ママといっしょに、、「障害児手探りの子育て」からの出発

          〜ママとももかふたりの歩み〜

*現在2010年です。下記は当時の気持ちをそのままに記しています。
  ただ今 ももかは中学3年生、地域の中学に通い、毎日コーラス部でがんばっています。

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ももかは妊娠後期から出産までのなんらかのトラブルのため酸素欠乏になり、
「脳性まひ」という障害を持って生まれてきました。 生後半年から「療育」
(身体のための訓練等)を開始。首も座らずお座りもできない日々が続きました。

2000年8月、大好きだった東京の幼稚園を休園して、 ママとふたり 体の集中訓練の為、
千葉から大阪へ。就学前の伸びる時期を大切にしてあげたかったのです。
ここから誰も知らなかった大阪での 二人の歩みが始まります。
私の人生の再出発もここからが始まりだったと思っています。

大阪の某療育園に4才の時単独入園、 週5回のPT、OTと一年半の訓練生活を送りました。          過敏で泣いてばかり人見知りが激しかったももかでしたが 集団生活の中、身体も精神面も
大きく成長しました。

そして2004年 現在8才、地元の小学校3年生です。   
(現在某療育園で再度手術目的で入園。ただ今単独で集中訓練中、
2004年6月より療育園内の養護学校分校へ転校)

ももかの障害がわかった時、愛する娘の将来を思い、私はこの先どうすればいいのか、、
正直絶望し、当時たくさんの涙を流しました。

でも、実はちょっと個性のある子を授かったおかげで、たくさんの温かい素敵な出会い、
そして気づかせてもらうことがいっぱいでした。それは想像していた以上の
「ももか」からのプレゼントでした。

愛情をかけて育むこと、信じてあげることの大切さ。

訓練や絵本を通じてどのようにかわっていくのか、お子様の成長が遅れて悩んでいる
たったひとりでもいい、あの時の私のように日本のどこかで一人で不安を抱えて
悩んでいらっしゃるお母様に何かお伝えできればと思いHPをたちあげたのは約5年前です。

子どもの無限の可能性とお母様へ私は決してひとりではないことを伝えたかったのです。

障害を持っていても当たり前に社会で受け入れられることを願って、この子から学んだこと、
気づいたことをまとめてみました。

「しょうがい」を持つ子どもを育てる体験は実際経験しなければ、決してわからないものです。

「健常者」と「障害を持つ子」を育てる間で感じる この微妙な立場で学んだことや気づきは
表現しなければ伝わりません。伝えなければ伝わらない、だから伝えたいと思ったのです。

つたないHPではありますが、ももかを通して出会うみなさんと情報を共有できますように、
「こころのバリアフリー」という言葉で検索して来られた方々には
このHPを通して少しでもカタチではない、心のバリアフリーの大切さをこころに感じて
頂けたら嬉しく思います。

私は今 ももかと親子で車椅子生活を楽しんでいます。
育児は育自。自分育てだなあ、、と感じます。
彼女を授かり彼女との生活で私はしあわせを感じる感度が大きく変わりました。

泣いてばかりだった私から 一歩一歩成長してどのように心が変わり楽しむようになっていったか、
気持ちを素直に綴りたいと思います。

今まで支えてくださったすべての周りの方々への感謝の気持ちをここに記します

                          2004年12月 
                          管理人 cona(ももかママ)

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ももかの笑顔の写真
しょうがいをもつ愛する娘が教えてくれたこと