九龍城砦探検記5 九龍城砦落城の日

いよいよ九龍城砦から住民が強制的に立ち退かされる日、つまり城砦落城の日がやって来ました。周囲の道路は警官隊によって封鎖され、城砦の周りには報道関係者しか入れません。ま、私はしっかり入ってますが・・・(笑)

現場の指揮を執っていたのは白人の警官でした。住民がベタベタと貼り出している立ち退き反対のスローガンも中国語と英語の2ヶ国語表記です。当時はイギリス植民地だったんで別に珍しい光景とは思いませんでしたが、今改めて見ると、なんかヘンな気がしますね。

すでに立ち退きが済んだ一角は金網で封鎖されていました。一番手前の店は喫茶店で、凍鴛鴦茶(アイスコーヒーのアイスミルクティーわり)がおいしかったのに・・・。「マイルドセブンないの?」と3回聞いたら、マイルドセブンを置くようになりました。末期の九龍城砦では日本のタバコが買えたのです(笑)

あっ、中国の国旗だ!香港はイギリス領でしたが、その中で九龍城砦だけはこういう経緯により中国領だったのです。といっても、中国政府が役人を派遣して管理していたわけじゃなかったので、「無法地帯」になっちゃったんですけどね。

「人民代表大会」だなんて、いかにも共産党的な組織ですね。実は立ち退き反対派住民の組織は2つあって、1つは前夜に抗議集会を開いていたグループで「香港政庁と交渉して合理的な立ち退き補償を要求する」という主張。民主派の議員も応援に駆けつけていましたね。もう1つのこちらのグループ(人民代表大会派)は中国の領土である九龍城砦を、イギリスが取り壊すのは不当」という主張で、死んでも城砦を離れない!という感じでした。2つのグループは共闘しているわけでもなく、仲が悪かった感じでした。

家から立ち退かされた後、城砦の入り口にバラックを建てて篭城している人たちがいました。「香港政庁=英国の祝建勲(土地収用の責任者)は住民の不動産を強奪して『住民の住居』を迫害し、道端で五ヶ月も野宿を強いるとは、これぞまさに海賊式人権(?)」なんてスローガンが貼り出されています。このバラックも取り壊されたのですが、この住民たちは近くの公園にバラックを建て直して何年間も生活し続け、ホームレス化してしまいました。

オッサンが藁人形ならぬ紙人形を燃やして怒ってます。「祝建勲が死ぬ時は野ざらしだ!」とか書かれてます。責任者の役人は相当怨まれてますね。なんかコワイので、離れて写真を撮りました。

立ち退きを拒んで立て篭もっていた住民は警官隊に次々と排除されていきましたが、最後まで城砦内に篭城していたのは、なんと日本のテレビ局のクルーで、日本総領事館の人が「警察が困ってますんで、出てってください」と説得に来ていました。いやはや、驚きましたね、日本のテレビには・・・(笑)

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