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障害平等研修(DET)

(1)障害平等研修発展の歴史
 障害平等研修は1980年代からイギリスを中心に障害者運動と共に発展してきた。障害平等研修として確立したのは1990年台前半からといえるだろう。背景には、女性や人種的少数者など他の被差別者の権利運動の推進とそれに呼応した障害者運動の発展、および障害者の差別に関する法律の制定がある。これにより差別として障害と取り組む必要性が高まったためである。

(2)障害平等研修と従来の障害啓発との違い
 障害平等研修は、従来良く行われてきた障害者の機能に着目する啓発の取り組みとは異なる。ここでは便宜上従来の取り組みを「障害啓発」と呼ぶことにする。イギリスでは障害平等研修(Disability Equality Training: DET)と障害啓発研修(Disability Awareness Training: DAT)との比較、という言い方で論じられている。
 
 障害啓発と障害平等研修との大きな違いは、障害啓発の焦点が身体機能であるのに対し、障害平等研修の焦点は社会の差別にある点である。つまり、前者は障害者個人の機能・能力障害に焦点をあてる「障害の医学モデル」に基づくのに対し、後者は障害を差別や権利・平等の課題と見る「障害の社会モデル」を基礎にする。それにより、障害啓発の目的は、障害者の機能的な制限を知り、車椅子の段差越えや視覚障害者の介助など、どのように「介助」し接するかという行為を学ぶことが目的であった。言い換えれば「困っている障害者を助ける」には「何」を「どのように」するのかを学ぶ事を目的とした。
 
 それに対して障害平等研修は、障害を権利・不平等・差別の問題と認識することで、「なぜ」そのような差別的な社会が作られるのかその原因と構造を理解し、自らが社会を変革していくための行動を作り出すことを支援することにある。障害平等研修において社会変革のための「行動」を作り出すことが重視されている2つの理由がある。一つは差別に関する研修では啓発のみで終わりそれを乗り越えていくための道筋が出されない場合、参加者は差別者としての罪悪感だけを強く持ってしまうためである。二つ目は、社会変革といってもそれは大きなことではなく一人ひとりが取れる行動によって可能であることをここの参加者が発見するためである。
 
 研修の内容は、障害啓発では障害の機能的な制限の理解と介助に関するニーズと方法に焦点があてられ、その方法も機能的に「できないこと」を経験する疑似体験が主となるが、障害平等研修では「社会モデル」という視点の獲得と社会変革を行うためのツールとしての法律や制度、サービスの理解、そしてそれらを基にする行動の支援が重要な内容となり、その方法は差別の原因と構造の分析と討議、差別の経験を分析するロールプレイ、そして自らを社会変革の行為者としていくための行動計画の作成などが方法となる。

 前者では障害は障害個人の機能障害と捉えられるがゆえに、研修に参加する「自分」は障害とは無関係の中立的な存在となるが、後者では社会の一員である自分は障害者を差別するような社会を構成している差別者として認識することになる。しかし同時に障害平等研修は参加者を社会変革のための行為者とすることも支援するがゆえに、改革者としての自己認識も同時になされる。

 障害啓発では医療や福祉に従事するものが行うことが多いが、平等研修は障害者のみが指導者となれるとする。その理由は、障害を社会的抑圧として直接経験したものだけが、障害という課題全体を現実のものとして教えることができる程に理解しているからである。
障害啓発がとる方法は高齢者問題などで用いられているが、障害平等研修は差別や権利を課題とする性差別、在日外国人や同和問題の研修と類似する。

 障害平等研修とは、「何が」以上に「なぜか」を問うことを、「何をする」以上に「なぜする」を考えることを重視するものであり、「障害者にはやさしくしましょう」という標語によって「困っている障害者に対して手を貸す」という行為だけを変えようというものではない。「なぜ」障害が作り出されているのか、それを理解し、自らをそのような社会の変革者としていくことを支援することなのである。(差別的な社会を変えていくには態度の転換だけでは不十分なのである。それは重要であるけれども、実際に社会の制度や環境といった在り様そのものが変わっていくことが必要である。)


表1 障害平等研修と従来の啓発との比較
障害啓発 障害平等研修
焦点 身体機能 差別や不平等
基礎となる障害のモデル 障害の医学モデル 障害の社会モデル
目的 行為の転換 障害理解の転換
研修実施者 医療や福祉の専門家 障害者本人
(作成:久野研二)


・なぜ疑似体験がいけないのか
 最大の理由は、疑似体験では個人の身体機能不全のみが強調され、障害の本質である差別や排他的な社会の構造といった最も理解が必要である点が軽視され、差別や権利の問題としての障害理解を遠ざけてしまう可能性がある点である。もう一つは、多くの障害者が自立した生活を送っているにもかかわらず、擬似体験では「できない・困難」という負の側面ばかりが強調され、障害者に対して負の価値付けがなされることである。障害者を「できない人」と見る見方を強め、かえって差別的な見方と障害者に対する家父長的な態度を強化してしまう可能性がある。
 
 障害の疑似体験を社会の障壁を経験するものとできるという反論もあるが、疑似体験でわかるのは物理的な障壁だけであり、単に「何が」障壁であるかを発見するだけで終わってしまう場合が多い。障害平等研修が重視しているのは、そのような障壁が「なぜ」作り出されるのか、その原因と構造を理解することにある。また疑似体験が単なる「楽しいゲーム」となっている例も多い。

・障害平等研修とは「なんではない」か。
非障害者に罪の意識を負わせることではない
障害者の医療体験を語ることではない
障害の疑似体験ではない
障害者の医学的情報の説明ではない


(3)障害平等研修の指導者
 障害平等研修の指導者となれるのは障害者だけである。
2003年現在議論が出されて入るものの、イギリスにおいても障害平等研修の指導者に関する公的な基準や資格制度はなく、指導者の育成も様々な組織が独自に行っている。
「障害を社会的抑圧として直接経験したものだけが、障害という課題全体を現実のものとして教えることができる程に理解している」という理解のもと、障害平等研修指導者となるには障害者であることが大前提である。しかし、障害者であれば誰でもが適するわけではなく、以下の二点が重要である。

・ 障害に対して社会モデルの視点を持つ
障害者であるだけでも、障害の社会モデルを理解しているだけでも不十分、社会モデルと障害者運動に関してしっかりした理解を有していることが必要。

・グループワークや研修の技術を持つ
その分野のことを知っているだけでは不十分であり、他の人に影響を及ぼし変化を導く技術や自信が必要である。ただし、往々にして障害者は研修や教育機会へのアクセスが限られているため、これは必ずしも公的な資格をもっているということではない。経験と実際のその技術があるかどうかが重要である。


(4)障害平等研修の内容
研修の期間
 効果的な障害平等研修を行うには最低でも二日間の日程が必要である。また、行動計画の確認のために3−6ヵ月後に半日ほどのフォロー・アップを行うことが望ましいとも一般にはいわれている。

典型的な内容
 障害平等研修の柱は、障害を権利・不平等・差別の課題として捉える障害の社会モデルの視点を獲得することである。加えてそのような障害を無くしていくための手段・方法としての既存の法律や制度、アクセスやサービスなどについての理解を深めること、そしてこの「視点」と「手段」を基に自分自身の生活や仕事を通してより平等な社会を実現していくための自分自身の行動計画を作り上げること、この三つが障害平等研修の内容の核となる。

障害の社会モデル
 「障害の社会モデル」とは、障害者自身が障害を捉える視点として発展させてきたモデルで、従来世界保健機構(WHO)の国際障害分類などで採用されてきた障害を障害者個人の心身の機能的課題とする「障害の医学モデル」への批判である。

障害の医学モデル
 障害の医学モデルとは、「人間として正常(ノーマル)かどうか」という見方を基礎にすることで、「人」を見る対象とし、人間としての異常、つまりを心身の機能的な違いを問題(障害)とし、“異常者(障害者)”を“正常者(健常者)”に近づけることを目標としている 。その特徴は、障害を個人の問題とし、問題の所在を障害者個人に置くこと、もう一つは病気の結果機能障害が起こり、その結果能力障害が生じ、結果として社会的不利が生まれるという線形帰結モデルと呼ばれる見方をすること。そして、障害の改善には機能回復のためのリハが必要不可欠とすること、つまり「変わるべきは障害者である」とする点である。

障害の社会モデル
 障害の社会モデルは「社会参加の機会が平等で差別がないかどうか」という見方を基礎にすることで、「社会」そのものを見る対象とし、社会の差別的な構造や制度、人間関係を問題(障害)とし、不平等な社会(障害のある社会)を平等な社会(障害のない社会)へとすることを目標としている。この視点は障害分野の目標である「障害者の社会参加と機会の平等」を直接読み解き取り組む視点となる。

 社会モデルは、障害を「身体的な機能障害を持つ人のことを全くまたはほとんど考慮せずしたがって社会活動の主流から彼らを排除している今日の社会組織によって生み出された不利益又は活動の制約」と定義する。つまり、障害とは個人の機能・能力障害ではなく人々の社会参加を阻害する社会の障壁なのである。

 障害の社会モデルは社会参加と自立は機能的差異に関わらず全ての人が等しく持つ権利であり、それが保障されないことは受け入れることのできない問題と捉える。また、社会モデルは障害を社会的なものと捉え、障害の所在も社会にあり、変わるべきは社会であると考える。
社会モデルがもう一つ強調する点は障害者自身の役割である。医学モデルにおいては障害者は「変わるべき対象」として治療や訓練を受ける「受動的な存在」として位置づけられた。これに対し社会モデルは障害者を「社会変革の主体」と捉える。障害という課題に直面している障害者自身が当事者として社会を変革する役割を担う力量を有していると考える。ゆえに自立生活運動や権利擁護運動など、障害者自身の社会変革運動が重視される。

文責:久野研二 (2003年10月12日)



障害平等研修に関する文献
以下の2点が障害平等研修に関して最もまとまっている文献です。

London Boroughs Disability Resource Team (1991). Disability Equality Training: Trainers Guide. London, Central Council for Education & Training in Social Work (CCETSW).(ここからダウンロード可) 

Harris, A. and S. Enfield (2003). Disability, Equality and Human Rights: A Training Manual for Development and Humanitarian Organizations. Oxford, Oxfam.

日本語で障害平等研修に関するものはまだありませんが、上記「Disability Equality Training: Trainers Guide」の和訳版の出版を検討中です。また以下の2つの論文に障害平等研修の簡単な説明を書いています。

久野研二, D. Seddon (2003)「開発における障害(者)分野のTwin-track Approachの実現に向けて」、国際協力事業団客員研究論文、東京. (ここからダウンロード可)

久野研二(2001)「障害と態度」、リハビリテーション研究31(3), pp 32-36.


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