記憶を辿って・・・

俺が書く事は全て、思いでや昔話になるんだろうな。
2003年、もうこの世を去ってから何年たったんだろう。
俺は病気に負けた。
負けるつもりはなかったが体力が肉体がそう、、耐えてはくれなかった。俺は選択を誤った。戦うタイミングが 自分の選択で遅らせてしまったわけだ。
俺は思う。 俺と同じ病気で戦ってる人、戦ってる人の側にいる人 、そんな人達が俺の過ちを読んで、違う道へ進み、病気に勝ってくれる事を願う。
このコトバの意味・・・ 俺に対しても 俺の側にいた奴にたいしても。ここで俺が病気に闘いを挑み、そして負けて、肉体を奪われたまでの記録をやっと伝えなくては、、と 思ったんだ。
癌に負けるな。 戦ってる人達へ・・・


●疑い   (1998_05_04)
●まさか・・    (1998_05_07)
●最悪   (1998_05_08)
●混沌   (1998_05_10)
●告白   (1998_05_13)
●これにかける   (1998_05_15)
●食欲   (1998_05_21)
●行動   (1998_05_23)
●望み無し   (1998_05_26)
●誕生日   (1998_05_29)

※最後まで読んでくれてありがとう

俺はもう死んでいるのだから、文字がうてるわけがない。ただ、何故、俺が吐露出来るかと言えば闘病中、俺が嫁に話した気持ち、感情会話した内容までを、嫁が克明に日記として残していた。俺が書きなぐったものもある。来年で七回忌、やっとその日記を開けて読み返す事が出来たそうだ。嫁自身、闘病中は「何か治す方法はないか」とネットで色々検索し情報を集めていたようだ。けれど、情報よりも一番大切なのは、患者と介護する側の心のケア。日本の病院の中には、カウンセラーで患者・介護する人の為に悩みや葛藤を緩和してくれる病院もあるが、1998年では良質なカウンセラーのいる病院は、東京の国立がんセンターか、大阪の淀川キリスト病院など限られた施設しかなかった。今現在もまだまだ少ないようだ。(増えている事を願う)だから、俺が何か出来るわけでもないけど、1人で悶々としているより、文字にして吐露する事により、少しでも同じ立場の人のココロが軽くなるのでは?・・・とそう思ってこの場所を作った。
日記の最後は1998年12月2日で終わる。