2k 大連空港(36k)

五・一労働節(メーデー)の三連休を利用して大連に行ってきました。この空港は当時まだ建設中(現在は完成)でしたが、搭乗口近くのある売店の中に生簀を置こうとしていました。ここで活魚を買って飛行機に乗り込むのでしょうか?大連の底力を垣間見たような気がしました。

3k 英虞の刺身定食(34k)

大連瑞士酒店(スイスホテル大連)8階の日本料理屋英虞で食べた刺身定食。コーヒー、デザートがついて120元。 北京より安くておいしい。かけ放題のふりかけが付いてくるが、これもうまい。

3k ファッション・ショー(53k)

大連はファッションの街でもあります。デパート裏の広場で行われていたファッション・ショーには黒山の人だかり。大連のおばさんは露出度が高くて派手でした。

反省事項:モデルに近寄れなかった点。

2k 二階建てバス(50k)

“大連国際服装節(大連インターナショナル・ファッション・フェスティバル)”と書いてあります。

2k 女性用品専門のデパート(47k) 

とっても派手なピンクのこのビルは女性用品だけを扱うデパート。売っているものがすべて女性用品のデパートというのは、日本でもあんまりないのでは?ひょっとしたら進んだ考え方なのかもしれません?男人禁制のこのデパートに突撃し、一階の化粧品コーナーをうろうろしていたら、売り場の小姐(おねえさん)に「日本人の方ですか?」と奇麗な日本語で声をかけられた。

2k 大連駅(51k)

東京の上野駅を模して作られたという大連駅です。面影があるでしょうか?

2k 路面電車(51k)

日本ではあまり見かけなくなり、郷愁をかきたてる路面電車ですが、大連では日常生活の一部。戦前に日本人が残していった路面電車が、まだまだ現役で市民の足として活躍していて、昼下がりには野菜やら魚やら買い込んだおばさんが乗り込んできます。窓枠はおろか荷物棚まで木製で、大事に大事に使っている様子が伝わってきます。

2k 路面電車の運転席(48k)

上の路面電車の運転席。女性の運転士が多かったような気がします。ところでこの路面電車、停車しても駅らしいものがなく、車がビュンビュン通る道の真ん中にいきなり降ろされることもしばしば。とってもデンジャラス!!わおっ!

3k ???(61k)

Q:さてさてこの写真は一体何を撮りたかったのでしょう?

A:写真奥の方で獅子舞の準備をしている青年達でした。よく見ると足だけ獅子になっています。場所は大連駅前の広場です。

3k 獅子舞(60k)

約20分もすると頭も獅子にヘンシンし、獅子舞の開始!!

2k 夕方の大連湾(51k)

大連瑞士酒店のエグゼクティブ・フロアから見下ろす夕方の大連湾。このホテルは大連市の中心に位置し、新しいし、空港まで迎えに来てくれるし、サービスも申し分なし。おまけに下にマイカル(ショッピングセンター)があって、とっても便利。

2k 大連湾の夜景(51k)

上の写真と同じ場所から撮った夜の大連湾。同ホテルに泊まる時は、海の見える部屋(“海景房”)を希望すべし。

2k 203高地(59k)

日露両軍が激しい攻防戦を繰り広げた場所。日本軍死傷者10007人、ロシア軍死傷者6000人を数える。戦闘後、乃木希典が203高地を「爾霊山(ニレイザン)」と改名した(「ニレイザン」とは203と言う意味と、中国語の「あなたの霊の眠る山」と言う意味をかけている)。登山口には日本統治時代に日本語教育を受けた70過ぎのおじいさんがいて、 203高地の歴史について日本語で教えてくれました。日本人より上手なのでは?と思えるほど奇麗な話し方でしたが、「大本営発表云々・・・。」と言った感じのかたい言い回しが耳に残りました。

2k 203高地への道(51k)

山頂に向かう道。写真では閑散として見えますが、実際には中学生がたくさん見学に来ていました。中国では学校教育を通して”過去の歴史”を伝えています。

2k 爾霊山の碑(27k)

203高地の頂に立つ記念碑。戦闘後に散らばっていた銃弾を集めて鋳造したもので、「爾霊山」の文字は乃木希典将軍の筆によるものです。




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