん?」
アトキンス「きみは改名もしたし わしの特訓でリングを遠ざかった空白もあったから日本には印象がうすいんだろう」
シン「売りこむならおし売りだッ!!」
押し売りといってもシンの場合売るのはゴムひもとかではなくケンカってわけですけど、これで冒頭の試合乱入・伊勢丹前襲撃事件が起こった、という次第なのであります。
しかたなく(?)新日のリングにシンを上げたわけですが、シンごときが猪木と戦うのは早いと息巻くストロング小林(のち金剛)、坂口征二らをむちゃくちゃな反則攻撃で痛めつけ、猪木を怒らせます。
以下は猪木のコメント。
わたしも、シンとブッチャーだけは商売としての悪役でなく、骨のズイから凶暴性があるとの談に同感だ!並みのレスラーなら、レスラー仲間やプロモーターにきらわれ、試合できなくなるまでの反則はしないが、シンは平気でやる!悪役として、自己宣伝のためマスコミの取材のファンのサインには応じるが、シンは無視するかおっぱらう!
不思議だったが、わたしのマネージャー新間寿がナゾをとく情報をつかんだ!
新間「たまげましたなあ シンはプロレスをやらなくても大金持ちなんです!」
猪木「!?」
新間「もっとオドロキなのは やつはインドの名門貴族の生まれ!約30年前のインド独立で貴族制度がなくならなければ…やつも世が世なら貴族ってわけで…だから現在も莫大な財産や広大な土地があるッ!」
猪木「ウ〜〜ム!つ つまりプロレスは法律にふれず狂暴性を満足させる趣味ってわけか!?」
まあすごいもんです。
でもこれはある程度本当らしいですね。ちなみに今のシンはカナダで貿易商を営んでいる、と、巻末インタビューで山本小鉄が述べておりました。
それはさておき。
ついにシンと猪木のシングルマッチが実現しましたが、不思議なことにトレードマークのサーベルを持たずに入場。なぜか?答え。シンは反則一切なし、鮮やかな正統派の技で猪木に攻めかかります。「サーベルは悪魔シンのしるし!だが反則負けの心配なくじわじわ正統技で相手を痛めつけなぶり殺しにする楽しみもまた格別だからこそフレッド・アトキンスを師としたんだぜッ!」
その技の切れ味に観客の声援も飛びます。「シンおみそれしたぞ!!」「いい男さっすがインド貴族!!」「おまえは悪役でも正統派でもスーパースターだあ!!」などなど。ただ、この試合は結局頭脳プレーで引っかけた猪木が卍固めで一本目先取、二本目はシンが逆上して噛み付きなど反則を繰り広げて反則負け(1分21秒)、結局猪木が勝利しますが、試合後控え室でプロレス記者たちを相手にシンが吠えまくります。
「今後おれのプロレス生活はアントニオ・イノキいじめを中心にする!!おれはインドの元貴族で大富豪だッ!食うための試合などやる必要はない!」
「イノキに勝つとはいわん!やつの 自分だけが英雄きどりが気に入らん 戦うたびに半殺しにしてやるッ!」
「そしていつか…本当に殺してやる!!」しぃーん。
昭和49年6月20日大阪府立体育館での対決では、首締め、火炎攻撃などのシンの悪辣な反則攻撃に怒った猪木がシンの右腕をへし折って骨折させ、試合を終えます。
ところが次のNWF王座をかけた試合では、シンが一本目、反則攻撃で猪木を徹底的に痛めつけます。「こ
この試合でシンが使用した凶器はサーベル ビール瓶 メリケン・サック 栓ぬき
ハシゴはじめ十数種類!」よくもまあ見つけてきたもんですが、凶器攻撃もここまでバリエーションがあると芸を感じますな。で、二本目以降はぼろぼろにされた猪木を正統技でしとめて、シンがNWF王座を奪取してしまいます。
ついで猪木がカナダに乗り込んでシンと戦い、シンびいきのレフェリーだったこともあって一本目を失うも二本目は延髄蹴りが決まって勝利。しかし三本目、反則負けなら王座が移動しないというチャンピオン有利のルールを利用し、シンはわざと反則負けになって王座を防衛します。
が、それで満足できぬシンは日本に乗り込んでまた猪木と対決。しかしこのときは、猪木がバック・ドロップでシンをしとめ、NWF王座に返り咲きます。めでたしめでたし。
その後シンはまだら狼こと上田馬之助と組んで執拗に猪木をつけねらいます。
最後はそんなインドの狂虎シンの独白です。
「近頃スタン・ハンセンだのハルク・ホーガンだのがはしゃいどるようだが
渡してたまるかッ!」
「最後にイノキの息の根をとめるのは このタイガー・J・シンだ!!」
「ひょっとするとある意味で…おれにとってイノキは…」
「永遠の恋人なのかな?」ニヤリ。
いきなりカミングアウトされても困りますが、まあそんな感じです。
その後のシンですが、ブッチャーをめぐる全日と新日の引き抜き合戦によって1981年全日本プロレスに移籍し、故ジャイアント馬場やジャンボ鶴田らを相手に大暴れしたそうです。1990年、新日本プロレスに復帰。1992年、FMWに移籍。で、現在はIWAジャパンという小団体にいるんだそうです。
前にテレビ(ワイドショーか何か)で、最近の日本の若者はなっとらんとか言ってシンが説教していたのを見たことがありますが、その前に自分のサーベルを何とかしろ、という気もしないではないです。が、山本小鉄によると(第4巻の巻末インタビュー)、シンはリングを降りると紳士なのだそうです。じゃあ、まあ、いいか。
先日スポーツ新聞を読んでいると、ビザを取得できず試合に参加できなかったシンが、自分の代わりにとIWAジャパンの浅野社長のもとに自分のサーベルとターバンを送った、という記事が載っておりました。なんだかよくわからない話ではありますが、どうやらシンのサーベルは税関を通過できるようです。
(Canecius Magnus)