サッカ−合宿
平成16年4月1日(木)

息子が3泊4日のサッカ−合宿(茨城)から帰ってきた。

今回の合宿は2月に受けたサッカ−スク−ルの
セレクション合格者初顔合わせとなる大事な合宿となった。

合宿中、夜に予定されていたレクレ−ションと呼ばれるものは
全てミ−ティングだったそうだ。
食事は選手の基本だから一切残してはいけないこと
(これに泣かされたお子さんがかなりいたらしい。
1時間半掛けて全部食べた子も。)
おまけにお菓子も一切食べてはいけなかったこと、
(息子はお友達とお菓子交換できる事を楽しみにしていたので
残念がっていたが。)
話を聞いていると、選手としての心構えをこの合宿中に随分叩き込まれたようだ。
このやり方に不満の声が父兄からあがることが十分予想されるが
それは選抜チ−ムの一員になったからにはやり抜かなくてはいけないことだし
練習や方針が厳しいものであっても
それは当然だと私は考えている。

練習は勿論朝から晩まであり、1日どしゃぶりの日もあったが
そんなのおかまいなし。
(パンツを多く持たせてホントに良かった。)

マラソン、短距離も結構走ったそうで
選抜チ−ムの中で走ることに関しては
全て1番だったと息子は自慢げに話した。
が、これもちょっと考えもので、ボ−ルを持った時に足で相手を抜けるものだから
技を身に付けようとしない。
それが以前から気になっていたので
春休み前からフェイントで相手を抜く練習をしている。
普段はお友達と遊びながら楽しく、
そして土、日は鬼コ−チの私が相手をして(笑)。
(と言っても私もサッカ−本を見て四苦八苦しながらだが。)

選抜チ−ムをAとBに分け試合を行い
息子はハットトリックを決めて
自信をつけたようだったが
「どうせ誰かがパスしてくれたものを
蹴っただけでしょ?」と意地悪な質問をすると
「2回は相手を何人か抜いてドリブルシュ−ト、
あとの1回はパスをもらってシュ−トしたんだけど
ちゃんとキ−パ−の位置を見てゴ−ルの隅を狙って打ったんだよ。」
とのこと。
息子はキック力がない。息子のシュ−トを
へなちょこシュ−トと呼ぶことも多々ある。
それを克服したいのだがどうしたらキック力がつくか分からないので
息子がプレ−中カッカするタイプではないことに着目し
「強いシュ−トが蹴る事が出来ないなら
せめてキ−パ−が飛ばない方向か、
キ−パ−の位置を良く見ていない方に蹴る事はできないか。」と
常々話していたのでを思い出して蹴ったそうだ。

こうして書くと息子がサッカ−が上手に思えるかもしれないが
全くそうではなく、AとBに分けて試合をしたと先ほど書いたが
Aは上手な子が集められていたと息子は話した。そして息子はどちらのチ−ムだったかというと
B→B→A。そしてAの時にハットトリックを決めたのだそうだ。
今後、選抜チ−ムの中でAとBに本格的に分けられ、BになるとAにあがることも、
試合に出る事も殆どなくなると聞いているので
首の皮1枚が繋がったというところか。
それにしても子どもとは言え、厳しい世界に足を踏み入れた。
だけど彼には精神的にもどんどんもまれて、
心が強い子になって欲しいと願っている。

12月の回想日記
今更だけど12月の日記をまとめて書きたいと思う。(今日は1月13日)

今、小学校には『総合』という授業があり様々な体験を子どもにさせている。
息子の学年ではそば作りに挑戦する為に1学期からそばの種を蒔き、
育て、収穫した物を臼でひき、そば粉を作る事に挑戦した。
出来上がるとそのそば粉を使い、実際にそばを作るのだ。
(それだけでは足りないので市販されているそば粉も足すのだが)

そば作りは茹でるのに火を使うため、6班に分かれた子ども達に有志の親がつく。
でもそれだけではなく親も事前にそば修行を近所のおそば屋さんで1日行い、
子ども達の本番に備えるのだ。(修行と言っても沢山の保護者が参加して
和やかな雰囲気の中行われる)
私も学校や子ども達の様子を知る為にそういう行事には
積極的に参加するようにしているので今回も参加した。
詳しく書くと長くなるので差し控えるが今、市内で実施されている
学校選択制度に伴い、小学校では個性ある学校作りを目指しているらしく、
公立でも色々なことを体験させてくれる。
子ども達と作ったおそばはちょっと固めだったけれど味は良く、
なんと言っても風味が良いので自分で作った実感が湧く。
私もおそばがこんなに大変な工程を経て出来ていることを
今回初めて知る事が出来たので有意義な総合の授業であった。

クリスマス会と呼ばれるものもこの1ヶ月で6回行った。
2回は親子教室で、3回は友人達と、もう1回は娘が3年前に出演した
ミュ−ジカルの出演者と保護者、そして当時お世話になった先生方との
クリスマス会だ。この同窓会を兼ねたクリスマス会も今年で3回目。
皆その後もそれぞれ活躍しており、娘にとっても刺激を受ける1日と
なったに違いない。私はその会にどう拘ったかというと、
主役で出演した高校生の男の子と何故か幹事をすることになり、
会場決め・案内送付・ビンゴの景品やジュ−ス、お菓子、ケ−キ等の
購入等を行った。
この幹事をした男の子は見るからにお育ちの良い、品のある男の子。
しかも頼りになって、いつもだったら私一人で抱え込むような事も
引き受けてくれたので本当に助かった。高校生と幹事をするなんて
今後はないだろうから、私にとっても貴重な経験だった。
これからも今日集まった皆さんとのご縁は
私自身も大切にしていきたいし
娘にも大切に育んでいってもらいたいと願っている。

下旬には息子のサッカ−の練習試合と終了後にクリスマス会が行われた。
今回は私のHPのBBSにも登場して下さるKAYOさんが全部取り仕切ってくれた。
彼女の周囲への配慮にはいつも頭が下がるのだが、今回も勿論そうであった。
色々な人と交流が持てるように考えられた席順の決め方、
何種類かのケ−キから1つ選ぶのに、サッカ−チ−ムらしく
手作りのキックタ−ゲットを準備してくれていたり(これは子ども達に
大好評で大変盛り上がった。)、
会費制だったのだが、なるべく皆にお金の負担がないように
細かい配慮がされていたり。etc......
他の人が企画・準備し、実行してくれる会に参加することはあまりないので
私はそれだけで嬉しかったし、KAYOさんの
気遣いや配慮に改めて感激した1日だった。
朝からうちを空け、夕方息子と自宅に戻るとなんだか家中がピカピカに。
なんと留守番をしていた主人と娘が家中の窓ガラス、ドア、お風呂場、
換気扇、ガスレンジ、おまけに照明のかさまで掃除をしてくれていた。
(ちなみに私が頼んでいったのではありませんよ。笑)
暇だったので掃除したとのことだったが、これまた感激とそれ以上に
出歩いてばかりの私を反省した。

と反省したばかりなのにお夕飯を作った後は、サッカ−のお母さん達だけで
忘年会。パパ、またうちを空けてごめんね。子ども達をよろしく。。。
実は5年間サッカ−チ−ムに所属しているのだが、お母さん方だけの
飲み会は初めて。皆それぞれ忙しい人ばかりなのでしょっちゅう顔を
合わせているのにじっくりゆっくり話し込んだことがない。その証拠に
お互い下の名前を知らなくて、「え〜、○○さんって言うんだ〜。」
という会話だけでも盛り上がる。
その他には夫婦でお互いどう呼び合っているかとか
(ちなみに名前で呼び合っている夫婦が多かった。)
夫婦円満の秘訣だとかたわいない話をしたのだが、お酒が入っているので
相当盛り上がる。それにしても皆お酒に強い。ビ−ルをジョッキで
5〜6杯飲み陽気に話す人(いつもは飲み会で8杯はいけるらしい。スゴイ!)
やはり同じくらい飲んでも全く顔色を変えない人等もいる。
それにしても子ども抜きでのこういう会は気分転換になって楽しい。
皆朝から出かけていてお疲れ気味だったので残念ながら1次会でお開きとなったが
今度は皆でカラオケでも行ってみたい。

この他にも子ども達の個人面談があったり以前に書いた育成会の研修会や
息子のマラソン大会等々があり怒涛の1ヶ月だった。
今年もあと2日という時には車内の電気を点けっ放しにし、
バッテリ−が上がって車が動かなくなるというドジもしたが
今年1年も周囲の方や友人・知人に支えて頂き、無事に過ごす事が出来た。
この場をお借りして。。。どうもありがとうございました。心より感謝
申し上げます。こんな私ですが来年もどうぞ宜しくお付き合い下さいね!

マラソン大会当日
平成15年12月某日

さあ、いよいよマラソン大会当日の朝を迎えた。今日は12月にしては気温が高いが絶好のマラソン日和。果たしてどんな結果が待ち受けているのか、私の方がワクワクドキドキしていた。

朝4時半起床、6時出発。7時半に現地に着き最終エントリ−を行う。息子(3年生)は3・4年生男子の部に出場することになっていて、全出場選手が載っているプログラムを見ると、そこには3・4年男子だけで約200名の名前があった。私はエントリ−数の多さに驚いたが、ここでびっくりした顔を息子に見せる訳にはいかなかった。息子の不安をあおりかねないからである。

不安に思っている間もなく、私と息子は陸上競技場でアップを開始した。さっきまで不安に駆られていた私だったが、十何年振りかの陸上トラックでのアップに、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。が、息子を見るとなんとのんきに大きなあくびをしている。ちょっと早く起こし過ぎたかな?

アップと準備体操終了後、ゼッケンにエントリ−ナンバ−と発信機が付いた物を息子の胸と背中に付けた。この発信機はパソコンにつながれていて、タイム・順位・1キロのラップまで瞬時に分かる優れものだった。他のマラソン大会の案内にも発信機を付ける旨が書かれていたので、今のマラソン大会はパソコンで制御されているらしかった。

8時40分、開会式が始まる放送が流れたが、息子が走る時間は9時22分からだったのでスタ−トのインコ−スを取れるように、開会式が行われる場所ではなく、スタ−ト地点で待機することにした。するとどこからともなく、同じような考えを持った人がスタ−ト地点に向かって爆走して来た。あっ、まずい!!!せっかく早くからスタ−ト付近に待機していたのにインコ−スが取れなくなる!!!私は息子に「絶対インコ−スを取りなさ〜い!!!」と叫び、息子をスタ−ト地点に向かわせた。結果、見事インコ−スをゲット!これで最初少し飛ばせば、誰かとぶつかって転倒することもない。いい調子、いい調子!

実は私はスタ−トするまで、あるお子さんを探していた。あるお子さんというのは昨年、3・4年生男子の部で優勝したお子さんだった。今年のプログラムを見ると、同じ部でエントリ−していた。つまりそのお子さんは昨年3年生なのに優勝していたことになる。しかもプログラムを見ると他県からわざわざエントリ−していた。きっとまた優勝を狙って遠方からここまで駆けつけたに違いない。そのお子さんについていき、ある地点でスパ−トをかける様に作戦を立て、事前に息子に伝えていた。でもそのお子さんのエントリ−ナンバ−が書かれたゼッケンを探しても見つからない。あれ?どうしたんろう。風邪でもひいて、出場を断念したのだろうか。

結局マ−クしようと思っていたお子さんが見つからないまま、9時20分に5・6年生(男女合わせて約300名)がスタ−トした。その1分後1・2年生(同じく男女合わせて約200名)、そのまた1分後に3・4年生(男女合わせて約350名)がスタ−トした。更に1分後ファミリ−の部約220組440名がスタ−トした。それぞれの部によってゼッケンの色は違うのだが、はっきりした色ではなく、おまけに約1300名が殆ど同時に走っているので息子を探すのは困難に近い状態にあった。

それでも私は息子の順位を確認し、遅かったらゲキが飛ばせるように、スタ−トする前に折り返し地点迄猛ダッシュをした。

息子がやってきた。折り返し地点では私の目で確認したところ5位だった。現在の順位を息子に伝えたいが、あまりの人の多さと沿道の人の多さに、大きい私の声でも息子には届きそうにもない。そこで持っていたプログラムを筒にし、「まだ前に4人いるから抜かしなさ〜い!!!」と叫ぶと息子は私を見た。良かった〜、声が届いたのね。そんな大きい声を出している私に周囲にいた人々は振返って私を見た。でもそんなの恥ずかしくない。息子に順位を伝えることの方が今は大事なのである。6位までが賞状と盾がもらえることになっていて、もしかしたら6位までに入る事が出来るかもしれないという期待がよぎった。

次に私は800メ−トル地点へダッシュし、息子を応援した。一体何位になっているのか、この地点で分からなくなっていた。ここでもプログラムを筒にして応援。
息子が私を見たので、声が届いたようだ。プログラム様様だ。
後から息子から聞いた話しなのだが「お母さんが色々なところに出没してビックリしたよ。」と言うので笑ってしまった。そうよ、声の大きさに周囲からひんしゅくをかいながらでも、お母さんも応援を必死で頑張ったんだから。

次に私は陸上競技場の入り口に先回りをした。ここで初めて気付いたのだが、スタ−トまで一緒にいたはずの娘がいない。どうやら娘を気にすることなく一人で突っ走っていたらしい。

そんなことを考えていると、息子と同じ色のゼッケンを付けたお子さんが競技場に入ってきた。一体息子は何位なのか。先に走った5・6年生、1・2年生が入り乱れていて息子を見つけづらい。よ〜く目を凝らして同じ色のゼッケンを探していると、5位で入ってきた。私はありったけの声を出し、プログラム筒で「5位だよ!まだ抜かせるよ!!!」と叫んだ。ゴ−ル地点は競技場の役員、応援する人でごった返していて、私は息子がゴ−ルするところを見る事が出来なかった。

実はこれが大きな後悔となった。

走り終えるとすぐ、パソコンが20台近くあるテントに向かった。ここでエントリ−ナンバ−を入れると最初に書いたように順位等が書かれた完走証書が出て来る。私は6位入賞は必ずしていると思い、後はタイムの問題だと思っていた。

しかし!!!無情にも順位は7位だった。えっ?どうして?おかしい。私が見たときには5位だったのに。頭が真っ白になる。でも次の瞬間、私は驚いた。なんとタイムが7分47秒、つまり昨年の優勝タイムより2秒ではあるが早いタイムで走っていたのである。6位入賞は果たせなかったけれど、私は息子の頭を思いきりなでた。「よく走ったね〜!!!よく頑張ったね!
よくタイムをここまで伸ばせたね!!!」昨日までは最高タイムが8分30秒だった息子である。そこから考えればすごいタイムだ。しかも7分台。すごい、すごい!!!

息子に聞くと、前日に走った1キロを2周するコ−スよりもずっと走りやすかったそうだ。それに競争相手がいるのでそれも走りやすい要因だったようである。でも同じ色のゼッケンをつけたお子さんが前にいたのは分かったかと聞くと、それは全く分からなかったそうだ。来年はもっとゼッケンの色を原色などの分かりやすい色にいて欲しいし、1分間隔で1300人が走るのではなく、せめて10分、いや5分でもいいから各学年のスタ−ト時間をあけて欲しい。私は既に来年に向けてそんなことを考えていた。

表彰式が始まった。あと一人抜かせば6位だったのに。私はあえて息子にスタンド席からではなく、目の前で表彰式を見せた。悔しい気持ちを持って欲しかったからである。

今、学校では運動会をはじめとして順位をつけるようなことをあまりしない傾向にある。でも、順位をつけてこそ、悔しいという気持ちやもっと頑張ろうという気持ちが養われるのではないか。

3・4年生男子の部の表彰式が終わり、表彰状を持った6位のお子さんのタイムが私の目に飛び込んで来た。それはなんと、息子と同じタイム、7分47秒だったのである。ガ〜ン、私は大ショックだった。ゴ−ルを見ていたのりちゃんによると、ゴ−ル前抜かされて、抜かしてまた抜かされたのだと言う。
ああ〜、もしここで私が見ていて、もっともっとゲキを飛ばしていたら、もしかしたらもしかしたら抜かし返していたかもしれないのに。。。でも後悔しても仕方がない。これも実力のうちということか。

そんなことを考えていると更にショックなことが。主人が私のところに来て一言言った。「折り返し地点で10位だったね〜。」「えっ?5位じゃないの?私は5位だと思っていたんだけど。それでパパは10位だってことを伝えてくれたの?」「あんなに人がいたら言えないし、言っても聞こえないよ〜。」

ハァ〜。。。。。もしそこで10位だという事が息子に伝わっていたら追い上げるスピ−ドも違っていたかもしれないのに。。。でも今更「もし・・・」という話をしても仕方がない。息子は良く頑張った。本当に良く頑張った。でも来年は同じ部で絶対優勝させたい。今度はどれだけ走りこもうか、何の練習をさせたら7分をきる事が出来るか、私の頭の中は既にその事で一杯だった。

競技場の門付近に全員の順位・タイム・1キロのラップが貼られた。息子をみると1キロのラップが3分53秒、残りを3分54秒で帰ってきたことが分かった。本当に頑張ったんだね。。。でも5位の子を見ると息子と1秒差。なんとも悔しいが、これは単に練習不足だったと言わざるおえない。それから息子より上位のお子さんの内の5名は去年3・4年の部でエントリ−していた(プログラムに載っていた)お子さんなので現在4年生だということが分かった。あと一人のお子さんが去年出場していた様子がないので、今年から出場した3年生なのか、4年生なのかが分からないままとなったが、少なくとも息子は3年生の中では1位か2位だということになる。悔しい気持ちもあるけれど、昨年の優勝タイムより良かったことを考慮すれば上出来だったのではないか。そんなことを思いながら帰宅の途に着いた。あっ、それからその貼られている物を見て分かったことなのだが、前年度優勝したお子さんは、今年も走っていた。順位は息子より少し後だったのだが、今から思うとあれだけ探してもスタ−ト地点にいなかったのだから、ず〜っと後ろからスタ−トしたに違いない。スタ−ト位置取りはやっぱり大事なのだと思った。

息子が走ったのは8分程度。でも本当に長い1日だった。

息子が言った。「お母さん、今日はとっても悔しかったから、来年は絶対1位になって表彰状と盾をもらえるように頑張るからね!」

そうだ、大事なのは息子自身が悔しいという気持ちを持ち、また頑張ろうと思う事なのだ。来年また頑張って優勝を狙おう!
お母さんもその走りこみに付き合うから。私は息子の言葉がとっても嬉しかった。

マラソン大会前日
平成15年12月某日
午前中、私は育成会の研修会に参加した。

※育成会→小・中学校の校長先生・教頭先生・校外委員や地域の方で構成された子どもの健全育成を目的にした会。私は去年から縁あって参加していて、今年は役員をしている。様々な立場の方から色々なお話を伺う事が出来て、有意義な会でもある。

研修会と言っても堅苦しいことはなく、大人はお正月のしめ縄作り、子どもは工作(万華鏡と手を振るとシュルシュルと紙が伸びるシュ−ト棒作り)をすることになっていて、仕事柄、私が工作の講師をすることになっていた。

子どもの参加人数は十数名と少なかったが、その分子ども達をゆっくり見てあげることが出来てそれはそれで結構良かった。

シュ−ト棒は、濡れ雑巾で紙の表面を拭く為、その水分が乾かないと遊ぶことが出来ないので先に作った。その後万華鏡作り。主宰している親子教室の2才児クラスでも作ったことがあるほど簡単に出来る物なのだが、欠点は万華鏡の模様が動かないことだった。私もどう作ったら万華鏡の模様が動くのか作る時期になると考えてはみるのだが、全く良い案が浮かんでこなかった。

が、参加している子どもの中に6年生の男の子がいて、いとも簡単に模様が動くように改良してくれた。しかも使ったものはちり紙1枚。う〜ん、子どもの頭はやっぱり柔らかい。来年、親子教室で万華鏡を作る際には是非取り入れてみようと思った。『工作の講師を引き受けて本当に良かった〜!』と単純な私は思ってしまった。

さて、この研修会には息子は参加していなかった。サッカ−の練習試合で午前中、世田谷まで遠征していたからである。練習試合を終え、私も午前中で研修会が終わったので一度両者とも家に戻り昼食をとった後、明日に迫ったマラソン大会のコ−スをもう一度見に行く事にした。というよりもう一度2キロのタイムを計り、良いタイムを出して明日に臨みたかったのだ。妹夫婦も一緒に行くと言うので会場で待ち合わせた。

午後3時半、会場に着くと既にマラソン大会の準備が終わっていた。走るコ−スのあちらこちらに「マラソン大会」と書かれた旗や横断幕が飾られていて、陸上競技場から外に出るまでのコ−スもフェンスで仕切られていた。いよいよ明日が本番なんだという気分に否応なしにさせられる。皆でもう一度コ−スを歩いてみた後、2キロのタイムを計る事に。陸上をやっていた方ならご存知だと思うが、試合前の練習のピ−クは1週間前に持ってくる。そして段々練習量を減らし、疲れもとって、本番当日を迎えるものなのだがそんなことは言っていられない。何しろ、息子のタイムは去年の優勝タイムより1分以上遅いのだ。出来れば2キロを2本走らせようと思っていたのだが、それを察した妹が「お姉ちゃん、走るのは1本だよ。本番前日に疲れさせてどうするのよ。」と言われ、それもそうだと思い1本を全力で走らせることに。そう言えば、息子は午前中サッカ−の練習試合にも行っている。想像以上の会場の立派さに舞い上がっていた私はすっかりその事を忘れてた。そうだね、明日のために疲れさせてはいけないよね。

ペ−ス配分が分からないという息子の為に私も少しだけ走ることにした。400メ−トルぐらいまで一緒に走り、私はスタ−ト地点に戻った。1キロのラップは忘れてしまったけれど、前回走った2本よりは良かった。そして2周目。2周目はのりちゃん(義弟)が伴走してくれた。最終タイムは8分30秒。前回よりタイムは伸びたが、前年度の優勝タイム7分49秒には全く及ばない。明日、息子が1分以上早く走ることが出来るともちょっと考えにくい。このままのタイムなら10位くらいか、それとも20位くらいか。そんなことを考えながら早々帰宅した。

明日はいよいよ本番。どんな結果が待ち受けているのだろうか。

マラソン大会のコ−スの下見
平成15年11月某日

数ヶ月前に申込みをした息子のマラソン大会のコ−スを下見に行った。その前にどうしてマラソン大会に出ようと思ったかと言うと義弟(通称 のりちゃん)が前年度にこのマラソン大会の10キロの部に出場していたので小学生の2キロの部に出るよう息子に勧めてくれたのだ。

息子はのりちゃんと1時間走ったことがあるのだが、息も切らさず帰ってきたことがある。普段サッカ−で相当鍛えているからなのか。先日もサッカ−の上級生・同級生と2キロを走ったのだが1番で帰ってきて、上級生に勝てるわけないと思っていた私もびっくりした。

そんな訳で息子も嫌がることなく、エントリ−した。せっかく出場するなら練習を積んで是非上位入賞を狙わせたいと運動に関して相当な負けず嫌いな私は意気込んでいた。

練習は主に走りこみとインタ−バルを取り入れた。一度、学校のトラックを使ってタイムを正確に計りたいと思っていたのだが、学校開放日に限って息子のサッカ−チ−ムの練習があったり、用事が入ったりで正確なタイムが計れずにいた。私も今日の下見をするまでは『走りこんでさえいればなんとかなるだろう。』と安易な考えでいた。

結局正確なタイムを一度も計ることなく、息子とコ−スの下見に出掛けた。本番のコ−スを歩いてみると、陸上競技場を半周した後、競技場の外を走る平坦なコ−スだった。学生時代に陸上部だった私はスタ−トの位置(インコ−スを取る事)、相手を抜かす時の方法、どこからスパ−トをかけるか等細々息子に伝えた。

この陸上競技場には1キロのマラソンコ−スがあった。そこでは老若男女問わず、ものすごい数の人がウォ−キングをしたり、ランニングをしたりして1キロのコ−スを埋め尽くしていた。とにかく息子は2キロの正式タイムを計ったことがないのでこの混雑の中2周走らせることにした。
(私はタイムを計るので走らなかった。というより2キロの全速力は走ることが出来なかった)

スタ−ト。初めてだから1キロ4分ぐらいで戻ってくるかとストップウォッチを眺めていた。
が、しかし!!!4分過ぎても4分半過ぎてもまだ帰ってこない。『どうしたんだろう。。。』と心配しているところに息をものすごく切らした息子が帰ってきた。通過タイムは4分50秒。
ちょっと、ちょっと〜、全然ダメじゃないの〜!こんなタイムでは、上位入賞どころの話ではない!私は愕然とした。
「なにやってるのよ〜!4分50秒もかかってるよ〜!帰りは4分で帰っておいで!!!」とバテバテになっている息子に叫んだ。

2周目。1キロのラップは4分23秒。合計タイム9分13秒。全くお話にならない。去年の優勝タイムは7分49秒なのだ。私は今迄きちんとしたタイムを計ってこなかったことをとっても後悔した。こんなに遅いならもっと走りこませれば良かった。あ〜〜〜〜〜、どうしよう!!!

走り終わった後、息子に走った様子を聞くと人を掻き分けなからで走りづらかったと言う。それに一人で走っているのでペ−ス配分も分からないと言う。息は切れているがまだ体力的に余裕があるか聞くと、まだ大丈夫だと言う。「じゃあ、なんでもっと全速力で走らないの!」と正直に答えた息子に私がゲキを飛ばした。

時間は4時半になり、辺りは暗くなっていた。でもせっかく時間をかけて会場まで来たのに、このままでは走れないというイメ−ジしか残らないまま帰ることになる。鬼コ−チの私は息子に言った。
「15分後、もう1本走るよ。」
息子は私が言い出したら聞かない性格だと熟知しているので「分かった。」と一言言った。

そして15分後。走る前、「2キロはあっという間だから全部を全速力で走らないと上位入賞は出来ないんだよ。」と話した。そしてスタ−ト。1キロのラップは4分22秒。先程よりずっといい。走る目も真剣だった。「いいよ〜!その調子で帰っておいで!」と私は声掛けた。

2周目。1キロのラップは4分31秒。合計8分53秒。先ほどよりはタイムが良くなった。が、去年の優勝タイムより1分以上も遅い。はぁ〜、こんなはずではなかったのに。。。私はおも〜い気分のまま、息子はこれで帰ることが出来るという安堵の顔で帰宅した。

マラソン大会本番まであと数日と迫っていた。。。

1日24時間じゃ足りない!!!
平成15年9月29日(月)

用事が溜まり、昨夜は結局一睡もすることなく今日を迎えた。
でも眠い等とは言っていられない。今日は子ども達の学校の公開授業の日である。
朝の登校から3時間目までなら自由に授業を見学出来る。が、今日は親子教室の日でもあった。
でもやっぱり10分でも子どもの様子を見たいと思い、洗濯・掃除を済ませ朝7時50分に自宅を出て教室の会場である市民会館に一度立ち寄る。今日の内容は運動会。相当な荷物があり、これを駐車場から部屋まで運ぶだけで10〜15分掛かる。警備員の方に「授業参観に10分だけ行ってくるので部屋を空けます。」と伝えると「いつも忙しそうだね〜。」とのんびりした口調で答えが返ってきた。そうか、私の事を詳しく知らない人でも、いつもせかせかして見えるのね、気をつけなくっちゃ。

さて、車を飛ばして子どもの学校へ。なんとか授業が始まる前に着く事が出来た。
周囲を見ると背広を来たお父さんらしき人が多く見受けられた。きっと会社に行く前に子どもの様子を見て行くのだろう。

私は先に息子のクラスへ。クラスの保護者の中では私が1番だったので、もしかしたら朝から見に来る熱心なお母さん(?)と先生に思われたかも。でも私が見ていられる時間は10分。娘の授業も見たいから5分しか見られないのに(笑)。息子のクラスは国語の授業をしていたが、国語が専門でいらっしゃる担任の先生が教えている所を全く見る事が出来ず、しかも1時間どのようなことをするのかも分からないまま5分経ったので娘の体育を見に体育館へ。

娘達はマット運動をしていた。『かえる倒立』なるものを、誰が一番長くしていられるか競っていた。そう言えば昨夜、娘は布団の上で一生懸命練習していた。娘に「お母さんやってみて。」と言われやってみると全く出来ないどころか不格好のまま前に倒れて娘にひどく笑われたので、どうしてこんな練習をするのかを聞き損ねていた。そうか〜、この為だったのね。

5分経ったので学校を出る。校門に立っていた先生に「さっきいらしたばかりなのにもうお帰りですか?」と声を掛けられる。いちいち説明している時間がないので「そうなんです〜。」と言って急いで市民会館へ車を飛ばした。

教室にお越し頂いている皆さんがいらっしゃる時間まであと少し。準備が完璧に終わっていないと、運動会も間が抜ける。一人で準備してもなんとか間に合うとは思ったが、市民会館の舞台装置担当のお兄さんが「手伝いましょうか」と言ってくださったのでお言葉に甘えて少し手伝って頂いた。

運動会は無事終えることが出来、この後は数日後に控えている同窓会のビンゴの景品を買いに出掛けた。50個近く用意するので、1箇所のお店では事足りない。結局8箇所回ってようやく景品を揃えた。

自宅に着いた時にはもう夕方となっていた。ふとベランダを見るとお花達が「お水が欲しいよ〜。」と言わんばかりにしおれている。そうだ、今日はまだお水を蒔いていない。しかもここ1ヶ月手入れをきちんとしなかった為にものすごい量の雑草が生えている。忙しいから水だけ蒔けばいいものを、結局2時間掛けて雑草取りをしてしまった。

この後もお夕飯を作って、子どもの勉強を見て、生協の品を分けて、ダイエットマラソンを1時間して、同窓会の仕度をして、今度教室で行うハロウィンの準備をして。。。そして夜があっという間に更けていった。 2003年09月30日 09時39分29秒

習字教室
平成15年8月20日(火)

今日は、午後から私自身の習字の日だった。子どもの頃も習っていたが、子ども達がお習字を習っている様子を見ていて、私も習いたくなり2月から通っている。

この習字教室は、礼に始まり礼で終わるので、正座して三つ指ついて「先生こんにちは。先生宜しくお願いします。皆さんこんにちは。」という挨拶から始まる。(ここから、辛い、辛い正座が始まる。。。)

最初に課題の硬筆から取り組む。例えば「田」という字を書いたらどの四角も同じ大きさになっているか(これが出来そうでなかなか出来ない)、字の中心は真っ直ぐになっているか(これも自分では真っ直ぐのつもりでもどこかで中心がずれたりする)等のご指導がある。1時間半書いても先生のOKが出ないことも多いので、その分の課題は宿題になる。そうすると夜な夜なその課題に取り組み、次のお習字の時に先生に提出しなければならない。OKが出るとそれを所属する書道会の進級テストに応募する。先生の熱心なご指導のお陰で、今のところは順調に級が上がっている。

1時間半の硬筆後、お習字に入る。これも課題がある。私はどちらかというと硬筆よりお習字が好きである。それでも筆の入れ方、止め方、撥ね方、字の大きさ等これまた納得する字がなかなか書けない。そうすると硬筆同様、宿題になる。

いつもは3時間程書き続けるが、今日は先生より「夏休みでお休みの子どもが多いからゆっくり見てあげられるから、お習字の課題を3つ書き上げていきなさい。」との有難い(?)お言葉を頂く。
が、正直3時間も書くと集中力もなくなるし、足のしびれもピ−クになる。これから娘のピアノ先生がいらっしゃるので、娘のピアノの練習も見てあげたいし、明日は私が企画したバ−ベキュ−があるので、食材も買いに行かなければならない。バ−ベキュ−の帰りに友人が遊びに来るかもしれないから部屋も片付けたいし、リビングのフロ−リングにワックスも掛けたい。だいたい、今日の夕飯も用意していないし、洗濯物も取りこんでいない。断る理由を頭の中でぐるぐる駆け巡っていたが、先生がせっかく言って下さっているので結局「はい、やります。」と言ってしまう。

そこから更に2時間、お習字を書き続け、なんとか3つの課題を書き上げた。が3つの課題とも結局OKが出ず、宿題になってしまったのだった。。。

だけど、普段の生活でじ〜っと何かに取り組む時間がなかなか持てないので、静寂な中、習字を書いている時間が楽しい。それから墨液は使わないので、墨でするのだが、その墨の香りも心を落ち着かせる。苦手な字がバランス良く書けたりすると、それも単純に嬉しい。今日は5時間も書き続けて疲れたけれど、やっぱりお習字は楽しいし、好きである。

ミュ-ジカル終わる・・・
平成15年8月10日(日)

3月のオ-ディション以来練習を積み重ねてきたミュ−ジカルが9日、10日に無事終わった。

演出・振付は劇団四季出身で現在ダンス教室を主宰されている先生だった為に、ダンスはとても素晴らしく大変見応えがあった。今回の出演者にはその教室の生徒さんも多数出演していて、その生徒さんが踊ると切れのあるダンスが本当にかっこ良く、見とれてしまった。

又、このミュ−ジカルに掛けてきた先生・スタッフ・出演者全員の情熱とひたむきな気持ちが舞台からひしひしと伝わり、言葉では言い尽くせないほどの感動をした。
我が子が出演していなくてもこのミュ−ジカルを観たら同じような気持ちになっていたであろう。
ダンスだけでなく、歌・セリフ・舞台上での動き、生の演奏(ピアノだけだと思っていたが結局バンドも入った)、照明、どれをとっても素晴らしかった。

1つだけ裏話。
ゲネプロ(本番の公演前の照明、音響、芝居等を最終チェックする最後の通し稽古)の時にこみ上げてくるものがあったのであろう、出演者の一人が芝居をしながら泣いたそうだ。(その様子を私も見ていたが、セリフをきちんと言っていたので分からなかったが)でも先生はちゃんと見抜いていて、『本番で泣くとお客さんが引いてしまうから絶対泣くな。』とご指導があったそうだ。

が、実際は最終公演でのラストの曲で涙を抑えきれない出演者が続出した。私の周りにいた観客の方も泣いている方がとても多かった。勿論私も例外ではない。

そして曲が終わり、『これで今迄取り組んできたミュ−ジカルが終わってしまうのね。。。』と思った瞬間、一部の大人の出演者とスタッフの方によるもうひとつの演出が待っていた。それは、大変お世話になった先生に舞台に上がってもらい花束を渡す事だった。事前に知らされていた出演者が、会場一番後ろにいた先生を呼びに行き、先生を交えてラストの曲を涙、涙で歌い上げた。出演した子ども達は全く知らされていなかったので、それだけにその衝撃は大きく感動が更に深まったようだった。
先生には色々な信念もおありだったが、それを曲げてもらってまでも舞台に上がって頂き感謝の気持ちを表したかったと、今回のことを計画した方から後から聞いた。

関係スタッフと出演者による打ち上げ後、出演者に小学校の先生をされている方がいてその方が、子ども達が今迄良く頑張ってきたからと花火を大量に用意して下さる粋な計らいがあった。既に午後9時半。お迎えに来ていた保護者も加わり、近くの公園に移動して大花火大会が始まった。

夜の公園で花火をしながら今迄の事を思い出し、また涙する子や、今回のミュ-ジカルの歌を大合唱したり。(ご近所の方、夜分にすみませんでした。)
午後10時半を過ぎた。花火が終わってもなかなか出演者は帰ろうとしない。このミュ−ジカルをやり遂げた達成感と明日から皆に会えないという寂しい気持ちが交錯していて、本当に別れ難かったのだ。そんな気持ちを察するように今回の花火を用意して下さった出演者である小学校の先生が「別れがあるから出会いもあるんだよ。」と優しく諭す。「先生っぽ〜い!」という声が上がるが、その先生の言葉を聞き、また涙涙また涙・・・私は花火を用意して下さったその気持ちと、そうした言葉をポッと言えるその方の心の温かさに感動していた。。

先生方やスタッフの皆さんを始め、出演された皆さんには娘が大変お世話になった。娘も、今回のミュ−ジカルを通して学んだことは沢山あったと思うが、成功の裏には周囲の方々の沢山のお力添えがあったことや、周囲への感謝の気持ちを決して忘れない事等も学んで欲しいと切に願うし、私自身もそうした気持ちで一杯である。

このミュ−ジカルに出会えた事は、子どもがこれから成長していく上で生きる糧になってくれたことと確信している。
そして娘には「あなたが今回のミュ-ジカルに出演してくれたことで、お母さんは沢山感動をもらったよ。ありがとう。」と心の底からお礼を言いたい。

合宿見学
平成15年7月27日(日)

息子が7月25日より3泊4日の予定で山梨へサッカ−の合宿に出掛けている。
保護者の見学も認められているので、ミュ-ジカルの練習が午前10時から午後9時まである娘は一緒に行かず主人と二人で朝7時に山梨に出掛けた。

東京は朝、陽も差していたのに河口湖付近はどしゃぶり。『ここまで来たのにサッカ−の練習は中止?』と不安になったが、合宿所付近は幸い雨がやんでいて、たった1時間半で合宿所に着いてしまった。

子ども達は他のチ−ムとの練習試合をやっていた。子ども達の顔や手足を見るとマジックで落書きをされて一生懸命洗い落とした跡が。合宿中、下級生が寝ると上級生がマジックで顔や手足に落書きをするのが毎年恒例になっている。そうした情報は事前に流れていたので『これがその跡なのね。』と妙におかしかった。特に息子はたぬき顔になっていて鼻の頭を黒く塗られて、頬にはひげが画かれていて上級生のかわいいいたずらに笑ってしまった。後で合宿を振り返った時にそれも楽しい思い出として残るのだろう。例年なら暑い中での合宿で真っ黒に日焼けしマジックの跡もあまり目立たないのだろうが、今年は寒い中での合宿だったので顔が焼けず余計に目立っていた。

さてチ−ムの子ども達の様子は、普段はとっても元気なのに、騒いでいないし、顔にも笑顔がないのでおかしいと思い話を聞くと夜あまり眠れていないと言う。
合宿中の朝晩は寒かったのに、部屋は熱気で暑くて眠れないと息子は言っていた。合宿3日目ということで疲れと眠気が襲っているようだ。でも練習試合が始まるとこれが一転、いつものやんちゃ振りが顔を覗かせ、強豪と言われてるチ−ムに圧倒差で勝った。子ども達は、色々なポジションや、様々な組合わせで練習試合に臨み、良い経験と勉強になったようだ。また、相手チ−ムは午前と午後違うチ−ムだったのだが両チ−ムともとってもよく声を出してチ−ムの士気を高めてあっていて、試合になると静かになってしまううちのチ−ムには学ぶべき点が多かった。

こうしてサッカ-好きな私は一切観光はしないで、午前3時間、午後3時間半ひたすら練習試合を見て午後4時半に山梨を出た。帰りは渋滞に遭い午後8時にミュ-ジカルの練習場へ到着。主人には車で先に帰ってもらい、予定より1時間早く練習が終わった娘の自転車について私はマラソンをして自宅に戻った。

ミュ−ジカルのメ−ク勉強会
平成15年7月23日(水)

娘が参加しているミュ-ジカルの公演が間近となった。
今日は子どもにお化粧をする有志の保護者のメ−ク勉強会が午後8時〜9時半まで行われた。有志というからには自分で立候補した訳だが、こう書くと「MAYUMIさんはこういうことを引き受けるのが好きね。学校の役員とかも好きでやっているのよ。」と思う方もいらっしゃるかと思う。が、私がこうした事を引き受けるのはあくまでも先生や今回で言うとスタッフの方々に大変お世話になっているという感謝の気持ちからなのである。

さて話がそれたが、メ−ク勉強会と言っても小学生は学生の役なので、そんなに厚化粧はしない。ド−ランを塗って、鼻の高さを強調する為に鼻の両脇に濃い茶色のクリ−ムを塗っておしろいで顔全体をはたき、頬紅、眉毛、リップグロスで完成。
至って普通のお化粧と変わらないのだが、薄すぎても舞台で映えないし、濃くてもバレエの発表会のようになってしまうので注意するよう先生よりご指導があった。

指導後、実際に小学生の子ども達にメ−クをしてみる。まずは娘がタ−ゲット。一応それなりに完成したのだが、それを見ていた中学生(以前一緒にミュ−ジカルに参加し、主役をした女の子なので、子ども同士はとっても気心が知れていた)が「私がやってあげる!」と言いやり直してくれる。するとほどよく頬が赤くなり、リップグロスも少し赤めのものを選んで塗ってもらったお陰で私がしたメ−クの仕上がりよりずっと良くなっていた。

男の子にもしてみようと声を掛けたが恥ずかしいらしく皆逃げてしまう。だが、部屋の隅でこっそり自分でド−ランを塗っている姿を見た時には思わず微笑んでしまった。
本番まであと少し。今回のミュ−ジカルは音楽が全てピアノの生演奏なのとそれに負けない素晴らしい歌声、細部に亘り指導が行われてきたダンスも練習を見ている限りでは見応えがある。この3ヶ月半、娘も一度も練習を休むことなく頑張ってきたので
参加者全員が体調万全で本番を迎えられる事と成功を陰ながら祈るばかりである。

多忙な一日
昨日の夜から児童館にお泊りしていた子ども達を朝8時半にお迎え。
子ども達は夕べ先生達と一緒に夜の町を探検したり、大縄をしたりして楽しんだそう。じゃがいもの農業体験もそうだが、自然に触れたり、集団行動を学んだり出来る企画には子ども達も積極的に参加するのだが、せっかくの良い企画も参加する子どもが少ないように感じる。実際、今回の企画では娘が一番上の学年だったそうだ。(同級生の男の子は何人かいたが、女の子はいなかった。)でもいつも遊んでいる児童館でお布団を敷いて寝るなんて滅多に出来る経験ではないので、そういう企画があると分かると親の私までワクワクしてしまう。

朝8時半に解散後、そのまま某Jリ−グのサッカ-教室へ。午前中のみの教室だが、どんなことを教えてくれるのか私も息子も楽しみにしていた。が、リフティングの練習方法と、残りの時間は3年生120名が参加していてそれを10チ−ムに分け、ひたすら試合。サッカ−教室というよりは交流試合という感じだったが、それも子どもにとっては良い経験。

急いで家に帰り夕べあまり寝ていないという子ども達を無理やり1時間昼寝させてから子ども達が習っている英語教室の企画で外人の先生との交流会に行く為に吉祥寺まで出掛ける。教室が狭く保護者は見学禁止になっていたのでどんな様子だったかは見ていないのだが、帰りの車で娘が「楽しかった。」を連発していたので、よっぽど楽しかったのだと思う。娘曰く英語でのコミュニケ−ションも取れたそうだ。これも良い経験になった。

この直後、娘はミュ-ジカルの練習へ。9時半まであったので疲れているから車でお迎えに行こうか悩みつつ自転車でお迎えをして、子どもに自転車を乗らせて、自分はマラソンをして帰ってきた。

ここまで忙しくないにしても夏休みはず-っとこんな感じで過ぎていきそう。あっという間に夏休みが終わるに違いない。



                                             平成15年7月20日(日)

もっと痩せなきゃ・・・
今日は父の命日。久しぶりに実家に帰りお墓参りへ。本当は息子のサッカ−の練習に午前中参加してから実家に帰ろうと思っていたのだが、「久しぶりに帰ってくるんだから早くいらっしゃい!!!」と母に雷を落とされて朝から実家に帰った。

私が実家に帰ると必ず母に言われるのが「昔はもっと痩せてたのに・・・」という言葉。でも今回はここ1ヶ月続けたマラソンのお陰で4キロちょっと減っていたので
なんと言われるのか楽しみにしていた。だけど会って30分経っても何にも言われないので私から「4キロ減ったんだけどどう?」と聞くと「頬が少し落ちたかな。」となんとも素っ気無い返事。あぁやっぱりもっと痩せないと「痩せたね。」とは言われないのね。。。頑張ってマラソン続けようっと。

夜7時より、子ども達は児童館にお泊りするという企画に申し込んでいて、夕飯とお風呂は済ませてから行かなければいけなかったので「たまにしか帰ってこないんだからもっとゆっくりしていけばいいのに。」とぶつくさ言う母を尻目に早々実家を後にした。

                                              平成15年7月19日(土)

親子農業体験
今日はじゃがいもの親子農業体験及び収穫日だった。
この農業体験は市が農家の畑を借り、市報で募集した親子30組を対象に農業体験をするという企画。参加者は、3ヶ月の間に3回だけ畑に足を運び(種まき・雑草取り・収穫)、後は農家の方が全て管理をして下さる。

私達親子はこの手の企画にはいつも参加していて、じゃがいもは今回が2回目。前回は友人、知人にお裾分けしても3ヶ月間じゃがいもを買わずに済んだほど収穫出来た。

1株からじゃがいもが20〜30個出来るのだが、今回は1家族6株ずつの割り当てだった。まず伸びきった葉を抜き、土の表面がきれいになったところでじゃがいもを
掘り起こす。掘り起こしたと同時に虫が出てきたりして子ども達は大騒ぎ。当たり前なのだがじゃがいもには土が沢山付いていて、前回は自宅でその土を洗い流す時に水道管が詰まりやしないかヒヤヒヤしたので今回は掘り起こすのは子ども、そのじゃがいもの土をきれいに払って持ち帰り用の袋に入れるのを私がした。今回の収穫はス−パ−の大きな買い物袋に3袋!前回ほどの量ではなかったが、友人達に配っても当分じゃがいもを買わずに済む量だった。

その後、農家の方が畑で採れた野菜を沢山使って朝から用意して下さった豚汁や、たった今もいできたトマト、とうもろこし、ふかしたじゃがいも、ジュ−ス等を振舞って下さった。娘はトマトが少し苦手なのだが、もぎたてのトマトは大変美味しいらしく、お替り自由だったのでお替りをしたほど。じゃがいももホクホクしていてとっても甘かった。
お腹も満たされたところで解散。農家の方や、お世話になった市の職員の方にお礼を言って帰宅した。
それにしてもこうして親子で一緒に行動出来るのっていつまでだろう。子ども達も少しずつ親離れし始めているし難しい年頃にもなってきた。親よりもお友達と行動する方が楽しいと言い出すのもそう遠くはないだろう。だからこそ一緒に行動出来る時をこれからも大切にしたい。

                                            平成15年7月5日(土)

2003年07月24日 08時31分39秒

目の輝き
今日は、日曜参観があった。
親は1時間目から3時間目までの好きな時間に観に行くことが出来た。

私は1時間目の終了間際に学校に着いたのだが、娘のクラスを間違え、違うクラスを見て『娘がいない。』とまたおっちょこちょい振りを発揮してきてしまったのだが(そのせいで1時間目は全く観る事が出来なかった)、それはさておき、子ども達の授業中の様子をその後ゆっくりと観た。

息子の方は、ヤゴの観察をして絵を描いたり、地域の地図の発表したりと落ちついて授業を受けている様子。(まぁ、親が観ているのだから当然騒ぎはしないでしょうが)

娘はいうと、主人と私が来ているのが嬉しいらしく、後ろを向いてはしょっちゅうニコニコし、「もっと授業に集中して!」と言いたくなる感じだった。3時間目には家庭科で「卵」についての発表をグル−プで劇形式で行ったのだが、ナレ−タ−を担当した娘はなんだか棒読みで、しかもあまり普段は物怖じしない娘が台本を目の前に持って顔を隠し、恥ずかしそうに読んでいる。今まで参観でそんな様子を見たことがなかったので、5年生にもなると恥ずかしいという気持ちも出てくるのねと変なところで娘の成長を感じていた。

そしてその日の夕方6時より、今、娘が取り組んでいるミュ−ジカルの練習があった。
今回のミュ−ジカルの練習は相当ハ−ドらしく、帰りが午後10時半頃になってしまうと、体力のある娘が「疲れた〜」と言ってソファに倒れこみ、食事もせず、お風呂も入らず寝てしまうことがあるほどだ。

いつもは親が練習を観る事は許されていないミュ−ジカルだが、今日は観ても良いとのことで、実際に行うホ−ルの一番後ろの席で1時間ほど観てみた。

すると、日中、あんなに恥ずかしそうにし、生きた目をしていなかった娘が、目は爛々と輝き、難しいダンスを満面の笑顔で踊っていた。まるで今が至福の時と言わんばかりである。
『好きなことをしている時はあんなに幸せそうな顔をするんだ。日中の授業参観の時とは大違いだわ!』と思いもしたが、好きな事に打ち込んで目を輝やかせている娘を見て私も嬉しいような、でもそのエネルギ−を勉強にも回してよと言いたくなるような娘の今日一日の様子であった。
                                                平成15年6月15日

鋭い娘
息子がお友達2人と公園に遊びに行った。午後4時半、急に大雨が降ってきたが帰ってくる様子が全くない。仕方がないので傘を3本持って公園へ向かった。すると大雨の中、大喜びしながら遊んでいる3人を発見!帰ろうと促すともっと遊びたいと言ってきかない。「じゃあ、3人でうちのお風呂に入ってお夕飯も一緒に食べていく?」と提案すると即「そうする!」という答え。お友達2人のお母さんにも了解を得て早速うちへ向かった。

お風呂に入った3人はとっても楽しそう!水鉄砲で遊んだり(小学校3年生とは言えまだまだ幼い)、お風呂の縁から湯船にジャンプしたり。(危ないよ〜。)台所で食事の用意をしていても3人のはしゃぐ声が聞こえてきて、その声を聞きながら私までなんだか楽しくなる。

1時間後、やっとお風呂から出てきた3人はお腹がすいたと言う。夕食は子ども達がお風呂に入っている間に作ったカレ−とサラダ。それにしても皆すごい食欲!「サラダにはマヨネ−ズではなくて青じそドレッシングね」なんて言葉が友達Kくんから飛び出し笑ってしまった。塾から帰ってきた娘も合流すると「皆でご飯を食べると本当に楽しいね。家族みたいね。」と満足気。食後にアイスを食べて時間を見るともう7時。金曜日ならもっとゆっくり遊んでいってもらいたいところだが、明日は学校もあるし、運動会のリレ−の朝練があるから7時には家を出なくてはいけない。楽しくしている子ども達には申し訳ないけれどお友達二人のお母さんのお迎えも来たのでこれにてお開き。「また今度お風呂に入って、食事をしに来てね〜。」と帰るお友達に私は声を掛けた。

お友達が帰った直後、娘が「こんな楽しいことをしてくれるお母さんは、お母さんしかいないよね。」と嬉しい言葉を掛けてくれた。恐らく、私がその言葉を言うのを察知して予防線を張って先に言ったのだと思う。鋭い!!!                              平成15年5月20日

エスカレ−タ−での怪我
今日は友人Mちゃんとランチをする約束をしていた為、車を走らせていた。目的地に着き駐車し終えた瞬間にMちゃんから緊迫した声で携帯に電話が掛かってきた。「子どもがエスカレ−タ−のぎざぎざにぶつかって鼻をぱっくり切った」との事だった。どういう状態がいまいち分からなかったが、Mちゃんがかなり動揺していたので「今すぐ行くからそこで待ってて」と言い、駐車場から走って向かうと泣きじゃくっている子どもとパニックになっているMちゃんがいた。『ここで私までパニックになったら保育士の勉強をしてきた意味がない』と思い、努めて冷静な態度を装った。

傷を見ると4センチほどで、深く切っていたので『これは縫うことになるな』と思った。Mちゃんは何科に行けばいいのかということをしきりに言い、近所の病院に行くとも言ったが、近所の病院はどこも午後は3時からの診療の為診てもらえないと思ったし、頭もぶつけている可能性もあるので総合病院に行った方がいいと提案した。
私は子どもを連れて車でMちゃんのマンション前まで行くので、Mちゃんは家に帰って保険証とお金を持ってくるように指示した。(幸いMちゃんの家はそこから2分ぐらいのところにあった)マンション下でMちゃんと合流し、車の中でこれから行く総合病院に電話するようにと指示した。まだ午後の診療が始まる時間ではなかった為と着いたらすぐ診てもらう為である。
病院に着くと整形外科の前で待つよう言われた。先生に診ていただく前に看護婦さんが待合室で診て下さり、午後の診療(1時半)が始まってからでも大丈夫でしょうとおっしゃたので『それほどひどくないんだな』とホっとした。
時間を見ると午後1時。Mちゃんの上の子ども達が学校から帰ってくる時間が近づいていることに気が付いた。こういう事情で病院に来ているので二人を学校に迎えに行くまで学校で待たせて下さいと電話した方がいいとMちゃんに言い、Mちゃんは電話をしに行った。その間、子どもは泣きつかれたのか、私のだっこで寝てしまった。
午後の診療の1番最初に呼ばれ、診て頂いた。傷口をふさぐ医療用のテ−プを貼り、火曜日までこの状態でいて傷がふさがらなかったら、縫いましょうという話だった。その後、耳鼻科でレントゲンを取ったところ鼻の付け根のところがほんの少し陥没しているが、それは自然に治るということだった。
大事に至らず安心したところで、Mちゃんにどういう状況だったか改めて聞いてみた。子どもと手を繋いでエスカレ−タ−に乗っていたところ、一瞬子どもの手が離れ、そのまま鼻からエスカレ−タ−の辺にぶつかったということだった。
今エスカレ−タ−を思い出しても、怪我をするような素材だったか思い出せないが、エスカレ−タ−に限らず子どもは思わぬところで怪我をするので我が子に対しても、親子教室の時も充分気をつけなければいけないと肝に命じた1日だった。                      2003年5月1日 

NHK書道展
冬休み、我が子が相当時間を割いて書き上げたお習字が、なんとNHK書道展で特選を取った。
小学生の部で全国で44名しか頂けなかった賞だけに、私も素直に喜び、子どもを褒めた。

そして今日、竹橋にある科学技術館で展覧会があったので、早速家族で見に行った。
皆とっても上手で大人顔負けの字を書いていた。受賞した作品の特長はかなり太い線(お書初め用の太い筆を全部おろして書いたようだった)で立派に書き上げていて、文字の形が完璧というよりは、子どもらしく威勢良く書いてあったのが印象的だった。
我が子の作品はと言うと上記に書いたことには当てはまらなかった。(ではどうして受賞したのかは私は審査員ではないので分からない)
とにかく賞を頂いたことによって、子どもの自信に繋がれば良いと思ったし、子ども自身もまた来年受賞出来るように頑張るよと私に誓ってくれた。                   2003年4月20日

運命の保護者会
待ちに待った保護者会。他の保護者も子ども達から色々聞いていたようであちらこちらで先生の話をしている。そして遂に先生登場!

結果から言うと、藤木直人でも、氷川きよしでもなかった(T_T)
だけど「生き生きとした楽しい学校生活が送れるよう努力していきたい」という先生のお言葉通り、全力で子ども達と向き合って下さっている様子を知ることが出来、いつしか私の頭から「藤木直人」と「氷川きよし」の言葉がなくなっていた。。。

自宅に戻りパソコンを開くと「担任の先生、どうだった?」と友人のメ−ルがたくさん来ていた。「藤木直人でも氷川きよしでもなかったけれど、とても熱心でいい先生だったよ。」と私は返信した。
                                                  2003年4月18日

親子教室
今年度最初の親子教室が今日から始まった。
今日は2歳児クラスの日だった。20組入会した親子のうちなんと19組が2番目以降のお子様を連れての参加。今まで一人目のお子様を連れての参加が圧倒的だったので私もびっくりした。(話を聞くと、一人目のお母様はこういう教室があること自体知らなくて、幼稚園に上の子を通わせているお母様は一人が知っているとあっという間に噂が広がるらしい。)
2歳児クラスと言っても今年度2歳になる子のクラスなので、2月に1歳になりましたというお子様もいたりしてとってもかわいらしい。それでも音楽に合わせて体を動かしたり、絵本の読み聞かせにしっかり耳を傾けたりと、皆とてもしっかりしていて
本当に驚いた。
それにしてもお母様方の口コミはすごいの一言。悪いウワサにならないように頑張ろうと決意を新たにした1日だった。                                     2003年04月17日

新任の先生
思う存分遊んだ春休みも終わり、学校も新学期を迎えた。我が子はクラス替えをする学年の為、少々緊張気味で登校していった。
そして2時間後、元気に長女が帰宅。第一声が「私の担任の先生、3月に大学を卒業した男の先生で藤木直人に似てるんだよ!」「え〜〜〜〜!!!」と喜ぶ私。
直後長男帰宅。「オレの担任の先生、3月に大学を卒業した男の先生で”ずんどこ節”を歌っている人に似てるんだよ!」「え〜〜〜〜、氷川きよし?!」とまたまた喜ぶ私。
普通の親なら勉強が本格化する3年生と小学校締めくくりの5年生という大事な時期に新任の先生であることを危惧するところだが、「藤木直人」と「氷川きよし」の言葉に私は一人で舞い上がり、おまけに自慢のメ−ルを友人達に送ったのだった。                 2003年04月07日

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