
シネマの光景
映画の中には忘れられないセリフやシーンがあります。
たった一言のセリフ、一瞬のシーンであったとしても、心を動かされたとしたら、
その映画は自分にとって忘れられないものとなります。
美しい器があったら、器がお料理を教えてくれる。
これは西村玲子さんの『わくわくアンティーク』の中のフレーズ。私は器屋さんで器を眺めたり、選んだりするのが大好きなのだが、それは何故かというと、器がお料理を教えてくれるから。器を眺めていると、ここに天婦羅を盛り付けたらどうだろう、ここにボイルした野菜を盛り付けたらはえるだろうな、とイマジネーションがわいてくる。
以前、桑原流副家元・桑原桜子さんのお料理の本『新感覚の京風おかず』の取材をお手伝いさせていただいたことがあるのだが、その時に、一般小売をしていないという器屋さんを取材した。その際に、プロと素人の目利きの違いは何ですか、と質問したところ、素人は器の美しさだけ見て購入するケースが多いが、プロはお料理を盛り付けたところまでを考えて器を購入する、という答えが返ってきた。なるほど、と思った。私はプロではないから、なかなかそこまでの目利きにはなれないのだが、自分なりにイマジネーションを刺激して、食卓の風景が見える器を購入するようになった。そのおかげで使わないままの器はなくなってすっきりした。
お料理を作るのが面倒だな、という気分の時のいちばんの特効薬は、器を眺めることかもしれない。
心乱れたときには、おいしいものを。
『心乱れて』という映画がある。その中で忘れられないシーンといえば、冒頭の出会いの結婚式の場面。料理評論家のレイチェルが取り出したコンパクトにコラムニストのマークの顔が写るシーンだった。
そして、これは映画ではどうだったかなということがちゃんと思い出せないのだが、原作となった『ハートバーン』(河出書房新社)を読んだところ、主人公の料理評論家の感情は、必ずお料理のレシピ付き。つまり、悲しくなったり、過去の幸福なときを思い出したりするときには、必ずレシピが登場するのだ。これを読みながら、お料理というのは(あるいは食べるということは)、現実を動かす力になるんじゃないかな、と思ったことだった。
80年生きるとして、食事は8万回。おいしいと思って食べるのと、ただ食べるのとでは幸せの絶対値が違う。
とパパが言ったらしい。これはドラマ『おいしい関係』の中のセリフ。昔大好きだった『くちづけ』という映画の中には、主人公のプーキーが考える人生というのがあって、睡眠時間や電話の回数などがセリフとしてあったけれど、人生の出来事をあたらためて計算してみると、ああ、こんなすごい回数なんだ、とびっくりする。
上記のセリフは確か主人公の女性がコンソメスープを飲んでいるシーンではなかったかしら・・と思うのだが、あのコンソメスープもおいしそうだった。でも、おいしいコンソメスープを自分で作ることは不可能なので、おいしいレストランでオーダーするか、妥協して信頼のおけるホテルのコンソメスープをテイクアウトするかどちらか。茉莉さんのエッセイの中に、「ソレイユ・ルヴァン」のコンソメスープが素晴らしくおいしかったと書かれているが、そのコンソメスープも是非飲んでみたいものだ。
題名は忘れてしまったが、ドラマの中に「ストレスが多いと味覚が鈍る」というセリフがあった。
これまでに食べたものは全部、香水の香りを思い出すように覚えています。
これも『おいしい関係』の中のセリフ。このドラマの主人公の女性は、食べるということを大切に考えてきたのだと思う。それには父親の影響が大きいようだったが、このセリフからはこの女性がどんな人生を送ってきたか、食事とどんな風に向き合ってきたかがうかがえる。食べたものが豊かな記憶として、心に刻まれているのだろうと思う。