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ALEXANDRIA アレキサンドリア

コム・エル・シュカファのカタコンベ Catacombs of Kom el Shogafa

カタコンベとはキリスト教徒が作った地下の共同墓地のこと。アレキサンドリアのカタコンベは西暦1〜2世紀のローマ時代に作られたもので、地下3階にも広がる巨大な遺跡として知られる。内部には礼拝堂、石棺の安置所などがあり、エジプトやローマの建築様式が見られる。カラカラ帝によるキリスト教迫害の際には、多くの信者がこの墓に逃れてきたという。(墓内は撮影ができなくて残念....)
カタコンベ1 カタコンベ2
円錐形の小屋から地下に降りていく。 石棺が至るところに展示(?)してある。

ポンペイの柱 Pompey's Pillar

トラム(路面電車)が走る賑やかな街の中心部に存在する、ポンペイの柱という名の遺跡。ポンペイとはクレオパトラ7世の時代(紀元前50年頃)にアレキサンドリアで暗殺されたローマの将軍ポンペイウスの名から来ている。この柱に彼の遺骨があると信じられたためそう呼ばれているが、それは実は誤りで、3世紀頃にローマ帝国によって建てられたものである。
ポンペイの柱1 ポンペイの柱2
巨大な柱と2体のスフィンクスが復元されている。 まだまだ復元されていない柱のかけらも散在している。

カイト・ベイ要塞 Fort Qaytbey

古代の世界七不思議の1つに「アレキサンドリアの大灯台」がある。古代エジプト最後の王朝であるプトレマイオス朝の時代に、港湾都市アレキサンドリアは大きな発展を遂げた。紀元前250年頃、港の入口にあるファロス島に建てられた130mもの高さを持つ巨大な灯台は、正にアレキサンドリアを象徴する建造物であったに違いない。約1000年間に渡って海上を照らし続けた灯台だが、796年に起きた大地震によって倒壊してしまう。瓦礫の山と化した灯台の姿はやがて伝説となって語り継がれていく。1477年のイスラムの時代に、当時のスルタンであったカイト・ベイは灯台の跡地に要塞を建設した。この要塞は、大灯台の基礎をそのまま利用して建てられたと伝えられている。
カイト・ベイ要塞1 カイト・ベイ要塞2
要塞近くの岸壁には露天の土産物屋や、釣りをしている人たちがたくさんいた。 青空に映える白亜の要塞。

アレキサンドリア図書館 Bibliotheca Alexandria

上述の大灯台が建設されたのと同じ頃、古代のアレキサンドリア図書館は建設された。当時、ユークリッドやアルキメデスらの学者も集まる、学問の一大中心地だった。2002年、その古代図書館があったとされる場所の近くに、現代の図書館が建てられた。館内には考古学博物館も併設されている。
アレキサンドリア図書館1 アレキサンドリア図書館2
かなり独創的なデザインの近代建築。 壁にはヒエログリフのようでそうでない、象形文字がびっしりと刻まれている。

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