〜ももかのゆっくりの成長と気づき、母が詩を読んで思ったこと〜     

||わたしの大切な赤ちゃんは障害というとびきり個性をもって生まれてきた||   



定期検診でモニターを見ると お腹の中でいつもおしゃぶりしていた手。 

でも
生まれてきたももかは 手を固く握りしめたままで物を持つこと、
手を広げること、掴むこともできませんでした。
もちろんおしゃぶりも、、できませんでした。

当時ももかは過敏で特に音に敏感に反応して泣きました。
掃除機の音もFAXの音も、ピンポ〜ンと呼び出し音も×
そして一日中何十回も大声で泣くももか。
掃除ひとつすることが大変だった時期があります。

幸いだったのは私は初めての子育てで
何も知らなかったことかもしれません。

どんなことも母は疲れ果てながらも 
ももかがかわいくて仕方がなかったのです。

ももかは身体が柔らかくて よく泣く子でした。そしてなかなかお首が座りませんでした。

当時の私は「首の座らない子どもがいるはずがない」という固定観念を持ち
首さえ座れば大丈夫なのでは?という浅い知識しかありませんでした。

泣いてばかりのももかを連れて
がらがらひとつでも音が出るもの、
見やすい色、興味を持つ物を探し回りました。

ベビーカーに乗っても大声で泣いてばかりのももか。
ベビーカーを押しながら 歌を歌い続け一日中語りかけてました。
とてもへんてこ親子だったと思います。

歩けるかも言葉も出るか解らない、
そして いくつもの障害名を言われ
知的障害も大きく出てくるでしょうと宣告されたのは生後6ヶ月の時。

人間には努力してもどうしょうもないことがあることを知りました。

過敏、睡眠障害、
ずっと新生児ケアのような大変な毎日を過ごす中
私の体重は体重計にのる度に1s、2sと減り 気が付くと激痩せ、、
ベビーカーを押しながら 何度も倒れそうになった時期があります。


障害児を育てるご両親はきっと皆さん体験されてると思いますが
虚しさでいっぱいになり 希望もなく
この先どうやってこの子を育てていけばいいのかわからず
ももかを連れて死を考えた日々もありました。 
でも かわいくて私にはできませんでした。

全く先が見えない不安は心の鏡を曇らせますね。


障害がどのようになろうと
普通小学校に必ず入学させようと心に決めたのは
そんなももかが赤ちゃんの頃でした。

それはどんなに重度であったとしても たとえそれが大変であっても
たくさんのいろんなお友達の声の中で
こころに色んなことを感じさせてあげたい そんな願いからでした。

笑ったり泣いたりいじめられたり そんな中
人は大きく人格形成していくと思ったからです。
(今は養護にすればよかったと思う時も正直あります。最終的にはももかのチョイスでした)

療育(訓練)をスタートしたのは生後0才7ヶ月の時。


先生を受け付けず 過敏で母しかダメ、
母以外、誰も彼女を触ることすらできませんでした。
毎日泣きながらのスタートでした。

首はなかなか座らず 1才くらいまで安定しなかったように思います。
障害の受容、、それはたくさんの本を読んで知識を自ら得るところから始まりました。
いろんな人にあったり よいと聞けば行ったりしました。
たくさんの方々に支えてもらったと思います。

1才3ヶ月、寝返り、そして右から左へ物を持ちかえることができた日 
私は本当に感動しました。

どれだけ嬉しかったでしょう。

そしてずりばいができた日、
その日が母の人生で2番目に嬉しい日となりました。
(一番目はももかの生まれた日です)

手を動かすこと、持ちかえること、食べること、座ること、歩くこと、
私たちが当たり前と思っているひとつひとつが
決して当たり前のことではないと
小さなももかに教えてもらいました。

私はなんでも当たり前にしていました。
彼女に小さなひとつひとつに感動する気持ちを与えてもらいました。

おしゃぶりをするということは普通子どもにやめさせることですが
ももかにはまずおしゃぶりの仕方を教えなければなりませんでした。
手の感覚を口に入れてなめることでひとつひとつ教え体験させて解らせました。

手の感覚をわからせることがまずいちばん大切だと思ったからです。
何度も何度もやってもやっても最初はだめで
涙が出て虚しくなった日もいっぱいありました。
いつまで続くのだろう、、と、、

2才半頃まで手を口の中に入れてあげて 
おしゃぶりの仕方、手の感覚を教えることが続きました。

初めておしゃぶりができたときは本当に本当に嬉しかったです。

ふり返ると 眼震、斜視、全く動かない身体、固くなる身体を見て涙し、
また彼女の小さな成長を喜ぶ日々でした。


〜〜絵本を通して色んな世界をみせてあげたかった〜〜


赤ちゃんが生まれたら歌をたくさん歌って本をいっぱい読んであげたい、
それは私の高校生時代からの夢でした。
そんな夢、ふり返るとももは叶えてくれていました。
図書館に行ったり、購入したりで家中に絵本があふれました。


療育のための0才からの訓練のための母子通園、そして
本を読み聞かせやおでかけをしていると
泣き虫ももかとの生活の一日は
あっという間に過ぎていったように思います。(当時は長かったでしょうが、、)

(少しでも刺激を与えたいと思い いろんなところへ連れていきました。
ディズニーランドの夜のパレードはものすごく刺激があるようで ももかの目も輝いていました。
母はいつも パレードにでてくる魔法の杖を持った使いのおばあさんとミッキーさんにお願いしました。
「どうかこの子にも魔法をかけてください」って
その頃自宅の近くだったディズニーランドは 母の心の癒しの場でした)

 
今になるとどんな思い出もかわいかったなあ、、と
泣いていたことすら愛おしく思い出されます。
時間は人に優しいです。

ももは本当に絵本が大好きで
真夜中まで本を読んでとせがむほど
本が大好きな子に成長していきました。

アルファベットやひらがな、カタカナ、数字に興味を持ち始めたのは1才半の頃です。

3才 手先の訓練になると思いピコ(ゲーム)を買い与えました。
お絵かきソフトなどです。
私のおもちゃ購入の基準はそれがどのように機能獲得に役立つかどうかでした。

4才 タッチパネルのデスクトップのPCを購入。
パソコンの面白さを感じ始めました。
WEB絵本やお絵かきなどをして楽しみました。
ももの人見知りは激しく生後3ヶ月からこの頃まで続きました。

4才半 関東から引越、大阪の療育園へ入園。
生まれた日から一日も泣かない日がなかった過敏なももかも徐々に泣かなくなりました。
集団生活から学ぶことは本当に多いですね。

いっぱい我慢することを学び たくさんのお友達との係わりの中 
もまれ成長したのだと思います。
療育園の先生方、療育のスタッフ、看護婦さん、保母さんみなさんの
たくさんの愛情やサポートを頂き感謝しています。

療育園へ1年半入園 親元離れて毎日PT、OTの訓練がんばりました。
手をついてお座りができるようになり始めました。

6才 ノートパソコンでゲームをして遊び始めました。左の人差し指一本です。

7才半 女子医大に足の過敏に反応する神経抹消手術のため3週間入院、
その際 看護婦さんたちに教えて頂いて
一本指でたどたどしくひらがな打ちを覚え打ち始めました。 驚きました。

入院生活では毎日食事のアナウンスをさせて頂いたり 
各病室をまわって子どもから大人のお友達をたくさん作りました。
入院はとっても楽しかったそうです。

医師の話では緊張はもうもどらないということでしたが
神経抹消手術の結果は正直いまひとつでした。
緊張は術後3週間目にあらわれました。
ただよかったこともいくつかあるので すべてはマイナスではありません。

7才9ヶ月 ローマ字を覚え たどたどしくローマ字打ちを始めました。

8才 wordで短い文章を打ち、保存できるようになりました。
短いお話しを作り始めました。

「おかあさん パンダみたい。耳つけるだけ」 ももか作

8才2ヶ月5月1日 初めての詩を作りました。
今までゆっくり自分で打たものをつなぎ合わせました。
自分で出来たがいちばん嬉しいももかです。
ももちゃん できたね、おめでとう(*^-^*)!

今ももかは母の手を放れたくて仕方がありません。
あんなにママっ子だったももかが、、、。
今ではどこでも自分で車椅子をゆっくりこいで行ってしまうようになりました。
ももかを探しながら 心の中で微笑んでいる私がいます。

「おかあさん あっちいって、こんといて!」と手でバイバイします。

そして 知らない人とすぐ友達になってしまうももかに成長しました。 

今彼女は何でも自分でしたい、できなくても自分でしたい、
参加したい、、気持ちでいっぱいです。
18才になったら家を出て一人で住むと言っています。
それを実現させて自立させるのが母のお仕事ですね。
これからも ももかは少しずつ成長したり後退したりを繰り返していくと思います。

母はそばでつかず離れず可能性をずっと信じてあげたいと思います。

ももかが生まれてまるで鈍行電車に乗ったような(時には止まったような)毎日でしたが
ももかとその電車に乗って 私はたくさんのことを
見せて教えて感じさせてもらいました。

各駅停車の旅は ゆっくりだけど
たまにとろくてへこんでしまう時もあるけれど
一緒に色んな風景を見て楽しみ、学び
ももかを通してたくさんの出会いも与えてもらいました。

この8年、人の優しさ、温かさを
感じさせてくれる素敵な旅でもありました。


ももかが生まれてから大変なことは正直ありましたが
母はこころでしあわせを感じることができるようになりました。
人生で今がいちばんしあわせです。

ももかとのゆっくりの生活はこれからも続きます。

これからどんな旅になるのか 誰とであえるのか、
何を学ぶのかわくわくします。

ももかと共に楽しみたいと思います。

親子でいろんなことを楽しみ体験、 挑戦していきたいと思います。

〜〜ももちゃん ありがとう〜〜 
by cona 2004/5/3