おわ蔵の白血病道中記

2002年11月に「急性骨髄性白血病(M1)」と診断されてからの治療の記録です。
発病したのがベルギーだったので、欧州標準のプロトコールに沿ってます。
現在は退院して自宅療養中。だんだん輸血の間隔が開いてきました!
日々の出来事についてはハルの日常を見てね。

前兆〜発病(2002年9月〜10月)
「今から思えばあれが発病の兆候だったのか」と思い当たること多々。「なんであの時すぐちゃんとした病院に行かなかったのか。。。」と思い悔やんでしまいますが。。。Look forward and be positive!

診断(2002年11月22日)
日本だったらまず本人に告知云々が問題になるところ。でも、こっちじゃ即本人に説明。インフォームド・コンセントに署名。それにしても、おわ蔵、冷静でとりみださず、驚くほど前向き。惚れなおしたわ、Mon Cheri大好きよ。
近所の総合病院からブリュッセルの大学付属ガンセンターに転院。

第1回入院:寛解導入療法〜完全寛解へ(2002年11月-12月)
8日間の大量Ara-C投与。ハルはインターネットで情報を探し回り、疑問点をFAXで主任教授に送付。今は世界各地の最新の情報が手に入るだけに、「一体これが今受けられるベストの治療か?」と焦燥感にかられていてもたってもいられない。化学療法終了日から15日目にマルク→完全寛解。

第2回入院:地固め療法(2002年12月-2003年1月)
地固めに入る前に9日間の息抜き。クリスマスを一緒に過ごす。この間、体重も65kgから70kgまで回復。12/30-1/4まで、大量Ara-Cの6日間の地固め化学療法。あまり副作用も出ず、熱も出ず、順調そのもの。おわ蔵妹とのHLA型は合わず。残念。

第3回入院:自家末梢造血幹細胞移植(2003年2月-3月)
約1ヶ月の中休みを挟んで、移植のため入院。家族からの同種移植がベストではあったんだけど、残念ながら骨髄の型が適合せず、次善の選択肢である自家移植を実施。おわ蔵の白血病は、遺伝子異常もないし予後は比較的良いということで、第3者ドナーからの移植というリスクを取るには及ばず、自家移植をやる価値ありとの判断。熱としゃっくりに苦しむ。4月に入っても、骨髄抑制なかなか回復せず。

退院〜現在(2003年4月-)
ようやく白血球が3000代になった3月24日、退院!ただ、血小板&ヘグロビンともにまだ低いので、2日おきくらいに外来で輸血。3月29日、39度の発熱。白血球が1000ぎりぎりのため、翌30日再入院。4月10日退院。その後、6月頃まで1週間に2回の頻度で外来に通い血小板(時に赤い血)を輸血。8月5日で移植から5ヶ月。そろそろ新しい骨髄が動き出してきたみたい!

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