プロフィ―ル

東京池袋の西側、環6(山手通り)の直ぐ外側で生まれ育ちました。野坂昭如の書いた池袋の闇市の雰囲気が残り、木下サーカスがテントを張った池袋駅前を経験している年代です。隣りの農家には豚が2‐3頭、肥溜めもあったりして今のコンクーリトだらけとは全く違う世界でした。

あの大学の文学部国文には入れないだろうと言われたので、同じ大学ならばと入った全く別の学部が気に入り、修士まで取ってしまいました。ボランティアで経験したミュンヘンオリンピックの後、少し長く行ってみたいという希望が適いなんとか奨学金が貰えてドイツの大学へ留学できました。ドイツ人の彼と出会い、結婚。その後ドイツで博士課程を修了して理学博士号を取得できました。家族も増えて子供は4人。夫の転職に伴なって16年ほど前にドイツからスイスへ引越しました。

ドイツの大学で研究助手を4年勤めましたが、スイスに来てからは専業主婦でした。子供も大きくなり、5年ほど前に「スイスからのメッセージ」を出す仲間に加わってから今までの時間の使い方を考え直しました。時間は作ればできるし、50歳になった時に次の20年まあ何とか健康でいればもう一度まとまったことが出来るのではないかと、いろいろなことを始めました。コンピューターは博士論文のデーターを処理した時から近辺にあったので触っていましたが、なんとか使えると言った所でしょう。

日常はドイツ語で過ごし、老眼鏡をかけての読書はドイツ語の方が早く出版されたので「ハリー ポッター」四冊はドイツ語で読み、日本語の方は、井上靖、漱石あたりの文章が一番読みやすいと感じ、中国旅行をしてからは杜甫、李白あたりをもう一度見てみたいけれど、手に入ったものはなんでもの乱読。英語は論文が辞書を片手に読めるだけで、一応スイスのフランス語圏に入る所に住んでいるのにフランス語は使える語彙が20個くらい。落語を聞くのも好きなのですが古い名人の江戸前ベらんめいのテンポの速い古典落語。今の人のやる古典落語は途中で「当時は・・」「これは・・」という説明が入るのでなじめません。
好きなスキーは深雪滑りが覚えたかったけれど、スイスに来た時は子育てに追われ、いまになってはスキー場からだんだん足が遠のいて来ています。ノルディックにはまだ切りかえたくないのです。家事と庭の手入れが適当なフィットネストレーニングになるというおばさんです。

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これから同じような道をたどる人の参考にと、25年前ひとりでドイツ社会の真っ只中に入って以来経験したことをあれこれと書きました。同じような経験をした人と相槌を打ち、また私より先に外国生活を始めた人の経験が聞け、外国で暮らしているいろいろな世代間が交流できる場所にしていきたいとこのHPを始めました。