2001年2月1日(木)
出かけようと思ったら雨が降ってきた。
傘さしてあるいて学芸大学駅前の子供靴屋にいく。
途中ハムスターの小屋のあるうちの前で葉っぱをあげてたら中からおばさんが出てきて、
「あらーあんたー雨のなかエサあげてくれてありがとねー」と、くず野菜をいっぱいくれた。
夢中であげて、お礼を言った。雨がざんざんぶりになってきた。
靴屋
おねえさんは2ねんぶりなのに「MMちゃーん!」って覚えていてくれた!びっくりー!!
娘の足をはかったら16.3センチだった。
新しいくつを買って、また雨の中かえってきた。
午後はシルバニアで本気で遊んだ。2時間があっというまだ。


2001年2月2日(金)
明け方ひどい夢をみた。
私と娘が街を追われている。
街中の悪い人達に暴行を受ける私。
最後の手段として、何故か、娘に覚せい剤を打たなければならないということに。
絵に描いたような悪い人が、
「それじゃあ、腕につまようじやってやりな」と言う。
それは注射したときに痛くないように、はじめにちょっと押さえておくという意味。
私は猛烈に後悔して、あまりにとりかえしのつかないことに足を踏み入れてしまったことに恐れおののいた。
娘はそんな私を見て、「ママ、ちょっとチクっとするだけでしょ?がまんできるよ!」と励ます。
自分のしてることの恐ろしさに狂い泣く私。
BGMには長渕剛のとんぼが流れてる。
最悪!
最悪の気分で目が覚め、頭には長淵剛の歌がこびりついてる。最悪!!!
恐怖の気持ちがぜんぜん消えない。
なんであんな夢見たんだろう?
夢判断をわりと信用してるので、重苦しい気持ち。
ふらふらと台所で牛乳飲もうとしたら、娘が「ママー」って起きてきた。
まだ夢の続きをみてるみたいな感じ。
気が動転。
自分の子供を売ったり、(「おしん」のおかあさん)
戦争で象を殺したり、(「かわいそうな象 」)
こんな気持ちなのかなあ。
そして今朝もすてきにかわいい娘。
はあ。
昨日はいままでで一番たのしく過ごせたくらいなのにどうしてあんな夢を!!!
娘がめちゃくちゃ言うのを楽しく遊んで、今日もあっというまにすぎていく。
迷路したり、
かわいい壁をだしたりして、
すっごく楽しかったけど、
いつもいつも今朝の夢が頭からはなれない。
何なの〜〜〜!!!!

2001年2月3日(土)
学研のイラストの仕事の依頼がある。
とても悩む。朝七時から夜は9時までへとへとで、しかも夕方にはとても眠くなり、一日がやっと過ぎていること,
一日3時間でもやればすぐ出来そうな仕事なだけに本当に悩む。
だけど、無理だと判断、おことわりした。
仕事ことわるのは初めて。緊張する。
よそがれた飯と頼まれた仕事は断れる立場ではない、フリーの仕事だけど、断ってしまった。

朝から教習所にいって、3人で同じく車にのって、ビデオを撮る。
私のうんてんはへぼへぼだ。これじゃとてもじゃないけど合格しないかも。

帰宅すると娘と旦那がクッキー製作中!しあわせな気持ちになって、私も手伝う。
昨日悩んで夜更かししたので猛烈に眠くて、夕方、旦那に娘をそとに連れ出してもらう。
夜はカナガシラという魚を味噌汁にいれて食べた、美味しかった。


2001年2月4日(日)
高速道路の教習。おんなの人ばっかりで楽しかった。
私がいちばんへたくそだったー、いちばんはじめに運転した女のコはやけに上手いと誉めていたら、
「無免許で運転してつかまったばっかりだ」といっていた。ハハハ。
いよいよ来週で教習おわるかなあ?

2001年2月5日(月)
幼稚園の先生に挨拶に行く。
約束のじかんに30分もちこくしてしまった。
先生は丁寧に娘に質問。
「お名前は?」「どこに住んでいたの?」「どうしてママと離れてくらしていたの?」「どんな遊びをしていたの?」
「ひとりで寝れる?」「朝起きて顔を洗える?」「トイレはいける?」
等など。
そして私に質問。「どうですか?」
私は、基本的な生活はできているので楽だけど、友達と遊べないことを言った。
そして、クラスを見学させてもらった。
はじめ教室に入るとみんなゲンキ良く「こんにちわー!」って絶叫してきた。
それで泣き出す娘。
みんなはけんけんがくがく。
「どうして泣いてるの!?」「〜〜君の声が大きかったからびっくりしたの?」「僕がはなしかけたからはずかしがってるの?」
そのうちお友達のAちゃんが来て、「こんにちわ・」と言うと娘は泣き止んで、「こんにちわ」と言った。
クラスでは凧上げの練習で、いとのほどき方と巻き方をやっていた。
こどもがいっぱいでこんがらがらないようにするのは大変だ!でも全員がきれいに糸をほぐした様子は美しかった。
明日は糸電話の「ストリングラフィー」を呼んでいるんだって。素敵!
たこを上げ、糸を巻く体験をした子供達が、
糸をこすることによって音楽になるストリングラフィーを聞いたら
深い体験になるだろうなあ。
明日も来ていいって!
そして、これから毎日、来てみてくださいって。
よかった。

2001年2月6日(火)
幼稚園はおやすみで、
のろのろと過ごす。


2001年2月7日(水)
幼稚園でストリングラフィーのコンサート。
昨日全部用意して、いつもの教室に糸をはりめぐらしていてコンサート会場になってる!スゴイ!
娘も初め泣いていたけどそのうちひきこまれてきて夢中だった。

2001年2月8日(木)
幼稚園に行く。
親子で幼稚園なんてむちゃな感じかなあ??先生はどう思ってるんだろう?
娘はあいかわらず私にべったりでだれのことも見向きもしない。
なんか疲れてきた。先生は何かあると、
「〜君はこんなことしてるけどみんなはどう思う?、どうすればいいと思う?
それじゃあどうしようか?なんて言ってあげる?
〜君、みんなこういってるけどどう思う?じゃあどうする?」って調子だ。
自主性を育てる、といえば聞こえが良いけどシュタイナーの考えには反してる。
シュタイナーは子供に知的な刺激を与えないように、といっているのだ。判断させたり、刺激を与えると体が育たない、っていうのだ。
シュタイナーの幼稚園が三鷹にあって、ちょうど娘の年に空きがあるっていう!
三鷹に引っ越せばそこに通える!
ネットで三鷹あたりの家賃を調べると、安ーい!!!!60へーベーで12万円で駐車場付き!なんてのもごろごろある!
夕方から娘は熱を出して寝こんだ。
なんか、考えてしまうなあ。
旦那が帰ってきてソウダン。あまりに知的すぎるっていうのと、
でも通わせるならいっそのこと私から離れたほうがいいんじゃないか?って。
旦那は「まず、幼稚園はいきたくないもんだよ、だって俺だってそうだったもん。
でもいきなり小学校ってのはナイだろ?
で、三鷹に引っ越すってのは今は考えられない話だ」
って。そうか・・・。そうか・・・・・。それなら今の幼稚園でしかたないじゃないか。。。

2001年2月9日(金)
娘が熱だして寝こんでる。8度8分。
コレ幸いと私も眠りこける。
20時間はねむった。

2001年2月10日(土)
教習所にひさしぶりにいった。
それ以外は寝てた。

2001年2月11日(日)
幼稚園のこと、夢に聞いてみた。今の幼稚園にしました、といって、否定的な夢を見るか、肯定的な夢を見るか。
そしたら、素敵な夢だった。
岡本太郎がものすごく強烈なものを作っていて、それを見に行く。
「これは子供の城ね!」と感動する。さすがスペインだわ!って。
今の幼稚園にいかせていいってことかなあ。ううむ。
教習所にいって、路上2時間乗る。
娘は夜になると熱が上がるので今日はクスリを買っておいた。
寝る前に絵を書いて、「ばい菌がいて、あなたの胸のあたりからばい菌を食べちゃうパックマンがいっぱいでてきて、
それでゼーンづたべちゃうんだよーそうすると咳もくしゃみも熱もみんな治るんだよ〜」
効いたかな?夜は熱がでない。このまま治るといいなあ。
夜旦那と久しぶりに話しこむ。
自分が小学校や幼稚園生だったときどんなにつまらなく苦痛だったかはなしあった。
本当にひどかったよなあ。
小学校は明星に入れようと旦那は思っているみたい。
シュタイナーの学校に入れたいと言うと、
よくわからないけどそれもありかな。という。
私には直感がある。水中出産をしたとき、誰もが反対した。だけどやってみたら今はみんなに勧めてる。
出産は私一人の問題だけど、子供のことは一人では決められないからなあ。
でも、旦那がシュタイナーの学校もありかな、と言ってくれたことによって、
「別にシュタイナーじゃなくてもいいか・」という思いも浮かんできた。私ってどういうつもりで感情が動くのかしら・・。
それとは反対にせっかく通える環境なのになあ、てのも思う。
公立でもっいっか〜〜。その分のおかねをもっと楽しいことに使えたらもっといいかなあ?家族で旅行したり?私が看護婦学校に行ったり?
そうだなあーーー。

2001年2月12日(月)
熱は出ないけど咳がすごい。夜眠れない。1時間おきに起きて爆泣き。
なんか懐かしいなあー夜泣きしてたっけ・・。


2001年2月13日(火)
夜一時間ごとにおきてたので朝は8時すぎにやっとあさごはん。幼稚園はやすむことにした。
のろのろすごし、布団のなかで本よんだり、レストランごっこをしたり。
夕方母が来てくれた。
「ちゃんと眠れて機嫌よくなるまで幼稚園はお休みしたら?無理にいかせても機嫌悪い時には無駄よ」と。そうだよねー。
そうだそうだ。無理せずにさぼっていこう。そうしよう。私はムチャしすぎるから、ちょっと落ち着いた方がいいな。
シュタイナーの幼稚園に欠員があるっていうんで幼稚園に問い合わせてみる。

2001年2月14日(水)
とうとう私も風邪ひいた。そりゃそうだよねー咳ごほごほ娘の看病してんだもんな。
娘も夜眠れないので行っておこうと雪の中タクシー乗ろうとしたけどぜんぜん来ないので近所の病院に行く。
ちょうど母親が前を通ったので来てもらった。病院は混んでて、午後からまた来ることにした。
主治医の先生に聞くと、「風邪ならどこの病院でも行ってどんなクスリでも飲んでください」とのことなので、
私も一緒にかかっちゃう。
私の熱は8度近くまであがってるし、ノドが猛烈・ああ。
娘は咳を聴診器で聞くと「肺炎まで行ってないけど、気管支はぜーぜーいってますのでレントゲンとってください」え?
なんか大げさだなあーーーやだもーーーかえりたいーーー。
てわけで、レントゲンは断ってかえってきた。
クスリもらって娘はちょっと得意げ。
私は家にあまってるシプロキサンと、解熱剤、炎症ドメを飲み、
娘は咳ドメと抗生物質を飲んで、ぐっすりねむった。
久しぶりの安眠だ〜〜〜〜!!!!!嬉しい。
母親が来てくれたので心強く、夕御飯まで作ってもらっちゃった。
娘は病院の受け付けのお姉さんにもらったお菓子をバレンタインだから、ってパパにあげてた。かわいい!

2001年2月15日(木)
クスリのおかげでぐっすり眠れて上機嫌の娘と、
もう大丈夫かな?と解熱剤を飲まなかったのでまた具合の悪くなった私。
あわてて解熱剤飲んでぐーすか眠る。
娘はゲンキに「遊んでよ〜〜」と怒ってるけど、「ごめんー今だめー」って寝てる私。悪魔?
そもそも母親ってのは遊び相手じゃないんだ、 遊ぶのは友達だ、と思ったり。
午後になり、ようやく私も復活してきて、本を読んであげた。本当はのどが痛いんだけどなあ。つば飲み込むのもつらいんだけどなあ。
母が来てくれたころには私も調子よくなっていて、夜ご飯を作ったり、美味しいリンゴジュースを飲んだりしてると
旦那が熱を出して早退してきた!
一家共倒れ状態。
母は飽きもせずシルバニアで遊んでくれてる。
セリフが決まっていて、娘の思うとおりに人形を動かさないと怒られる遊びなんてつまらない。
風邪が治ったら絶対絶対友達を呼ぼう。
幼稚園できっと他人がいることとか、自分の意見が通らないことを知るんだろう。
他人の欲望や感情と折り合いをつけるってことを学ぶのかな。
見学に行った平塚幼稚園は、「田舎の大家族」って感じだ。
世話するべき田んぼや菜園、動物がいっぱいいて、だれもが役割をはたさなければ生き物が死んでしまうし、食料が枯れてしまう。
みんなで協力しなければカカシも立てられない、他人と折り合いをつけていかなければならない。
いままでぬくぬく暮らしてた娘には厳しいかもしてれないけど、それもありなのかな、と思う。
どうなのかな・・・・。

多少キビシイかもしれないけど、 とても魅力的な幼稚園のように思えてきた。
イレギュラーでも母親と一緒に登園してね、なんて言ってもらえるってあんまりないことだし、
障害のあるコもおやに障害がある人も みんな一緒にわいわいやってるのがたくましいし、
自給自足の幼稚園なんて珍しいし面白い、
園長先生は木と木をこすりあわせて火をおこしてるし・・・
原始生活は厳しいけど、 魅力的かなあ・・・・。

2001年2月16日(金)
また母がきてくれた。もう治ったような感じだけど、監視されてる気分。
今日は煮物とオニオングラタンスープを作ってくれて、フランスパンにバターぬって食べた。
母はうちのベランダにねぎを植えていった。
トンチンカンで天使のような母です。

2001年2月17日(土)
大分のお母様からお魚が届く!
昼は旦那がCDの整理をしてるのでなつかしいのを聞いたり、買って失敗だと思ったのを今きいたら案外良かったりしてと
聞きなおしてみたけど、やっぱり好きじゃなかった。
昼はもうなんかそんな感じでだらだらすごして、娘も旦那も私もよどんだ雰囲気ですごした。
娘は「ママー遊んでよー」といっていたけど、なんだか気分が乗らないわー。
そんで夜になるとちょっと気分が乗ってくるんだよねー。夜に起きてたほうがいいんじゃないかなあ?人間って夜行性?
友人mのお母さんは夜行性だそうで、朝御飯を作ってくれた後眠り、友達が学校から帰ると眠っていて、
夕方起きてくるって生活だったそうで。かわってるよなあーーー。
そんで、夕方から娘といっぱい遊んで、眠ろうとしたら畑山が試合の中継だ!
相手のリックは急所を打ったり、首を抑えつけたりして、むかつく試合!畑山が負けなくて良かった。
風邪薬が明日までしかないので明日にはもう風邪が治る予定。
友人のJちゃんがヒるサイドテラスで店長になったそうだ!
そうそう、Mちゃんの息子のTくんは気管支炎で入院2回もしてるんだって。うちも気をつけなくちゃ〜。
「風邪ごときでレントゲンとか気管支炎とかいいやがって大げさなんだよヤブ医者!」って思ってたけど、
案外まじで緊急事態だったのか!?
エアコンに原因あり?と今日は部屋でも厚着で暖房なしですごしてみた。いけることが判明!
Mちゃんちではデロンギのオイルヒーターに代えたら咳が減ったそうだ。
うちは狭いのでお湯沸かしたり、オーブンつければあったかくなる。便利。

2001年2月18日(日)
今日でクスリが切れる!
でももう大丈夫だって気分だ。
昨日の夜、旦那に聞いてみたら、おかねがあろうとなかろうと、電車で通勤は考えられないみたい。
じゃあ明星だって無理じゃん!?
嫁いり道具?、私の隠し財産は100万円。引越しに使おうと思えば使える。車も買える。
でも、どうしてか、踏ん切りがつかない。
もっと自分一人のために使いたい。自分の成長のために使いたい。

今日は朝から娘と遊んだ。積み木をとりだしたけど、数が少ないのでもっと買ってあげようかな、っておもうけど、
いやいや、工夫して遊べばいいんだ!って、本を積み重ねたり、お菓子の箱を重ねたりしてすごいお家を作った。
娘もノリノリで、激しくなってきた。屋根が崩れたり、ものが大量に家になだれ込んだりした。
パラッパの曲をきいて踊りながらの遊び。それに今日はものすごくかわいい!!!
かわいいかわいいかわいい〜〜〜〜ものすっごくかわいい〜〜〜!
夜寝る時、いっぱいお話した。
「頭の中に考えがいっぱいうかんで、同じこと何度も考えちゃう」らしく、
「今は、こういいたかったなあとか、あ、言えなかった、とか
ママもそう?」
いやーそういえばそうだったなあ〜〜。最近ないなあ。

それに、よく娘は今言った事を何度もつぶやいてることがある。
「ママはどんなこと考えてるの?」というので、
娘をかわいいなあって思ってることとか、
ピアノを習いたいこととか、看護婦サンになりたいこととか、サンバ教室にもいきたいこととか、
あしたのお弁当なにしようか?とか、いつ風邪なおるかな、とかそんなことをいっぱいしゃべった。
娘の考えてることは
「はやく大きくなって、パパにお弁当つくってあげたい、とか、そうするとママと私のお弁当2つになって食べきれるかな?とか」考えているそうだ。
「ママの子供の頃なに食べてたの?」というので、バターで焼いた卵焼きと、ほうれん草だというと、
「おおきくなったらママに作ってあげるから作り方おしえて〜」というので教えると、
「フライパンに、卵いれて、それでこうやる(フライパン全体にたまごをいきわたらせる)でしょー?
あれがむつかしそうだよねぇ・・・」だって。かわいい〜〜〜〜〜〜!!!!!

2001年2月19日(月)
まだまだ風邪状態。

2001年2月20日(火)
シュタイナー幼稚園の説明会にいってみた。
素敵。やっぱ。
まだ1名の空きがあるようで、とても良い雰囲気で、入れる入れないは別にして、来て良かった。
園庭には梅が咲いてる。
この幼稚園でもはじめ泣いてる子がいたことあって、その時は母親がいつもそばにいて、離れて遊べるまで一ヶ月もかかったそうだ。
登園してまず歌を歌い、体を動かし、自由に遊び、そしておやつ、外に散歩。
先生は歌うように話す。
娘も、今の幼稚園で泣いてる時、一瞬目が覚めたのは、先生が鼻歌を歌った時だったっけ・・・・。
ゆるゆるで力強い雰囲気です。
自宅もこうしてみよう。
何か、私の気持ちがよどんでいる。滞っている。外出したり、友達にあったり、そんな刺激だってほしい。
服の色はあわい色、音楽は生音で。
帰宅した旦那に言うと、今の家はどっちにしろ狭いので、どこかに引っ越すのもいいね、と。
三鷹台は遠いけど、井の頭沿線を検討してみようか、と言う。うん・・・・・・。
幼稚園の影響で、娘にもペンタトニックで話しかけるとものすごく心に届くみたい。
しばらく一緒に今の幼稚園に行ってみて、本当にだめだったら、考えよう。

2001年2月21日(水)
もうこの幼稚園に失敗してもシュタイナーのところで世話してくれるってんでけっこう乱暴に連れていく。
きらいになってもいいや!ってすっぱり気持ち良い!そしたら、絶叫していきたくないって言ってた娘もすんなりと園になじんできてる。
先生に「私がいてもやりにくくないですか?」とうかがったら、「大丈夫ですよ」と言われた。
4月になるまで一緒に通って、4月からは一人にしよう。
何度も何度も「お家帰りたい」っていってたけど、その度にべつのことに気をむけて、がんばってたら、最後にゴマ餅を一切れいただいた。
ものすごく美味しい!有機無農薬ってすばらしいなあ。
娘もがんがん泣いたので、すっきりしてるみたいで、午後からの2人きりの時間の集中の仕方が違う!
体も呼吸してて、そとに向かえば向かうほど内にも向かえるんだなあ。シュタイナーの言うとおりだ。
なんか、このままなじんでいってくれるような気がする。
家での生活をなるだけ内側に向かわせればいいのではないか?
シュタイナー園に通うことは娘の肉体精神には+だが、経済的に−。
今の幼稚園は大自然という点、経済は+だけど、精神=こどもにとって肉体には−。
どっちをとるか・・・・・。
今の幼稚園はモー娘。をみんなで合唱しちゃうようなとこだけど・・・・。
夕方から一人でブルーノートにでかけた。嬉しい!旦那はえらい!娘をちゃんと見ててくれる。
イヴァンリンスのコンサート。
サンバもばりばりやってくれて、かっこよかったけど、ちょっと演歌系だった。歌い上げ系の、フュージョン?ってのかな?
明日もがんばるぞ!!!!おーーーー!!!

2001年2月22日(木)
今日もはりきって幼稚園に行く。朝の大泣きはなくなったけど、やはり苦痛の様子。
私も午後から苦痛になってきた。帰ったら熱。あああ。
mちゃんからプリンターとモニターをいただき、
0歳から7歳までのシュタイナー教育という本も届き、
エキナセアという薬草のエキス(風邪に良いらしい)も届くし、
大分から速達も届いた。
夕飯の時には熱でうなされ、お風呂もやめた。娘は「ママ熱なの?お風呂やめておこうね」って言ってもらえた、感謝。
明日の外来はタクシーでいくぞ。絶対タクシーだ。こんなに風邪が長引くなんて。。。。。もしや白血病!?やだやだやめてよー。


2001年2月23日(金)
朝起きたら頭もすっきり!熱は6度6分。ビッミョウだわー。でも猛烈にいい天気だし、あったかい24度!なので自転車で行った。
採血の結果はばっちりゲンキでした。風邪のため、白血球は9400だったけど、他は正常。ALPも正常。
炎症反応が2だったので風邪薬の処方箋もらったけど、帰りに御寿司買ったらおかねなくなって、もらいに行かなかった。
移植仲間のkくんはだるそうだった。気持ち悪いって、きっと風邪。uちゃんはばりばりゲンキそうだった。
m先生に廊下で会ったら、「hpに僕の写真載せてるんですか!?」って言われた!ワオやっばーまさか先生読んでる?
移植の時となりのクリーンルームだったmさんが、一ヶ月前に「再発だ」って泣いてたから、病棟にいるかな?って調べたけど、いなかった。心配。

2001年2月24日(土)
熱が40度にもなる。やばい・・・死ぬ・・・

2001年2月25日(日)
熱が午後には下がった。なんだ、教習所キャンセルしなけりゃよかった。
とおもったらまた夜40度を越す。
pl顆粒もカコナールも効き目なし。どうして!?
娘も8度超えてる。何よもう!!!!


2001年2月26日(月)
移植した病院に行く。娘は熱あるのに行かないっていうから、私は一人で行く。旦那が会社休んでくれた。
11時について、レントゲンとったのが12時。採血も12時。
採血の結果が出たのが1時。主治医のU先生が「再発ではありません。インフルエンザかもしれませんね」と
鼻の奥の方から鼻水を採取して、その結果が出たのが2時半。
「インフルエンザです」と言われ、解熱剤、そしてビタミンを点滴。
解熱したのが4時すぎ。ずーっとベットで寝かせてもらって、移動は車椅子で。あああ・・・
処方されたのはロキソニン。病院でもらうのとは違って錠剤だ。
あああ、、もうキツ。。。。母親もきてくれてた。ありがたい。。。


2001年2月27日(火)
娘も熱がすごい。39度あるのでまた近所のA病院にいってみる、
今日は素直にレントゲンをとってもらって、
そのレントゲンをもらって、私が昨日いった病院に連絡してくれた。
午後からだけど、初診でみてくれた。
熱が高くて機嫌がものすっごく悪い娘と、ふらふらの私。っふうーーーーーー地獄。
採血、そして鼻の奥のバイキンを調べて、やっぱりインフルエンザ。はー。
解熱剤2日飲んで効かなかったら入院ね、って言われて、いのるようにして帰る。かみさまーーー!!!

2001年2月28日(水)
朝には熱が下がってる!う、うれしい〜〜〜!!!!!!
咳で夜眠れないのはあいかわらずだけど、ちょっと安心〜〜〜(涙)


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