myanmar.01.2002
標高1320m、民族色豊かな町・カローでトレッキング

5日目・インレーInle Lakeへ


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カローの朝、さぶ〜いっ

本日のお題は、「少数民族の村を訪ねて・トレッキング」である。
が、mipoりん…ほとんど病気である…。相当辛そうで、これは病院に行った方がいいかもしれんと思った。が、とりあえず1人で朝食を食べに行った(^_^;

「朝食いいかな?」と聞くと、「はい、はい」とドアを開けてくれたが、電気ついてへんやん…。朝6時。


朝食

パンとバナナと卵とコーヒー、と小児用風邪薬のシロップみたいなお茶?というシンプルな構成の朝ごはん。当然、足りないのでパンおかわりが必要であった。
卵は焼き方を選べる。フライドお願いしたら、とってもレアーでどろどろのが出てきた…、おいしい。そして、バターがおいしい、なんでかわかんないけどおいしい。元乳が違うのだろうか?

7時に隣のフロントへ行き、「トレッキングガイドは来たかしら?」と聞くと、来たとも来ないとも言わないが「動揺」がはしった。

なんか、朝っぱらから私は「波紋」。。。投げてる?

「昨夕ここに着いた時に「7時」と頼んだんだけど…」。
全然怒ってないし、こちらも一人病気になっちゃったし、…手配できてなかったらそれはそれでいいんであるよ。
しかし「大丈夫」「大丈夫」の一点張り。
「手配します」と力強く言ったお兄さん本人はいない。昨夕フロントにいた女の子が現れて「私、この人がガイド頼んでたの知ってるぅ」。再び、「うう〜」って空気がフロントの上に重くのしかかった。これは見えた、灰色だった…。

そりゃ、そーだよぉ。
「知ってる!」ぢゃなくてさ、キミが手配してもいいことでしょ、むすめ?

「友人が下痢ピーで調子崩したので、1人しか行けないから…」と言いかけるが、かえって慌てて「問題ない」「問題ない」という。フロント前の応接で「しばらくまってくれ」とのこと。

テレビはさっきまで大音響で読経番組?をやってたのに、フィギアスケートの世界大会になってる。別にいいのに。。。

少しして、
「ガイドがフリーでない。しかし大丈夫!」←なにが大丈夫?
「替わりのが8時30分に来るから待ってくれ」という。

なんだかなぁ〜、こいつら「ごめん」が言いたくないだけなんでないか?
8時30分なんて、勝手に決めちゃってさ…。

ほんとは、もうやめとこうと思ったのだが、替わりのガイド呼んぢゃったぜ…。
ごめんな、mipoりん!
部屋に戻るとmipoりんはぐーぐー寝ていた。…と、いうことは、ちょっとは落ち着いたのかなぁ、と勝手に安心。

トレッキングガイドのgyoke登場


野球帽?被った背の高い男の子を紹介された。
第一印象「え? こんなガキンチョ連れてきてぇ〜。」

コースと、所要時間(7時間)、金額($5、昼食は別)、ランチはレストランといってもネパリの(ネパール人)店が一軒のみで、チャパティ、カレーしかないが、それでもいいか? などと簡単な説明を聞き、商談成立。
料金は後払い。

よく見ると、子供ではなさそう。そして、随分前の乗馬の先生にウリふたつ…。
「それでは、いきましょう!」とホテルの裏手の草むらへ直進し、有刺鉄線をくぐって道路へ出る。…なんで、こんな道?

「すいません、私の英語はつたないので、わかりにくいかもしれませんが…」
「いや〜ん! 大丈夫、大丈夫。私もっとヒドイけど、どうぞ、よろしく!」
「1人なんですよね? お友達は大丈夫ですか?」
「ごめんね、友だち下痢ピーで起きれなくなっちゃって…」
「大丈夫。私は1人でも5$でガイドします。ただ、ランチは…申し訳ないです」
「わかる、わかる。いいよん」←2人10$、1人も10$って人多い筈。
「たとえば、昨日は2アベックの白人を案内したけど、それなら昼食代はこちらでもてるんですが…」

なんだか、ランチが私の自腹ってのを妙に気にする、gyokeであった。

とつぜん「ああ! 靴が!」と言い出す。←そんな、今さら〜
「あ、大丈夫、大丈夫。」
…「靴」持って来なかったもんねー。草履とちがって、2箇所絞めるクラークスのウォーキング用だから何とかなるだろ。って、それに彼自身、草履やし…。
「私は年中どこでもこれですけど。靴は高価で…。」と笑っておった。

ヤンゴン以北ではあちこちで「びーっ」と鼻をかむ音が絶えないが、彼も鼻をジュルジュル、ジュルジュルいわしている。私には、それの方がよっぽど、気になる。
「さむい?」
「いやー、さむいっすよぉ。。。びーっ!(鼻をかむ音)」
「大丈夫?」
「あ、大丈夫。」
「日本じゃ、じゃんじゃん雪が降る季節だから、私にはまだ暖かいわ。」
「おーっ、雪! 信じられない、死んでしまう」

ファイブマーケット

左:にぎわうマーケット。
右上:なぜかご禁制の品「味の素」が堂々と…。 右下:鶏肉を売る店。

カローの駅を左に曲がって、民家の間の道を行く。たまたま5日ごとにたつ「ファイブ・マーケット」の日だったので、そちらも案内してもらう。
マーケットは活気にあふれていた。花、まだ動いてる新鮮な魚、鶏肉、玉葱、にんにく、唐辛子、トマト、干物、カー、カリフラワーなどいろいろなものが売られている。

露天マーケットを背にして、アスファルト鋪装された道をてくてく歩く。しばらく両側に民家がならぶ道を歩く。起伏多し。
道々で市を目指す少数民族の女性達とすれ違う。

またまた突然、
「ああ! 失礼しました。お名前は?」
「yuri。あなたは?」
「gyoke(ジョーォ)」←ミャン・ローマ字?だとこうか?
「gyoke?」
「そう。ああ、よろしくお願いします、yuri。」

「結婚してますか、yuri?」
「してない」
「私は去年、結婚しました。」
「去年…、去年?! 新婚ホヤホヤやん! おめでとー!!!!」
「へへへ…」

途中でgyokeがコオンを買った。
「これはタバコのよーなもんです。中のものはタバスコ。…いいですか?」
「どうぞ、どうぞ。」
「これ、妻は好きでないので、内緒で…。」と言って笑っておった。

「あれ、見て。ボールとボールでプレイする、うー。。。」
「…フットボールのこと?」
「そうそう、好きですか? あなたはとっても幸運だぁ〜」
「…ああ、World Cup?。」
「そうそう! ワールドカップ、日本で!」
「でも、チケット取るの大変そうよ、高いし。」
「う〜ん、でもラッキー。」
「豊かな人は見に行けるけど、私の場合サテライトで見るしかないです。」
「えっ、サテライト持ってんの?!」
「いやいや、サテライト持ってる人に見せてもらうんです。お金払って。うちにはビデオデッキしかないですから。」

相当サッカーが好きらしい。
「中田! 彼はいいプレイヤーですよおぉ、中田!」
と絶賛しておった。

いつしか、ほんとの山の裾野?にとりついた。まるで東海自然歩道を歩いているようだ。

gyokeは「貧しい人々」という表現を使った「山岳地域に住まう少数民族」の人々は中国茶を背負って町を目指し、これらを売って、「薬」を買う。
そうだなぁ、現金でしか買えないもの、薬くらいかもしれない。

登山道

左:来た道をのぞむ。 右:大体こんな道が続く。

mipoりんだったら、「怒り満開」になっていそうな登山道である。
そう、豪快に登っては下る…、あーもったいないくらい下る。
自分の切れる息の音ばっかりが響くようだ…。そして、こんなトコに限ってgyokeのステップが妙に軽く感じる。すたすた、すたすた…草履で進んでく。

所々「鳴き入れたいポイント」がある。でもこれも気持ちいい。…このすがすがしさはなんだろう?

あ、牛が来た。細い細い登山道を牛が登ってくる。狭い登山道ですれ違う牛たちは、お行儀がよいがでっかいので、ちょっとこわい。gyokeが前に立って後ろに立っていなさい、とジェスチャーする。足でも踏まれたらタイヘンだろなぁ。
登山道

牛は葉っぱを食べながら悠々と歩いて行く。カランカランという鈴の音に「アルプスの少女・ハイジ」を思い出す。そういえば、ホテルも「ヨロレイヒ〜♪」だったな…。

スキー場の上級コースみたいな急斜面にも、ごま油、マウンテンライス(米)が植えられている。

数分の休憩タイム。
「朝ごはん何を食べた?」
「え〜と、パンと卵とフルーツ」
「私はごはん。朝も昼も夜もごはん。パンはダメだなぁ」とgyoke。
「日本でも同じだよ。毎日、ごはん食べるもん」

ミャンの人たちは、日本と同じ「うるち米」がごはん。もち米は「おやつ」だそうだ。
おとなりなのに、タイとは逆、不思議。

急登のあとには風が気持ちいい。

こんな山道をかつての日本の兵隊さん達もタイ国境目指して歩いたのだろうか。
この景色に懐かしさをやっぱり、感じたのだろうか。

畑

左:ゴマ畑 右:斜面を開墾する人々。

単に登り・下りを繰り返しているだけのようだが、確実に高度は上がっているようだ。
普通に前を見ても山々のてっぺんが視界に入るようになってきた、あたりは中国茶の畑。
カンカン、カンカンと開墾する音が響く。相当やせた岩盤の地形なのだろうか。一列にならんで、上へ上へと向かって進んで行く人々が遠くに見えた。

割合人とすれ違う。道が狭いのもあるだろうが、一列縦隊で先頭は男性だが、構成は女性の方が多い。

わんさか日本人が来るとも思えないのだが「ジャパン、ジャパン、ジャパン♪」とパンパン言いながら通りすぎる人やら、「ジャパン〜(←うなずいている)」と、ここでも不思議に日本人の認知度は高い。そう、「中国人か日本人か?」と聞かれたのは一度だけである。

最初の村

歩くこと2時間半ほど。YarThit村に到着。大人はみんなマーケットへ茶を売りに、また農作業に行ったのだろう、もぬけの空状態。子供達が仲良く遊んでいた。
こういう日には、村へ行くよりもマーケットでじっくりウォッチングした方が勉強になるかもしれない。カラフルな商品以上に彼女等の衣装が華を添えていた。

こんな小さな村でも、村ごとに必ず「僧院」と「学校」があるそうだ。規模はどうであれ「教育水準」が高いんであるな。。。すばらしい。
ミャンの人は、大人は勿論、子供も「礼儀正しい」。やっぱり「教育」がきちんとなされているからであろうと、思う。ひとり納得。

村

左:干された木の実。 中:左の木の実のなっている所。 右:コオンの葉の木

コオンの葉を収穫する木も沢山植えられている。放し飼い?の小豚が楽しそーに斜面を走っている。お留守の家の庭?に干されていたのはマッサージ用のオイルを絞る木の実。スポーツ選手など、筋肉のマッサージ用のものだとか。

村を通り、また山道を下ると、こんどはTar Yaw村。ここもYar Thitもパラウン族の村。いくぶんこちらの村の方が大きいようである。小さな女の子達がやって来て、ロンジーやら民族衣装のかわいらしい帽子を買ってくれという。
「脳」が柔軟なお子ちゃま達は「試してみろ」だの「やすい」だの巧みな英語を駆使して営業しておった。

えっ……。学校で、こんなコト教えてんぢゃないだろな(^_^;

寺の前で遊んでいたガキンチョまで合流。
おおーっ、両方の鼻の穴から「はなみず」が何層にも重なって固まり、その上最上層は光っている! パワフルなガキンチョだ。
うう〜、少々拭いただけではぜったい取れんな、あれは…。

「このウルシ塗りは上物ですぜ〜」って感じの鼻の下だぁ〜。。。←??

お子ちゃま軍団と一緒に寺にお参り。チビ坊主までスタンバイ、てくてく歩いて「さい銭箱」の前に黙って立つ。300チャット入れさせてもらって「みんなが健康で幸せに過ごせますように」仏さんにお願いした。

お寺を出で、1軒のお宅へ向かう。家の外では女の子が「脱穀」をしていた。
高床のお宅へお邪魔させてもらう。このお宅には7世帯が一緒に住んでいる。おのおのキッチン(とgyokeが言った)があって、とても合理的なお宅である。電気はナシかな?

中は意外に?暖かい感じがする、そして窓から差し込む光がやわらかい。
どっかの民俗博物館だったか?で見た「展示物」とは全然違うように感じるのは、やっぱり人がずっと住み続けているからだろうか?
頼めば宿泊させてもらう事もできるらしい。

主人
左:あるじ殿。 右:中国茶、バナナ、葉巻き。誰かが忘れていった帽子。

中国茶と葉巻き、バナナがちゃぶ台?に置いてある。
マホービンに入った暖かい中国茶とバナナをいただく。
お子ちゃま達が色とりどりの帽子を並べて「試してみろ、試してみろ」とやっていたが、飽きたのかババッと片付けたかと思うと、一斉に散って行った。

ふと見ると、帽子とビニール袋入りロンジーが1つずつ忘れ物になっていた。gyokeが「おーい、忘れ物!」とか言っていたが、もう誰もそこいらにはいなかった。

このかわいい帽子は未婚女性がかぶるものだそうで、既婚女性はターバンを巻く。機織りの女性もばーちゃん達も皆、ターバンである。

脱穀と機織り
左:脱穀をする少女。 右:機織りをする女性。

しかし、ここまでシンプルな「機織り」は、はじめて見た。
お子ちゃまが忘れていった売りモンの「ロンジー」も柄は同じだが、こちらは「機械織り」。
ちなみに「手織り」の方は、織り上がりに10日かかって、4000〜4500K(6$ほど)。

即座に「欲しい!」と思ったのだが…、

gyoke:「…う〜ん。すごい値段ですね、やっぱり」
あるじ:「そりゃそうだ。すごいであろう。」
gyoke:「肌触りがとても柔らかく、機械とは全然違うそうです。」
あるじ:「うんうん」 ゆっくり首を横ふり。

しかし、あるじ、自慢するわりに「買ってけ」って言ってくれん…(;_;)

そのうえ、そのうえ…
なんかこー、そのー、あのー、この男2人の前で、…電気ないから薄暗いやん? ひょっとしたら「小娘」に見えてたかもしれんやん?(←ないか(^_^;)
…そんな、ワタシごときが「買います」宣言などしてしまっては、世の中のバランスとゆーモンが。。。うーん、なんてゆーか、こーガランガラン、ぐしゃっと目の前で崩れてしまいそうな…、なんとゆーか、刺激強すぎってゆーか、末端価格破壊ってゆーか、そのー。。。あ〜ん!

でも、でも、でも、でも…

「バナナもっと食えっ」と、あるじ殿。

…ぢゃなくってぇ〜。

言い出せない私に追い討ちをかける様に、gyokeが小声で言った。
「いやぁ、4000Kですもんねぇ〜。手がでませんねぇ。」 ……(;o;)
というワケで、「そ、…だね。高価だよね」と(思って無いのに)言わされてしまった、根性なしであった。再び、(;o;)!!

ついに、「買う」とは言い出せなかった。心が残った…。
頼む! インド人みたいに、商売上手になってくれっ!

赤ちゃん

左:ハンモックの中ですやすや〜。 右:かわいい男の子。

広い廊下がど〜んとあって、両脇に部屋がある。1部屋6畳くらいだろうか? 両親の部屋の前にはキッチン(薪と鉄鍋)がある。
こうしてみると案外、楽しそうで、しかも住みやすそうな家である。

一番奥のお宅と、手前のお宅には完全防備で帽子まで被って眠っている赤ちゃん。
この機能的なベビーベッドは、おばあさんの手ぶり解説によると「揺り篭」にもなる。
すんばらしい!。

ばーちゃん達がいるから、若夫婦だって明日のためにガンガン働きに行けるんだなぁ〜。
♪あし〜たがある、あし〜たがある〜♪って感じが、ヤンゴンの雑踏の中でも感じられたが、こんな小さな山の中の村にもやっぱりある。すごいな…。

この国の人たちには、将来ってものに「希望」があるんだな…
無知が故、貧しいが故にetc.....流されてる、って感じは全くない。

家にいた大人は、機織りの女性が1人、おばあさんが2人と、そしてあるじ殿のみ。
とすると、この機織りの女性はやっぱり、「すご腕」だったのではないか?
……農作業とか、免除されてるわけだし……、思い出しては再び、(;o;)

老女

左の女性は主人さまの母上。なんと96才。手前がキッチン。

あるじ殿の母上は、もの静かなんだが、すっごい巨大な「許容」みたいなモノを率いておられるお人であった。←「たたえる」でなくて、やっぱり「率いて」おられた。

不思議な事にgyokeはただ単純に彼女が「96年も生きている!」ってことだけに、びっくりしておった。……「亀」ぢゃないんだってばぁ。

村
村を出て、またひと登り。

真っ黒ででっかい豚が鼻歌まじり♪で道のまん中を歩いて来た。
私達に気付くと、ぶひっ?とか言ってはみ出してるから全然隠れてないけど(本豚は隠れているつもりであろう)木陰に隠れた。
で、こいつは私たちが通り過ぎるまでこちらの様子を目で追いつつ、じっとしていた。
私達が通り過ぎると、林から飛び出てダダーッ!と道のまん中を走って行った。
…よそモンを警戒できるお利口さんである。

ラ ン チ


30分ほど下って登ると、レストラン。
バラ、マリーゴールド、ブーゲンビリアなんかが咲いていて、別世界って感じである。強烈なオレンジ色のマリーゴールドを見てインドって感じがした。…うーん、なぜだ?
ワイルドガーデン、いい感じ。

しかし、ほんとに観光客ってこの国に来てんの? だーれもいない。。。
当然、いっちばんいい席に陣取る。
gyokeが言う「すっごい、ラッキーだよ、yuri」。
昨日は超満員で、屋内で食事しなくてはならなかった人もいたそうだ。

景色も空気も一人占めぢゃ…。
それにしても、日本と同じ景色である。

おばさんが遠くから言う「飲物はー? コーラ?」
習慣的には食事に「飲物」なんていらんのだけど、聞かれるとどうも頼んでしまう(^_^;
で、ふだん飲みもしない「コーラ」、たのんぢまったぜ…。

あー、やっぱり、「茶」出てきたやん〜。

レストラン
レストランにて。左:厨房、右側の建物は宿泊可能。 右:ランチ。

しばらくすると、別世界の人達が現れた。完全装備のトレック野郎たちである。このグループのガイド殿は、かっちょいいトレッキングシューズをはいている。
フランス人とイギリス人の混合「若い男チーム」で、ここに泊まってトレッキング三昧をしているようだ。

人のテーブルにある「コーラ」が気になって仕方がないらしい?
「あれはさ、体に毒だぜ!」
などと言いながら、妙に強い中年ガイド氏に「ドリンクは別料金!」と言い放たれておった。

ここに泊まるのは5人で10$だそうだ(食事込、飲物は別料金)。で、一人2$かってゆーと、違うらしい。私のランチができたころ、マットレスを小屋に運びこんでいたから、それくらいの装備はあるんだろう。

このトレッキングチームはランチをとってから、昼寝の予定らしい。
…なんか、もったいないぞ?

レストラン

左:特等席。 右:特等席からの眺め。

あつあつのチャパティと自然の甘味がよく出たカボチャのカレー、それとスパイシーなニンニクたっぷりのチャツネみたいなのが来た。おいしーっ!
このランチ、600K(うち、コーラ400K)。
くっさいだろな〜、病身のmipoりんにまた、言われそー。。。でも食べちゃう。

「すばらしい景色でしょう?」
「ほんとすごい。なんですごいかってゆーと、ごめんね、ミャンマーの山はも少しジャングルだと思ってた」
「はははー」
「だのにさ、この景色。全く日本と同じ!」
「え?」
「山の形も、姿も、生えてるものも日本と一緒!」
「ほんと?」

gyokeにはわかるよーで、わかんないようだった。

「歳はいくつ、yuri?」
「えー、あんたが先に言いなさいよっ」
「私29。yuriは?」
「(うっ、下か…)30。」←またしても、やや少なめ…(^_^;
「ああ、ひとつお姉さんだね。」妙に納得?している。
「ちなみに、私の妻は21才!
「うっそー、ラッキーな人やねぇ!」
「でへへへ…」
「いやん、年寄りでごめんねぇ〜」
「全然、年寄りぢゃない! 大体ここへトレッキングに来る人達は50才くらいだから。」

って、問題ぢゃないと思うんだけどぉ。。。。

gyokeはさっき自分から言い出したもうひとつのルートについて聞いてくる。ちょっと寄り道して池を経由して町へ戻るってルート。
こちらの道はアップダウンが激しく、1時間よけいにかかる。
行ってみたいとは思っていたのだが…。

「さっきの話、どうする、yuri?」とgyoke。
ほんとは、ちょっと行きたい、けど下痢Pのmipoりんが…などと思っていると、
「私はあんまり満腹でないので…」
「は? じゃ、一緒にもっと食べよ?」
「いやいや…」
「ん?」
「チャパティやら、マウンテンライスでは腹いっぱいにならんので…」

う〜ん、弱音をはいて、結果的には仕切るミャン人であ〜る。
結局、予定の復路でホッとしたようだ、gyokeは。

復路はとゆーと、確かに大方ゆるやかである。で、牛車が通るくらいの道幅もある。
そして、やっぱり眼下には日本の里山のような景色。

だんだん茶畑から、カリフラワーなどの野菜、そしてコメへと変わっていく。
畑の脇には桃色の花を付けた木を何度も見かけた。
「あれは?」と聞いてみると、「チェリー、プリティ」とgyokeは言った。

牛車

左:復路は緩やかで牛車も通れる。 右:畑と桜。

途中、何度かgyokeは
「うー、少し、えっとぉ〜、用事が…」
「OK、OK」
「そのまま歩いてて下さい…」
「OK、OK。」

便所が近いよーである(^_^;

「疲れた、yuri?」
「それほどでも」
「あ、gyokeは?」
「いや、いや、とんでもない。」

こんなやりとり2回くらいやって、やっと気付いた。
gyokeが、しんどいんや…。
文句ばっか言って、ちゃんとお腹いっぱい昼メシ食べへんからなのだ。

悪いけどさ、この道、登りと違って全然楽チンなんであるよ。
とゆー訳で、全然しんどくないので「しんどい」って言えないんだよねー。

…こーゆー人ばっかのパーティーだと、簡単に遭難するな、きっと。
教訓:「ミャン人ときびしー登山はするべからず…。」

山をまいて、まいて下ってくると、突然のように田んぼが広がった。
やっぱり豊かな土地である。

大きな木の木陰でgyokeがやっと、小休止宣言をした。
ここから少し登ると、竹で出来たでか仏像がある。

休憩している間にも山から切り出したチークの角材を肩に背負って運んでいる行く人たちがふもとを目指していく。
反対に町から村へ帰って行く人たちもいる。

もどってきた、ふもとの村


ふもとの村

ふもとの村も十分見ているだけで、楽しい。
トレッキングは…という方もこのふもとの村を散歩させてもらうだけでも十分楽しいと思う。
ふもとの村を抜けると、アスファルトの道に出る。少し歩くと、Shwe Oo Min石窟寺院がある。実は、あるとは知っていたが、こんなところに?であった。
gyokeの「明日の予定」の話で出ていた「ピンダヤPindaya」に比べると、しょぼいけど拝観料タダの石窟寺院だそうだ。

「見たい?」
「見たい!!」

石窟寺院

サンダルを脱いで、靴下もと思っていたら、小声で「いいです、いいです」とgyoke。
いいの?と思いながら進む。

思ったよりはおもしろい。なんか「どーくつぅ〜」って感じがウソでないのにウソっぽく、しかも洞窟感を裏切らないところがなんともいえん。。。

…やっぱし、洞窟。
電飾はやっぱり「意義不明」ではあるが、ここの場合暗いだけに「意味」ありそーにも思える。マグマ大使の基地?みたい。クリスマスみたいでもある…。
とにかく♪ホーリ〜♪なんであろう。

石窟寺院

点灯前と点灯後。…やっぱり意味不明。

石窟寺院

左:本堂にて、やっぱり電飾。 右:外にはこんな方々が立っている(巨大である)

gyokeの言う通り規模は小さいかもしれないが、…でっかくても(どーせ)数が多いだけであろう(^_^;
十分、面白かったぞ。…で、ちょっとステキ。

gyokeが「100Kか200Kくらい、よかったらお布施してください」
「世界中のみんなが心安らかに過ごせますように…」

石窟寺院

左:石窟寺院の全景。 右:こんなとこまで来てゴルフする人々もいる。

なんか、唐突にある石窟寺院。道路を挟んですぐ近くにはゴルフ場まである。
このゴルフ場は9ホールしかない。
そういえば、遺跡の地「バガン」にもゴルフ場があるそうである。それも遺跡の上に。
勝手に?軍が作ちゃったそうである。ハイウェイも遺跡の上を走っているそうだ。

で、こんなトコまで来てゴルフしているのは? 答え:ジャパネ!
当然、遺跡の上でもやって来られたことであろう。。

すぐそこはgyokeの住んでる村。
「妻が土産物屋をやっている」そうだ。で、買えってのか?って思うと、
「妻は買い物に行ってて留守です。」
なんだかよくわからん……

石窟寺院を過ぎててくてく歩いていると、白いアパートみたいなもんが建っている。
軍関係の人たちの宿舎だとgyokeが小声で言った。

gyokeはアスファルトの道を並んで歩きながら何度も「楽しかったか?」と聞く。
「楽しかったよ」と言ってもまた聞く。

「私には3つ上の姉と3つ下の妹がいる、yuriは?」
「女ばっかり3人姉妹」
「え、男の子なし?」
「そう、女ばっかし。私のパパかわいそ(poor)でしょ。」
「…そんな事ない。でもyuriがこの国へ来たらお金持ちだよ」

うーん、なんかちょっと違うんだけど、…慰めてくれてんの?

「ボーイフレンドはいる?」
「いないなぁ〜」
「来年にはきっと素敵な人が現れるよ」

うーん、やっぱり…慰められてる?

「私の姉と妹も結婚してません。」
「え? なんでぇ? なんでgyokeだけなの?」
「う〜ん、私は妻をとっても愛しているから…。」
「ひゅー、ひゅーっ! そら、よかったわねぇ」
「でへへへ…」←自分で言って自分で照れてる…。

ふもと

左:軍の宿舎。 右:カローホテルに到着。

午後4時過ぎ、カローホテルに到着。
約束の5$+500Kを渡すと、「おっ!」と喜んでくれた。
「very、very、チェーズンッデバーデ(ありがとう)」
と言うと、やっぱり喜んでくれたぜ…。

戻ってくるとmipoりんはまだベッドの中だった。
ちょっと調子は回復したそうだ。

デ ィ ナ ー


で、夕食。
しんどいけど、ここのレストランでは食べたくないんだそうだ。
で、さっぱりしているといえば、やっぱりネパリぐらいか…。
とゆーことで、ダウンタウンの「Everest」へ。

馬車と言えばよかったなぁ、タクシーって言ったもんだから、やや時間がかかった。
このへんじゃ、流しのタクシーなんて見なかったもんな…。

どこで見つけて来たのか、タクシーはカローラ(ライトバン)であった。
当然、このオヤジとも明日の予定の話になる。

で、とりあえず、1時間後くらいに復路をお願いして、別れる。
早めに来たので、わりと空いていた。小さい店である。

ミャンでは、大体思ったより1時間前に行って、ちょうど良い時間に食事が済むんである。
久し振りに見る超3D顔面のご一家。ネパリってゆーよりアーリアン・インド。濃い〜。

おばちゃんは、丁寧にメニュー説明してくれる。
外国人客相手にメニューの上から順番に(止めない限り)最後までやるんである、とっても根気のある人である。(メニューに内容を一緒に書いておけばいいのに…。)
チャパティ、ベジのカレー、アボガドサラダ、バナナフライ、茶を頼む。

で、この人、丁寧にメモって行くんだけど、1つは忘れる人である。

「ほかに、何か?」
「バナナフライは、ま〜だ、かな?」
「ああ!」
ほんの数分で、バナナフライが出てきた。
後で頼んだ暖かいお茶のおかわりは、結局出てこなかった。

しかし、不思議なことに、お会計はちゃんと合っているんである。
おばちゃんが書いたメモってのは、どーなってんだろうか。

mipoりんがトイレを借りたので、「ちょっと体調くずしててね〜」と言うと、おばさん、たいそう心配してくれた。
mipoりん元気回復して夜中にお腹すくかもしんないと思ってオレンジ2こ、バナナフライ、甘〜いお菓子を4個ばかり包んでもらった。

Everest

----Kalawへお越しの節は、お気軽にお越し下さいませ----

(任務完了!)


で、おばちゃんが、いつの間に?握りしめたネーム・カードをチラリと見せる。
「これ、うちの…」
「わかったよん、もらってくわ。で、友達に宣伝するわ」 …と、言わされた。
「ありがとう!」

迎えに来たのは、車は同じなのにさっきのおやじでない。
「ん?」
「あっ、僕たち、息子、息子!」
ああ、さっきのオヤジの息子かぁ、しかも2人。

なぜ、中身が違うのにさっきのカローラとわかったのか?
この車、ドアにちゃんと社名が入っているのだ。「村田工作所(有)」って。
で、すぐわかる。便利だ。

明日の朝、インレー湖へ向かうタクシーを彼等に頼んだ。朝8時。

- - - - - - - - - - - - ▼m i p o
トレッキングは楽しそうであるなぁ〜。ふ〜む、本当に残念であった。
この日は一日中寝ていた。時々、腹痛で目が覚めたりしたが。
おねーさんと旅行へ行くと気楽である。一人で遊んでくれるから。
おかげで、ゆっくり寝ていられた。
んで、回復しなかったら病院へ連れて行ってもらおうとアテにしていた。
イザという時には、案外頼れる人なのである。普段は、魔球投げたりババ変身したりしているが。←誉めてるのよぉ。
夕方には、なんとか起きれるように。
あんまり食べたくなかったが、夕食へ。やっぱ、フラフラする。
メニュー見て、ミルクティーが飲みたいと思って注文。
・・・あっ、牛乳は避けた方が無難かもしれん。確かミャンの牛乳は殺菌されていないとどっかで読んだ。それが頭をよぎる。
が、まあいいや。飲みたいから。ミルクティーと言うよりチャイ。おいしー。生き返るよう。
水しか飲んでいなかったので、内臓に温かさがしみわたる。
なんだか、食べたくなってきた。おねーさんの食べているものをちょっことつまむ。
・・・あまり食べられなかったが、食べると少し元気が出てきた。
ちょっとホッとする。明日には復活じゃ〜。
- - - - - - - - - - - - m i p o ▲


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