ニセ警察署、現わる♪

奉仕活動に精出し、たちまち評判!
しかし幻に終わった計画とは・・・





日本ではしばしばニセ警官なるものが出没する。現金輸送車の前にニセ白バイに乗ったニセ警官が現れ、「この輸送車には爆弾がしかけられています!」と警備員たちを避難させて現金3億円を奪ってしまった・・・なんて事件がむかし起きましたが、たいていのニセ警官は女性の家に現れて「捜査にご協力を」と中に上がりこみ、女性に乱暴してしまうというもの。

じゃあ中国はどうかというと、やはりニセ公安がしばしば出没している。もっとも女性の敵ではなくて、女性の味方というより女性とグル。娼婦に客を引かせて自宅で「営業中」のところにニセ公安が現れ、「売春現行犯で逮捕する!」。そして見逃してやる代わりに客の男から現金その他を巻き上げるという手口で、いわばニセ公安の美人局だ。広東省あたりでは日本人駐在員も相当被害に遭っているそうな・・・。

しかし何事もスケールが大きいのが中国。なんとニセ公安局(警察署)をオープンしてしまったという事件も起きている。

「署長」ほか、12人の「警官」が一斉逮捕!

1992年1月、中国遼寧省の蓋県(現在は蓋州市)にある●魚圏(※)という港町に、新しい警察署がオープンした。「警官」たちはさっそく街へ繰り出して勤労奉仕に励んだため、住民の間では評判を呼んでいたが、間もなくこの警察署が「民間経営」のニセモノだったことが発覚。「公営」のホンモノの警察署から派遣された部隊に包囲され、署長以下12人の「警官」たちが全員逮捕されてしまった。

※●=魚ヘンに友
署長を名乗り警察署を「経営」していたのは宋水洪という男。宋がニセ警察署を作るに至った顛末はと言うと・・・。

宋は1989年7月に金属材料の売買を始めたが、派手に商売を広げすぎたため地元政府の工商局から睨まれてしまい、「認可された業務範囲を超えた」ことを理由に10トンの在庫を没収され、税務署からも1万元の罰金を請求されてしまう。結局、罰金は税務署の職員に2400元の袖の下を渡してなんとか免除してもらったが、この後、宋は「役人はズルい!これじゃ盗賊と同じだ」と憤慨しながらも、役人の持つウマ味をしみじみと実感したのであった。

そして91年6月、仕入れのために50kmほど離れた営口へ出かけたとき、警官の制服が堂々と店で売られていたのを発見する。さっそく1着購入し、試しに制服姿で商談したところ、思いのほか有利に話が進んでビックリ。それからというもの宋は、「公安局でも働いている」と、いつも制服を着て商売するようになった。

調子の乗った宋は、「本物らしさ」を演出するために、半年後にパトカーの購入まで計画する。さすがに制服とは違ってパトカーは簡単には買えないので、まず瀋陽の自動車工場にコネを持つ友人の陳さんに「省政府からの命令で、警察署の解説準備を任された」と偽って工場を紹介してもらい、新車のパトカーを後払いで購入することに成功した。

「手土産」持った志願者続々で、うれしい悲鳴

しかし話はここで思わぬ方向へ展開してしまう。自動車工場からパトカーを受け取った宋は、アルバイトの運転手を雇って●魚圏まで運転してもらったが、道すがら「警官になれば威張り放題だし、ワイロもいっぱい入ってやめられないよ」と大ボラを吹いたところ、真に受けた運転手に「それならぜひ私を警官に採用してください」と懇願されたのだ。宋は「上司にうまく話をつけなきゃ難しい」と渋ってみたが、運転手は「じゃあこれで何とかしてください」と現金5000元を差し出したため、金に目がくらんだ宋は、警官として雇うと約束してしまう。

さらに陳さんの娘も自宅にやって来て「婦人警官はご不要ですか」と3000元を置いて行くし、親戚や友人、知人、見知らぬ人などが次々と「警官にしてくれ」と殺到。結局宋は12人に「警官にしてやる」と約束し、合計4万6000元の「手土産」を懐にすることになった。かくして12人を雇わなくてはならないハメになった宋は、単なるニセ警官からエスカレート。いっそニセ警察署を作ってしまえと、さっそく実行に移す。

宋は県営企業のビルの一部を借りて、「中華人民共和国営口港務公安督審監察処」「遼寧省公安庁営口市海陸稽検大隊」(※)の看板を掲げ、ニセ警察署をオープンする。そして制服や手錠、警棒、ショットガンなどを買い揃えて12人に支給し、さらに「警官」たちの人事や賃金、就業規則を制定し、研修スケジュールを決めた。

※中華人民共和国営口港湾警察署監督監察所、遼寧省公安庁営口市陸海捜査大隊・・・という意味。
それによると、まず当面の任務は「民衆にアピールし、町内の環境を整備する」こと。「警官」たちは当時中国政府が唱えていた雷鋒に学べ(※)の掛け声のもと、「滅私奉公」の精神で連日町へ繰り出し、道路の清掃や故障した車の整備、その他困っている人を見かけたら手助けするなどの奉仕活動を始めた。またあちこちに「一切の犯罪を撲滅しよう」「密輸を徹底的に取り締まろう」などのスローガンを貼り出し、署内では宋が講師になって法律に関する学習会も開いた。
※中国政府が「人民のために奉仕した模範的な人物」として褒めたたえている人。1940年に貧農の家で生まれ、両親と兄弟は餓死し、7歳で孤児に。その後人民解放軍に入隊して。、治水工事や建設工事に参加。その働きぶりは「模範労働者」として讃えられるが、62年8月に交通事故で死亡。翌年、毛沢東が「雷鋒同志に学べ」とキャンペーンを始め、40年以上経った現在も継続中。
志願者の熱心さがアダとなって、ついに御用

それにしても、こんな奉仕活動ばかりしていて、「警察署」の経営は一体どうするつもりだったのか。もちろん宋にはちゃんとした目論見があったのだ。

宋が「警官」たちに奉仕活動をさせたのは、あくまで周囲の反応を観察するためだった。ニセ警察署であることがまったくバレそうになければ、その後は大々的に「密輸取り締まり」に乗り出すつもりだったのだ。つまり密輸物資を「没収」して売りさばいたり、密輸組織からワイロを徴収するほか、ゆくゆくは港湾業者からも税金を徴収する計画だったという。

しかし、このニセ警察署は、本格的な「業務」に取り掛かる直前に摘発されてしまう。

そのきっかけは、とある警官志願者。自分もなんとかここで働きたいと思ったが、直接コネがないため、遼寧省公安庁に勤める友人に相談して、上から手を回してもらおうと考えた。しかし相談を受けた友人が蓋県の公安局に問い合わせたところ、「エッ!そんな警察署は存在しないはずですよ」。かくして本物の警察は、ようやく「ニセ警察署」の存在に気づいたというわけ。

乗り込んできた警官隊に「この警察署は、一体どこの機関に所属しているんだ」と問い詰められた宋は、「港務局(港湾局)の管轄下で、もっぱら密輸の摘発を指示されている」(※)などと平然と答えていたが、指令書や身分証の提示を求められるに及んで、「ま、つまりは民間組織といったところですか・・・」

※中国の警察は、公安部が管轄する一般の公安局(警察署)ほかに、鉄道部、交通部、民用航空総局、林業局、税関が設置した警察があり、さらに軍隊と警察の中間の武装警察や、各地域の自警団的な保安隊もあって、複雑怪奇。
驚いたのは誰あろう、12人の部下たちだった

宋の告白にビックリ仰天してしまったのが、12人の「警官」たち。みんなそれまで警察署がニセモノだったとは、疑ってもみなかったのだ。しかし、これらの「警官」たちも、考えていたことは宋としょせん五十歩百歩だ。「警官」たちの給料は月にたったの77元だったというが、数千元ものワイロを払ってまで雇ってもらったということは、警官になってからそれ以上の見返りを期待していたというわけ。

ニセ警察署を作るか、「本物」だと信じていた警察署で働くつもりだったかは違っても、つまりは同じ穴のムジナだ。いや、本物の警官だって荒稼ぎしている人がいるわけで、1991年に巨額の収賄が発覚して死刑になった広東省恵州市の公安局長・洪永林は、その地位を利用して3年間に960台の自動車密輸を黙認。現金25万元と乗用車3台、カラーテレビ4台、タバコ198カートン、高級洋酒256本を受け取っていたというが、この事件もしょせん氷山の一角に過ぎないと言われている。

そういえば、赤塚不二夫のギャグ漫画『もーれつア太郎』には、やたらとピストルをぶっ放すおまわりさんが出てきたが、彼もニセ警官だった(『天才バカボン』にも同じ顔のおまわりさんが登場するけど、こちらはホンモノ)。大金を落とした人が「交番に届けた」という話を聞いて交番へ行ったら、「タイホする!」と追い返され、頭に来て本書へ苦情を言ったところ、「その町には交番はないはずですよ」。実はピストルのおまわりさんの交番は「個人営業」で、届けられた落し物で生活していたのであった・・・。

当時は「んなバカな」と笑って見ていたが、中国の「ニセ警察署」事件の方が断然カゲキだ。「事実は小説より奇なり」なんて言うけど、改革開放で失速する中国では、まさにマンガを超えたアナーキーな事件が続出中。「ニセ警察署」事件なんてのはまだ序の口で、ニセ解放軍が出現し、堂々と大都会で駐屯していた事件も起きている。続きはこちら

※こんな事件が起きるのは中国だけかと思いきや、2006年にはブラジルでもニセ警察署が1ヶ月近く営業していた事件が起きてます。
 

文:吉田一郎@ヤジ研

初出:月刊『香港通信』1994年2月号
中国アナーキー 爆裂!無軌道!の90年代中国』(1998 アスペクト)収録


 

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