GOGO!ソウル
留学日記

1999年10月


日付 内容 ごはん TV
1999年10月31日(日曜日) 
49日目
旧暦9月23日

くもりのちあめ
足が痛い。
というか全身が痛い。
もちろん昨日の登山のおかげである。筋肉痛。
午前中は、寝てた。
ぐうたらざんまいやね。
ひさしぶりに頭が痛くなるまで、寝てた。

それでも午後は映画を見にでかけた。
あの「楢山節考」である。
すいているとすぐうち切られそうだったので。
階段を上り下りするたびにひいひい言う。
とくに下りがつらい。
ひいひいいいながらちょうど上映5分前に到着。
すいているときいていたが、そこそこ席はうまっていた。
席がうまった映画はひさしぶりである。
せりふが全部わかる映画もひさしぶりである。
それでもときどき字幕を眺める。
あきらかな意訳もあった。
それから間違いの訳も。
思ったより客の反応はあったと思う。
たしかに、なかなか見応えのある映画であった。

今日も本屋の日本語書籍コーナーに立ち寄る。
でも特に買いたいのはなし。
何をしているんだろうね。
今日は喫茶店によらずに帰る。
外にでるのがめんどうくさい。
昨日の登山の非常食を食べる。
だからお菓子ばっかりである。
こりゃ血糖値が上がるなあ。太るなあ。成人病になるなあ。

夜はソルロンタンにした。
塩だけでものたりず、赤いのをいれてしまった。
舌が、なれてしまったのだろうか。
1999年10月30日(土曜日) 
48日目
旧暦9月22日

はれ
今日は学校でプッカン山に登る。
いつもと同じように起床、朝食。
少し腹の具合が良くない。昨日のサムギョッサルの食べ過ぎかな。
薬を飲んで出かける。
暑くなると思ったけれど、セーターを着ていく。
靴が少しゆるめなので、靴下を2枚はいていく。

総勢20人、先生2人、28番のバスに乗って終点のウイドン(牛耳洞)へ。
そこから登山道へ向かう。
たばこをすいながら登山に向かう人がいた。おいおい。
登山向けの店が並んでいる。もちろん飲食店も。

入山料が1000ウォン。
そこからは登山道であった。
岩が多い。
岩を踏みしめながら歩く。
川沿いに沿って登っていく。
ところどころの紅葉を眺めながら。
気が付いたら先頭を歩いていた。
1時間半ほどで、大東門という山城の門に到着。
ここでお昼となる。
若者の団体が、ゲームをしていた。
山の上なのに元気だなあ。

帰りはまたいへんだった。
岩のあいだを降りるのである。
ところどころにロープがある。
一歩踏み外すとすべって頭をうって、、、、
気につかまりながら、岩につかまりながら。
でも老若男女、あらゆる人たちがいた。
こんな子供が、老人が。
しかも途中で道を間違えた
しらないあいだに川を降りていたのである。
どうもあぶない道だなあと思っていたら。
ふっと見上げると上の道があって、人が歩いていた。

下山後に、1つ問題が発生。
女の子が3人、いなくなったのである。
前を歩いていたのは目撃したのだが。
降りても彼女らはいなかった。
しばらく彼女らを待つ。
しかし彼女らは来なかった。
だれも彼女らの電話番号を知らなかった。
結局、先生らが下宿に行ってみることなった。
まさかまだ山にいることはないと思うが、、、
少し心配である。

さすがに足がいたくなった。
部屋にかえって休む。
するとマンマさんから電話があった。
ある映画のビデオをみせてもらう。
なかなかすごい映画であった、、、
そのあと、マンマ氏と飲みに行く。
夜にマンマ氏と飲みに行く。サムソントンタク。
生ビールが1杯1600ウォン。安いなあ。
にわとりの電気の丸焼きは、なかなかおいしかった。
とくに皮がおいしい。
1999年10月29日(金曜日) 
47日目
旧暦9月21日

はれ
朝から晴れた。
しかしまた寒くなった。
朝は6度。
昼の予想は12度。
風が吹かない分は寒くないけれど。
それでもまだ、コートを着たサラリーマンをちっとも見かけない。
寒さにホント強い人たちである。
軍隊で鍛えられているのだろうか。

ピュリツァー賞写真展を見に行く。
年代順に、受賞作品が並べられている。
写真の横に、韓国語で説明があった。
あまりむずかしい韓国語でなかったので、読みながら眺めていく。
火事、戦争、飢餓、テロ、災害、紛争、、、、、
あんまりほっとする写真はない。
20世紀は写真に鋸去られる世紀であることを、感じさせられる。

時間があるので映画を見に行く。
今日で4日連続。これは新記録かも。
今日見たのは「ブロークダウンパレス」。
どうしようか迷っていたけれど、時間つぶしにはね。
美人2人もでているし。
でも映画自体は、、、
教訓1、旅先で荷物検査の前に荷物を調べておきましょう。
教訓2,一緒に行く友人を選びましょう。
結局は友情映画だったのかな。
それにしては最後はみんな釈然としないのでは、、、
事実をもとにしている、とかあれば納得するのだろうけれど。

夜は友人MN氏の妹氏と夕食。

明日は学校でプッカンサンに登山。
紅葉が楽しみである。
しかし引率する人が道を知らないらしい。
かなりの山道で岩を登るところもあるらしい。
体力があるだろうか。
軍手を買っておく。
地図を買っておく。
遭難用に水とチョコレートと菓子を買っておく。
やっぱり心配性なんだろうか。
明日の朝は2度らしい。
昼は大学近くでトンカツ。
だんだんこちらのトンカツになれてきたような気がする。
日本に戻ったら懐かしかったりして(いやそれはないな)。

夜は友人MN氏の妹氏とサムギョッサル。
豚の三枚肉ですね。
なつかしのアルミホイル焼きだった。
二人とも食べるは食べるは5人前食べてしまった。
しかも焼酎も飲んでしまった。
例のごとくすぐ赤くなる。
1999年10月28日(木曜日) 
46日目
旧暦9月20日

くもり
今日も映画を見に行く。
4日間で上映が終わったのがショックだった。
やっているうちに見ておかなくては。
今日は「幻影特攻」。
ジャッキー・チェンプロデュースの香港映画。
またまたラストの舞台はクアラルンプール。
今後アクション映画の舞台として売り出すのでしょうか?

映画のあとはまたまたドトール。
もういいかげんに顔を覚えられている気がする。いつも長居するから。
今日も2時間いた。
韓国に行って喫茶店に通いつめるとは思わなかったけれど。
今日でちょうど3ヶ月の半分。
あとの半分は違うようにすごそうかな。
もっと韓国の人と話さなきゃ。
イムさんにもいわれてしまったし。
今日のお昼は喫茶店。
日本と同じ味といううわさのカレーを食べに行く。
たしかにルーは日本と同じ味だった。
ただ具はやっぱり大きかった。
じゃがいもも、にんじんも。
干しぶどうがうれしかった。
5000ウォンだと食後にコーヒーがつく。
さすがに喫茶店、おいしいコーヒーだった。
ドトールとは違う。あたりまえか。

映画を見ながら、ついついデリデリのまんじゅうを食べ尽くす。
おかげで夕飯が食べられなかった。残念。
水木ドラマ「クリスタル」を見る。
どっかで覚えがある筋なのに、どうしても思い出せない。
ああでもしらんまに感情移入しとる。
役割がわからない人もいるけれど。
1999年10月27日(水曜日) 
45日目
旧暦9月19日

くもりのちはれ
偶然あったクラスメイト2人(Mコ氏、Yコ氏)と、お昼を食べに行く。

今日は映画を見に行く。
めざす映画は「小疏」。中国映画である。
ところが、上映しているはずの映画館に行ってみると、やっていなかった。
なんと公開5日目で、公開が終わっていたのである。
ががーん。
なんて気が早いんだろう、、、
人が入らなかったんだろうか。
でもせめて一週間はやめてほしい。
はやくこちらの二番館を探さないと。

第2候補の「ミッキー・ブルー・アイズ」を見に行く。
なんと土曜日公開でおとといみた「飲食男女2」も公開5日目で終わっていた。
ががーん。
たしかに人がいなかったけれどなあ。
せめて1週間はやってほしい。
これでは情報誌はたいへんだわ。
かわりに先週で上映が終わったはずの「愛が通り過ぎた場所(ディープ・エンド・オブ・オーシャン)」をやっていた。
いいかげんだなあ。
「ミッキー・ブルー・アイズ」はそこそこ入っていた。

ようやく3つめの本屋「チョンノ書籍」で、気に入った日本語教材を手に入れる。
ついでに「CULTURE JAPAN」という雑誌を買う。
日本大衆文化総合情報誌、だそうな。
対訳が載っているので、これで勉強しよう。
偶然あったクラスメイト2人と、お昼を食べに行く。
食べたのはマンドゥグク(餃子スープ)。
なかなか濃い味でおいしかった。
ご飯をマンドゥグクに入れていたら、韓国人もやらないといわれる。
そうだったかなあ。
でもたまたま同じ店にいた学校の先生に聞いてみたら、やっぱりいれるそうだ。
やっぱりだてに長いつきあいじゃないからね。
でもこのあと、おなかがすいた。

夜はふつうのプンシクでチャプチェパブ(雑菜ごはん)。
中華料理のそれとは違うときいたので。
たしかにちょっと違う気もする、、、でも店の味の違いだけのような気もする、、、
それにしても春雨のゴマ油炒めは、おいしいんである。
1999年10月26日(火曜日) 
44日目
旧暦9月18日

くもり
今日は3分間スピーチ。
テーマはラーメンとする。
この前のスピーチよりは、楽しく話せたと思う。
よかったよかった。

今日は感慨深い日である。
パク・チョンヒ大統領が20年前に暗殺された日なのだ。
あの日のことは覚えている。
京福白梅町駅に、号外がおいてあったのだ。
それを手にした時の驚き。
たぶん今までの人生で10指に入る瞬間である。
それもあって、パクチョンヒ写真展を見に行く。
当時は大嫌いだった。民主化を弾圧した人だから。
でも今はそういう一面的な見方はしていない。
写真をみればみるほど、ふつうのおじさんである。
しかもおとなしそうな。実直そうな。
それが奥さんも暗殺され、自分も暗殺される。
どういう人生だったのだろう。
生きていれば80歳。
ほぼキムデジュン大統領と同じ歳である。
若いときのキムジョンピル首相の写真もあった。
それから反体制の旗手だったキムヨンサム前大統領の髪が長いときの写真も。
まさにこの国の歴史である。

今日はパクさんとエクスチェンジ。
と思ったら今日は友人コさんも同席。
いつもの2倍お話をする。
作文で自信がなくなったが、あまりのうろたえぶりにますます自信がなくなる。
きょうは「あとで」の使い方を教える。
日本語と韓国語では微妙にいいまわしが違うのだ。
「駄じゃれ」とはないかについて聞かれる。
意外と説明が難しい。おもしろくないしゃれ、ではあるけれど、おもしろいときもあるからなあ。
駄じゃれってなかなか言おうと思ってもでてこないものである。
あとは「語呂合わせ」について。これもむずかしい。イイクニつくろう鎌倉幕府、かな。ちょっと違う気もするし。
かわりに「キジベ」「チム」という言葉について教えてもらう。どちらもTVで気になっていたのだ。

今日も本屋の日本語学習コーナーに行く。
「ナウい日本語」という本があった。
ナウい、ねえ。ちょっと恥ずかしいなあ。このテキストはタイトルだけでやめた方がいいな。
「ほんばの日本語」という本も。
これは使えそうな気がする。なにせほんばやからね。関西弁かも。
クラスメイトのアメリカ人T氏と偶然会う。なぜか彼とはよく会う。実は行動パターンが似ているのかな。
1999年10月25日(月曜日) 
43日目
旧暦9月17日

くもりのちはれ
中間試験が終わった。
試験のあと、Kシ氏に食事にさそわれる。
家に行くと、おいしいしいたけご飯が待っていた。
知り合いから取り立てのしいたけをもらったそうな。
あっさりした味が、おいしい。
さらにむきえび、アサリ汁。
もちろん昼間からビールである。
つまみは唐辛子の揚げ物。
砂糖をまぶして揚げてあるのだが、これがなかなかおいしい。
自家製だそうな。名前もわからない。
でもこれはおいしいです。
たまにあたりの辛いとんがらしがあるけれど。
気に入っていたら、あまりを持たせてくれた。
こんどはおいしい台湾のお茶を持っていこう。

試験も終わったし、ビールも飲んだので、映画を見に行く。
なぜか3時30分の映画に間に合う。
今日見たのは「飲食男女2」。
チケットに「飲食男女」としか書いていなくてあせる。
もしかして旧作のリバイバルなのでは?
観客もわずかに5人だし。
1人焦っていたら(だってだれもいないし)、ちゃんと字幕に「飲食男女2」とでた。
よかったよかった。

本屋の日本語教材のコーナーに行く。
日本語を忘れそうなので勉強、ではなく今日のテストで作文の実力がないことを思い知らされたのだ。
残念ながらいいテキストはなかった。
違う本屋も回ってみよう。
1999年10月24日(日曜日) 
42日目
旧暦9月16日

くもりのちはれ
10時間寝た。
ほんとうによく寝た。
朝ご飯を食べ損ねる。
お昼までは勉強。
いちよ明日はテストだし。

ミョンドンでお昼をしたあと、ハンガンの公園に行ってみる。
今日は公園に行ってみたかったのだ。
しかしどうも横の道路の騒音が気になる。
ソウルの外にでたくなった。
地下鉄3号線に乗る。
でも座ったとたんに眠くなった。
目が覚めると、外を走っていた。
大規模な団地が見えてくる。
駅前の商店街が新しい。
最近開発されつつある地域らしい。
1時間で、アンサンに到着。
新しい街に着く、という気分はいいね。旅の気分。
一度来てみたかったのである。
むかし、アンサンからインチョンのソンドまで、小さな電車が走っていたのだ。
いまは廃止されてしまったらしいのだが。
ぜひ乗ってみたかった。
跡などのこっていないかな。
ついでインチョン行きのバスに乗ってみる。
券売所の前のおっちゃんが、やたら親切だった。
ボランティアでガイドをやっているのだ。
日本人だというと、握手してきた。なんでだろ?
コーヒーまでおごってくれた。
着ている服はどこのだ?ときいてきた。実は北朝鮮製(ホント)だというと、笑ってた。
なぜかアンサンは東南アジア系の外国人が多かった。
工業団地もあるかららしい。

アンサンをでてしばらくいくと、まっすぐのびた工事中の道と、上に被さる建物が見えた。
間違いない。鉄道工事だ。
線路を延長しているのである。
これが昔の小さな電車のあとをたどっているのか、それはわからないが。。。
たぶんインチョンの方につなげるのであろう。
アンサンの先にも大規模な団地があった。
そこをすぎると、だだっぴろい農地が広がっていた。
遠くにはかすんだ山山。
なんとなくとっても朝鮮的な風景だった。
横には団地も見えたけれど。
インチョンの市街にはいると、どんどん人が降りていった。
最後わずか3人になったところで、なにもない道ばたにおろされる。
ここはどこ?インチョン行きのバスの終点だった。
降りる前にバスの運チャンにインチョン駅へ行く方法を聞く。
まっすぐ戻って反対側に渡って5番、10番、28番に乗ればいいんだな。
10番のバスに乗ろうとしたら、運チャンがどこにいくんだときかれた。
インチョン駅、と2回いうと、運チャンがうなずいた。
インチョン駅インチョン駅インチョン駅、、、と目をこらしてバスから外を見ていると、突然小さな駅が横にあった。
それは人口300万人の中央駅とはとっても思えないほど小さな小さな駅だった。
なでなでしたくなるようなかわいい駅だった。
たぶんメインの駅ではないんである。名前だけで。
港町だから港に近い方に中央駅の名前がおかれたのだろう。

1時間かけて、最寄りの駅まで戻る。
帰り道に宮本みゆきを読む。
ソウルで日本の小説を読んでいると、どこにいるのかわからなくなる。
ミョンドンにお昼を食べに行く。
今日はラーメン。
なんとカウンター式だった。こちらではめずらしい。
チャーシュー麺にする。
ちょっとネギがすくない。シナチクも小さい。
ぐらいが気になった程度で、よくあるチャーシュー麺であった。
チャーシューもさほど不満はなかった。さすがに肉食の国である。
値段は5500ウォン。むっちゃ高いというほどではない。
今度は餃子も食べてみよう。
キムチは1口1000ウォンだった。

またまたデリデリの店をみかけて買ってしまう。
ここの饅頭はほんとおいしい。

夜は大学近くのお店でビビンパブ。
意外とおいしかった。
新しい店なのだが。
しかも意外と安いし。
「愛している あなたを」を見る。
うーんエッチ。ベッドの上でいちゃいちゃするななんて。ああはずかしい。。
しかもけんかしてメールで気持ちをつたえるなんて。ますますはずかしい。
しかも妊娠検査薬がみつかって、、、ああますますはずかしい。
1999年10月23日(土曜日) 
41日目
旧暦9月15日

くもりのちはれ
イムさんが学会で高麗大にやってきた。
お昼を職員食堂でおごってもらう。
食後のコーヒーをおごってもらう。
行きましょう、とイムさん。
どこにいくのかなと思ったら、そのまま街に行ってしまった。
午後の学会はさぼったのである。
どっかに行きましょう、でもソウルを知らないので案内してくださいといわれる。おいおい。
たしかにイムさんは方向音痴である。
方向音痴は傍目で見ていると楽しい。
ドライアイで人混みも嫌いだそうだ。それはわかる。
奥さんの買い物のつきあいでデパートには行くそうだけれど。

景福宮に行く。
外にある博物館にはなんどか来ているけれど、中に入るのはひさしぶりである。
門のとこに朝鮮時代の武官が2人たっていた。
みんなとりかこんで写真を撮っている。
女子高校生に囲まれて、うれしそうである。
なかなかよさそうなバイトではないか。
でもずとたっているのはつらいであろう。
軍隊で経験しているかもしれないが。

秋の毎週土曜日には世宗大王の即位式がある。
毎週即位があって、なかなか世宗大王もたいへんである。
宮殿の前に、朝鮮時代の文官、武官のかっこをした人が列をつくって並ぶ。
真っ青な服と真っ赤な服。
その上に黄色と赤と青を染め抜いた鮮やかなたくさんの旗がたなびく。
空は真っ青な雲一つない秋空である。
とっても鮮やかな光景であった。
カメラを持ってこなかったことを、後悔した。

やはり場所柄か、日本語がたくさん聞こえる。
中学生か高校生の修学旅行の一行も目撃した。
ひさしぶりに日本の女子中高生のかっこをみた。
やっぱりとっても変である。
あらためてみると。

景福宮の奥には池がある。
木がたくさん茂っている。
もう真っ黄色になったいちょうの木もある。
そろそろ紅葉の季節かな。
このあたりまで来るとソウルの騒音も排気ガスもない。
こういうところでゆっくりするのもいいな。

キョボ文庫で奥さんと落ち合い、ちょっとご飯を食べに行く。
最初はラーメン屋を探す。しかし見あたらず。
結局スッチェビにする。
またまたおごってもらってしまった。
オジンオの炒め物もおいしかった。

今日も日本書籍コーナーに行く。
やっぱり伊集院静の本を買ってしまった。
がまんできない人なんである。わかっているのであるが。
お昼はイム先生のおごりで職員食堂の「ユッケジャン」。
辛かった。
でも昔感じたほど辛くなかった。
なれたのかな。

夜もイム先生のおごりでスッチェビ。
スッチェビを食べるのは初めて。
小麦粉をこねたものを餃子ぐらいの大きさに固めたものが、、海苔の入ったスープに入っている。
なかなかうまい。というか止まらない。
海苔入りスープの味がお茶漬けのようでなつかしい。
1999年10月22日(金曜日) 
40日目
旧暦9月14日

くもりのちはれ
朝の気温は11度。
これで暖かいと思うようになってしまった。
空が曇っていたので、寒そう。
なのでセーターを着て出かける。
しかし山道を登ったら、暑くなってしまった。
結局それから一度も着なかった。

ズボンのボタンが、とれた。
安いのはいいけれど、ほんとうにボタンがよく取れる。
またまた近くのクリーニング屋に持っていく。
またただでやってもらってしまった。
もうこのクリーニング屋の前は、頭をあげて通れない。

今日は金曜日。
なので映画でも見ようかと思ったけれど、あんまりみたいのがない。
明日からはたくさん新しいのが公開されるのだけれど。
今日はやめておく。
また喫茶店で時間をつぶしてしまった。

キョボ文庫の日本書籍コーナーに行く。
やっぱりここがいちばんそろっている。
がまんできずに清水義範を買ってしまった。
あろうことか伊集院静まで買いそうになってしまった。
宮城谷昌光のエッセイもよさそうだし、出久根達郎の江戸ものもよさそうだし。
ああいかんなあ。
ふつうの書籍をのぞいたら、浅田次郎の「鉄道員」の翻訳が積んであった。
あの方言はどうやって訳すんだろう。本文をみたけどわからなかった。
夜はマウドゥグク(餃子入りスープ)にする。
ひいきのアプクジョンプンシクは、今週2回目。
なんとどんぶりいっぱいででてきた。
しかもサービスでおばさんがチョパブ(いなりずし)を2つくれた。あまったのだろう。
むちゃくちゃ腹一杯になる。
バラエティ「楽しい夜」に「結婚しようか」というコーナーがある。
婚期をのがした30代の男性が、変身して、見合いして、交際を申し込む。
なんだかひとごとではない。
韓国にもたくさんいらっしゃるようでほっとするけど。
しかしそのまえに、ちっとも結婚のことを考えたことがない。
まずいのかな。
1999年10月21日(木曜日) 
39日目
旧暦9月13日

はれ
今日は中間テスト。
ちょっとなつかしいひびきでもある。
今日はロールプレイングとインタビュー。
ロールプレイングは2人で組になる。
僕と組になったのはアメリカ人のT氏。
T氏はドイツにもいたこともある、セントルイス出身の、ちょっと調子のいい、漢字に詳しいアメリカ人である。
ロールプレイングは僕が自動車会社の部長。彼が入社希望の学生ということになった。
しかしいざ質問となると難しい。
あんまり言葉がでてこないものである。
キンチョウもするし。
ああいかんなあ。
インタビューはたまたまテーマが旅行だったので、なんとか答えられた。

テストが終わったので、映画を見に行く。
今日見た映画は「サランイチナガンチャリ」。
直訳すると「愛が渡る場所」かな。
日本での題は「ディープ・エンド・オブ・オーシャン」。

映画までまた喫茶店で時間をつぶす。
しかし席のせいかかぐわしいにおいがする。
喫茶店でかぐわしいにおいはまずいと思うのだけれど。
こちらの人はあんまり気にならないのだろうか。
夜は久しぶりにチャジャンミョン。
やっぱりおいしい。しかも安い。
なぜか中華料理屋には猫がいた。飼い猫かな。
1999年10月20日(水曜日) 
38日目
旧暦9月12日

はれ
昨日薬局でもらったプロポリス入りのど飴のせいか、のどのはれは引いた。
しかし風邪は次の段階に移行したようである。
せき。鼻水、くしゃみ。
いずれもたいしたことはないんだが。
薬局に行って病状を説明し、調剤薬をもらう。
やっぱり大韓かぜには大韓くすりを。

映画「シュリ」を見に行く。
しかしもう終わっていた。3日前にはやっていたのに。どうして?
まあいいや。
喫茶店でお勉強をする。
コーヒー1杯で3時間ねばる。ちょっとねばりすぎか。

夕方、留学生のMN氏の妹から電話。
ピザを食べに行く。
はじめてゆっくり食べる大韓ピザ。
たしかに噂に聞くとおり、おいしい、ような気がする。
日本語のテキストをみせてもらう。
「たら」の使いかた。なかなか考えてみるとむずかしい。
あと尊敬語。
「なかったです」と「ありませんでした」の違い。
しかしはじめたてというのに、もう漢字をすらすら読んでいる。
なかなかである。
昼は大学近くのカレー屋でカツカレー。
まずかった。
カレーもまずいが、カツもまずい。
カレーはこしょうのききすぎ。やっぱり間違えてる。色も悪いし。
カツも昔ながらの固さだった。
ドラマ「クリスタル」を見る。
男の弱さやずるさがよく描かれている気がする。
1999年10月19日(火曜日) 
37日目
旧暦9月11日

はれ
今朝は6度。ちょっと暖かい。
昼はもっと暖かくなった。
でもひきつづきのどがはれる。
キャンデー、ホールズ、はちみつのどあめ、いろいろためす。
のどだけでおさまってくれればいいけれど。

今日はパクさんとエクスチェンジ。
「一富士二鷹三なすび」
「地震雷火事親父」
そのほか厄年、還暦、米寿。
それとことわざ「門前の小僧、、、」などを教える。
こんなんで日本語の勉強に役に立つのだろうか?
東京の物価の高さの話をしていたら、なんだか東京に住んでいたのがあほらしくなってきた。

東大門のミリオレにトレーナーを買いに行く。
しかしどうもトレーナーという歳でないなあ。
薄目のセーターを買う。

今日も本屋の日本書籍コーナーに立ち寄る。
宮本輝のエッセイを立ち読み。
ついに我慢できずに買ってしまう。
いかんなあ。
昼は日本食プンシクで「トンカス定食弁当」。
ごはん、とんかつのほかにゆで玉子、コンナムル、キムチ、マカロニサラダ。
とんかつにはケチャップソース。さほどまずくなかった。

夜はセブンイレブンのキンパブ。やっぱりつくりたてよりおいしくない。当たり前か。
時代ドラマ「クキ」を見る。
たぶんいまから30年ほど前のソウル。
お菓子会社とクキという女性がひとり作り始めるお菓子、、、うーんそれ以上はわからない。
1999年10月18日(月曜日) 
36日目
旧暦9月10日

はれ
オンドルを切って寝る。
おかげでちょっと冷えた。
そのせいかのどが少しはれた。
やばい。
悪化させないようにしなければ。

朝の気温は3度。
ふう。
トレーナーを買ってこないと。
しかしのどのこともあって人混みをやめておく。

今日のヒヤリングのテストはなぜかよくできた。
先週は全問わからなかったのが、今週は全問わかったのである。
ちょっとうれしかった。

お昼をすぐ食べそのまま映画を見に行く。
ちょうど上映5分前だった。
「インジョンサジョンポルコッドプタ」。
直訳は「人情事情をくむことはない」。
よくわからないけれど。
なかなかよくできたアクション映画でした。
言葉の方はよく聞き取れなかったけれど。
男の声になれていないのかな。
もっと男の声もきくようにしよう。

映画のあと、喫茶店でお勉強。
横の方で女の子が数人おしゃべり。
「日本人」「男女」という単語が日本語がよくきこえてきた。
かなしいかなまだよく聞き取りできない。
まだスパイはできませんね。
でもまさか横で日本人が聞き耳をたててたとは知るまい。
別のサラリーマン2人も仕事で日本の話をしていた。
やっぱり身近な国なのかな。
昼は「牛肉トッパブ」。
今日行った「アプクジョンキンパブ」もあたりだった。
「牛肉トッパブ」も目玉焼きがのっていて、なかなかおいしかった。
どうもプンシクはチェーン店の名前より店のアジュンマの腕次第のようだ。
喜劇「スンプン産婦人科」は結婚式シーン。
結婚式では歌手が歌を歌ってた。
バイキング形式の披露宴だった。

むかし禁止になった歌特集をやっていた。
一番多かったのは「日本っぽい」。
日本の歌のパクリ、というわけでなないらしい。
しかし誰が日本っぽいと判断していたんだろう。
1999年10月17日(日曜日) 
35日目
旧暦9月9日

あめのちはれ
寝る。
ひたすら寝る。
やっぱり眠気がたまっていたのかな。
部屋はオンドルである。
外は今日も4度。でも暖かい。
というかはっきりいって床があつい。
洗濯物にはうってつけである。

1日寝てるのもどうかな。
ソウル駅の鉄道博物館に行く。
ソウル駅は11年ぶり。
とってもかわっているのに驚いた。
むかしはコンコースなんてなかった。
いまでは上にデパートまである。
ソウル駅で列車の発着表を眺める。
コンコースまでキップがなくても入れるのがいい。
やっぱり行きたくなるよね。
うー。

博物館は駅の横にあった。
この駅は1925年完成。すでに74年である。
この駅も、残してほしいな。
とってもいい建物だから。
日本支配の残滓かもしれないけれど。
戦前には私鉄があったことを知る。
それに解放前にはほぼいまの路線ができていたことも。
むかしはプサンから北京行きの列車があったことも。
2000年代の構想、というのもあった。
2000年代ってすごいよね。あと1000年の計画である。
南北統一の運行。
ヨーロッパ行き、北東アジア行き、南アジア行き列車の運行。
プサン発シンガポール行きとか、いいね。
プサン発ロンドン行きも、できる。
でもすべては南北の線路がつながってから、、、
博物館の1/4は京釜高速鉄道(新幹線)の宣伝だった。
2003年には第1段階の完成らしい。
2002年のワールドカップに間に合えばよかったのだが。
ソウル駅の「デリデリ」で饅頭を買って食べる。
友人S氏がはまっていたのだ。
たしかにおいしい。
たちまち1袋食べてしまった。

帰りにチョンノのドトールで一休み。
今日はカフェオレもウィンナコーヒーもなし。
ホットチョコにした。

夜はマンドゥグク(餃子スープ)。
やっぱり寒い日はスープがほしい。
ごはんを入れて食べる。
やっぱりおいしい。このマンドゥグク。
1999年10月16日(土曜日) 
34日目
旧暦9月8日

くもりのちはれ
朝は4度。
4度?
冬である。
はっきりいって東京の冬より寒い。
まだ10月の半ばなのに、、、
さすがにトレーナーをもって出かける。
でもまだみんな薄着なのである。
10度ぐらいしかないのに。
なれているんだろうか。
もってきた防寒体制の服は、あとセーターしかない。
そろそろ買い足さないと、、冬用に。

腹の調子がいまいち。
はじめて薬屋に行く。
調子を説明したら、薬を2種類くれた。
一つは飲み薬だった。
これは意外。でもききそう。
こちらの薬は強いと言うし。
民族によって体質が違うのだろうか。
薬屋をみながら考える。
しかも意外と安かった。これも驚いた。

午後はキム氏とエクスチェンジ。
でもいまいち会話がはずまない。
もっと話さなきゃね。エクスチェンジだし。
やっぱり腹の具合もあって、力がわかなかったのかな。
それとも1回目で話のネタがつきたのかも。
、、、するともう終わりかなあ。

エクスチェンジのあと、1人で映画を見に行く。
最初は「愛がわたる場所」にしようと思う。
しかし気が変わる。
ピーター・チャンの「ラブ・レター」を見よう。
ハリウッド劇場。最初場所がわからなかった。
でもパンフをみて思い出した。
それはインサ洞近くの道路の上にある映画館だった。
はじめていく映画館である。
階段で4階まで上る。
ビルの屋上みたいなところに、切符売り場があった。

「ラブ・レター」は偶然に差出人宛のないラブレターをみてしまった人がどんどん変わっていく話。
横の男がよく笑っていた。
え、こんなシーンまでと思うほど。
映画であそこまで笑えれば楽しいかも。
昼はおなかの調子を考え、おかゆにする。
このまえメニューにおかゆがあったお店に行く。
ヨンヤングクか、ケグクか迷う。
するとサンプルを食べさせてくれた。
ケグクの方があたたかかったので、ケグクにする。
色は黒。
見た目は悪いが、なかなか濃厚な味だった。
壁には胃腸をきれいにしてくれると書いてある。
う、胃腸にはいいのか?わるいのか?

夜は近くのお店で「ソルロンタン」。
あまりに寒くて、暖をとりたかったのだ。
1人なのに、目の前にいろんな皿がならぶ。
パジョンまである。
なすのもおいしかった。
コンナムルもある。
いろいろ食べてしまった。
ソルロンタンは沸騰してでてきた。
ごはんをいれて冷やす。
ソルロンタンにはそーめんもはいっている。
そーめんとごはん。これをスプーンを食べるのは難しい。
でもとってもからだがあたたまった。
向かいの24時間ソルロンタン店に負けないでほしい。
1999年10月15日(金曜日) 
33日目
旧暦9月7日

くもりのちはれ
いつもだいたい朝は曇ってる。
昼近くには晴れていい天気になる。
しかし今日の夕方はほんとうに寒かった。
いよいよもう一枚いるかな。

今日は2人目、パクさんとのエクスチェンジ。
これまた日本語のとっても上手な人だった。

留学生のMN氏妹より電話。
チョンノで夜ごはんを食べる。
彼女はまだほとんど日本語がはなせない。
いま一番きびしい先生である。
ごはん代をおごったら、ケイタイのストラップを買ってもらってしまった。
グルミットである。
MN氏妹は「いぬころ?(直訳)」と驚いていた。
いぬころ?ちょっと違うんだよなあ。
でもケイタイは急にかわいくなった。
ひさしぶりの焼酎で、少し酔っぱらう。
ちょっと世界がまわるけど、でも気持ちよい酔いだった。

テレサテンのCDを買う。
買う前に手にもっていたら、店の人が曲をかけてくれた。
もちろん「甜密密」である。
昼はプンシクで「牛肉かけごはん」。
しかしタマネギが古かった。おいしくない。
口直しにたいやきを買う。
こちらでたいやきを買うのは初めて。かも。
4つで1000ウォン。
4つもいらなかったのだけれど。
日本より生地が薄い。
なんだかこんがりしたたいやきだった。

夜はMN妹氏と鉄板焼き。
ソーセージとたこ入り。さらにラーメン。
タッカルビとスタイルも焼き方も似ている。
辛め。でもおいしかった。
2人で食べるにはちょっと量が多かったけれど。
1999年10月14日(木曜日) 
32日目
旧暦9月6日

くもりのちはれ
朝、寄宿舎の売店の前でクラスメイトのMコ氏に会う。
声をかけられるまで、まったく気が付かなかった。
彼女はきのう美容院にいったばっかりだった。
やっぱり韓国人に見えたのだ。無意識に。
とは彼女には言っていない。なんだか髪型を気に入っていないみたいなので。

授業のあと、部屋で少し寝る。
オンドルをつけてもいないのに、暖かかった。

ミョンドンからチョンノまで歩く。
あっというまについてしまった。
ソウルの中心部が意外にせまいことを、忘れていた。
シネコアの前を通りかかる。
たまたま10分後に「シビル・アクション」。
これもついでとみることにする。
法廷ドラマ。英語もハングルの字幕もえらくむずかしかった。
ストーリーはだいたいわかった。というか予想できたけど。
内容にあわせてか、今日の字幕の書体は明朝だった。

ソウル劇場に行って、もう一つ目につけた映画「愛が通り過ぎた場所」の時間をチェック。
原題は deep end of the ocean。
ついで文房具を買いに行く。
ついで日本書籍コーナーに立ち寄る。
いけないいけないと思っているところに、行ってしまう。いつものことである。
いけないと思わなければいいのだ。
街を歩きながら思う。
30代でこんなに仕事をしないで遊んでいていいんだろうか?

なんでも中学高校の友人T氏が電撃結婚したらしい。
恥ずかしいのか友達と思っていないのか、先月あったときも何にもいっていなかった。
友達がいのないやつである。
人のことはいつもつっこむくせに。
用のついでに、ミョンドンにカレーを食べに行く。
今日のカレーは、いままでのカレーで一番日本らしかった。
色もおいしそうだし。実際味もいままで一番よかった。
やや液体のカレーもこちらでは初めてである。
まだジャガイモやタマネギが大きめと言えば大きい。
しかしすでに田舎カレーの範疇ではない。
ただチキンカレーの下げられる皿を目撃してしまった。
やっぱりケンタッキーフライドチキン風のチキンが、皿の上に乗っていた。
たぶんチキンカレーだ。。。
今日はドラマ「クリスタル」。
うたたねしていて前半を少し見過ごす。
その前のコメディドラマ「スンプン産婦人科」も見過ごす。
月曜から金曜まで連日15分ぐらいやっているシチュエーションコメディ。
言葉はわからないながらも、なかなかおもしろい。
日本にはなかなかシチュエーションコメディドラマがはやらないから。
三谷幸喜も韓国ならもっと活躍できるかも。
フォークフェスティバルを見る。
どうもフォーク世代にフォークは、国を越えてなつかしい。
1999年10月13日(水曜日) 
31日目
旧暦9月5日

くもりのちはれ
朝、同じ時間にS氏と部屋を出る。
時間があれば空港まで送ったのだが。
はやい飛行機なのでしょうがない。
旅は残される方が少しいつもそのあとさびしい。

3分間スピーチ。
始まる前から緊張する。トイレに通う。
始まってからはもっと緊張する。
あかんよね。
結局現行の棒読みになってしまった。
反省しきりである。

学校のあと、たまりたまった洗濯。
タオルを並べて干すと、ちょっと壮観である。

ケイタイをお店に持っていく。
すでに名前は覚えられていた。
やっぱり、機械の交換だった。
しかももう設定してあった。用意していたようだ。うー。
しかも色が黒からワインレッドに変わった。
しかも自分の番号が変わっていた。
最初に聞いた希望の2つの番号は、ほんとうになんだったんだろう。
さらに、ボーナスといっていた50000ウォン分が、30000ウォンに減っていた。
どういうことやねん。
関西人ならあばれるところである。
しかしここは異国である。
そこまで韓国語が上達したいもの。

チョンノ書籍で「日本語副詞辞典」を購入。
擬態語付き。
なんだか眺めているとおもしろい辞典である。
その辞典をもって、ドトールに行く。
ひさしぶりに日本の文庫本をじっくり読んだ。
そろそろ日本の小説への飢え限界である。

夜は国立劇場で韓国の伝統文化ショーがあるという。しかも無料。
できればいきたかった。
しかし連日の睡眠不足でちょっと眠い。結局パスする。

今日でこちらに来て1ヶ月。
これで全体の1/3が経過したことになる。
はやいような。おそい、、、いややっぱりはやいような。
ちっとは上達したのだろうか。
語学はこの不安との戦いである。
昼はチェユクトッパブ。
ちょっと辛目の豚肉炒めライス。
やっぱりライスが多すぎる、、、残すのはかわいそうだし。

夜はユブチョバブ。
日本のいなり寿司にとっても味が似ている。姿も。
これもなかなかおいしい。
1999年10月12日(火曜日) 
30日目
旧暦9月4日

晴れ
友人S氏もほぼ復活。
朝、学校に行く時間に、いっしょに部屋を出る。

イムさんと会う。
しかし2時の待ち合わ場所に、2人とも来なかった。
さっそく韓国タイムか?
しかし15分以内に二人ともやってきた。

遅い昼飯のあと、インサ洞に行く。
とっても古い貨幣を道ばたで売っていた。
10ウォン札、100ウォン札、500ウォン札など、今では見ないものがたくさんあった。
なかでもすごいのはチョン札である。
いちよウォンの下にチョンという単位はある。しかし日常生活でまずでてくることはない。日本の銭と一緒。漢字も一緒。
北朝鮮の方ではまだでてくるけれど。
友人はチョン札を買った。3000ウォン。

イムさんに、使えないケイタイをくれた店に、何度も電話してもらう。
午前中に店に電話したのだが、韓国人を出せといわれてしまったのだ。
どうも店の人が設定を忘れていたらしい。あの調子のいいあんちゃんらしい。
今度は2時間後に使えるという。
しかしまただめだった。
すると今度は30分後に使えるという。
でもまだだめだった。
あした店に行って来なくては、、、、

夜はC女史と会う。
横浜、東京、ソウルと場所を変え、これで3度目のオフ会?である。
アプクジョンに行く。
ソウルの最先端の街といわれるところである。
ハードロックカフェソウルを目指す。
これがまた遠い。
しかも店の場所がわからない。
何度も人に聞いてもらう。
すると聞かれた人の1人が「日本の方ですか?」と聞いてきた。
たまたま東大に留学している人だった。
C女史も早稲田だし、日本語がすごく流ちょうである。
その女性もまた日本語が流ちょうだった。
知性が正しく使われている現場を見てしまったような。

ハードロックカフェソウルで、友人S氏は背中にカササギ?のあるTシャツを買った。
オリジナルで、有名らしい。

超有名店「カムジャバウ」で、遅めの夕食。

帰る前の日の真夜中になって、友人S氏はは元気になった。
その横で、明日の3分間スピーチのネタを考える。
でも限りなく眠かった。
イムさん、Sイ氏と遅い軽い昼ご飯に、南浦麺屋に行く。
なぜか店の周りにポシンタンの看板がたくさんあった。
覚えとかなくては。
店はかなり田舎風のつくり。
イムさんによると、農村にあるただの建物をもってきて、たてたりするそうだ。
僕はオンミョンを頼む。二人は冷麺。
オンミョンは冷麺を暖かくしたようなもの。
ふたりは冷麺をまずいといっていたが、オンミョンはさほどでもなかった。

インサ洞で伝統喫茶による。
壁じゅうにむかしの雑誌がかざってある。
さらに上の方には昔の映画ポスター。
なぜか制服も飾ってある。
飲んだのはユジャチャ。柚子茶である。
これがまたとってもあんまい。
柚子をスプーンですくいながら飲む。

夜はC女史、友人S氏とアプクジョンの「カムジャバウ」。
昔風というか、田舎風の韓国料理を出すお店であるらしい。
ちなみに定食は25000ウォンと、17000ウォンの2つしかない。今回は17000ウォンのを頼む。
おこげのスープがお通しででる。
まずはお皿がぞろぞろっと並ぶ。
一通り食べ終わった後に、また新しいお皿がぞろぞろ。
それに石焼きに入ったごはん。
このごはんがとってもとってもおいしい。
日本でもなかなか食べられないぐらいものである。
中にお豆いり。
1999年10月11日(月曜日) 
29日目
旧暦9月3日

晴れ
一晩中、友人S氏ははき続けた。
どうも昨日のタッカルビにあたったようだ。
旅のつかれもあったのだろうが。
午前中の授業の間、部屋で寝ていてもらう。

午後からは少し動けるというので、ヨンサンに行く。
電気街をひやかして歩く。
目的のはずかしくなるようなMP3プレイヤーとか、USB対応のハングルキーボードは見あたらず。
VCDとCDを何枚か、それとソフトを購入。
途中の喫茶店で休む。
友人S氏はほとんど食べず、いつもより口数が少なかった。
睡眠効果多大な音楽がかかっていた。ついうとうとする。

PCSを申し込む。
PCSは日本で言うPHSである。
機械は無料、料金だけカードで先払いする仕組みである。
中古のちっと汚いケイタイを渡される。
ちょっと掃除はしてくれたけれど。
1時間後に使えますから。
店の人は確かにそういった。
しかし1時間たってもちっとも使えない。
なんだかとっても調子のいいあんちゃんだった。
とっても不安がよぎる。

せっかくなので韓国映画がみたい、というのでチョンノ3ガに行く。
「ラブ」を見る。2回目だが、僕もつきあう。韓国語の勉強だしね。
前見たときよりは韓国語がわかった気がした。
こまかい笑いのツボはくわしい友人S氏に教えてもらう。

夜はあさっての3分間スピーチの原稿を書く。テーマは楽しかった旅行、交通事故体験、自分の国の交通事情のうちのどれか。やっぱり無難な旅の話かな。ネタはあるから。
1999年10月10日(日曜日) 
28日目
旧暦9月2日

友人S氏と、テクノマート江辺にでかける。
時間があるのでついでに韓国映画でも見ようかと思う。
しかし席はなかった
1席しか残っていなかったのだ。
そのかわりにテクノマートを上から眺めていく。
コンピュータにくわしいS氏のこと、なかなかおもしろかった。
しかしいってもいっても同じような小さな電気屋が続く。
それはまるで無限に続くかのようである。
つかれた。
コーヒーショップで休む。

服を買う、というので東大門市場に行く。
それから本屋にも立ち寄る。

夕方、留学生のMN氏の妹氏と会う。
MN氏はS氏の知り合いである東京に留学中の韓国人である。
MN氏の妹も日本留学にむけ勉強しているそうだ。
つたない韓国語と、つたない日本語が飛び交う。
それでもなんとなく通じている気がする。

3人でタッカルビを食べに行く。
やっぱりタッカルビはおいしい。
なぜか取り放題のサラダもおいしかった。

夜、S氏が家で体調を崩す。
どうも旅の疲れらしい。
1999年10月09日(土曜日) 
27日目
旧暦9月1日

晴れ
友人S氏が夕方、日本から来る。
というので空港まで迎えに行く。
そのまえに時間がある。
映画「小武」を見に行こうと思った。
ところが、映画館ではすでに公開が終わっていた。
ががーん。
ほかの映画でも見て時間をつぶそうと思った。
しかしいまいち気が乗らない。
今日はあきらめる。
大学の図書館で検索したり、新聞を読んだりして過ごす。

夕方、空港まで行く。
約1時間半かかった。
空港でホットドックを食べたり、ぼおっとして過ごす。
乗降客がでてくる出口が2つ。
でも癖のある歩き方をするので、たぶん大丈夫だろう。
到着して50分ぐらいたって、ようやくでてきた。
なんでも成田空港は超混んでいたらしい。
連休だからかな。

1時間半かけて、高麗大の下宿までつれてくる。
荷物をおいて、ちょっと案内がてら、夜食を食べに行く。
夜食に近くにできたソルロンタン屋に行ってみる。
やけにがらんとしたつくり。
石焼きソルロンタンと、ふつうのソルロンタンとがある。
今日は石焼きにした。
ごはんには、なつめ、豆などが入っている。
このごはんをソルロンタンに入れて、食べるのである。
ソルロンタンは非常にあっさりした味。塩をちょっと入れる。
でも肉の煮込みもやわらかかった。
つぼにはいったキムチもおいしかった。
1999年10月08日(金曜日) 
26日目
旧暦8月29日

晴れ
今日は遠足。
まさかこの歳でまた遠足に行くとは思わなかった。
バスでソウル大公園に行く。
それはもうたくさんの学生であふれていた。
午前中は作文。
明日がハングルの日なので、それを記念して、ということらしい。
テーマは「秋」「鏡」「招待」の3つから1つ。
作文には自信がある。はずだった。
しかも日本語なら。
ねらいすぎて、へんな自信のない韓国語をいっぱい並べてしまった。
がっくりである。
もっと書く練習もしなければね。

昼には大公園の芝生に横になった。
芝生にねっころがるのは、実にひさしぶりである。
少し冷たい地面と、風がとっても気持ちよかった。
ずっとねっころがっていたかった。

午後はゲーム。
女の子と手を組んで背中で風船を運んだり。
女の子の腰を持って(正確には腕を通しただけ)むかでのように動いたり。
会社までやめて、何をやっているんでしょうね?
ちょっと楽しかったけれど。
でもひさしぶりに体を動かした。ちょっと足もつった。少し疲れた。
あとで映画を見に行こうかと思ったけど、今日はあきらめる。
部屋で寝た。
部屋にいるとなにかある気がしてた。
すると電話がなった。
また別のエクスチェンジ相手が決まってしまった。
一風呂あびて、街に夕ご飯を食べに行った。
今日はコギマンドゥ。

近くにソルロンタン24時間営業の店が開店。
入口にろうそくみたいな明るい広告塔が建っている。
これでいつでも24時間ソルロンタンが食べられる、、、、おいしいのかな。
店の前にはポジャンマチャ、焼鳥屋が。
蛍効果ですね。
さっそく焼鳥屋で焼き鳥を買う。
すべて鶏肉ばっかりで、1000ウォンだった。
たれ、焼き具合、ぐーである。
1999年10月07日(木曜日) 
25日目
旧暦8月28日

雨のち晴れ
授業のあと、洗濯。
まつ間にお昼を食べに行く。
新しく開店したお店に行ってみる。
すると店から手を振る人がいる。
クラスメイトのMコ氏だった。
他2人と同席してご飯を食べる。

帰りにクラスメイトのアメリカ人、T氏を見かける。
女の子に囲まれ、真っ赤な顔をしてしゃべっていた。

掛け布団を買いに行く。
2000ウォンだけ、まけてもらう。
帰り道にスーパーによる。
するとシン先生がいた。
歳は取っているが、頭が良く、明るくてさっぱりした人である。
いきなり実地試験である。緊張した。

ひさしぶりに部屋を掃除する。
ちょっと見違えるようにきれいになった。

夜はクラスメイトのKシ氏の家に行く。
クラスメイトの日本人の男だけで飲もうということになったのだ。
Kシ氏は日本で先生をしていて、定年後ソウルで1人韓国語を勉強している。
部屋はワンルーム。とってもきれいな部屋である。
料理が得意なKさんは、いろいろ手作りのものを出してくれた。
茶碗蒸し。なんと韓国まつたけ入りである。
れんこん。
ほうれん草のおひたし。
焼き松茸。人生でこれだけ松茸を食べたのは初めてかも。
メインはステーキ。
韓国はお肉が安いそうだ。
でもお魚は高いらしい。
そして松茸ご飯。
ひさしぶりのお酒。
ビールをぐいぐい。
ついでマッコルリをぐいぐい。
ついペースが速くなった。
おかげでよっぱらって気持ち悪くなる。
自分のペースを忘れてた。いかんいかん。
でも最後の緑茶がとってもおいしかった。
お昼はプルコギトッパブ。
プルコギのスープが甘い。
これがごはんにかかるとおいしい。
これで3000ウォンとは安い。
1999年10月06日(水曜日) 
24日目
旧暦8月27日

くもり
朝からくもり。
これがまた寒い。

お昼の後に図書館に行く。
ところが今日は閲覧室にまったく席がないんである。
試験でも近いからかな。それとも寒いからかな。
あんまり勉強に気ものならないし。
大学からバスに乗って、またまた映画を見に行く。

初めての映画館「タンソンサ」にいく。
ガイドブックによると、韓国で初めてできた映画館らしい。
たしかに外側はかなり古そうである。
でも中に入ってみて、驚いた。
とってもいい雰囲気の映画館なのである。
日本で言えば、文芸座のような。
玄関にはシャンデリア。
2階席に行く階段は石造り。
入口の扉は木。
中のイスは黒である。
やや長細い空間の中に、イスの列がそそっと舞台に向かっている。
ほんとうに映画で見た一時代前の映画館のような。
2階席のバルコニーも石造り。
さらに待合室の雰囲気が、いいんである。
高い天井の下に、ナトリウム灯に照らされて、ベンチが並んでいる。
ほんとうに時代に取り残されたような、あるいはタイムマシンに乗ってきたような。
でもただ古いだけではない。
木のドアも新調されている。
灯りも全部明るいものに新調されている。
イスもそんなに悪いものではない。
音もややへんだがサラウンドになっていた。
この映画館では映画が愛されている気がした。
韓国映画がまず第一に守らなければならないのは、この映画館「タンソンサ」である。
たぶん漢字で書くと「丹誠舎」かな。

しかしみた映画は「アメリカン・パイ」。
セックスばっかり考えているアメリカの男子高校生たちのせつない性衝動の話である。
卒業パーティまでには童貞喪失しようぜ!というような。
童貞喪失という韓国語の俗語を覚えてしまった。なぜか交通違反でキップをきられるのと同じ単語だった。ちょうど授業でならったばっかりだった。
そんな意味もあるとは授業で教えてもらわなかったけれど。
またまた卒業パーティがでてきた。ほんとうに好きですね。

ひさしぶりにチョンノ書籍に行く。
でも10数年前と、不思議と代わりがなかった。
入口が小さいのと、中のアクセスが悪いところは、紀伊国屋書店と似ている。
なんとなくあるいていると、地図のコーナーがあった。
ダイエットのコーナーがあった。
日本書籍コーナーに行ってみた。
なんだか古本みたいな本が並んでいる。
10数年おかれたままになって、古本になってしまったんじゃないだろうかと思うぐらい。

今日はコンビニのおじさんと会話練習をする。
韓国には砂丘がないそうだ。TVで日本の自然として紹介していたらしい。
砂漠、といわれて驚いた。砂漠、じゃないよね。そんなたいそうな。
昼は大学近くの中国料理屋。
チャプチェごはんにした。
日本でチャプチェを食べたことは何度もあるけれど、韓国では初めてである。
なので今日はチャプチェ記念日(たびたびすいません)。
ご飯の上にチャプチェがてんこもり。
箸で食べるか、スプーンで食べるか、悩む。
結局両方使って、食べる。
日本のより具が主張しているような。これは気のせいか。
けっこうチャプチェご飯は高い。
チャジャンミョンの2倍はするんである。
そういえばまわりはみんなチャジャンミョンを食べていた。
今日から始まったドラマ「クリスタル」を見る。
指揮者とピアニスト、その他諸々のお話。
まだ関係を把握できない。
いやこれを見るのも韓国語の勉強である。
1999年10月05日(火曜日) 
23日目
旧暦8月26日

晴れ
マンマ氏が高麗大までやってきた。
お昼はマンマ氏、オーさんとブテチゲ。

今日も午後は映画を見に行く。
今日は韓国映画「ガソリンスタンド襲撃事件」。
なかなかおもしろかった。
ただせりふ全体の5%ぐらいしか理解できなかったけれど。うう。
でも最後のおちのツボとか、なかなか押さえられている。
洋画にまして、観客が笑うのに驚いた。
本当に反応がいい。
つられて拍手してしまった。

去年滞在した旅館まで行ってみる。
建物も、目の前の工事現場も、健在だった。
ちょっとほっとする。
なぜか近くの店から長渕剛の「とんぼ」が聞こえてきた。
日本語でである。
彼の歌はこちらで受けるらしい。

帰り道にみつけたドトールで、また一休み。
今日買った映画雑誌「シネ21」を、辞書を片手に読む。

きのうひさしぶりに日本書籍コーナーに行った。
伊集院静、清水義範の文庫本が、積んであった。
ひさしぶりに読書心を刺激される。
うー読みたい。
お昼はまんま氏、オーさんとブテチゲ。
漢字で書くと部隊チゲ。
軍隊ではやった寄せ鍋である。
ブテチゲを食べるのははじめて。
だから今日はブテチゲ記念日(たびたびすいません)。
親子丼を作るときに使うようなアルミ鍋が大きくなったものが、火にかかる。
もちろん赤いスープ。
少なくなると店の人がやかんから白いスープを足してくれる。
具は豆腐、ハム、インスタント麺、青葉などなど。
どんぶりにごはんがよそってある。それに鍋からお玉でよそって食べる。
チープなつくりながら、そのジャンクさにはまりそうである。
そういえばトロントにもブテチゲのお店があった。
カナダらしい具が入っていたのかも。

街にでた帰り道でホットックを買って食べる。
やかれている小麦粉のかたまりがおいしそうだったのだ。

夜は坂の途中にあるお店でカルグクス。
注文してメニューをながめてみる。
実はお粥(チュク)がメインのお店であった。
壁に各種のお粥の効能が書いてあった。
カルグクスのスープも、お粥の影響かおいしかった。
カルグクスの麺はきしめんのよう。
具としてあさり、そしてわからない果物のような切り身が入っている。
最初、でてきたスープの味を味わっていたら、店の人が横の壺から赤いものを入れろと言う。
たしかに入れた方がおいしかったけれど。
1999年10月04日(月曜日) 
22日目
旧暦8月25日

晴れ
寒い。
TVで見るとソウルの気温は、8度である。
8度?
まだ10月である。
でも昼は20度になるらしい。
上着1枚はおって、外に出る。

今日は小テスト。
ほんとうに普通のテストだった。
選択問題は、ならった文型を選んでおけばいい。
これじゃあテストにならないような。

午後からオフ会かな?C女史と会う。
C女史は日本で知り合いになった元韓国人留学生である。
チョンノ、インサ洞、本屋を回りながらお話。
あいまにご飯を食べながら。
彼女は日本語がうまい。はっきりいって僕よりうまい。
たまにがんばって韓国語でしゃべってみる。
でもまだ彼女の韓国語がききとれない。
彼女の日本語ぐらい、僕も韓国語がうまくなりたい。
頭の出来が違いすぎるけど、、、

バーチャルソウル、というソフトの広告を地下鉄で見つけた。
なんとソウル特別市が発売しているソウル市開発シミュレーションゲームである。
まさかソウル市もこのソフトをつかって計画を練っているのでは、、、
しかも価格は5000ウォン。
ちゃんと本屋の経営コーナーにおいてあった。

クラスメイトのKシ氏、Jコ氏から、お酒を飲みましょう、といわれる。
そういえば3週間、1滴も飲んでいない。
特に断酒しているわけではないんだけど。
昼はチョンノ2街、ドトールの上のカレー屋である。
味はマイルドか辛めかきかれる。ちょっと本格的。
しかしチキンカレーをみて驚いた。
チキンというのはあのKFCで食べるような、チキンなのである。ちゃんとアルミ箔もついている。
これをチキンカレーというとは、、、
ちなみにカツカレーのカツはやはり大韓紙カツでした。
カレー自身は見た目も味も悪くなかったけれど。

夜はラポッキをはじめて食べる。ラーメン+トッポッキ(おもちの甘辛煮)。
なので今日はラポッキ記念日(すいません)。
あまからいソースには、ラーメンの麺は合っている気がする。
1999年10月03日(日曜日) 
21日目
旧暦8月24日

晴れ
朝はまた寝過ごす。
今日は下宿のおばさんも起こしにこなかった。
日曜日だからね。

午後から戦争博物館に行く。
とっても大きな建物だった。
外には戦闘機が展示。中にも飛行機やら戦車、そして昔の軍船も展示。
歴史は石器時代から始まる。まあたしかに石器もねえ、戦争の道具だけれど。
歴史時代からの戦争史。
もちろん豊臣秀吉の時のこともでてくる。
このときから日本は悪者かあ。すいません。少し小さくなってみる。
でも「倭」と表示するのはどうか?戦争ではあったにせよ、「日本」と名乗っていたのだから。
でも表示が全部ハングルか英語で、日本人にわかりにくい。せめて日本語表記も増やしていいのではないだろうか。
実際に日本人の団体も来ていたし。
一番多いのはもちろん朝鮮戦争(韓国戦争)。
ジオラマがいっぱいある。
たぶん展示スペースが余ってしまったのではないか?と思えるほどである。
たしかによくできているジオラマもあるが、、、、あまりおもしろいものではない。
映像や写真の方がずっとおもしろかった。
南北の軍服が表示されていた。どこか似ている。これは当時区別がたいへんだったろう。同じ民族であるし。
大きな文字で書いてあったが、確かに民族の悲劇である。
いまの軍隊は主に同じ民族と対抗するためにあるのだ。

あとは今の軍のものが多い。日本にこんなものがあったら、問題を起こすであろう。軍歌もきこえてくるし。
こういう施設に通って子供たちは軍国青年になるのかと思う。あぶないあぶない。

建物の中に慰霊塔があった。
ここは日本で言う靖国も兼ねているのだ。
宗教色はなかったけれど。

夕方だし、バスで帰ろう。
たぶん近くを通るバスがあるはず。
と思ってバス停に行く。
やっぱり、あった。「38」番バス。
これだと下宿のすぐ近くの交差点までやってくるのである。
日曜日の夕方のソウルを窓から眺めながら帰る。

夜はとっても寒かった。
なんだか冬の入り口まできてしまったような、つめたさである。
3週間前には半そでを買っていたのに。

明日は小テスト。
なので夜はテスト勉強。
といっても初めてのテストだから、具合がわからない。
どうしよう。
昼は三角地で食べる。
なんだかちょっとなつかしい雰囲気の商店街だった。
中華料理屋に入る。
なんとなく冷麺に目が行く。
注文したあとでよくみたら、麻婆豆腐やら、チャプチェやら、食べたいものがいっぱいあった。しまった。
また中華料理屋には行こう。
冷麺はとってもコシがあって、噛み切るのに苦労した。
はさみできってほしかったぐらい。
しかも半熟玉子がはいっていた。これは初めて。

夜はパン屋でパンを買ってきて、食べる。
けっこうパン屋のパンはおいしいんである。
あとはセブンイレブンのサラダ。
しかしものたりない。
結局ロータリーの屋台までいって焼き鳥を1本食べる。
こういうときに屋台は便利である。
ドラマ「愛している あなたを」を見る。
女子高生が先生を好きになるドラマである。はずかしい。
テーマ曲がポンチャクぽくてとっても耳に残る。
1999年10月02日(土曜日) 
20日目
旧暦8月23日

雨のちくもり
寒い。
今日は上着を羽織って、外に出る。
やっぱり東京より、10日ほど季節が早い気がする。

夕方、チョンノまで出る。
昨日紹介された、短大生と日本語と韓国語でお話をする。
こちらでいう、エクスチェンジ。
時にはお互いに辞書を引きながら。
相手は日本語科の学生であるキムさんである。
はっきりいって、僕の韓国語より数倍うまい。
いつものようにお世辞で、僕の韓国語もほめてもらう。
お世辞でも、ありがたい。
でも今日は僕の韓国語のほうがよく多かったような気がする。
フィフティじゃないとね。
こちらはひさしぶりに韓国語をたくさんしゃべった。
最後はちょっと疲れた。
やっぱり語学も体力が勝負である。
ちゃんと食べないと。

エクスチェンジのキムさんと、夕食にポッサムを食べる。
おごってもらってしまった。

先日出したボタンの修理費は、だたにしてもらった。
なんだかとってもありがたい。
エクスチェンジのキムさんと、ポッサムを食べる。
豚肉をさっとゆでたものかな。
やわらかくておいしい。
これとキムチをレタス(サンチュ)にはさんで食べる。
焼肉のときの要領で。
これにテンジャンチゲがつく。
付け合せには玉子豆腐やうずらたまごも。
これで値段もあんまり高くない。2人で14000ウォン(1400円)。
1999年10月01日
(金曜日)
 
19日目
旧暦8月22日

久しぶりに、一週間同じところに通った。
疲れた。
こんな1週間を何度も繰り返してきたなんて。
自分でも信じられない。

今日も映画を見に行く。
今日は「シックス・センス」。
たぶんいま一番人気である。
お昼ご飯の前に、映画館にかけつける。
ところがいきなり20分後の回がとれてしまった。
今回は運良く右側。
やっぱり右側だと字幕が読みやすい。
前の軍人がちょっと背が高くてたまにナンギしたけれど。
映画は想像以上に怖かった。
トイレに行くときの背中の恐怖。うー。

ソウル劇場からシネコアまで、せまいけど近道を見つけてしまう。
生活が映画を中心に回ってる気がする。

今日もドトールに行く。
映画雑誌を読みふける。
もちろん辞書を片手で。
ただ後ろの親父がたばこをふかすのでこまった。
禁煙席ってあったかな。

今日も本屋に行く。
イギリスの生活を紹介した本があった。
すこし読んでみると、文章も読みやすい。
装丁もきれいだし。
思わず買ってしまう。
日本でもイギリス本はたくさん読んだ。
韓国人がイギリスをどうみているのか、興味がある。
韓国とイギリス、あまりイメージがわかない。
そういえば今年エリザベス2世が韓国に来ていたけれど。

今日も雨が降ったりやんだり。
ソウルがこんなに雨が多いとは思わなかった。
カウルピというらしい。秋雨ですね。

短大の日本語の先生であるイムさんに、電話で日本語を勉強したい人を紹介してもらう。
こちらは韓国語が話したい。おあいこで。
「男がいいですかあ。女がいいですかあ。かわいいこがいますよ」
うーん。
まじめに日本語が勉強したい人ならどっちでもよかったのだが。
男の方が緊張はしないしなあ。かわいいこだと緊張するなあ。
でもまた男を選ぶとホモ疑惑が強くなりそうだな。
やっぱり男より女の子と会う方が楽しいかな。
なんてごもごもいいながらとまどっていると、イムさんに「じゃあ女性を紹介しましょう」と言われてしまった。
完敗である。
お昼は映画の前にピザ。
一切れ2700ウォンで売っていたのである。
1枚10000ウォンの看板ばかりみていたので、これはいいと飛びつく。
はたして初めての大韓ピザの味は。
、、、映画が始まるまで15分しかなかったのである。
あわてて食べたので、味はわからなかった。
ただピザの耳の部分もおいしかった。
日本の宅配のだとおいしくないけれどね。


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