TEXTS

cgi boyでレンタルしている日記の「勝手にコラム」に投稿した作品です。
読み返すと駄作ぽっい気もしますが・・・。

1ワルツ・フォー・デビイ
2奥さん、今はいてるパンティーください!!
3金縛りのときに見る夢は・・・
4究極の幸せ
5究探偵ファイナル!?
6冬のぞくりはぞくりの3乗

 


ワルツ・フォー・デビイ

 

 


金曜の夜11時。今にも雪に変わりそうな雨が降っている。

 

車のスピーカーから流れてくるのは「ワルツ・フォー・デビイ」。ビル・エバンスのピアノが心を和らげる。このアルバムはビレッジ・バンガードでのライブ録音なので、ときおり客の会話やグラスの触れ合う音が聞こえてくる。いつもは耳障りに感じていたその音が、今は心地よく感じる。

次の信号を右折し、300メートルほど行けば、そこが彼女のマンションだ。出張に行くと聞いて、そこならアレを買ってきてと言われ、買ってきたお土産が無造作に助手席に乗っかっている。同じ包装のものがふたつ。

 

マンションの前で車を停め、お土産をひとつだけ持ち、雨の中を走った。エントランスのインターホンで彼女の部屋番号を押し、応答を待つ。

「はい」
無機質な抑揚のない声で彼女がでた。

「俺だけど・・・」
日曜の夜のような気分で答える。

「おかえり」
彼女の声は変わりない。

そこで待ってて、という彼女に従い待つ。
彼女はパジャマにGジャンを羽織って出てきた。

「おみやげ」
「今日友達が来ているの」

俺は感ずいている。彼女は感ずかれているのを承知している。
「オトコノトモダチ?」と聞いて、全てを終わりにしたいのに、その言葉を呑み込む。

やはり付き合った10年という年月は重過ぎる。
つい先月までは、彼女が三十路になる来年には結婚しようと、話していたのに。

「じゃ、また」
「うん」

二人でまるで符号のような言葉を交わす。
お互いに、これが最後かもと思いながら。


車に乗り待ち合わせの場所へ向かう。

会社の同僚の子に、もうひとつの包みを渡すために。
10歳も年下の子だ。恋愛感情はないといったらウソになるが、それほど期待もしていない。

その子にとっては、ただ、待ち合わせ場所のジャズ・バーに一度いってみたかったというだけなのだろう。

駐車場に車を停め、雪の結晶が混じりだした雨の中を、また走る。

バーの扉を開ける。

暖房が効いた店内に入ると、その子が振り返る。
お土産を渡し、カウンターの隣の席に座る。

「これ、おいしいんですよね」
室温に比例した笑顔でその子が微笑む。

ラガヴリンのストレートを喉に流し込んだ時、「ワルツ・フォー・デビイ」の最初の曲マイ・フーリッシュ・ハートが流れ出した。酒と音楽が同時に心に染みていく。

その子は、ジリ・リッキーを飲みながら、出張の成果を聞いてよこす。ぼちぼち、と言葉を濁す。

次の曲、アルバム・タイトル曲でもある、ワルツ・フォー・デビイが流れ出す。今日はこれで、二度目だ。

悲しげな、それでいて力強いメロディーを頭の中で追いかけてみる。昂ぶった心がクールダウンしていく。

 

何もかもが、うまくいきそうな、一日の終わりに思えた。
何もかもが、うまくいかなくても諦められそうな、夜の始まりに思えた。

とりあえず今すべきことは、目の前に置かれた、マルガリータを飲み干すことだけだ。

 

その後、その子とわずか3ケ月後に結婚し、今は二人の子供がいる。二人とも女の子だ。

この子たちと出会えたことを、ワルツ・フォー・デビイという曲に感謝しよう。

 

奥さん、今はいてるパンティーください!!


結婚する前の話だから、もう10年ぐらい前の古い話。サンタからもらった、めったに出来ない「経験」のプレゼント。

クリスマス・イブのその日、何の予定もなく一人寂しく仕事場からパチ屋に直行して、コテンパンに負けた夜の話である。

突然の電話のコール音で、コタツから出てしぶしぶ受話器をとった。
はい、と応答しても返事がない。
イタズラかと不審がりながら、今度は「もしもし、○○ですが」苗字を言ってみる。
すると返事があった。若い女性の声だ。
「もしもし、わたしです」
んっ、誰だ?
「ああっ」
と返事しながら考えをめぐらす。
昔付き合った事のある誰かからのデートの誘い?かと思いもしたが誰だか分からない。
「知らないなんて言わせませんよ」
えっ、マジで分からない。
間違い電話かと思いもしたが、苗字を名乗ったしなー、全神経を脳に集中し記憶をたどるがギブアップ。
「○○ですが、間違いじゃないですか」と言ってみた。
「○○さんでしょ、下の名前は△△△」
ありぁー、フルネームで知っていやがる。
おまけに口調は、昔の職場の同僚や飲み屋のおねーちゃんとは明らかに違う。
たとえて言うなら、3年半付き合って別れて久しぶりの会話ってな具合。
その間、三井グリーンランドとハウステンボスとスペースワールドに2回づつ、一緒に遊びに行ったみたいな。
映画館で10本映画を見て、泊まりの旅行に3回出かけ、焼肉屋に25回は行ったみたいな。
延べにすると100回ヤッテ(うち車中3回)、一度は堕したみたいな。

フルネームを知っているのは不思議だが、こんな女は知らないと確信し言ってみた。
「どなたですか、間違いだと思うんですが」
「○○さん、ちゃんと分かってるんですからね」
何が分かってんだよ、こっちは全然分からないぞ。
おまけに、向こうの受話器からは、赤ん坊が火が付いたように泣く声が聞こえだした。
「あなた毎日電話してくるじゃないですか。そのたび今はいてるパンティーくれって言うじゃないですか。あなた×××で働いてる○○でしょ。」
げっっ、パンティーてなんだ。
職場も知ってて、おまけに苗字呼び捨てにしやがった。
ひょっとして俺、そんな電話したっけ?
いや、してない。明日が誕生日のキリストに誓って・・・。
でも、どうして名前から職場から知ってんだ?
誰かが、俺の名前をかたっているのか?
「それに洗濯して干してる下着も泥棒したでしょ。
ブラとパンティーを合わせて10枚はなくなってるから。
この電話は録音してるし、近所の交番にも届けてるんですからね」

体が震えてきた。廊下においてある電話で話していたので寒さもあるが、それ以上にこの展開のために。
赤ん坊は泣き止まない。いくら犯人じゃないと言っても、女はとりあわない。
だんだん、ヒステリックになってきてまくし立てる。

しばらくは、俺も興奮して言葉を返していたが、ふと気付いた。
犯人が名刺交換よろしく、自分から職場や名前を名乗って事に及ぶ訳がない。
この女の理論は破綻している、あるいはカマをかけている。
そう気付くと安心して、こちらから一方的に電話を切った。

しかし、録音と交番の話は気になる。
女が言った交番に折り返し電話を入れてみた。

事情を話すと、警官は苦笑いしながら「ああ、あの奥さんですね」と言った。
「心配ないと思いますけど、本人に確認してこちらから電話しますよ」
警官は災難でしたね、と言いたげにこちらの電話番号を聞いた。

とてつもなく長く感じた20分が過ぎ、警官からの電話がかかってきた。
事の顛末は要約するとこんなカンジ。

結婚と同時に妊娠・出産したその女は、出産直後にダンナの勤務する会社のかなり大きな社宅に引越しした。
近所づきあいと育児で疲れ果てている時に、イタズラ電話がかかりだし、まもなく下着泥棒の被害も受けるようになった。
ダンナに相談しても「警察に被害届けを出せ」と言うだけで無関心状態。
逆に仕事で疲れているんだから、そんなことぐらい自分で解決しろ、と怒り出す。
警察に届けたもののイタズラは毎日続く。
神経をすり減らして限界に近づきつつあったクリスマス・イブの日に、グチでも聞いてもらおうと友達に電話した。
しかし、間違ってダイヤルしてしまい俺の会社にかけてしまった。
すみませんと謝り切ったが、電話に出た男(俺じゃない)の声が、イタズラ電話をしてくる主に似ていた。
時間の経過とともにそれは確信に変わっていった。
リダイヤルして俺の会社にかけなおし、イタズラの主が時々名乗る苗字を使い呼び出しをかける。
たまたま、偶然にその苗字が俺の苗字と一緒だった。
もう帰りましたよ、と言われたが、ひるまず自宅の電話を聞きだしたらしい。
(不用意に自宅の電話番号を教えた奴は、分からなかった)
こうして、その女の中では俺が犯人だという図式が完成した。
犯人が本名を名乗る訳はないという、単純な公理を忘れて・・・。

当時は、あんなノイローゼのバカ女にぶち当たって、スゲェー災難だったと思っていました。
しかし、二人の子供の親となった今、冷静に振り返ってみると、哀しくなって同情すら覚えます。
家庭を犠牲にしてまでも、男は仕事だと思い込んでるダンナ、それを当然と受け止めながら、家庭という社会から閉じた系の中で、育児・近所づきあいの重苦しさに耐えられなくなりつつある自分の状態に悩む、その女。
法や制度が整えられ、男女平等・女性の社会進出が声高に叫ばれて久しいのに、現在と当時の状態は、さほど変わっているとも思えない今は・・・。

 

金縛りのときに見る夢は・・・

 

 
この間、新聞を読んでたら載っていた記事。
レム睡眠(浅い眠り)の時にしか夢を見ないと言われていたが、実験の結果、ノンレム睡眠(深い眠り)の時にも夢を見ているという結果が出たそうです。
以下のテキストは、多分レム睡眠時に見る夢の話です。

 

私が始めて金縛りにあったのは、中学生の頃。
そりぁー、びびりました。

それ以来、ちょくちょくかかるようになり、恐怖の時代が続いていったのです。
なにが怖いかというと、このまま寝ていると金縛りになるというのが分かる瞬間と、金縛り中に踏ん張って、何とか体を動かして、部屋の明かりをつけたと思ったら、それが夢で、金縛りが続いているという状態ですね。
しかし、あまりに頻繁になっていると、いくらか客観的に分析できるようになりました。
明け方まで起きていて、体は疲れているのに、頭(脳)の方は、興奮状態で眠れずにいてる状態の時や、運動した日などに、体が疲れまくりの状態で寝ようとした時など、明らかに「体は眠っているけど脳が寝てない」時に金縛りになることが。
原因が分かると、それ以降は金縛りを楽しむ余裕も出てきました。

しかし、20歳頃でしょうか、それまでの金縛り(ただ、体が動かない)とは違うパターンの金縛りが、出現してきたのです。
まず一つ目は、誰かにかなり激しくつねられていて、かなり激しい痛みをを感じるもの。
二つ目は、なにかとてつもなく大きなパワーで、体が部屋中を縦、横にスクロールし、激しく壁にぶつかり、これまた痛みが激しく襲うパターン。
そして三つ目は、金縛り中に目が開くと、目の前に見知らぬ人が立っているパターン。
さすがに、見ず知らずの人が立っていたのにはビックリしました。
夢なら既知の人しか出てこないんじゃないか?
やはり幽霊か?と。
金縛りは霊現象じゃないと思い始めていたのに、逆戻り状態・・・。
おまけに、よくよく考えると、同一パターンの金縛りは、同一の場所で起こる可能性が高いのです。
当時は、宿直のある仕事をしていたのですが、宿直室と自宅では、パターンがまるっきり違うのです。
これは霊現象に違いないと思うようになったある日、ふと、妙なことに気づきました。
私の視力は、0.01以下。寝る時は、もちろんメガネをはずします。
ところが、金縛り中にでてくる人の姿は、暗闇であるのにもかかわらず、顔から服装から、はっきりと認識できるのです。
普通なら、メガネがないと、色と輪郭程度しか分からないはずなのに・・・。
そう気づくと、また、金縛りは一種の睡眠時のトラブルだと思うようになり楽しめるようになりました。今では夢を見ながら、夢を見ていると認識できる時もあり、思うようにストーリーを進められることもあります。

ちなみに、私は一度だけ金縛り中に、意識が体を抜けられそうだ、という感覚を味わったことがあります。しかし、その時は、自信を持って金縛りは霊現象ではない、と思っていなかった時期だったので、このまま体を抜け出したら、戻れなくなるんじゃないかと思い、好奇心を何とか抑えたのですが・・・。

今度、試してみよう。

※※「楽しい体外離脱」http://web.kyoto-inet.or.jp/people/arisu/index.html は体外離脱・金縛りについての体験談等が数多くアップされているサイトで、かなり面白いです。※※

 


究極の幸せ


永遠の命を手に入れようと、先人たちは思考を巡らせてきた。
それが「究極の幸せ」と疑わずに・・・。
蒸留酒がスピリッツ(魂)と名付けられたのも然り。

もし、永遠の命を手に入れたら私は幸せだろうか?
そんなことを考えさせられたエピソードです。

その日、午後はずっと会議だった。
結論の出ない、ただ顔を会わせて、会議をしたという自己満足のためだけの会議だ。
そういうやつだから、時間の際限がない。
おまけにやっと終わったと思ったら、同じメンバーで懇親を図ろうという飲み会が続く。酒の席で仕事の話ばかりでもうんざりなのに、上司や同僚の悪口が混ざると、酒のまずさは頂点に達する。

一次会が終わる前に一人で抜け出し、その店のある狭い通りからタクシーの拾える大きな通りへ歩く。
このあたりは、再開発事業にかからなかったので、昔からの飲食店が数多く残っていたが、飲み屋街の中心がその事業の区画内に移動し、閉める店も多くなっている。
事実、私もこのあたりを歩くのは数年ぶりだ。

ふと、開店から間もないような外装の店が目に付いた。
「カクテルバー・らせん」という看板を掲げている。
なにか惹かれるものを感じ、そのドアを開けた。甘すぎる日本酒の熱燗ばかり飲んだので、ロングドリンクの美味しいのを飲みたい気分もあった。

中に入ると、店内は10席ほどのカウンターだけのこじんまりした店だった。
カウンターの中には若い女性が一人きり。他に客はいない。
スピーカーからは、よくありがちなジャズではなく、ザ・バンドのラスト・ワルツが流れていた。席に座るとその女性のバーテンダーが「お久しぶりです」と言葉をかけてきた。
一瞬、顔見知りかと思いもしたが、いちげんの客にもそう挨拶する店があると聞いたことがあるので、多分その類なのだろう。
そのバーテンダーは「何になさいますか」と言いながら、メニュー表を渡した。
座った席の正面に、今では珍しくなったオールド・トム・ジンが置かれていたので、メニューを見ずに、トム・コリンズをオーダーした。
ふと、数年前にビルの最上階のカクテルバーでトム・コリンズをオーダーした時に、
「ベースは何でしたっけ」
と聞かれた後、目の前でカクテルブックをめくられたことを思い出し嫌な予感がしたが、女性バーテンダーは「かしこまりました」と確信のこもった声で答え、作り出した。
目の前に置かれた、トム・コリンズを一口飲み、ふと視線を上げると正面にバーテンダーが立っていて、顔を見上げる形になった。

そして、私はフリーズした。

目の前にいるバーテンダーは、高校生の頃に一緒のクラスにいた女の子だった。
化粧をしていても、日本人とは思えないような、スラブ系がかった顔は隠せない。
その女の子は、転校生で親類の叔母の家に同居していると話だった。
しかし、三年生の夏休みにその叔母は他殺体で発見され、女の子はそれ以後行方不明になっていた。
いや、とその考えを否定する。
その事件はもう既に23年も前の話だ。目の前の女性はどう見ても二十歳そこそこにしか見えない。私の半分の年齢だ。他人の空似以外に考えようがない。

「どうかいたしましたか」と聞いてくるので、「いえいえ、あまりにカクテルが美味しかったのでびっくりして」と答え、平静を取り戻す。いや実際、カクテルは飛び切りの味だった。

それから、ジン・リッキー、ホワイト・レディー、バラライカ、XYZと飲み続けた。そうするうちに緊張が解けて、高校生の頃の同級生に瓜二つだということ、事件のこと、その女の子が学校で際立った存在で人気が高く、私も密かに思いを寄せていたことなどを話すと、そのバーテンダーは心地よい相槌を打ちつつ、微笑しながら聞いてくれていた。

「もしかしたら、実は君は私の同級生で、魔女やドラキュラの類で年をとらないというオチだったりして・・・」
酔いに任せ軽口を叩くと、その女性バーテンダーは、急に神妙な顔つきになり、言った。
「そうかもしれませんよ。老化はDNAの末端のテロメアが細胞分裂のたびに短くなり、ついには新たな分裂が止まり、細胞が死滅するからと言われていますが、テロメアが短くならない突然変異を手に入れれば、不老不死とまでは行かなくても、通常の人類の数倍の寿命を手に入れられる可能性があります」
「でも、それでは活性酸素により傷ついたDNAまで残してしまうことになるし、多くの癌細胞は、テロメアを効率よく複製するテロメアーゼという酵素の働きで、爆発的な人体に有害な増殖を続けると言われているし・・・」
「良くご存知ですね。しかし、メッセンジャーRNAの真の働きなど、何一つ完全には、人類はゲノムを解析してはいないんです。本当のセントラル・ドグマは永久に見つけられないと思います。そういった意味では、老化と無縁な、あるいは老化が著しく遅い人類の中のグループがいても不思議ではありません」

自分の中で一度否定した「同級生?」という考えを反芻していると、
「すみません、冗談が過ぎましたね」
と、女性バーテンダーは笑顔を見せた。
「本気にされました?」
「いやいや、一瞬は・・・」

それからは、好きな音楽の話とかカクテルの話とかで終始し、心地よい時間が過ぎていった。

勘定を払おうとした段階になって、一次会の会場にコートを忘れていることに気付いた。財布をコートのポケツトに入れていた。今の時間ならま、だその店は開いているので、すぐ取りに行って戻って来ると言うと、「次にお見えになった時でいいですよ」と言ってくれた。
「○○さん、今日は楽しかったです。また、いらしてください」
その言葉に送られて、「らせん」を後にした。


翌日は飲みすぎで、目が覚めたのは11時を回った頃。仕事は休みだ。
目が覚めても、体の方は活動する準備段階になく、また眠るという繰り返し。
その間に不思議な夢を見た。
昨日行った「カクテルバー・らせん」の夢だ。
私がその店に入った瞬間に、「お久しぶりです」と女性バーテンダーが声をかけるシーンから始まる。
そして、その女性バーテンダーの親類と称する同居人が、バーテンダーの秘密を守るために、いかにも怪しげな男たちに殺害されるシーン。
バーテンダーが、私は名前を名乗っていないのに、名前を呼びながら次の来店を促す言葉をかけるシーン。
フラツシュバックしながら、何度も三つのシーンが繰り返される。

昼過ぎに起き出し、ぼーっとしながら夜を待ち、カクテルバー・らせんのあった場所に行ってみた。財布を忘れ、飲み代も払っていなかったし・・・。
しかし、その場所には昨日の夜にあった看板はなかった。
ドアも開かない。外装は昨日のままだ。
酔って、このあたりの路肩に寝て、夢でも見たのだろうか?
素面の状態でよく観察すると、この小路には閉鎖した飲食店の残骸があるだけで、現在営業している店はない。近所の店に「らせん」という店が、営業していたのか確認することも出来ない。

強く吹き出した冬の風を受けながら、昨日コートを忘れた店に向かって歩き出すこと以外、なす術はなかった。

 


探偵ファイナル!?

「2004年6月1日、12時20分。バイクで勤務先から外出。尾行開始」

ボイスレコーダーに記録を残し、私もバイクで対象者の後を追う。
私は探偵である。地味で低収入な、しがない探偵である。
マーロウやスペンサーのように、ハードボイルドでもなければ、
工藤ちゃんや濱マイクのようにストイックでもない。
目の前の仕事を単純にこなし、日々の糧を得るだけだ。
仕事の主なものは浮気調査や家出人の捜索。
最近では、ストーカーや結婚詐欺師と思われる人物の身元調査も増えてきた。
長い張り込み時間の地味さに比例して、収入も地味だ。
宝くじやトトで大金をゲットすれば、今にでも辞めてしまいたい職業である。

今回の依頼人はごく普通の専業主婦。
「自宅で食事を全く摂らない」と依頼人の夫である、
対象者の挙動不審を疑っていた。
口には出さないが浮気を心配しているようだ。
「直接ご主人に聞いたらどうですか?」という言葉を飲み込み、
依頼を受けた。不景気な昨今、ばかばかしい小さな仕事でもこなして行かなければ、明日にでも餓死しそうな経済状態なのだから・・・。

対象者は程なく、ラーメン屋に入っていった。
「東洋軒」という屋号のその店に私も入る。
対象者はカウンターの一番奥に座っている。
私はカウンターの一番手前に。
対象者はラーメンと小ごはんを注文。私はラーメンのみ。
数分後に出来てきたラーメンを目前にしても、対象者はすぐには食べなかった。
携帯とデジカメで何枚も写真を撮っている。
中年のオヤジが、ラーメン店でバチバチとラーメン画像を撮る。
なんとも滑稽な絵面である。
ラーメンはさほど好きではない私は、出されたラーメンを見ながら、
ちゃんぽんにした方が良かったかなと後悔した。
というのも、なんとも薄味でガツンと来るものがない、
凡庸なラーメンだったからである。
スープの色も、豚骨なら茶褐色系だろうという私の概念を覆すような、
乳白色である。麺も軟麺でなんとも表現しがたい食感である。

佐賀ラーメンと言うのだろうか??
この味は私には許容しがたい。
これならシコシコと2DKの事務所兼自宅のマンションで、
「うまかっちゃん」でも食っていたほうがマシだと心底思った。
私がラーメンを半分ほど食べた頃に、対象者はラーメンと小ごはんをたいらげ、
勘定をしだした。
おいおい、なんという早食いだ。
これでは依頼人は、対象者の浮気より食生活を心配すべきではないか?
という疑問がふつふつと湧き上がる。
塩分過多のスープまで全て飲み干しているようなので、
間違いなく三大成人病予備軍である。
「いい大人が・・・」と突っ込んでやりたい心境だ。
仕方なく私も、食べかけのラーメンを残し店を出る。
対象者は全く私の方には視線をよこさない。
ラーメンに取り付かれているかのように、
ラーメン店を目指し走り、ラーメン画像を撮り、ラーメンを早食いする。
まさに一心不乱である。
ここまで来ると探偵失格であるが、少しは尾行に気づけと言いたくなる。
対象者はバイクで職場に戻った。

 

これから夕方の退社時間まで、長い退屈な張り込みを戸外で続けることになる。
依頼者からの情報によると、今日は上の娘がバレエの発表会の練習のために、
依頼者が下の娘も連れて、送迎をする予定らしい。
それで対象者は今晩一人で、フリーな時間が持てるとのこと。
今晩は「しっぽ」を捕まえる、絶好のチャンスなのである。

 

18時過ぎに対象者が職場から出てきて、帰途についた。
どうやら、寄り道をせずに自宅へ帰る模様である。
こじんまりとした社宅の通路で部屋の様子をうかがっていると、
対象者がすぐに着替えて出てきた。
今度はバイクではなく自動車で移動するようだ。
いよいよかと思い、私は心を引き締めた。
追跡中の信号待ちの間に、証拠写真をとるためのデジカメのスタンバイを確認する。よく、記録用のデバイスをパソコンのスロットに挿入したままで、
出かけてしまうことがあるからだ。大丈夫だ。
対象者の車は西部環状線を東に走ったあと、空港道路入り口交差点で右折し、
南下した。佐賀空港へ続くこの道は、
両サイドが田んぼで、なんとものどかな風景である。
ちょうど沈みかけた太陽が西の空にぽつねんと浮かび、
雲を茜色に染めている。

対象者の車は、高架を渡りきったところに位置する交差店を左折した。
バイクでかなりの距離を取って追跡しているが、
決して見失うことがないくらい、交通量は少ない。
かえって、少なすぎて追跡を悟られないかと心配な程である。
しばらくして対象者の車が、とある建物の駐車場に停まった。
なにやらプレハブの建物のようである。
怪しげにパトライトが回転している。
その下には、「スナック・ハッピー」と「ラーメン・いちげん」
と書かれた看板がある。問題はその看板である。
ピンクとブルーという配色といいデザインといい、
ダサうまの極地のような看板である。
ダサイのかクールなのか判断しかねるようなブツである。
私は思わず、今朝のテレビで見た、あの庵野監督が作る
キューティーハニーでのサトエリの変身シーンを思い出してしまった。
どちらもなかなかのサイケデリック具合である。
私は道路の対面にあるコンビニにバイクを停めた。
対象者は多分、スナックのほうに入るんだろう。
昼食もラーメンだったのだから、またラーメンを食べるなんてことは
到底考えられない。もしそうなら人間失格である。
少なくても分別のある大人のとる行動ではない。
スナックで女性と待ち合わせか?だとすれば少々困った展開だ。
こんな田舎のスナックである。特に今の時間には、客が何人もいるわけがない。
私もスナックに客を装い潜入し、証拠写真を撮るというのはかなり難儀だ。
となれば、一緒に出て来るところをツーショットでいうことになるが、
フラツシュを焚かなければならない時間帯になるだろうし・・・。
今日は暗視撮影用の準備がないのだ。

しかし、私の心配は苦慮に終わった。
なんと対象者はラーメン店の暖簾をくぐったのだ。
「そな、あほな」と一人ツッコミをしている場合ではない。
バイクをコンビニに置いたまま、メッツのキャップと度なしメガネという
安直な変装で、ラーメン店に入ることにする。
道路を渡っている時点で、豚骨の獣臭が漂ってきた。
「オーマイガッッ!」私はひとり愚痴る。
どうせラーメンなら、「塩」か「醤油」という嗜好の私には、
この匂いだけで、意識が南回帰線あたりまでひいてしまう。
対象者はL字型のカウンターの長辺側の中ほどに座っていた。
私は短辺側の一番奥、壁際に座る。
「ラーメンね」対象者がオーダーする。
ビールでも飲みながら待ち合わせかと、一縷の望みを抱いていたが、
その望みは、海辺の砂の城のように跡形もなく消え去った。
仕方なく私もラーメンをオーダー。
本当はコーラあたりにしたいのだが、怪しまれないためにはこうするしかない。
ラーメンが出来上がると、またぞろ対象者は例の「儀式」を始めた。
携帯とデジカメでの写真撮影だ。
アングルが気に入らないのか、途中で椅子から立ちあがり、
俯瞰の構図で収めている。私はいたたまれない心持ちになってしまう。
こんな奴と同じ場所で同じ時間を共有するなんて反吐が出そうだ。
私のラーメンも出来てくる。
昼間の店と違って、私のイメージどおりの豚骨ラーメンの色をしている。
店外に漂っていた、妙に鼻を突く獣臭もそれほど気にならない。
スープを飲むと、旨みが凝縮された味の奥行きが感じられる。
豚骨もいいのでは、と一瞬考えてしまった。
対象者は「今日もなかなかだね」と、茶髪の店主に話しかけている。
どうやら常連のようである。

尾行そのものは簡単すぎるくらい簡単なのだが、
なんとも精神的なストレスの溜まる尾行である。
対象者のような人種を「ラーメンオタク」とでも言うのだろうか・・・。
はたから眺めていると、爽やかなものではない。

 

対象者の車は、そのラーメン店から出た後、
自宅を通り越して行った。「いよいよか」と期待が膨らむ。
佐賀大学の交差点を右折してすぐの、「マンガ倉庫」という
中古コミックを主に販売している店の、駐車場に車は停まった。
対象者は「マンガ倉庫」の入り口には向かわずに、
駐車場のフェンスを飛び越えて敷地外に出た。
「今度こそ、近所の居酒屋あたりで待ち合わせか?」
と思った刹那、対象者は「池田屋」と書かれた幟が掲げられた店に消えた。
おいおい、ここは「ちゃんぽん屋」だぞ。
さっきラーメンを食ったばかりではないか。
見るからに狭そうなその店内に、意を決して入ることにする。
対象者は三席ほどの小さいカウンター席に、
私は入り口に一番近いテープル席に陣取った。
「蒸し麺でちゃんぽん」
ここでも本当に食べるつもりらしい。
メニューを眺めると、カレーがある。心底助かったという心境である。
もう麺は御免だ。私はカレーをオーダーする。
このカレーが意に反して旨かった。甘味と辛味が微妙なユニゾンを奏でる。
こんなところにこんな店があるとは。ささやかな今日の収穫である。

 

対象者はその後、コンビニに立ち寄り「白波」と「ピスタチオ」を買い込んだ。
そして、自宅へ戻ってしまう。

いやはや、今日の一日は何だったんだ。
これが対象者の日常であろうか。
ただの「麺馬鹿」というだけではないか。
依頼者に追加調査を提案するのは、全く馬鹿げている。
それは、私がどんなファクターを考慮してもダービーを獲れない
というのと同じくらい確かだ。
今日の救いは、調査に要した必要経費がラーメン二杯とカレーという
小額で済んで、依頼者から感謝されるくらいのものだ。

「逆ハードボイルド」な探偵業務は、なんともツライ。


【最終調査報告書】

浮気ではない。完全無欠な本気です。「Fall in love with 麺.」
対象者は、あまりにも小さな刹那の「“しあわせ〜”を感じる瞬間」に走りすぎて、「しあわせ」の本質が見えていません。

かけがえのない、「家族」というプレシャスな「しあわせ」の尊さが理解できていません。

ただ、手遅れではないかも・・・。

 


冬のぞくりはぞくりの3乗

 

 

毎年、12月になると思い出す話を。


そいつとは会社の同僚だったんですが、その当時は配属場所が違い、めったに顔をあわせる機会が無かったんで、久しぶりに会ったんですよ、パチ屋で。
パチンコで二人とも勝ったこともあり、飲みに行くことにしました。
焼き鳥を食べた後、スナックに行こうと歩いていると突然、そいつは、飲み屋街の道端によくいる占いのおばさんに「占ってもらう」と言い出したのです。
占いを信じるようなタイプでは、まったくないし、
どちらかというと私と同じような、「金をドブに捨てるようなもの」と、考えるようなやつだったんです。
いぶかしがり、さっさと行こうと言っても、聞きません。
仕方なく数分の間、待つことにしました。
占いのおばさんは手相を見てたんですが、当たり障りの無い、誰にでも当てはまりそうな話でお茶を濁しています。
数千円を払いそいつは、満足そうな表情を浮かべていました。

それから数ヵ月後、残業をしてたら電話がかかってきました。
対面に座っている女性がその電話を取ったんですが、
その女性の表情が、一瞬にして曇ったんで「すわっ、何事か」と電話の応対に聞き耳を立てました。
あいつが飛び降り自殺をした、ビルの6階から。
この間、一緒に楽しく飲んだあいつが。
その後の家族の話でも、自殺の原因となるようなことは、何も心当たりが無い、という話でした。
何が、彼を自殺に追い込んだのか、
結局、全ては藪の中で何一つ分かりませんでした。

それから一年後、会社の忘年会の会場に向かうためタクシーに乗ってる時に、ふと、あいつのことを思い出しました。
というのも、あの時二人で歩いた同じ通りを、タクシーは走っていたからです。

あれからもう一年か、と思っていると、忘年会シーズンという事もあってタクシーの空車が多く、飲み屋街だから前が詰まってしまい、乗ってるタクシーが進みません。
何気に外の風景を見ると、ちょうど真横に占いのおばさんが営業してました。
「あれっ、あいつが占ってもらったおばさんだ」
なぜか、顔を良く覚えていました。
次の瞬間、一つのフレーズがフラッシュ・バックしながら記憶に蘇ってきました。
あいつが一年前に、このおばさんに言われたフレーズが。
「来年はいい年ですよ。でも、新聞に載るようなこととか、警察沙汰とかには気をつけてくださいね」
血の気が引くような感覚でした。
占いが図らずも当たってしまったということも、そうなんですが、渋々待っていて、先を急ごうとしていた私が、なんでそのフレーズだけを鮮明に覚えているのか?
このおばさんの顔を何故こんなに明確に覚えているのか?
あいつが自殺したということを聞いたときにさえも、
思い出ださなかったことを、何故今、思い出すのか?

その日は、いくら酒を飲んでも酔えませんでした。
占いなんて、所詮インチキだといくら自分に言い聞かせても・・・。