Pura Taman Pule タマンプレ寺院

今回のバリ滞在中5/4はラッキーな事にクニンガンというお祭りの日に当たるので2つのお寺に行ってきた。まずはマス村のPura Taman Puleから。

通常クニンガンの祭礼は朝から始まり昼に終わるそうだが、当日私らは遅く起きてゆっくり朝食を取り、身体を清めた後、バリの正装する:サロンを腰に巻き、クバヤを着てコルセットのようなものでサロンを固定してクバヤの上からスレンダン(帯)をしめる。Waka di Umeをチェックアウトした頃、8ヶ月振りに会うマジ美男子(バリ人というよりイタリア系)26歳独身なのに気難しくて女運の悪いワヤンSとドライバーが迎えにきて、昼過ぎにのこのこマス村の寺院Pura Taman Puleへ。
 
●ガルンガンとクニンガン
 バリ人には2つの暦がある。月の運行に従うサカ暦とジャワ・バリ暦の210日を1年とするウク暦。ガルンガンとクニンガンはウク暦に基づいて210日ごとにやってくる。ガルンガンは祖霊や神様たちが、地上に降りて子孫の家に戻るの供物を捧げて迎い入れる。そしてもう一つの新年を祝う。10日後のクニンガンは祖霊、神様が天上に戻る祭礼。日本のお盆のよう。よってお店も閉まるしメイン道路も混んでます。島中の至る所にペンジョールが飾られていて壮麗。神々の住む山々の頂から見えるようにするためだそうだ。この期間中、祭礼も多いので島内を移動中ウパチャラの光景をいくつも見ることができました♪

この寺はマス村の重要な寺だけでなく、バリ島民にとっても重要な寺に当たるので、島中から人々が供物を上げてお祈りする為に集まるのでとても賑わっている。付近の道路も渋滞して、駐車場も満車状態。皆この寺で願い事を祈り、そしてその願いが叶ったらお礼をしにまた供物を上げてお祈りをしに来る。



 お寺の入口や中庭ではジャワ人が開く露店やサテの焼くいい匂いが漂ってる。露天を覗くとサンダルや子供のオモチャ、クリスや農機具等が売られていて、さながら日本の縁日のよう。


 寺の中庭に入ると、とにかく正装した沢山の人・人・人。女性達の色鮮やかなクバヤやサロンの色や柄の組み合わせを見ているだけでも飽きない。そしてまたクバヤを新調したくなる・・・。


 ここのお寺はお祈りをする本堂へ入るにはチケットを購入しないと入れない。大勢の人たち(主に女性)が本堂へ入る順番待ちの為、炎天下の中、重い供物を頭に乗せて並んで待っているので、お祈りをするのはやめにして、中庭だけで楽しむことにする。
   本堂を外側から撮ったところ。


 露天やワルンを覗きながら歩いているだけでも楽しい。ワルンにいた正装をしたおじさんは達者な日本語で「夜またおいで!ダンスが見れて楽しいよ〜♪」と踊りの手振りをしながら話し掛けてくる。何かオープンな雰囲気でほっとする。
 
 中庭の中央あたりに大きなバレがあり、いい日陰になってるのでそこでしばし休む。ふー。ここにいるのはほとんど男性たちばかり。休んでいるようだ。
舞台ではガムラン演奏:バリスの曲が始まる。しばらくこのバレの下でボケボケしてワヤンと世間話をする。ワヤンは「キムラ(弟のことをこう呼んでいる)はスマトラのアチェに行ったよ。もう彼はバリに戻ってこない。」キムラはワヤンより数段いい男らしい。どうやらアチェの石油採掘の仕事をしているようだ。スマトラかぁ〜。遠くを見つめるあたし。











*Pura Taman Pule

 バリ島のブラフマナの先祖を辿っていくとほとんどが「さすらいのヒンドゥー教の賢人」Danghyang Nirarthaに辿り着くという。16世紀、このジャワのヒンドゥー教の高僧はバリ島の至る所へ信仰を定着させるためにさすらい歩いた。そしてマス村に定着し王家の娘と結婚する。後に王室の相談役となった高僧はまさに当時繁栄したゲルゲル王朝の「Raja of Raja」ブラフマナ祭司としての地位を確立する。ウルワツ寺院、タナロット寺院の建立も彼が関わっている。Pura Taman Puleは彼の遺骨が納められいると言われているそうだ。












●カナダから来たこの方は混ぜ野菜をおすそ分けしてくれました。辛すぎずうまいっす。





●寺院の裏で
 誘われるまま博打に参加。持金Rp1,000→Rp10,000に。ツーリストの私を楽しませるためにわざと勝たせてくれるんです(涙)。最初に勝たせるのもお約束らしい。バリ人ほんとにサービス旺盛だな〜。早々に退散したが、ほんとは中途退場は許されません。。ごめんよー。






●クニンガンの予定表
 翌日から3日間ダンスが催されます。






●注 寺院に入る際、女性は生理の期間中スブル(穢れ)に当たるので、寺院には入れない。連れのEは悲しいかなこの日生理になってしまった。中庭までは入れたが本堂に入ることはできない。





・・・とまぁ、何となくぶらぶらして過ごしたわけですが、昼間だということと、欧米人数人、日本人男性1人とツーリストも見かけて、何となくオープンで楽しい雰囲気。でも次に行ったワヤンの村、夜のセレモニーの雰囲気は打って変わる・・・






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