ニセ解放軍、駐屯す♪

若者を「徴兵」してコキ使い、隣のホンモノ部隊と3年間同居







中国ではニセ警察署だけでなく、ニセ解放軍が出現する事件まで起きた。しかも3年間にわたって大都会に堂々と「駐屯」し、「徴兵」まで行っていたとういうから、さすがは中国、アナーキーですね♪

軍服に身をつつんで、軍事基地に颯爽と進駐

ニセ解放軍が「駐屯」していたのは、揚子江中流の大都会・湖北省の武漢。ニセ解放軍を率いていたのは魏文×と何成×という2人の男だった。

魏は1977年から10年間、「ホンモノ」の人民解放軍で兵士をしていたが、そのうち6年間は公文書偽造、詐欺などの罪で刑務所に入っていたという人物だ。魏は獄中で知り合った何と意気投合し、「ニセ解放軍を作ろう」と決意。出所後の1988年秋からさっそく準備に取り掛かる。2人はまず北京軍区の某部隊の印鑑を偽造して、部隊発行の紹介状を作成。そしてこれを使って軍服や階級章などを購入した。

用意が整った89年3月、ふたりはさっそうと軍服に身を包んで、済南軍区に所属する武漢の地元部隊を訪ねて、「我々は北京軍区××部隊所属の魏上尉と何大尉である!」。そして××部隊の紹介状を手に、「このたび武漢に事務所を開設するように命令された。ぜひとも部屋を貸してほしい」と交渉し、年間1万元の家賃を支払うことで話をまとめ、「北京軍区××部隊武漢駐在事務所」の看板を掲げた。かくしてニセ解放軍は、本物の軍事基地の一角に「駐屯」してしまうのである。

「土地柄」?はたまたやっぱり「金」なのか?

ふたりがニセ解放軍を旗揚げした目的は何だろう?武漢といえば1911年に軍隊が反乱を起こして、清朝が倒れるきっかけとなった辛亥革命が勃発した場所だ。27年に中国共産党が武装蜂起をして、人民解放軍の前身・紅軍が誕生したのもこのあたり、湖北省のお隣・江西省だ(※)。

※1927年8月1日、当時の国民党政府を倒すべく、周恩来らが率いていた軍隊の一部が、江西省の南昌で反乱を起こした。反乱軍は間もなく国民党軍によって鎮圧され、周恩来らは広東省へ逃亡するが、これが中国の紅軍(人民解放軍)の始まり。
となると、ニセ解放軍も腐敗しダラクしきった中国の現状を憂いて結成され、ゆくゆくはホンモノの解放軍内部に組織を広げて反乱を起こすとか、はたまた武器を奪って山に篭り、かつての紅軍かポル・ポト派みたいなゲリラ活動を目指していたのかといえば、もちろんそんな「高尚」な話ではない。何のことはない、ニセ解放軍の「任務」は金儲けだったのだ。

解放軍の部隊なら、物資を優先的に安く手に入れることができる。それを一般価格で転売すれば、大儲けができるというわけ。また軍の調達なら「信用」も絶大だから、買い付けにあたって手付金も一切不要だ。

そこでニセ解放軍がまず始めたのが、石炭の転売だった。ふたりは河南、四川、湖北省の炭鉱をまわり、軍服姿で部隊の「書類」を見せるだけで、あっさり数千トンの石炭の「調達」に成功する。そしてこれを武漢一帯の工場に転売して、莫大な利益を上げた。これに味をしめた2人は、同様の方法で電気製品の転売にも乗り出してゆく。

人手不足は「徴兵」で解消

こうしてニセ部隊の「任務」が軌道に乗ると、魏と何は「2人だけの『部隊』だと忙しくてかなわん」と、大胆にも「徴兵」に乗り出すことにした。事務員を雇うのに比べて、「徴兵」なら給与も格段に少なくて良いし、だいいち24時間いつでもコキ使える。もしサボっていたら「鉄拳制裁」したって文句は言われないというわけ。

2人は武漢郊外のとある県の役場へ行き、「我が部隊に兵士1名を大至急まわして欲しい」と申し入れ、「お国のために」と軍に志願してきた青年・喬干さんを「配属」してもらう。こうして翌日から喬さんは事務所で電話番や炊事、その他2人の使い走りなどの「任務」に就くことになった。

1991年になると、ニセ解放軍はそれまでに稼いだ資金でトラック3台を購入、新たに4人を「徴兵」し、トラックの運転を命令して、運輸業にも進出する。さらに運転免許証や車両登録証、通行証、兵士証明書などを「交付」して、武漢をはじめ河南、広東省で売りさばいたりと、多角経営に乗り出してゆく。

これらの「正業」のほか、2人は解放軍部隊の信用をエサに、次々と詐欺にも手を染めて行った。例えば90年5月、魏は広東省普寧県の家電商社を訪れ、「不足気味の軽油を優先的にまわしてやってもよい」と持ちかけ、現金60数万元を受け取ったほか、大量のカラーテレビを「特別価格」で販売させた。もちろん軽油は結局届かずじまい。このほかにも「工場を共同経営しよう」と資金を騙し取ったり、信用金庫から融資を受けて返さなかったりなどの事件が続く。

しかし2人から金を取られた各企業は、「もしや騙されたのでは」と気づいても、何しろ相手は泣く子も黙る天下の「解放軍」なので、結局は泣き寝入りをしてしまった。

だが、しかし・・・なんとなくアヤシイ!

魏と何が騙し取ったのは金だけではなく、ついでに女も騙し取ってしまう。魏はレストランで働いていたA小姐にひと目ぼれしてしまい、「攻勢」を開始。ちょうどA小姐の父親が病気を患っていて困っていたため、「軍の威光」で優先的に入院させてやり、見事にA小姐のハートをつかむことに成功。「軍の高官」と信じ込ませたまま結婚したうえに、勝手に少校(少佐)に昇進して、新妻を喜ばせたりしている。これを見た何も、負けてはならじとB小姐をナンパ。結婚して1児のパパになった。

さて、こうして3年間も「駐屯」を続けてきたニセ解放軍も、やがて破綻する日がやって来る。そのきっかけとなったのが、ニセ解放軍に「徴兵」された喬さんだ。

実は喬さんは「徴兵」された当初から、自分の部隊がなんとなく怪しいと感じていた。たとえば他の部隊の新兵たちは、入隊後まず訓練所へ送られるのに、自分はいきなり電話番や炊事、洗濯で、訓練らしい訓練は一向にさせてもらえない。そこで喬さんは思い切って2人の「上官」に、「訓練はないんですか?」と尋ねてみたところ、「おまえは特殊兵だから、上官の世話をすることが訓練だ!」と諭されてしまった。

こうして取りあえず納得した喬さんだったが、再びおかしいと感じたのが8月1日の建軍記念日。ほかの部隊では記念式典をしたり、その後みんなでパーティーを開いてご馳走を食べているのに、なぜうちの部隊だけ「平常どおりの活動」なのだろう?

かくして疑問を胸に抱き続けた喬さんは、3年目になって実は自分の部隊が「ニセ解放軍」であると確信し、湖北省長に密告電話をする。話を聞いた省政府や公安局も、最初は半信半疑だったが、極秘調査を進めるうちにニセモノとの確信を強め、ついに魏と何を逮捕した。2人はあっさりニセ軍人だったことを認め、「まさか馬脚を現すとは思ってもみなかった」とうなだれていたという。

商売熱心なだけでは、ニセモノと限らないご時勢

しかし、魏と何の部隊がニセ解放軍だと知って、一番たまげたのが、基地内に「駐屯」されていたホンモノの地元部隊。「確かに2人とも軍服を着ているのに商売ばかりしているみたいで、何か変だなと思ったけど、よその部隊をアヤシイと疑うのは悪いし・・・」。いやはや何ともお粗末な話だが、ホンモノの解放軍だって今や各部隊がそれぞれ商売に熱中しているご時勢なのだ。

「自力更生」で糸車を回す南泥湾の兵士たち
もともと人民解放軍は、国民党の政府軍を相手に戦っていた共産ゲリラだった。ゲリラだから政府から国防費が支給されるはずはなく、軍事費は自前で稼がなくてはならなかった。そのため自力更生(自分たちの力で自分たちの部隊を支える)という方針があり、軍事活動だけでなく生産活動にも従事することが奨励されていた。特に1941年、国民党軍によって陜西省の南泥湾という僻地に追い詰められた第359旅団が、率先して荒地を開拓し、衣食を自給しながら戦い続けたことが模範とされた(※)。
※「自力更生」の精神を讃える『南泥湾』という革命歌があり、小学校で教えるので、中国人なら誰でも知っている。ちなみにこんな歌(オリジナル版)。(台湾人と香港のアイドル歌手の中国国営テレビでのデュエット版)
1949年に中華人民共和国が成立し、人民解放軍は「政府軍」になったが、台湾へ逃げた国民党軍やアメリカ軍がいつまた中国大陸奪還を目指して沿岸部から上陸してくるかも知れないし、もしそうなっても再び内陸部に立て篭もってゲリラ戦ができるようにしておこうと、「自力更生」「南泥湾精神」が引き続き奨励された。だから人民解放軍は、かねてから農場や軍需工場その他さまざまな「副業」に積極的に取り組んでいたのだ。それが1980年代からの改革開放政策(※)で一段とエスカレート。「軍の経費は軍自らが調達する」という方針と、軍の近代化に伴う人員削減で生み出される失業対策で、各部隊が無節操に商売へ手を広げている。
※政治的には共産党の独裁による社会主義体制を続けても、経済的には市場原理の導入、つまり資本主義化を進めようという政策。78年に打ち出され、80年代に入ってトウ小平の下で本格化。
自衛隊も解放軍を、見習ってみる?

警備保障会社や運送会社、ヘリコプターを使っての観光ツアーや射撃場の開設などは、まだいくらか「本業」に関係があるだけ序の口で、軍用地を再開発して大々的に不動産事業を始めたり、商社、ホテルから人工衛星の打ち上げまで、軍関連企業はありとあらゆる分野に進出しているし、香港はじめ海外へも進出して、企業買収や株投機にも手を染めている。

軍が商売に血眼になるなんて、何やらトンでもない話のようだが、防衛予算を巡って毎年大蔵省と防衛庁がゴタゴタもめる日本でも参考にしたらどうだろうか。カンボジアのPKOで発揮した道路補修の腕前を生かして土木会社を経営したり、「札幌雪まつり」への協力実績を応用して、豪雪地帯の雪下ろしを請け負うとか。後継者のいない農家から農地を借りて、大々的に農場を経営すれば、食料自給率もアップして日本の安全保障にもつながるし、一方で防衛予算も削減できて消費税だって廃止することができるでしょ。

もっとも自衛隊が商売に忙しくなって、「災害救助なんかに行ってるヒマはない」となったら困りますが・・・。

※その後、1998年に中国共産党は「人民解放軍の商業活動」を禁止した(ここの『地元左派紙の勇ましきショボクレ記事』を参照)。軍が直接商売に精を出すことはなくなったようだが、軍がそれまで直接経営していた「副業」が切り離されて、軍が出資する企業に生まれ変わったということ。人民解放軍の関連企業には上場企業も多く、世界各地へ進出。日本でカネボウ化粧品を買収しようとした中国最大の医薬品メーカー・三九集団も、軍が出資して設立された企業グループの1つ。中国の軍事費は国防予算だけを見てもわからない・・・というのは、現在でも同じですね。
 

文:吉田一郎@ヤジ研

初出:月刊『香港通信』1994年3月号
中国アナーキー 爆裂!無軌道!の90年代中国』(1998 アスペクト)収録


 

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