
神々の住む島ーバリ その1
バリは東京都の約2.5倍の大きさで人口は290万人の島です。島でひとつの州になり、8つの県に分かれています。バリ独特の雰囲気は、他のインドネシアのほとんどがイスラム教を信仰しているのに、バリでは9割がバリ・ヒンドュー教徒であり、インドの本来のヒンドュー教の、シヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマという3大神の上に、サンヒャン・ウィディという最高神が存在しています。人々の信仰心は篤く、至るところでお供え物が捧げられているのを見ることができます。
バリにはいくつかのリゾートビーチがあり、趣も違うようです。若者に人気の最大の観光地となったクタ・レギャン、高級ホテルの建ち並ぶヌサ・ドュア、最近リゾートホテルが次々とオープンしているジンバラン。そして私たちが滞在したのは、1930年代からヨーロッパやアメリカの芸術家に愛されたサヌールでした。

5月のある日ーきっかけ&準備
私たちは、初めてバリを訪れることになった。計画してこうなったわけではなく、たまたま安い航空券を選んだらガルーダインドネシア航空のデンパサール経由だったのだ。最初、子どもたちだけを帰国させるつもりで、1月に使ったUnaccompanied Minorという制度を利用しようとしたら、その制度には格安チケットの値段が適用されないことになったのだ。そうなるとひとりあたり1400ドルもかかり、結局私も含めて帰っても安い航空券だと同じ値段くらいで帰れることがわかった。私たちのオーストラリア生活もちょうど半分にさしかかろうとしているし、私も最初のウーロンゴン大学の修士課程の卒業を迎える。メルボルンへの引越しも控えているので、ご褒美だと思い少しリッチなバリのバカンスとしゃれ込むことにした。
久しぶりの海外旅行(?)なので、まず情報収集から。ちょうど、周りにはインドネシア人留学生がたくさんいるし、こちらで知り合った日本人女性は、インドネシア専門のバックパッカーだったそうで、いろいろとアドバイスをもらった。いくつかあるリゾートビーチの中で、サヌールをすすめられた。クタレギャンは安いけれど、詐欺や盗難も多いそうで、ここは避けて、ヌサ・デュアとサヌールのどちらかにしようと考えた。サヌールは、かつてバリ随一のリゾートとして発展したが、他のリゾート開発で少しさびれたものの、バリの村とリゾートが程よく混じりあって落ち着いているというガイドブックの案内を読んで、ここに決めることにした。
まずホテルだが、ガイドブックを見ると一流ホテルはツインでUS$150〜200はする。3泊する予定なので、この値段ではちょっときつい。少しランク落ちしたところで、US$50〜100。もちろんインドネシアルピーで表記されているところは、もっと安いのだろう。でも今回はちょっとリッチな気分にひたりたい。地球の歩き方に載っていたサヌールの旅行会社は、ホテルのディスカウントもあるとのことで、メールでホテルの料金をたずねた。すぐに添付ファイルでリストが送られてきてびっくり。何とほぼ半額のところもある。
友人が一緒に帰ることになり、飛行機のチケットの予約を入れたが、4人一緒のシドニーデンパサール間のとれず(これはたぶんスクールホリデイが始まる週末にかかってくるためだと思う)、結局5泊することにした。でも地球の歩き方2000年〜2001年版には、US$165〜190となっていたグランドバリビーチホテルが、クレジットの手数料を入れてもほぼ半額だったので、エクストラベッドの料金を加えそこに5泊の予約を入れてもらった。すると5泊のロングステイだと空港までの迎えつきになるとのこと。これもラッキー、日本に持って帰る荷物がかなりあるため、タクシーを捜したりするのも面倒だと思っていたからだ。
飛行機のチケットとホテルの手配さえすれば、あとはもう行ってから決めよう。とにかく5月から6月にかけては、大学の勉強が大変だったし引越しの準備もしなくちゃいけないと、前日までばたばたと落ち着かなく過ごしていた。
6月27日ーさあ出発
昨日までの1週間、旅行帰国の準備だけでなく、引越しの準備や、ウーロンゴンの友人たちとの送別会etcで目が回るような忙しさだった。子どもたちは日本で1ヶ月を過ごし、ウーロンゴンに帰らず直接メルボルンに戻るため、とにかく子どものものだけでも整理させておかないと帰ってきた私が大変だ。しかも戻って翌日には引越し業者が荷物を取りに来てくれて、その翌日私もアパートを引き払ってメルボルンへ行く予定だ。
私は朝5時に起きて、最後のメールと掲示板のチェックをした。昨日から、行ってらっしゃいという言葉がいくつかあってありがたい。子どもたちを5時半に起こし、荷物を下まで運ぶ。我が家は3階のため、軽く30Kgを超えるだろうと思えるスーツケースをひとりで下ろすのは、本当に大変だった。6時に空港へのエアポートサービスの予約を入れていたので、5分ほど前に出たが、10分たっても来ない。数人の友人が見送りに出てくれていて、寒いのに申し訳ないと思う。6時15分頃車が来て、私の電話番号が間違っていたからと言い訳された。でも電話番号はもう何回も言っているので、言い間違えるわけがなく、聞き取りやすい番号なので間違えられたことも聞き返されたこともないので、こんなときに間違えられるなんてとうんざり。でもとりあえず来たからよかったけれど。以前違う会社に友人が頼んだら、電話番号も住所も間違っていたとか言われて、本当に来なかったことがある。それよりましだと思うしかない。
空港についたのは7時半を過ぎていた。もうチェックインは始まっていて、かなりの行列だ。3、40分は待っただろうか。ようやく私たちの順番が来て、私のスーツケースを最初にベルトコンベアーの上に乗せると35Kgもある。
「これは重過ぎるからだめです。32Kg以上は乗せられません。あそこで3kg分減らして持ってきてください。」と行列の端を指差して係員は言った。思わず、「うそ!」と叫びたくなる。昨日苦労して詰めたのに、しかもこんなところで開けて3kg分をどうしろって言うのか。しかたなく、昨日増えた子どもたちの学校の本を全部取り出してもう1度チャレンジすると30Kg。本だけで5kgもあったなんて・・・
合計で何Kgあったかわからなくなってけれど、4人分で大きなスーツケース2個、大きなボストンバッグ、ダンボール箱3箱を預けたので、たぶん100kgちかくあったのじゃないだろうか。でもまだ手荷物でコンピューターの入ったショルダーバッグと、陶器が入ったボストンバッグ、そしてはみ出した本を5kg分も持っている。子どもたちもリュックをしょっているので、私たちの手荷物だけでも、軽く20kgは超えるだろう。
チェックインが遅かったため、4人一緒の席は取れず、二人ずつになってしまった。まあ子どもたちだけでも大丈夫だろう。バリまで6時間ほどだし、離れているとはいえ私たちも乗っているのだから。機内は見たところ満席。オーストラリア人に混じって、日本人のグループも見える。私の前には若いオージーのグループ。「オーストラリアのリゾートとバリとはそれほど変わらないのじゃないの?」と思うが、みんなうれしそうにしている。たしかにバカンスに行くのだろうけど。バリまでは6時間で機内食のあと、うつらうつらしていると映画も始まり、(メグライアンとラッセルクロウの映画だった)それを見終えるともう着陸準備にはいった。万里が何回か「あとどれくらい?」と聞きにきたが、ふたりともたいして心配もなく過ごしたようだ。
入国審査もかなりの人だかり。でも回りはオーストラリア人ばかりで、英語しか聞こえない。飛行機に乗っていたたくさんの日本人はトランジットだけで、バリに降りなかったのだろうか。「歩き方」に入国のスタンプをわざと間違えて押し、出国の時に不法滞在の罰金を取られることもあると書いてあったので注意してみたが、まったくそんな気配もなく係官は次々と人をさばいていた。荷物のターンテーブルのところに行くと、もうすごい人だかりでカートが1台もない。かなりの荷物なので、ないと外まで運んでいけない。制服を来た人に尋ねてみると、今日は人が多いので、外から戻ってくるのを待つしかないという。困った顔をすると、そのまま外に出て取ってきてもいいといわれた。税関を通っていないのに、いいのかなと思いながら、チェーンの隙間から外に出て、カートを1台押してまたそこから入った。
もうターンテーブルは止まっているのに、ダンボール箱が1つ出ていない。外にOsaka
Japanと書いておいたから、日本の乗り継ぎ便に乗せられてしまったのだろうか。どうせ本だけだし、それならそれでもいいやと思いながら、Baggage
Claimのところで書類に書き込もうとしたら、亜希がきてもう横においてあったと言う。荷物をカートに積んで税関へ。スーツケースは何も言われなかったが、ダンボール箱を開けろと言われた。学生だから本ばかりと言っても、カッターでガムテープのところに切り目を入れて覗かれた。また次に乗るときにテープを張らなきゃいけない・・・ 税関の目の前に銀行と両替所が並んでいるので、とりあえず1万円を換えると98万5000ルピアになった。あまりの額の大きさに、確認するのも間違えそうだ。でも確認せずに詐欺にあうことも多いという。US$1で11000ルピア。日本円に計算するより、10000ルピアを1米ドルと考えたほうがわかりやすいかもしれない。その銀行のカウンターの人に、ポーターのチップはいくらくらいかと聞いたら、「up
to you」と言われた。それでも相場はと聞くと、1米ドルと言う。
外に出るとすぐ私の名前の札を持って立っている男性が見え、すぐ車へ。子連れに大量の荷物となると、今回はこれでおお助かりだ。ホテルまでの間に、簡単にバリの案内をしてくれて、途中バティックのお店があるからと寄った。でも入ってあまりの高さにびっくり。この値段はないでしょうと、さっさと出てきた。
ホテルのチェックインもロビーに座っているだけでそのガイドさんがやってくれて、しかもジュースも運ばれてきた。なんかとてもリッチな気分。明日から友人はダイビングの講習に出かけるので、4日目に車をチャーターして、観光に出かける予約をし、6000円払った。これは高いのか、相場なのかまだあまりわからないけれど、一人旅ではないので、多少は仕方がないかな。
部屋からプールとビーチが見えて素敵。さあのんびりするぞ!一息して、まず物価を把握するために、スーパーマーケットにでかけ、それから食事に行くことにした。タクシーを頼むと前払いで20000ルピー。US2ドルと考えたら、そんなものかな。タクシーのお兄ちゃんは気さくにあまり上手でない英語で話し掛けてくる。おいしいレストランをおしえてと頼むと、買い物の間待っているから、そこからレストラン、そしてホテルまで40000ルピーでと言うのでOKした。
連れて行ってくれたのは、メインのビーチからは少し離れたスマワンというビーチ沿いのレストラン(というより食堂)だった。でも眺めは最高だし、おなかがぺこぺこだったので出てきた料理も美味しくてあっという間に平らげて、追加注文したほどだ。値段も安くて、4人で思いっきり食べて100000ルピーでお釣りがきた。結局、滞在中の食事では、ここが1番安くて味もかなりいいほうだった。
6月28日ーバカンス1日目
友人は今日から3日間スキューバダイビングのPADIライセンス取得のコースに行くので、日中は私たち母子だけだ。彼女は、今日朝食も取れないほど早く出かけてしまったので、3人でだらだらと用意しながらテレビをつけると、Cartoon Networkのチャンネルもあり、なんと彼女たちの大好きな「Power Ruff Girls」がやっていた。もう朝食なんてそっちのけでテレビにかじりつき。
終わってからコーヒールームのバイキングの朝食へ出かけた。ざっと見渡す限り、ゲストは白人がほとんど。アジア系の人は数人しかいなくて、日本人はだれもいないようだ。まあ今は日本人にとって休みが取れる時期じゃないもの。このバイキングというのは、ついいじましく食べてしまってあとで後悔する。特に初日となると、何もかも味見してしまいたくなる自分が情けない。でもここのクロワッサンやペストリーははほんとにおいしい。万里は朝からナシゴレン(インドネシアの焼き飯)をみつけて食べている。
朝食のあとは着替えてプール。椅子で寝転がっている人はたくさんいるけれど、実際水につかっている人は少ない。私も、ときどき泳ぎながら、あとはプールサイドの日陰で本を読んだり、うつらうつらしたり。昼食も、面倒になってしまったので、プールサイドでピザとハンバーガーを頼んだ。でも2品でUS9ドルもして、あとから考えると日本並みに高かったんだと唖然とした。
3時頃までプールにいて部屋に戻りシャワーをあびようとしてびっくり。3人ともはっきりと水着の型がついている。私なんて、ほんの少ししか泳がなかったのに。子どもたちはゴーグルをしながら泳ぐので、まるでスキーのあとの逆パンダ。このまま過ごしたら、いったいどこから帰ってきたのかのいわれるほど、真っ黒になるだろう。
夕食はサヌールビーチ沿いのレストランへ。何軒も並んでいるけれど、どこもビーチに面していて雰囲気がいい。ナトゥール・シンドゥー・.ビーチというホテルの前のレストランで、値段もナシゴレンが15000ルピーとレストランとしては妥当な金額だったと思う。いつも万里がなしゴレンを頼むので、これで値段を比較していたが、安いところで10000ルピー、高いところで18000ルピーだった。1番高いメニューでも30000ルピーくらいで、いつも生ジュース(8000ルピーくらい)、ビール小ビン(10000ルピーくらい)と4,5品頼んで、150000ルピーくらい(約1700円)だった。
6月29日ー町歩き
朝食のあと、子どもを連れて町へ出た。予想以上に田舎の村で、とても懐かしい感じがする。メインストリートを歩くが、暑さと、排気ガスやほこりの空気の悪さで、10分もいかないうちに子どもたちは文句を言い出した。
「午後からはプールに行けばいいから、とにかく午前中はママにつきあってよ。もうここには2度と来ないかもしれないでしょ?」
「だって暑いもん。こんなとこ歩いてもおもしろくない。」
我が家のふたりは野生児で、ファームのようなところだと暑くても寒くても平気なくせに、街中はきらいだ。
市場を見つけたので、入っていく。東南アジアらしい臭いと汚さ(?)で、子どもたちは入るなり、「早く出たい」と大騒ぎ。でも私は本当に懐かしくて、子どもを無視して歩き回った。果物屋でマンゴスチンを発見。ヤッター、私はこれが大好物。シーズンじゃないから、食べれないと思っていたのに。
市場の外にある服を売っているお店の女の人につかまって、私と子どものコットンのワンピースを買わされてしまった。最初の言い値の3分の2まで値切ったから、まあまあと思ったのに、結局かなり高い買い物になってしまった(といっても日本とは比べ物にならない)。やっぱりもう少しいろいろな店を見てからにするべきだった。でもあまりのインフレのひどさで、最新版の「地球の歩き方」の価格さえ全く当てにならない。たぶんUSドルで表記した方が、確かな金額になるのだろうと思う。
午後からはやっぱり子どもはプール。私も日陰で寝転がっていた。夕方になるとシャワーを浴びて、部屋でCartoon
Networkばかり見ている。久しぶりにのんびりと時間をつぶしている。
夕食は昨日よりもう少しビーチ沿いに歩いたところで、時間も早いせいか他に客がいない。私たちが帰る頃になってグループがやってきたが、それまでウエイターは円陣になって座り込んでおしゃべりをしていた。料理も昨日の方がやっぱりおいしかったかな?
この写真は、私たちがよく食べたメニュー。
サテの盛り合わせ |
ナシゴレン |