現在の大牟田市別館入口へ自己紹介へ |1999/05作成,06/29更新

大牟田での足跡
 大牟田で生まれ、4歳になった直後に北海道へ引っ越しましたが、 20年後に再び訪れる機会がありました。その時、幼少時の記憶を頼りに 撮影した写真です。
 このページを父に見せましたら、[赤字] のようなコメントをもらいました。やはり多少の記憶違いがあったようです。



 【生まれたころに住んでいたと思われる小川町のアパート】

 アパートの裏にブランコがあって、それで遊んだ記憶があります。

 と思っていたら、順序が違っていました。
その次に住んだのが小川町のアパート
S40年8月からS41年3月までの短期間でした。
鉱山社宅です。
大正町アパートの時に入園した光の子幼稚園へ、
小川町へ引っ越してからも通園しました。(by bus)


 【その次(2〜3歳?)に住んでいたと思われる大正町のアパート】

 屋上のフェンス、当時は背丈の2倍以上もあるような
とてつもなく高いオリのように思っていたのですが、、、
 実際は、背丈がフェンスの半分以下だったらしい、、、

 と思っていたのですが、本当はここに3歳までいたので、
ここの記憶や小川町に引っ越した記憶も残っていたようです。
生まれたころ住んでいたのは大正町のアパート、
妹もそうでした。県営です。
生まれた病院は三井三池鉱業所天領病院です。
大正町アパートの屋上のフェンス、北側は背丈の
半分ほどですが、南側に入居者用の物干場があり、
そこは、金網に囲まれ、中にはいると檻のようでした。
利啓クンはその金網をよくよじ登って遊んだのです。



 【近所の四山神社】   [近所とはいえないのでは]だそうですけど・・・

 これを書いている今は覚えていないのですが、写真を撮ったときは
この風景に記憶があってシャッターを押していたような気がします。

 これも父のコメントによると???なのですが、でもそんな気がし
ているのですから、両親の記憶の方があやしい、と思うことにします。
県境ですが、熊本県。
母は連れていった記憶はないとか。
父は四山鉱に勤務していましたので、四山灯台のある高台の神社は
花見の宴などでおなじみでした。なお、虚空蔵菩薩を祭ってあり祭礼は
コクンゾさんの祭りとして知られていました。
]


 【四山神社の桜】



 【四山神社から見た三池港】


 【炭鉱節の絵がついた駅弁】

 何だかうれしくなって、写真を撮ってしまいました。



現在の大牟田市別館入口へ自己紹介へ
このページは、パソコン通信で知り合った
(といってもまだお会いしたことはありませんが)
大牟田市在住のKeiさんのご協力でできました。
Keiさんには、何度も市内をかけずり回って、
アパートや幼稚園を探して写真を送っていただきました
どうも有り難うございました。