「知的障害者の叔母と暮らして・・」

 私には病気の後遺症による、知的障害をもつ叔母がいる。
その叔母と生まれた時から20年共に暮らした。

幼い頃はなんでも私のせいにされることが多く、正直、家族だけで住みたいと
思うことがあった。

いろんな影響はあったのだろう。私はこころを閉ざして無口になってしまった時期も
ある。泣いた日もある。

たしかにそんな時期はあった。

でもそんな時期は長くは続かない。

子どもはどんな子もその環境の中でもまれて、精神的に強くなり、
成長するのだから、、、。

大人が思っているよりもろいけど、強いのかもしれない。

 叔母の影響であると思うことがある。

それは、振り返ると障害を持つ子のお世話は本当に特別のことではなかった、、。
それはふつうのことだった。

言語障害のあるお友達。LD障害のお友達。送り迎えや劇をいっしょにしたり、、
遊んだり。中学時代の親友は耳が聞こえなかったので、隣でノートを取るお手伝い。
またテスト時いっしょに勉強をした。

わたしにとって障害は特別のことではなくて、いやむしろ、
「なにかできるかな、、」っていう気持ちが自然に湧いた。

壁なんて最初からなかったから。

あたりまえのこととして受け入れるには、すべて経験なのかもしれない。

子育てにしても経験。なんでも経験。だから、もっともっと幼いうちから
障害者と健常者が分けられない、環境を整えるべきであると思う。

お互いを知り合って、お互いを分かり合うために。

そしてさりげなく、本当にさりげなく手伝うことが当たり前に、
誰もが当たり前に、、特別のことではなくできるようになるために。

みんなただ、知らないだけだから、、、。

ただそれだけのことだから、、、。

だってみんないっしょなんだもの。

私の叔母、ふじちゃんはとってもかわいい人。

純粋で愛くるしくて、素直で。

だからずっとずっと大切にしていきたいと思っている。

彼女と暮らした就職するまでの20年間は、わたしの宝物でもあるのだろう。

た、か、ら、も、の♪♪だよ。