GOGO!ソウル労働日記〜2001年11月

 

ツッコミ

2001年11月30日(金)

H氏はいつも突然ソウルにやってくる。
今日も突然昼に電話があった。
あれ、12/6からって言ってたやん。
突然予定が変わったらしい。
しかも昨日まで台湾にいたらしい。
会うと寒い寒いと凍えていた。
まだ食べたことがないと言うチムタクに連れて行く。
こちらも調査をかねているので、一石二鳥である。
新しい店に行った。
これがまたむっちゃ辛かった。
いつもならご飯と食べるのがちょうどいい。
でも今日は我慢。
H氏オススメのチーズラーメンを食べに行く。
超B級ファンキーなラーメンであるが、確かにおいしい。味もまろやかであr。とまらん。
チーズポックンパッも食べる。

バスで家に帰るH氏を送る。
バス停でもずっと凍えていた。
しかしやっぱりこちらに暮らしていると慣れているらしい。
もう逆にこの寒さが恋しい、うそだが快感に近い。
まだまだこんなもんじゃないよな。ソウルの寒さは。

家に帰ってふるえながらシャワーを浴びる。
そろそろシャワーが寒い。熱い風呂がなつかしい。恋しくはないけど。
「悪女(わる)」をダビングしている間に寝てしまう。

「堪忍箱」(宮部みゆき)

2001年11月29日(木)

珍しく今週は長い。
頭の中では既に金曜日である。
よく考えると1日足りない。
午前様が2回あったからだろうか。

お昼。
明洞へチムタクを食べに行く。
ねらった店は工事中であった。
工事中とか休暇とか、最近運が悪い。
もう1件あるというのでそちらに行ってみた。

今回調査開始以来4度目のチムタクであるが、毎回違う。
今回はまだあまり煮込んでいないという感じ。
しかし食べ過ぎだろうか。
口内炎ができた。
口の端もデキモノが。
うーん限界か?

今日は早めに家に帰ろうと思いながら、10時を回る。
会社に一人女の子を残して、帰る。
昨日の今日なので、さすがに帰るまでつきあえなかった。

見るとそろそろ着替えがない。
眠かったが洗濯機を回す。

「堪忍箱」(宮部みゆき)

2001年11月28日(水)

朝、母から電話があった。
すわ、ばれたか?
ただのDCカードからの連絡であった。
妙に明るい声が気になる。

DCカードに電話した。
なんと台湾で携帯を借りるときに支払った保証金が取り消しになっていないと言う。
伝票はとってあるので、それを送ることになった。
うーむ、クレームの電話をするとなったら台湾語か中国語か。しんどいなあ。

腹が減る。
思い当たるフシはある。昨日あんまりまともなのを食べてないから。
腹が減ったら隣のビルのフードコート。
1周して、今日もトップル。
今日はパンチャンが7つ。この前は9つ。
日によって変わるのかな。

デザインのことでプログラマーのK氏とぶつかる。
「自分で自由にサイズを変えられるように」
この自分の韓国語が通じない。
言い直そうにも出てこないのである。
言葉の壁を感じて落ち込む。

夕方になった。
定時すぎ、今日は水曜日である。
ええい仕事はたまっているけど映画見に行っちゃえ。
現実逃避である。
「タルマヤノルジャ」を見た。
また会社に戻って仕事。
はまってしまって会社を出たのが0時すぎになった。
まあ映画の時間が抜けているから、あんまり疲れはない。
ただバスが15分待っても来なかった。
結局歩いて帰ってしまった。
そう歩き出すと来るんだよね。なんとかの法則である。

「堪忍箱」(宮部みゆき)

2001年11月27日(火)

朝、ストレスがたまりまくる。うぉー。
なんかむしゃくしゃするぞ。
会社で朝から掃除を始めた。
いきおいあまって窓まで拭いてしまった。真っ黒やんけ。

昼、モーレツに腹が減る。
いいことである。
問題はこれとて食べたいものがないことである。
最近は夕飯の方をよく食べる。
イスラム教徒ではないが、勝手にラマダン。ということは1ヶ月だけか?
断食は無理そうである。
時間もないので、昼はサンドイッチになった。
ものたりないので露店でフランクフルトを買う。
さらにものたりないのでお菓子を食べる。
中途半端に腹がふくらむ。

午後からトラブル。
忙しいときに限ってトラブルが起きる。そういうもんである。
原因が分からない。
結局技術者がやってきた。
原因はハブの機械が熱で一部焼けたことであった。
そういえば数日前にちょっとこげたにおいをかいだ気がする。
意外と鼻がいいのかな。

夜も8時半をまわると食べたくなる。
むっちゃ腹が減っているわけではないが、このまま食べないのはさみしい。
ケンタに行ってタワーバーガーを帰る。
ひさしぶりのバターとジャムがうれしい。

夜、誕生日の愚妹に電話しようとして、間違えてアホ親父に電話する。
理由はいえなかった。
「結婚か?彼女できたか?おめでとう」
この歳で彼女ができて親父からおめでとうと言われるのは私ぐらいであろう。
「結婚はしてもせんでも同じやで」
ようゆうわ。
しょうがないから この前読んで泣いた「定年ゴジラ」を勧めておいた。
理由はあとで親父も気が付くだろうか。

愚妹とはもっと長話となる。
愚妹の人生もアクロバットである。
ヒトコト相談してくれればよかったのに。

11時半、ようやく家路に着く。今日も長い1日であった。

「堪忍箱」(宮部みゆき)

2001年11月26日(月)

今日からマフラー、手袋完全防備。
帽子を忘れたことに気が付いた。
また犯罪者に間違えられる季節がやってくる。

昼、会社の人と市場に焼き魚を食べに行く。
魚の名前を問われるが、実はよく分からない。
寿司屋でも何食っているか分からない。
ただ1匹、自分の好きな魚があった。でも名前が分からない。

また仕事がたまってきた。
しかも今度やめる人の分の仕事までまわってきた。
これ以上仕事が増えると、切れるで。
給料2倍もらったってイヤである。

夜、ひさしぶりにNEさんに会う。
考えたら1年半以上ぶりである。
NEさんの友達2人とチムタクを食べに行く。
さらに途中でもう1人合流、コーヒーショップでだべる。
なんかまたアホなことを口走り、あとで後悔する。
帰りのバスは眠かった。
寝過ごすと凍死するので必死で目を開ける。

 

2001年11月25日(日)

朝6時。いつもの時間に目が覚める。
また寝る。
11時前、ぼっと起き出してPCのデフラグを始める。
気が付くとデフラグが終わるまで画面を眺めている。いかんがな。
インド帰りのMW氏に電話した。
インドから戻ってきたくせにカレーが食べたいという重傷インド病患者である。
梨泰院にはカレーの食べ放題が2件。今日は行ったことない方に行く。しかもちょっと安い。
カレは5,6種類+ダルスープ。
サモサにごはん、ナンはサービス。
おいしかった。ひさしぶりのぱさぱさごはんも。
以前に訪れたT氏はまずくなったと言っていたが、以前はもっとおいしかったのだろうか。
インドの旅の話をMW氏よりきく。
お土産にインドのお茶とお香をもらった。
自分はインドをかすったことしかない。
でもまた旅に行くのもいいかな?今の仕事が一段落したら。

カレーのあとは大学路へ。
映画館「ハイパーナダ」でナンニ・モレッティの「息子の部屋」を見る。
映画館は暖房ききすぎ。こりゃ寝るなあ。
これまたもらったばかりのキャンディーをなめつくす。
幸い映画も悪くなく、眠らずに最後まで見た。
本屋をはしご。映画のガイドブックを1冊買う。

カレーの食べ過ぎで、ぜんぜん腹が減ってない。
100とすると55ぐらいである。
食べれば食べられるが、たくさんは無理だろう。
伝統居酒屋に行って、ノクチャヘムルパジョン(緑茶シーフードお好み焼き)と豆腐キムチを食べた。
ときどき豆腐キムチは食べたくなる。
モルジュを飲んだ。甘いお酒で酔っぱらう。
しかし帰り道のつめたさでいっぺんに目が覚める。
風があるとソウルは寒い。
明日はセーターかな。

 

2001年11月24日(土)

出勤日の土曜日、飲み会あけの土曜日。
でも変わりなく出勤。

昨日から「GO!」を公開。
さっそく見に行こう。
10時に映画館に行ってチケットを購入。
11時50分、トイレ。これが意外と長くなる。
12時、勤務時間終了。
12時5分、あわてて映画館に向かう。

映画が終わって会社に戻ると、昨日べろんべろんだった記者O氏が一人、イスの上で倒れていた。
いわゆる二日酔い、というやつである。

夕方、電話しても誰も出ない。
世界に一人取り残された感じである。
仕事も終わらないやんけ。
8時過ぎ、さみしく家に帰る。
ようやく9時すぎにH氏から電話がかかる。
8割仕事の話だったが、少し救われる。

家で友人が持ってきてくれた京都のカップラーメンを食べる。
こってり味がなつかしい。

「ステイシー」(大槻ケンヂ)

2001年11月23日(金)

日本は祝日、3連休。
しかしこちらは普通の日、明日は出勤日である。
なんかくやしいぞ。

昼。
気になっていた近くの病院にでかける。
とっても紅葉がきれいであった。
病院内のコンビニによったあと、紅葉いっぱいの中庭を抜ける。
上にも紅葉、下にも紅葉。風情はサナトリウム、風立ちぬ、という感じである。
でも会社に帰ると仕事が口をあけて待っていた。

今日の夜は会食。
室長の送別会である。
フェ(刺身)をたらふく食べる、いや実はたらんかった。
パンチャンやらプチンゲ、コーンをつつく。
続いて2次会。
ここで1次会で飲み過ぎた連中が総崩れ。
みんなトイレから帰ってこない。
社長もしこたま寄っており、ふだんすわない煙草をすってむせていた。
裏切り者!とののしる。
3次会はカラオケ。眠くなってきたので、さっさと1曲歌って帰るに限る。
0時過ぎにこそっと抜けだし、歩いて帰る。

 

「ステイシー」(大槻ケンヂ)

2001年11月22日(木)

5時に携帯の目覚ましがなる。
6時に目覚まし時計がなる。
6時半に再び携帯の目覚ましがなる。
結局、起きるのは6時半。
どうも朝は起きられない。

昼は隣のビルのフードコートへ。
カウンターでチャプチェパブ下さい、っといったら、チャプチェトッパブならあるという。
まあそれでもいいです。
よく見ると違う店のメニューであった。僕は中華料理のが食べたかったのに。
まあいいや、鉄板焼きのチャプチェも悪くなかった。

夜は新村へ。
MH氏とチムタク。
今週2回目のチムタクである。
仕事と趣味とはいえ、最後にはチムタクがキライになるかも。

夜霧の中、夜バスに揺られて帰る。

「ステイシー」(大槻ケンヂ)
「ミミズクとオリーブ(芦原すなお)

2001年11月21日(水)

食欲がね、ないんですよ。
といっても信じてもらえないだろうが、食欲がないと言うより、これといって食べたいものがないというのが正解かも。
目の前にあれば食う。
時間になれば食う。
惰性かな。そんなかんじなんである。
今日はセンセンソカス(魚フライ)でも食べるか。
と思って店に入ったが、カレーという文字が目に入ってそれにした。
カレートンカツ。
果たしてそれは、トンカツの上だけにカレーがキレイに載ったモノであった。
何かが違う。
何かを間違えている。
確かにカツカレーではない。ないけれど、違う。
なにか発想の原点が違う気がするのである。
カツカレーはカレーの海にカツが載っている。
こちらはソースの代わりにカレーが載っている。
うーむ。
究極の大韓カツカレーを探す旅はまだまだ続く。

室長が会社を辞めた。
室長は会社でも最年長、唯一の40代である。
そのせいもあって、ちょっと会社では浮いていた、ように見える。
ただ組織というのは同じ世代だが少し年長の人がいた方がいいと思うこともある。
でもやっぱり疎外感を感じてたのだろうか。
自分の言動が疎外感を強くしてしまったのではないか。
ちょっと気がかりなのである。
自分の居場所を見つけられないと、組織では苦しい。
室長はもうこの会社に自分の居場所はないと見限ったのかもしれない。
やがて自分も室長と同じように会社の中で「年上の、浮いた」存在になるかもしれない。
そんなとき自分はどうするだろうか。

「ミミズクとオリーブ」(芦原すなお)
「ステイシー」(大槻ケンヂ)

2001年11月20日(火)

昼。ふたたび隣のビルのフードコートへ。
目当ては好物のトゥップル(トゥッペギプルコギ)である。
トゥップル目当てに同じ店ばかり行っていたが、さすがにそこは飽きてきた。
このフードコートは自由競争によりサービスがいい。
果たして、またパンチャン(おかず)が9つでてきた。
里芋、リンゴサラダ、チャプチェ、オデンなどなど。
好物のだけ平らげる。
トゥップルははっきりいって毎日食べても飽きない。
今日はもちいりであった。
そういえば、、、ふつうフードコートって一つの品目は一つなのにここは重なっているんだな。
それも競争をあおる原因であろう。
いいことである。多すぎるが。

夜はチョンノへ。
チムタクの調査である。
チムタクといってもキムタクではない(あああかん)。
鶏をしょうゆベースで似た料理である。
本来なら一人であるが、はっきりいって一人で食べきれる量ではない。
ということで今日はT氏を調査助手として呼ぶ。いやたんにお食事のおともである。もちろんおごり。
果たして入ったお店のチムタクは1人で食べきれる量ではなかった。
さすがにもう鶏は見たくない!と思うほどの量である。

家に帰ってPCでチャット。しかも2人同時。3人で話すのではない。別々に話す。
さらにそこに国際携帯電話。
なんで夜中に突然もてる?
しかしさすがに片手でチャット2件は無理である。
国際電話の方は料金もあるし早々にお引き取り願う。

 

「ミミズクとオリーブ」(芦原すなお)
「ステイシー」(大槻ケンヂ)

2001年11月19日(月)

朝3時、起床。
もちろん、流星群をみるためである。
外に出る。
空には満天の星、時々流れ星が、、、
となるはずであったが、まったく見えない。星すら見えない。
だいたい下が明るすぎるのである。
大学構内まででかけたが、やっぱりだめ。
がっくりする。
そのままコンビニによって帰る。
日曜日の夜に遊びすぎた大学生が、ちらほらとたむろしてる。

眠れないので、VCDで「悪女」を見た。
しょうがないので早めに出社。なんと7時前である。
24時間営業の焼肉屋では朝の6時にお肉を食べている人たちがいる。

腹が減っているんだが、これといって食べたものはない。
食べなくてもいいが、腹が減ると困る。
ふらっとはいって食べたのは、ビビンバであった。
困ったときのビビンバ。

朝3時から起きていると、1日が長い。
10時まで残業したが、最後はふらふらしてきた。
眠気、がおそってくるが帰り道で目が覚める。
おかげで無事シャワーを浴びることが出来た。

「ミミズクとオリーブ」(芦原すなお)

2001年11月18日(日)
昼、外に出る。いつものペースである。
さあ今日は紅葉を見に行こう。
どうも季節モノのイベントに弱い。

バスで行こうとするが、なかなか来ない。
昨日の今日である。
今日は地下鉄で行こう。

まずは市庁。
めざすは徳寿宮の横の道である。
ふっと徳寿宮をのぞいた。
紅葉が見える。
ふらっと入ってみた。
なかなか、古宮の紅葉も良い。
つづいてスターシックス貞洞まで歩く。
ついでに映画の時間を確認。
あれ、「北京自転車」やってない。
いつも持ち歩く映画のメモも、先週と間違えてゴミ箱に捨ててしまった。
途方に暮れてると情報案内板があった。
100ウォンを入れると5分、映画の情報が見られる。うーん便利である。

つづいてクァンファムンから地下鉄。
いつもよるキョボ文庫にも寄らない。
オリンピック公園までやってきた。
意外に暖かいのでびっくりする。
やっぱり南だから?それほど違いはないはずだが。
でも木が違うらしく、すでに紅葉が終わりかけであった。
小腹がすいたのでホットドッグを食べる。
うんカンボクのと違ってスマートなホットドッグだ。

平和の炎をのぞいていると、西洋人に声をかけられた。
写真をとってください。
いや苦手で。
と英語で言おうとしたら、韓国語しかでてこないんである。
おまけに取った後に「カムサハムニダ」といわれる。ああ情けない。

ふたたび中心部に戻る。
ミョンボ劇場にやってきた。
「北京自転車」は6分前に上映したばかり。
みてもよかったが、まあ次回にしよう。
ふたたび市内を紅葉を求めて歩き出す。
スタバの甘ったるいコーヒーが飲みたい。めざすはチョンガクである。
しかし紅葉は、あと一歩。盛りは来週であろう。
ちょっとはやかったかな。

結局、クァンファムンまで歩いてしまう。
キョボ文庫が気になる。
ココで長居したくなった。コーヒーもやっぱり飲みたい。
結局映画はパスした。
スタバで「定年ゴジラ」を読了。少し泣く。
胸がいっぱいですぐ他の本が読めなくなった。

家に帰って、部屋を掃除。台湾春雨を食べる。
音が出なくて見られなかったビデオを返しに行く。

「定年ゴジラ」(重松清)

2001年11月17日(土)
今日はお休み。
でも午後から会社に行く。

夕方、映画が見たくなった。
今日から久しぶりに日本映画。「生きない」。
当たるかなあ心配である。
というわけで見に行く。見たことはあるんだけど。

土曜日のチョンノはゲロゴミであった。
映画のチケットを買って、ヨンプン文庫まで行く。
今日の目指すモノは電池である。
しかもまるい小さい電池。
ない。
店員にきいてみると、カウンターの横にあるという。
カウンターの横の売り場のお姉さんに聞いてみた。
お姉さんはモノを一瞥したと、自信ありげにありますと断言した。
果たしてあったのである。
(~ヘ~;)ウーン探してみるものである。

映画の後は気まぐれ、バスに乗って帰る。
ところがである。東大門をであたとから全然動かない。
今日はぼっと乗ってあきらめようと思ったが、それにしても動かなさすぎる。
つい途中でおりてしまった。あとは歩きである。
最悪なのは交差点。
つまり双方から車がつっこみ、にっちもさっちもいかない膠着状態なのである。
これは交差点で取り締まりをしない警察が悪い。
見ると知らないおじさんが笛を吹いて整理しだした。
このおじさん、警察なんだろうか。たんにボランティアのようであるが。

「定年ゴジラ」(重松清)

2001年11月16日(金)

昼は気まぐれ。
ケンタに向かいながら、ふらっとカルビタンの店に入る。
カルビタンはうまい。
キムチに虫がいたが、まあいい。

タムトハンチャというお茶がある。
いろんなものが入り、なかなか香ばしい味である。
弱っているときは特にイイかもしれない。

仕事のけりが付かず、夜の12時近くまで仕事。
足に力を入れてふんばって歩いて帰る。
おかげで足が痛くなった。
シャワーも浴びずに横になる。

なんか身体も生活に疲れているかも。
そろそろ結婚、した方がいいのだろうか。
あんまりいい理由じゃないけれど。

「定年ゴジラ」(重松清)

2001年11月15日(木j)

せきもおさまったようである。
寒気も去った。
今日は鼻血もなし。
それらはいいのだが、こんど突然、脇腹が痛くなった。
運動のしすぎではない。
どうも胃が悪い気がする。下腹部に時々覚えのある鈍痛がある。
足を洗うと、足をつりそうになる。
これは運動不足である。

今日はどうしても映画を見るぞ!
今日残業したら気が滅入って立ち直れなくなるだろう。
コーヒーパックの紙にかっぱえびせんをつめて、映画館に走る
もちろん、チケットは夕方に買ってある。
映画館は暑かった。
オーバーがじゃまである。
「ムーラン・ルージュ」を見る。
長いらしく、周りの客が飽きているのが分かる。

帰り道、無性に眠かった。
今日はすってころりんで寝てしまおう。
しかしこのまえ友人に買ってきてもらった台湾の杏仁茶に手を出す。
さらに「悪女」の続きを見てしまう。

「定年ゴジラ」を読むと、オヤジのことを思い出す。
オヤジ、定年になって家に毎日いるのはとってもいやだったんだろうな。
いまどこで何をしてるんだろ?こんな本、読んでいるだろうか?

 

「定年ゴジラ」(重松清)

2001年11月14日(水)

昼。
突然、チェウクトッパブが無性に食べたくなった。
隣のビルのフードコートにでかける。
あるお店の前にすわって注文し待っていると、すごい量がやってきた。
パンチャン8個、チェユクトッパブにテンジャンチゲまでつく。これで4000ウォン。安すぎる。
フードコートは競争が激しいらしく、サービスがてんこもりになっているらしい。
パンチャンをたべすぎてご飯を残す。
腹いっぱいでお腹がいたくなる。
ダイエットはどこにいった?

週の真ん中ぐらいは映画を見に行きたい。たとえどんなに忙しくても。
そう思っていた。
しかしいざ時間となると、ま、いいか、、、となる。
そして映画の上映時間がすぎると、あ、しもたやっぱりみにいけばよかった、、、となる。
映画心、というのがある。
映画を見たいと思う気持ちである。
ちょっと今は薄いのかもしれない。先週末に6本みたから?それも影響しているのかな?
いや、映画心とはたくさん見たから薄れるという物ではないのである。
でも今週は家に帰ってTV見て寝るだけ、生活がすさんでいる。
今日は帰りにビデオを借りてくる。 といっても例の3泊4日500ウォンというやつなのであるが。

で、ひさしぶりにVCDでドラマを見た。
「悪女(わる)」。
なんかなつかしい。 石田ひかりが主演だから台湾でもVCDになったのかな。あんまり好きじゃないが、このドラマのオープニングはすばらしい。それだけでOK。渡辺満里奈のキャリアOLというのも笑える。渡辺満里奈は当時よくチェックしていたが、このドラマは見ていなかった。 永瀬正敏、石橋保などもなつかしい。
そうそう、なんでこのドラマをみたか思い出した。筑波万博公園が出てくるのである。
今みるとこれは「ショムニ」の原型っぽい。このパターンは繰り返されるのかな。

定年ゴジラ(重松清)
男の作法(池波正太郎)
イグナシオ(花村萬月)

2001年11月13日(火)

寝ていない割には、なーんか眠れない。
かくーとした眠りから遠ざかっている。
そのせいか、 朝から少しセキが出る。
小さな会社なのでアッというまに移る。
たんをはいたら、血が出た。すわ、のどがきれたか?
いやそれとも口内出血か?
はぐきから血が出たなら、野菜不足である。
夕方にかけて、さらに体調が落ちていく。
こりゃ、いかんな。
家に帰ってさっさと横になる。
でも眠れなくてアイスを食べる。これでいいのだろうか。

昼は噂を聞いてチーズトンカツを食べに行く。
カツよりチーズが多い、不思議なトンカツであった。
スープが緑色であった。緑豆かな。

新聞に来年の干支が載っていた。
ががん。なぜかショックである。
あれから12年か、、、

忘れないよ!ヴェトナム(田口ランディ)
イグナシオ(花村萬月)

2001年11月12日(月)

朝3時30分、インターチェンジで止まる。
え、もうついたの?
まさか、、、途中の検問所でしょう。
と言う考えは甘かった。15分後、停車してしまったのである。
朝3時45分、高速バスターミナル着。
ここで1時間ぐらいぶらぶらして、会社にいこうか。
いやそれともタクシーでいったん家に帰るか。
思案しながら歩いていると、O氏に偶然会う。
たしか1つ前のバスに乗ったはずなのに、こちらが早く着いてしまったらしい。
タクシー乗り場は長蛇の列。
そうそれはあの日本の夜の私鉄の駅のタクシー乗り場のようであった。
しかしタクシーの量は半端ではない。どんどんさばいていく。
こちらは反対側に渡って乗った。ぜんぜん待っていなかった。
わずか20分ぐらいで家に着いてしまった。

ねむっても1時間ぐらいである。インターネットをしていると夜更かしMH氏がいた。
朝方までチャットをする。
そのままシャワーを浴びて、会社へ。

朝3時30分から起きていると、午前中がとっても長い。
ときどき猛烈な睡魔が来るが、なんとか乗り切る。

夜、3人で焼き肉を食べに行く。
仕事はてんこもりだったが、焼き肉に飢えていた。
夕方、外に出て食べるのもよし。
そこはメニューが2つしかない、きちゃない店だったが、おいしかった。
肉も冷凍だったのに。
ものすごい勢いで食べて同行者に飽きられる。

会社に戻って一仕事。
最後の一人になりそうになって、あわてた。
今日最後に一人になったら、たぶんぼろぼろぼろが出る。
あわてて自分も店じまい。

なぜか睡魔も来ず、20時間近く起きていた。
意外と眠らなくても大丈夫なんだな。

忘れないよ!ヴェトナム(田口ランディ)
2001年11月11日(日)

朝7時半、起床。
いつもより少し長めに寝る。
ふかふかの布団が気持ちよい。
しかし9時のチケット発売前には、すでに長蛇の列。
1時間待つ。
その間に見たい映画のリストを作る。
しかも第1候補が売り切れでも良いように、第2,第3,第4候補まで書く。
しかしなんていうことはない。全部第1候補のを買うことが出来た。
無事4枚のチケットをゲット。
あとは映画を見るだけである。

3時から2時間あいたので、お昼を食べに行った。
もちろん、天安コムタン。
おばちゃんは愛想がないが、コムタンはほんとうにおいしい。
そのあと、もう一度シアトルへ。また名前をきかれる。でも最初韓国人の名前を想定していたようで、受付の女の子の顔が真っ赤になった。しかも美人だったので、よりかわいくなった。

7時からの1時間は、お土産を買う。やっぱりキョンジュパンでしょう。
最後にもう一度テジクッパと思いながら、あんまり腹が減っておらず、断念する。

夜10時前、4つ目の映画が終了。
あわてて地下鉄まで走っていく。
高速バスターミナルがあるノポドンまで推定35分。しかし実際には45分かかった。
でも無事11時のバスに間に合う。

2001年11月10日(土)

朝5時、起床。
6時に家を出るはずが、6時20分となる。
電車の出発は7時。
最初7時20分ぐらいだろうと思っていたのである。勘違いである。
あわてて駅に行く。
そう、例のごとく、朝からおなかがおかしかったのである。
やっぱり前の日にはへんなものを食べないようにしよう。

載る前にちゃんとトイレに行き、7時の列車にもちゃんと間に合う。
あとは4時間30分。ほとんど寝る。
途中気が付いたらふたのあいた缶コーヒーを握りしめて寝ていた。あぶないあぶない。

釜山に着くそうそう、高速バスターミナルへ行く。
帰りの切符を買わないと。
最初、市内バスで行こうとしたが、どのバスの案内板にも高速バスターミナルの文字が見えない。
インターネットで調べた35番にもない。おかしいな。
まあ地下鉄で行って歩くかバスに乗ろう。
トンネ駅まで行って、 結局歩いてしまった。
13年前の春、僕はこの道を逆コースで歩いた。そんなことを思い出す。
このへんかな、と思ったところに建物はあった。
うん、よく覚えているやんけ。
ところがである。どうも中のようすが違う。デパートみたいなんである。
あれ、高速バスはここじゃないのかな?売り子さんにきいてみた。
ノポドンに引っ越しましたよ。
そのとき、あることを思い出した。地下鉄1号線のノポドン駅が去年「高速バスターミナル建設」にともないリニューアル休業していたことを。
そう、移転してしまってたのである。
しばし呆然、いっそこのまま釜山駅に帰って列車のチケットを買おうか。
いやとりあえずタクシーで新しいところへ行ってみよう。
ちょうど同じく途方に暮れていたおじさんと一緒にタクシーに乗る。
おじさんは普段着だったが壁のタイルの営業マンであった。
結局タクシー代をおごってもらった。いいアジョッシである。

チケットは最後尾ながら無事購入。
直結している地下鉄に乗って西面へ。
ここで楽しみにしていたテジクッパを食べる。
しかし最初場所がわからずにうろうろ。いいかげんな記憶である。

ホテルにチェックしたあと、さっそくPIFFの現場に向かう。
まずはチケットを買わなくては。
ガイドブックを手に入れ、チェックチェック。
しかし見たい映画はすべて売り切れ。
途方にくれてぼっとしていると、女の子にはなしかけられた。1枚チケットがあるので買いませんか?
買う買う、なんでもOK。
かくして最初の1枚ゲット。
次に先に来ているはずの記者O氏に連絡。
するとただけんをもってやってきてくれた。
感謝の余り黒飴を1つ差し出す。

さて1本目は「昼に沐浴するゴリラ」。
ベルリンに居残った元ソ連兵の話 。
なんのこっちゃわからんが、レーニンがでてきて笑わせる。
時代に置いてきぼりにされた悲しみが出ていて良かった。

映画1本目のあと、イベントをのぞく。アン・ソンギとイ・チョンジェを目撃。

2本目は「エミール・クストリツァとノースモーキング」。
彼が率いるバンドのミュージックビデオっぽい。ライブシーンは眠かったが、合間の映像は クリストリッツァらしいセンスがあふれた映像であふれている。
しかしどうしてユーゴの音楽ってああ明るいんだろう。イメージと全然違う。

2つ映画を見たので、シアトル・ザ・ベストで一休み。
こちらは注文時に名前を言う。
外国人なのでわかりやすい。
甘ったるいモカを飲んだ。

夕食、、、と言う割には腹が減っていない。
一人でチョッパルというのも悲しい。
オールナイトもやっていたが、今日は売り切れ。
結局、コンビニ で買ったオニギリ。
釜山限定のオニギリがあるのに驚いた。

PCバンで1時間ほどもぐる。
日本語の使えるPCは?と店の人にきく。
以前日本人が使っていたというPCを案内してくれた。
総じて釜山の人はソウルより日本人に優しい。日本に近い港町だからだろうか。

体調があんまりよくない。
今日は夜遊びせず、 12時すぎ、宿に帰る。
そこで問題発生。カウンターにキーがない。
ホテルの人と部屋まで行く。すると知らない人の荷物があった。
どうもホテルの人が間違って別の人をいれたらしい。
荷物も着替えの入った服しか置いていなかったから。

間違いですとうことで違う部屋を案内してもらう。そこはリニューアルが終わったばかりの新しい部屋であった。
木のにおいが充満している。
シャワーも最新式。もったいない。おもわず浴びてしまう。

2001年11月9日(金)

昼、めずらしく社長にさそわれ、タクハンマリへと行く。
今の秋すでに2回目のタクハンマリ。
しかし今日は酢を多めにしすぎて失敗。最後の「鶏ガラスープ」を味わえなかった。残念。

明日から2連休。
ということもあって、仕事もたまっている。
書き出したら、めまいがしてきた。

明日は早いというのに、11時過ぎまで残業。

男の作法(池波正太郎)
2001年11月8日(木)

やっぱり昨日買ったジャンバーは小さいような気がする。
腕が上がらない。
バスで停車ボタンを押せない。
でも似合っているのだからな。
といいきかせる。

あんまり食欲がわかない。
というか食べ飽きてるのかも。
今日はざるそばにした。
あまったるいざるそばである。
そのかわり量は多い。

ミニストップに「コベ」とかいうわけわからんものを売っていた。
洋風おやき、というかんじである。
とりあえず食べてみる。
悪くはないが、やみつきになるほどではない。
あとでソースがあるのに気が付いた。
缶コーヒーもサービスだから、いいか。

どうも炭水化物ばっかりだなあ。
と思って夜、豆腐とチャンジョリムの缶詰を食べる。
夜食になるが、いいのだろうか。

ジャンバーは帰りにようやくなれてきた。
なれたらなんとかなるかな。

キリスト教と日本人(井上章一)
男の作法(池波正太郎)
2001年11月7日(水)

体調は一進一退である。
決定的に悪くはないが、たまーに寒気が来る。
まだこの寒さに適応していないせいであろう。

昼、お昼を食べがてら、明洞まで出かけた。
新世界百貨店の昔の店通りを見学する。
ただの展示ではなく、実際に物が売られている。
韓服を着たおじさんたちが歩き、しゃべり、踊っていた。
コンパニオンアジョッシってなところだろうか。
ついチャムサルトクを2つ買う。
チャムサルトクを2つかかえて、ホスアビでトンカツ。
帰りにカレー屋の前を通る。
ああカレーを食べたい。まずくてもいいから食べたいぞ。

たまーるたまーるしごとがたまーる(時代風)。
そんなときにミーティングが入る。
さらにはお店からFAXが入る。
さらには修正依頼、調査依頼がやってくる。
パニクリ寸前である。
結局、さばききれずに力つきた。
今日も映画にいけなかった、、、今月はきびしいか、いや1つぐらいは見たいぞ。

夜11時。
ジャンバーを買いに行く。
珍しく真剣である。自分の好みは分かっている。
ただ似合うかどうかはいつもわからん。

1件のジャンバー屋に立ち止まる。
1つのジャンバーをすすめられる。
ブランドがついているがもちろん偽物であろう。
来てみるが、どうも腕がきつい。なんぼやっても、腕がきつい。
でも店員のあんちゃんは絶対似合うと言い張るのである。
その(偽)ブランドものはだいたいそうだと。(偽)ブランドにも傾向があるとはしらんかった。
鏡を見てみるという。
鏡を見るが、そこのうつっているのは二重顎のにやけたオヤジである。
ああ似合っているかどうかわからん。
友達にきいてみろというが、あいにく身近に冷静に服の品評をしてくれる友人はいない。
それ以上大きめを着るとかえって寒くなりますよ、お客さん。
それに足が短く見えますよ、お客さん。
いやもう足はもともと短いからいいんです。

結局似合う似合うと言い張るあんちゃんの言葉に負けた。
似合うと言う言葉に弱いのである。絶対見合いなんかするもんか。
予算より10000ウォン以上オーバーだったが、5000ウォンまけさせた。
本と映画は大判振る舞いだが、服になるとけちになる。

まあいいや、今日のジャンバーは革を買うまでのつなぎである。
どうしてもいやだったらまた買おう。

 

東南アジア4次元日記(宮田珠己)
キリスト教と日本人(井上章一)
2001年11月6日(火)

朝から頭が痛い。

久しぶりに冬用のジャンバーを出してきた。
たしかこちらにきて買った物である。
寒いのでファスナーをあげて防寒体制。
と思いきや、ファスナーが全開。あれ?
ファスナーが壊れていたのだ。
ふ、太りすぎか?
新しいのを買わないといけない。明日買おう。

夕方、突然出血した。
鼻血、である。
部屋がぬくいせいか、それとも栄養のかたよりか、体調の不振か。頭痛薬を3錠飲んだせいか。

よくはわからない。

今日も映画に行くはずであった。
しかしデザイナーの仕事が僕のせいで進まない。
いろいろいそがしいんだけどなあ。映画見たりとか。
しかし確かにいろいろたまっている。でも映画も見たい。ああどうしよう、、、

10時30分。今日の作業は打ち切り。
寒いし一人はコワイ。
エレベータを待っていると、再び鼻から出血。あわてて上を向く。
上を向きながら、てくてく歩いて帰る。
どこにもよらず、まっすぐと。
かばんのなかには取材の余りのおにぎりともらいもののチョコがある。今日は大丈夫。
ちっと寒いが、この寒さになれないとつらい。

 

東南アジア4次元日記(宮田珠己)」
2001年11月5日(月)

仕事はたくさんあるのに、ぜんぜんすすまない。
そんな日である。
おまけにミーティングが3時間にもなる。
そんな日もある。
やることはたくさんあるのだが空回りしてすすまない。
そんな感じである。

夕方、MH(たくさんMH氏はいるがそのうちの1人)がVCDを持ってきてくれた。
あの名作「がんばっていきまっしょい」である。
お礼にビビンバをおごる。
さっそく会社で見る。
「がんばっていきまっしょい」。
もちろん仕事をしながらである。
うーん田中麗奈、若いなあ。
後半は家で見る。
「がんばっていきまっしょい」。

ああまた夜中に男とチャットなんてしてしまった。

東南アジア4次元日記(宮田珠己)」
2001年11月4日(日)

9時前、起床。
イテウォンまでカバンを買いに行く。
しかし10時開店のはずが、しまっていた。
プンシクでマンドゥとキンパブをつまみながら待つ。
しかし40分後にも開いていなかった。
いったん家に帰るはずの予定を変更、明洞のロッテへ行く。
ここで友人がキムチと海苔を速攻で買う。
それから明洞で再びかばんを探す。
どうも友人のお気に入りのかばんはなかなかないらしい。
最後にadidasのカバンを購入。
ついでに忠武キンパブをつまむ。

それからヨンプン文庫へ。
しかし目当てのミッフィーグッズは消えていた。
一度家に帰る。

さて、昼も食べたい。キョボ文庫でミッフィーを買いに行きたい。
しかし空港にもいかなくてはならない。
ここからは時計とにらめっこである。
しかも目当てにしていたタッハンマリもソルロンタンもお休み。
これは、まずはキョボ文庫に行こう。
つづいてソウル駅へ。ここで昼を食べる。
友人はカルビタンと冷麺。
冷麺が意外といけたようである。

3時半、空港行きのバスを見送る。

こちらはまた本屋に戻り、本を選んだがカウンターが混んでいたのでいったん本を置き、ドトールに行った。
ここでくかーと寝る。
たぶん窓の外からふんぞり返って寝る太った男が目撃されたに違いない。
映画をみて帰ろうかと重いながら、寝過ごした。
そのかわりに宮部みゆきの「天狗風」を読了。

再び本屋で本を買ったあと、家に帰る。
早めにシャワーを浴び、洗濯をする。
しかしVCDを見てしまったのがいけなかった。
最後まで見たら、いつもの一緒の時間になってしまった。

「天狗風」(宮部みゆき)
2001年11月3日(土)

日本から、悪い友人パート2がやってきた。
ロッテワールドホテルで待ち合わせ。
そのまま民俗博物館の上の食堂街に行く。
石焼きビビンバにカムジャジョン。
つづいて隣のデパートの免税店へ。
友人が免税店で買いまくる間に、配置チェック。
一仕事終わって見合わすと、友人がいない。
しかし目立つ友人なので、すぐ見つけた。
おっかけるが、向こうは僕の数倍のスピードである。
今度は見失った。
そういうときは休憩室で待つに限る。
途中で韓服キティのグッズを買った。

次は競輪である。
ちなみに僕は日本でもやったことがない。競馬も競艇もない。
競輪は家のすぐ近くにあるが、寄ったことはない。
ただ競輪がやるときは駅に急行が止まる。
また競輪のある夕方は駅前の商店街におっさんがたむろしていきなり戦後直後となる。
そのぐらいである。
競輪場ではまず1レース見学。
競輪ファンの友人に寄れば、雰囲気も日本と似ているそうである。
タクシーの運転手が多いと社長がいっていたが、若い女性や子連れもちらほらいた。
次の1レース、初めて挑戦してみる。
競輪ファンの友人はデータから冷静な推測をたてていく。
こちらは昔から1ぱつねらいである。
当然のごとく友人はあて、僕の車券は宙を舞った。
ちなみに競輪場はオリンピック公園にある。
どうも周りの雰囲気となじまない。
やっぱり町中にあって、おけら街道がある方がいい。

次に本屋でも行こう。
と思ったところにCさんから電話。
本屋で待ち合わせて、韓定食を食べに行く。
もちろん友人の臨時不労所得によるおごりである。
つづいてスタバで茶をする。

つづいて東大門市場へ行く。
だが友人があてにしていたおばちゃんがおらず。
あまり長居せず、家に歩いて帰る。
帰る途中にチキンを買った。
キンパブとチキンをつまみに、家で飲む。

「天狗風」(宮部みゆき)
2001年11月2日(金)

眠い。
睡眠不足がたまっているのであろうか。
とにかく眠い。
コーヒーを何杯飲んでも眠い。そういえばもとからあんまり効果はない。
飲み過ぎでお腹がおかしくなる。

夕方、H氏がやってきた。
タクハンマリを食べる。
スタバもどきのミニコーヒーショップに行く。「生クリームをてんこもりにしてください」。僕のもてんこもりになった。
それから映画を見る。「チョポッマヌラ」。
ナイトショッピングにでかけた友人をビルまで送る。

それからほてほて歩いて帰る。
また眠くなった。

気が付くと携帯の充電もせずに寝ていた。
ありゃありゃ。

「天狗風」(宮部みゆき)
2001年11月1日(木)

昼。
旅行者まで友人の航空券チケットを 取りに行く。
その場で発券、はい終了。
服のポケットに大切にしまう。

ついでに近くでお昼でも、、、と思ったが今日はトラブルで忙しい。
会社に戻る。
戻る途中にケンタでタワーバーガーセットをテイクアウト。

戻る途中に電話があった。
なんと日本にいるはずのH氏であった。
突然ソウルに来たという。
むっちゃ驚いた。
でもああそういえば来るかもって言ってたっけ、とあとで思い出す。

今日はみんな帰りが早い。
というかいつも遅くまで残る面々が早く帰ったり、休みだったりしたからである。

最後に残ったO氏と一緒に帰る。

帰りにスタバもどきへ。
T氏と「プリンの会」。こちらはスイートポテトをいただく。
他の席からも日本語が聞こえてきた。しかしどこの席かはわからない。韓国語の波の中に日本語のコンテンツが端々に聞こえる。そんな感じである。

 

「天狗風」(宮部みゆき)
「「宮崎駿」の世界」(切通理作)

 

ホームに戻る


※すべての文章の権利はぼうずに属します
Bouz Co. 「GOGO!ソウル」