神々の住む島ーバリ  その3

7月1日
 車をチャーターして1日観光に出かけた。今回は子連れだし、かなり暑いので多少高くてももういいやという気になっている。ホテルの予約を頼んだ旅行社に、迎えに来てもらったその日に6000円で頼んだ。あとから考えると、個人的にタクシーをチャーターした方が安かったのかなとも思える。でもガイドもしてくれたので、日本円だけを考えると安い。
 行き先もお任せだったが、ダンスが見たいということと、ブサキ寺院に行きたいという希望を伝えた。でもこれは誰でも望むことなんだろうと思う。辿ったコースは、まずウブドでダンスを見て、銀細工の店に連れて行かれた。そこからキンタマーニで昼食を取りながら、バトュール山を眺める。そのあとティルタ・エンプル寺院とブサキ寺院へ行き、全行程で8時間弱だったと思う。

バロンダンス
これはチャナロンというバリ人の宗教生活において重要な儀式を観光化したものだそうだ。善と悪、生と死、聖と邪といった相対立する概念をバロン(聖獣)とランダ(魔女)という2つのキャラクターに代表させて、両者の力が構想していることによって世界が保たれているのだという確認を芸能を通じて行う。
 私たちが見たのは、完全に観光客向けの劇場で、3日ぶりに多くの日本人を目にすることになった。言葉は当然インドネシア語だが、日本語で書かれた簡単なパンフレットをくれたので、子どもたちもストーリーは理解できたようだ。
 物語は、死神の生けにえにされることになっているサデワ王子を、哀れんだ神が王子を不死身の身体にし、それを知った死神は敗北を認め、自分を殺してくれるように頼む。そのため死神は天国に行くことができた。その弟子カレカは同じことを望んだが、サワデ王子が断ったため、二人は戦うことになる。カレカが悪魔の女王のランダに変身し、サデワが真実の神バロンに変身したことで、二人の力は互角となり、戦いは終わりのないものになる。


死神の生けにえになるデワ王子(右)と悲しむ母親の女王

悲しみを表わす踊りをする召使

生けにえの儀式にとりかかるよう命令する死神
 

 真実の神、
 バロン(右)

 悪魔の女王
 ランダ(左)


バトゥール山とキンタマーニ
標高1,717mのバトゥール山は巨大な円形劇場のようなクレーターを持つ活火山。1917年と1926年に大噴火を起こし、噴火に伴う大地震でバリ島全体が被害を受け、1000人以上の命を奪ったという。バトゥール山には黒々とした溶岩流の痕跡が残り、雨がその割れ目から大地にしみ込み、まだ冷え切っていない溶岩に熱せられ水蒸気の霞をつくる。そのために全体の景色がまるで写真がピンぼけしているかのような印象を受ける。
 バトゥール山周辺にはいくつかの村があるが、観光の拠点になるのは、ペネロカンからキンタマーニの間だ。ホテルやレストランが点在し、観光客もほとんどこのあたりで昼食を取る。私たちも、観光客向けのビュッフェタイプのレストランに連れて行かれた。

 

 これは普通の家だと思いますが、庭の一角に祭壇のようなものがあったり、屋根の上に小さな神様の像が飾っていたりと、信仰の篤いバリ人の様子がうかがわれます

タンパクシリンにあるティルタ・エンプル寺院
 ここは聖なる泉の湧く寺として有名で、伝説によると、インドラ神と魔王マヤ・ダナワの戦いの最中に、マヤ・ダナワによって毒殺された臣下を生き返らせるため、インドラ神は大地を杖でたたき不老不死の水アメルタを湧き出させた。そしてアメルタによって生き返った臣下とインドラ神がマヤ・ダナワを退治した。そのアメルタが、ティルタ・エンプルの聖なる泉と言われている。
 寺院の外側には聖なる泉を引いた沐浴場があるが、観光客があまりにも無神経に写真を撮るため、今は無人の沐浴場になってしまった。寺院内には泉の湧き出る大きな池があり、薄青色の水の底から、静かに湧き出ている水が水面を揺らす様子は、本当に神秘的だ。


 ブサキ寺院
ブサキ寺院は、アグン山中腹、標高およそ900mのところに建立されている。大小30あまりの寺院によって構成されている複合寺院で、バリの人々からは「母なる寺院」として、バリ・ヒンドゥーの総本山として崇められている。10世紀頃、仏教僧の瞑想の場として使われていたが、16世紀、ゲルゲル王朝時代に王家の葬儀に使われる寺院として有名になった。以後、ヒンドゥー3大神シヴァ、ブラフマン、ヴィシュヌを祀る3寺院を中心に、各州の寺院などを包括するようになった。


プナタラン・アグン寺院
 ここはシヴァ神を祀るブサキの中心寺院
 観光客は、このチャンディ・ブンタルから先の境内には入れません。上の写真は、隙間から撮りました。




 境内にあったコーヒーの木

 ガイドブックには、駐車場脇の記帳所でお布施を払うが、あくまで気持ちの問題で書いてあるような高額でなくてもとあったが、私たちはガイドの言うままに一人5000ルピー払った。歩き出すと、子どもたちがよってきて、亜希と万里にも無理やりサロンを巻こうとした。私は今日はサロンを着ているので大丈夫だし、友人にも予備のサロンを持ってきているので、それでOK(バリでは寺院に入るときにはサロンと帯が必要だ)。子どもだから許してくれるかなと思いながら、結局寄ってきた子ども達を振り切ってすすんだ。
 結果的には何もいわれなかった。でも観光客の身勝手さだろうかと少し反省。信仰心の篤いバリの人たちにとって、お寺は本当に神聖な場所なのだから。でも日曜日とはいえ、小さな子どもたちが小遣い稼ぎのために、強引に観光客からお金を稼ごうとしている様子が、見ていて哀しくなる。ガイドブックに書いてあったように、寺院を出たところで女の子が花を差し出したが、これも受け取るとお金を要求されるという。どうしてよいのかわからなくなってしまう。
 昔インドを旅したとき、特にカルカッタの町は、いわゆる物乞いの人でいっぱいだった。赤ちゃんを抱きながら手を出してくる女性を、無視して歩くのはつらかった。でもその時何かの本で読んだのだが、一人にお金をあげるのなら、近づいてくる人すべてにあげる覚悟がないといけないとあった。私は決意して、ある1日たくさんのコインを用意し、朝からずっと出会う物乞いの人すべてにコインを渡しつづけた。別の日は、すべての人を無視して歩きつづけた。どちらも本当にしんどいことだった。
 あの頃ほど強くなれないかもしれない今、もう1度カルカッタに行けば、私はどうするのだろう。
 それにしてもお仕着せのツアーの疲れること。ずっと車で連れて行ってくれるのだが、暑さのせいもあるかもしれないが、夕方には4人ともぐったりしていた。自分のペースで歩けないというのがこれほどいらだたしいと思わなかった。
 今回のバリはバカンスが第1の目的で、子連れということもあり、本来の私の旅とはかなりかけ離れたものだった。でも、垣間見たバリの人たちの生活ぶりや、自然に囲まれたのどかな村は、ほっとさせられた。観光が大きな島の産業であるだけに、それに関わり利益を受ける人と、まったくそうでない人の差がかなりあるのだろう。貧富の差も、日本人には想像できないほどだろう。
 一説には、日本人がバリに来だしてから、物価があがったとオーストラリア人が怒っているという。確かに、日本の金銭感覚で旅行すると、かなりの大名旅行になってしまう。でもバリが観光ズレしていくのは、日本人のせいだけではない。かつての日本がそうだったように、この島の人たちもどんどん西洋化している面が見られる。
 サヌールにはマクドナルドがあり、オーストラリアと同じくらいの価格だった。客は、確かに外国人がほとんどだったが、現地の人も見られた。タクシーの運転手は「高いので行ったことがない」と言っていたが、一種のステイタスシンボルのように、マクドナルドへ行く人もいるのだろう。
 またいつか訪れるチャンスがあれば、その変化に驚かされるのだろう。でもバリの人たちの笑顔や人なつっこさ、美しい自然がいつまでも消えてしまわないように願う。
 


車から見かけた
「アヒル飼いの少年たち」

羊飼いは、以前ヨーロッパで見かけましたが、アヒルはさすがに初めて!

ちゃんと並んで歩いていく姿に驚きました

 画像が多く、重いページになり申し訳ありません。これで「神々の島バリ」は完結です。
 読んでいただいてありがとうございました。また感想や、新たなバリの情報など、ぜひお知らせくださいね!


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