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健康のアミューズメントパーク石切神社 |
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石切神社はまるで遊園地みたいだった…… なんて紹介すると、 「神様の社に対して不謹慎だ!」 と、お怒りになる方もいるだろう。しからば、一度訪れてみるといい。 境内にも参道にも、目を驚かし、耳にもにぎやかな森羅と万象の数々が(ちょっと大げさかな)あなたを迎えてくれるから。僕が「石切神社は遊園地だ」と申し上げる理由は、こう実感したからだ。
「楽しさに浸るうちに、人々はそれと知らずに救われるのかも知れない」
お百度を踏む人たちの列が、参道をグルグルと巡っている。皆な真剣だ。片手にこよりの束を握り、数を確かめながら参拝を続ける。百度石を人々が撫でていく。石の頭は丸くツルツルになっていた。 まず目に飛び込んだのは、カエルの置物だった。大小いったい、いくつあるのか。穂積神霊社という末社の手水場を囲むように置かれている。もちろん参拝に来た人たちが奉納したのだろう。皆が柄杓で水をかけている。カエルたちは乾く暇もない。
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「無事に帰るっちゅう願かけや。旅行に出て難儀にあわんようにて、お頼みするのや」 とおじいさんが、水を撒きながら言う。隣の五社明神社では、願い事を書き込んだ小石がびっしりと社を取り囲んでいた。
「神経痛治りますように」
サインペンで書かれた願い事が、小石から一斉に声を挙げそうな勢いすら感じる。水神社は、池の上に社が建っている。かつては亀の甲羅に名前を書いて、健康を願い、身代わりとして池に放したそうだ。ちなみに現在は亀はいない。 置物カエルを納める、水をかける。石に願いを書く。本社へのお百度だって、より積極的な行動を伴うお参りのかたちではないか。こうしたアクションの数々はより強く祈るための、祈りを深く心に刻むための、 方法論のような気がする。
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石切神社 東大阪市東石切町にある神社。正式には石切剣箭神社という。祭神は饒速日命と可美真手命の二柱。古くから「河内の石切さん」とか「でんぼの神さん」と親しまれてきた。 鋭い剣で石をも切るという意味が転じて「でんぼ(腫れ物)を切る」と信仰されるようになった。腫れ物ばかりではなく、あらゆる病気平癒にご利益があると信仰は広がり、現在では健康、商売繁盛、学業成就を願う人が訪れる。 もっとも、でんぼは「できもの」を指すのではなく「伝法(宝)」の意味であるらしい。石切神社には、一子総伝の独特の加持祈とうが伝わっている。宮司の木積一仁さんは歯科医だったが、病床の父親から神官を継ぐ際に、加持祈とうを口伝されたという。 生駒山には上の宮(石切神社)があり、本社の末社に五社明神社、水神社、神武社、乾明社などがある。最寄り駅は奈良近鉄線・石切駅か地下鉄中央線・新石切駅。 |