FM東海最後の番組 特別番組「FM東海の10年」

FM東海実用化試験局

昭和35年5月1日 FM東海実用化試験局が誕生
昭和35年5月2日 開局式開催(司会内木)
開局式の模様を伝える新聞記事
FM実用化試験局の第1号FM東海は5月1日から平日10時間、日曜12時間の放送を始めたが、2日午後2時20分から関係者約300人が出席して東海大学で開局式を行った。松沢文首相も出席、『夜のゴールデンアワー2時間近くを働く青少年の通信教育に当てるなど理想局の誕生を喜びその発展を見つめたい。』と挨拶。式後放送施設などが公開された。

■放送番組の充実に苦労

FM教養大学」 今週の焦点、詩と詩人、歴史講座、水垣洋子の童話朗読など、日曜日を除いて月曜から金曜か土曜までだったか、とにかく大変な番組で、1日400字に6枚を11ヶ月続けた。
詩と随想」 串田孫一さんの名作朗読が続いた。
日本画家伊東深水さんの回
人と芸術その2回 今朝は日本画家伊東深水さんを内木文英がお訪ねいたしました。それでは今朝のFM教養大学を終ります。(アナウンスはぼそぼそ声の渡辺さん担当」

・ポピュラー番組
 ・Disk Jocky
 ・Swing and Dixy
 ポピュラーを生放送した、いわばポップスの一流店

新譜紹介
日本コロムビア、東芝、日本ビクター、日本グラモフォン、キングなどの新譜レコードを月曜から金曜日までの午後10時から1時間放送した。この時間は各社が自社のアーチストの演奏するスッペの軽騎兵序曲をテーマ音楽に紹介した。まだ、受信機台数が少なかったにもかかわらず、放送が終るとレコード番号の問合せが殺到して局員をてんてこ舞いさせた。

・毎日の放送の最後にはMoon Light Dreamが流れた。静かな深夜の感じを解説のない音楽で表現したもの。

・Mantovani管弦楽団の歌は終わりぬは番組終了テーマ曲としてもおなじみのもの。

昭和36年頃
 FMがだんだんと知れ渡っていった時期で、受信機を増やすため喫茶店は床屋など人の集まる所に置かせてもらった。目印は空色のプラスチックの板をぶらさげた。

■名物番組

朝のコンサート」昭和37年スタート
テーマミュージックも放送時間も変わったが8年間に渡り1〜2時間のクラシック音楽を流した。
最初は花森安治さん担当
水道の栓ををひねれば欲しいだけ水がほとばりし出るように、スイッチをひねれば美しい音楽が部屋を満たしてくれる、そうした言葉であろうと思われます。この「朝のコンサート」がそうした意味でのFMクラシック音楽番組の一つの生き方であろうと注目された。
 この頃民放は細切れの放送だったが、昼の時間ワイド枠(3時間位)でステレオ放送した。

朝の訪問」日曜日放送 昭和37年スタート
小泉信三、窪田りょうじ、武者小路実篤等々沢山の名士のお宅を訪問し、その卓越したお考えを伺っていた。
北鎌倉の鈴木大拙先生も含まれていた。聞き手武田至弘さん

名曲パズル」昭和37年スタート
例の無い音楽のクイズ専門の番組が登場し、世の音楽ファンをアッと驚かせた。楽しみながら音楽の雑学を学びあわよくばレコードや音楽界の招待券などの商品がもらえると云う一石何鳥かの楽しい遊びの時間でした。

新源氏物語」村山リウ先生 昭和40年スタート

夜の随想
串田孫一先生。FM東海にしかない番組。現代の騒音の中のオアシスとして評判の高い番組でした。後に「音楽の絵本」とタイトルが変わりましたが、昭和40年4月以来まる5年260回の放送を重ねました。

 登りに3里 降りに3里のこの峠を花嫁は老いた母に連れられて越した。
 ミズナラの梢でホウジロが啼いていた。
 たくし上げた着物の裾から草鞋の足が白かった。
 かって峠を越した花嫁は今は谷間の村の村はずれ、
 水車の回る流れの脇で孫の相手をする色の黒いお婆さんだ。

土曜コンサート」 昭和36年スタート
 FM東海の長寿番組の一つ。解説は皆川達生さんから志鳥栄八郎さんに引き継がれ、志鳥三の新譜紹介は高い聴取率を誇った。

FMの理想像」と題する座談会が昭和39年1月放送された。
 出席者は劇作家の内村直也氏、音楽評論家の村田武雄氏、詩人随筆家の串田孫一誌、当時のFM東海業務部長松前紀男などですが、今聴いても古さを感じさせません。
ソフィア少年少女合奏団
 対外文化協会がブルガリアから迎えたソフィア少年少女合唱団が東海大学湘南校舎アイドホールに4000人の徴収を集め手演奏会を開いた。(司会は泉さん)
 この時の対外文化協会の会長は東海大学総長松前重義。

音楽講座もの
 系統的に解説を加えた音楽講座ものが数多く企画され放送された。
 「音楽文化史」昭和35年以来、「耳で聞く音楽歴史」「私の音楽ノート(柴田南雄さん解説 昭和42年から65回に渡って放送)」など我が国の民族的、古典的音楽を紹介する番組も少なくない。我が国の所謂音楽ファンは西洋音楽の土壌に育ち自分の国の音楽について知る機会が案外少ないので、こうした番組は貴重な存在だった。

邦楽入門シリーズ」 吉川えいしさん アナウンス渡辺さん

ジャズの社会学」油井正一さん
軽音楽のジャンルでもジャズの発展をアメリカの社会の動きと結びつけて解説した番組で、このシリーズは数回に渡り再放送された。
・講座もの以外の系列
世界の音楽家」シリーズ
来日した有名な世界の名演奏家を楽屋やホテルに訪れ、その音楽についての考え方を尋ねたり、豊富を語ってもらったり、そしてその演奏家の推薦するレコードを聴く、そう云う内容のものでした。

■FM東海の目指したもの

美しい音楽、技術開発、そして教育教養、その三つがFM東海の目指した大きな目標でありました。
局員40数名のささやかな局ではありましたが、この10年あまりの間に沢山の忘れがたい番組を生み続けてまいりました。
そして、この放送を通じて私達は働きながら学ぼうと云う意欲に溢れた沢山の勤労青少年のために放送してきました。午後6時30分から午後9時まで望星高校の時間が組まれています。
昭和34年6月生徒数50名足らずで始まった東海大学付属高等学校通信教育部は11年を経た今日、独立して東海大学付属望星高等学校となり生徒数1800余名と成長しました。昭和39年3月第1回の卒業生28名を出してから今年3月第7回の卒業生218名を出すまで通算856名の卒業生を輩出しました。
明4月26日には本年度の新入生約500名を迎え第12回目の入学式が開かれる事になっています。汗と努力の結晶である卒業証書を手にする過去7回の望星高校の卒業式は全て感動に満ちたものでした。

東海大学超短波放送局が放送を開始してから11年3ヶ月と26日、決して平坦な道ではありませんでしたが、
しかし困苦に耐え新しい途を切り拓き、FM東海は今日まで1日の休みも無く歩み続けてきました。
その歴史を回顧する時、ある感動が私達の胸を締め付けます。これを感傷と笑う事は出来ますまい。
明日から始まるFM東京が一歩進んだ次元に立って、より高い水準の放送を行う事を期待して
FM東海最後の放送 特別番組「FM東海の10年」を終ります。

お話は
 FM東海元技術部長 東海大学教授 矢野創(はじめ)
 FM東海元編成部長 東海大学付属望星高校校長 内木文英(ないき ふみえ)
アナウンス
 武田至弘でした。